メリーの居る生活 クリスマス特別編
作: ◆Rei..HLfH. ID:4ekjVRsx DHvNEd9Z
「あ~コタツ最高…」
12月24日。
PM5時
世間はクリスマス騒ぎ。
僕と俊二はコタツでマッタリ。
「24日が終業式ってのはディフォなのかな…もうちょい早く終業式にしてくれれば、最高なんだけどな…」
「校長に直訴でもするか?」
「……それにしても山やん遅いな」
「ふむ…さっき家を出たとメールがあったがな…」
「…【三人いればどんな修羅場も怖くない】なんだよな?」
「下で何創ってるんだろうな…」
僕らは、一階でメリーによって産み出される【物質】に言い寄れぬ不安を抱いていた。
――――――――――――
AM7時
今朝は寒かった。
氷点下3度、布団から部屋の出口に行くまでに体温を一気に奪われてしまう。
外の世界に出るための心の準備をしている間に(二度寝の予備動作)、目覚ましが鳴る。
幾度となく戦いを交えてきたが、今回ばかりは勝機がなさそうだ。
「ぐあ…手が…とどかねぇ…」
(この場合、起きる起きないでなく、いかに早く不快音の根源を殺(と)める戦いになる)
布団から出れば、やつを黙らせることが出来る。
だが、出れば次は冷気が襲ってくる。
「よし…一年ぶりになるが、やるか…」
意識良好、身体に異常なし。…いける。
布団の中でうつぶせ状態になる。
「3…2…1…そいやッ!!」
カウントダウンの後、勢いよく布団から抜け出す。
すぐさま足で目覚ましを殺める。
制服とカバンを手に一気に一階に駆け降りる。
「うおおおおおおおおお!!」
狙うはリビングのコタツ!!
おじいちゃんとおばあちゃんが起きているので、隆一が起きた時には大抵コタツは点いている。
ソファに制服とカバンを投げる。
「討ったー!!」
コタツにスライディングで滑り込む。
「よっしゃ、タイムは!?」(寝ぼけている)
「はいはい、元気なのはいいけど、去年みたいなことにならないようにしなさい」
キッチンからおばあちゃんが出てくる。
「…ふぁーい」
あくび混じりな返事で返す。
去年は、このテクニックを意識がはっきりしない状態で挑んだため、階段で一風変わった階段の下り方をする羽目になった。
正直、涙が出るほど痛かった。
「ということで、おはよう。おばあちゃん」
「朝ご飯は何がいいかしら?」
「昼までだから、少なめでいいよ」
昼は俊二を捕まえて商店街で食っていこうかな。
「そうはいかないわよ。校長先生のお話、今回長いそうよ」
「スタミナ朝食一丁お願い」
どこでそんな情報を仕入れるんだ…。
「はいはいっと」
「おじいちゃんは?」
「朝のお散歩よ」
「元気だねぇ」
「あなたも若いんだから、おこたに入ってないでシャキっとしなさいな」
「耳が痛いぜ…」
それから素早く朝食を平らげ、仕度をして、体が温まっているうちに学校に向うことにした。
「いってきまーっす」
ガチャ
「うひゃー!!冷えるな、オイ」
顔が冷たい。そして痛い。
歩いていると、自然に前屈みになってしまうほどだ。
凍えない内に学校に向かおう。
一人でトボトボ歩いていると。ヤツがいた。
「あいつも寒そうだな…うおっす!!俊二」
「よう…、ちょっとお前、この寒さ何とかしてこい」
「パシるな。それに無理だから。自然の力の前には人間は無力も同然なんだよ」
「くそ…そうなると俺の美顔も自然の前では無力なのか…」
「それ、学園祭でも言ってなかったか?」
「あー寒くて堪らん、走るか?」
「走ったところで、すぐには暖かくならないし、暖かくなる頃には暖房効いた教室で汗だくになるのがオチだろ?」
「時々お前いやに冷静になるな?」
「経験済みなんですよ」
「【知識は経験より希なり】か?」
「色々間違えてると思うぞ?脳も凍りついたか?」
「シャーベット状態になってると思う」
「いっそのこと完全に凍結したらどうだ?」
…この寒さは、何かで気を紛らわしていないと無事ではすまない。
とにかく僕と俊二は、お互いに噛み合わない会話を続けていた。
「あったけー…暖房最高…」
「地球の環境を犠牲にするだけのことはあるな…生き返る…」
暖房の前に二人で陣取る。
「この学校は妙な所だけは、気配りがいいよな」
「あぁ…暖かい水の出る蛇口がある学校なんて、そうそう無いぞ?」
「そのくせ、掃除用具は箒と雑巾だけで…下駄箱は木造と来てる」
「ブルマを残しといてるのは流石に圧巻だな」
「誰も穿かないけどな…あーあったけ…」
「俺が穿こうか?」
「ブルマ穿いて校庭ランニング10周。OK?」
「校庭で遭難する」
「…よっし、席に戻るか」
「そうだな」
十分暖を取ったところで、担任が教室に入ってくる。
「やぁ、みんなおはよう!!寒くないかい?」
…こいつの声を聞くと妙に腹立つ。
理由は簡単。
いつも、やたらと元気だからだ。
今日も、上がノースリーブで下がジャージ(青)と、一般人なら風邪を引く格好でも、平気で来るほどの元気さ。もとい、タフさ。
実はクラス内ではそんなに人気は無い。
その理由も僕とまったく同じ。
この担任は、教師もののドラマに触発されて教師になったクチだ。
まぁ、その『ハート』は悪くない。
むしろ『ハート』の無い教師の方が困り者と言うこともある。
だが、この担任はその『ハート』を間違えた方向に使っているからタチが悪い。
プライバシーという言葉を知らなくて、ストーカーと言う行為の意味を理解してないようだ。
いつか成敗してやろうと思ったその時…。
「先生こそ、頭は寒くないんですか?」
勇者が現れた。
クラス内の誓いとされる行為【担任の頭の事は見て見ぬ振り】を破った命知らずが現れた!!
比較的新しいこの誓いは、担任が頭のことを指摘され一度キレて大暴れしたことがあり、その日の放課後にクラス内だけで決めた事だ。
クラス全体の時間が止まった。
「あ…あた!?」
「ヤバ…!!」
全員が最悪の事態を想像した。
「(…そうだ!!)」
頭上に電球が現れるかのように閃いた。
僕は立ち上がり、一か八かの弁解に入った。
「肩!!肩っすよ!!先生ノースリーブだから寒くないんすか?って。アハハハハ」
ちょっと苦しいかもしれん…。誰か、援護頼む…ッ!!
「そうですよ先生。身体を冷やすとお腹の赤ちゃんに悪影響ですぞ?」
俊二がギャグを交えた援護射撃開始する。
それに釣られ、クラス全体に乾いた笑いが巻き起こる。
この笑いも、全員での援護射撃(一部を除いて演技)だ。
「お、俺は男だろ、どう見たって!!」
その笑いの波によって、勇者の発言はキレイさっぱり流された。
…よかった、単純なヤツで。
「なんと!?あのマドンナ先生は男だったというのか!?」
俊二が大げさにおどける。
「あーはいはい!!もういいから席につけ俊二。HRが始まらんだろ」
「サー・イェッ・サー!!」
席に着くと、俊二は僕に向けて『ナイスプレイ』とアイコンタクトを送った。
僕も先公に気づかれないように、親指を立てて合図を返す。
そして、何事も無かったかのようにHRが開始される。
―――――――――――
「ん…ん~…」
…寒い。
「……ックシュ!!」
むくりと上半身を起こす。
「…ん?」
何か寒い…。うん、この部屋寒い。
働かない頭で、部屋の温度を漠然とだが確認した。
それと同時に背筋がゾッとするほどの寒さが感じられた。
「寒ッ!?あのバカ、暖房ぐらい入れてから行きなさいよ…」
このまま部屋にいたら風邪を引いてしまう。
急いでリビングに行こう…。
トットットットットットット…
「おはようございますー…うぅ…寒いぃ…」
廊下は部屋より2・3度温度が低かった。
寒い廊下を移動する。寝起きには、これほど堪える苦行は無いだろう。
部屋に入るなり一直線にコタツに向かう。
「あぅーコタツ最高…」
「あら、メリーちゃん。今日は早いのね?」
「え?」
おばあさんに言われ、時計を見ると、時計の短針は9と10の間を指していた。
「今朝は寒さに起こされちゃって…風邪引くところでしたよ…」
「今の時期は冷えるからねぇ。用心しなきゃダメよ?」
「はーい」
ふと、メリーはあることを思い出した。
「そういえば、今日は確かクリスマスイブですよね?」
「そうなのよねー。今年も腕によりをかけてご馳走を作らないとね」
「あ、あの!!私もお手伝いしたいです」
これほどチャンスというチャンスは無い。
この家に来て間もない頃に、食べさせてもらった隆一の料理。
あれは、とてつもなく美味だった。
あの料理の腕は、きっとおばあさんから渡った技だろう。
女の子として、あの料理の腕は羨ましい。
だから特訓をすることにした。
…メニューが増えれば1つ2つ地雷が混ざってても平気だろう。
「いいわよ。一緒にご馳走作って、男どもをギャフンと言わせちゃいましょ!!」
「はい!」
確かにギャフンと本当に言わせれるチャンスでもある。
別にそれが目的ではないのだが…。
「それじゃ、早速買い出しに行きましょうか?」
「う…もうちょっと暖まってからでいいですか?」
「あらあら…ふふふ」
「やっぱり、今日はパーティーとかするんですか?」
「そうね。お客さんも招待しましょうか」
「じゃあ、あとで隆一に連絡して、何人か暇な人を呼ぶように言っておきます」
「助かるわ。と言っても、あの二人でしょうけどね…ふふふ」
「二人?一人はわかるけど…」
「その内わかるわよ。はいお茶」
「ありがとうです。………にが…」
その緑茶は、眠気も一発で覚めるほどの苦い物だった。
―――――――――
「ふぁ~…」
「だらしないな、あれくらいの戯言で」
終業式が終わり、冷えた廊下を歩いてクラスに戻る。
「お前は瞑想やらなんやらしてたからだろ…あ~眠ぃ」
「あとは教室に戻って、通知表貰って、ハゲの小話聞いて終了だな」
「寝れそうにないな。まったく……ん?」
「どうした?電波でも受信したか?」
「誰かがお呼びのようだ」
ポケットの中で携帯が震えている。
「出前の注文か」
「…………いや、殺人予告だな」
「毎度お気の毒だな」
「かったるい…」
(ピ…
「今度はどこで迷子になったんだ?お姫様」
『黙りなさい、出来損ない家臣』
「言葉の暴力いくない」
『いい?今日は俊二とか何人か連れてきなさい。パーティーするわよ』
「あー、やっぱり今年もやるのか。わかった、いつものメンバーで行く」
『私も料理作るから楽しみにすることね』
「え、それ何?死を共にする仲間を選んで来いって事?」
『それじゃ、頼んだわよ(ガチャン)ツーツーツー…』
「あ、こら!!………はぁ…(ピ)」
「…なんだって?」
横にいた俊二の肩をガシッと掴む。
「……僕達、どこまで行っても親友だよな!!」
「貴様!!その肩を掴んだ手を離せ!!その笑顔も含めて何故だか凄まじく嫌な予感がする!!」
肩を掴んだ手を振り解こうともがくが、逃がさない。
「一緒に逝こうや。親友だろ?」
「ま、待て!!落ち着け!!目を覚ますんだ!!」
「あとは山やんだな。三人で逝こうや…」
「放せ!!俺をまきこむな!!放せ、はなせえええええぇ………!!」
周囲のクラスメイトが可笑しく笑っている。
いつものコントだと思われているようだ。
そんなことも気にせず、俊二を捕まえたまま教室に戻った。
――――――――――
PM6時
ちょっと小腹が減ってきた。
一階に食料を取りに行きたいが、行ったら精神的に耐え難い光景を見てしまう気がするので、我慢するしかなさそうだ。
「そういえば成績どうだった?」
「僕の方は一学期とそんなに変わり映えがなかったな。そっちは?」
「授業態度が最低評価だったな。あとは平均的だ」
「あー、僕もそんなこと書かれてたな」
あのガリ勉メガネこと川岸でさえ、一度の居眠りで【授業態度悪し。改めるべし】などと書かれたそうだ。
「やっぱりあのハゲは成敗しておくべきだ。社会的に」
「そうだなー。その内事件起こすから止めておくべきだよな。社会的に」
「廊下でのあのコント…ちょっとわざとらしかったぞ」
「そうか?俺はいつも通りな感じでやってたんだが」
俊二が本気を出せば、掴まれた肩なんて簡単に振り解けるのは、百も承知だった。
「…悪いな。付き合わせちまって」
「大丈夫だ。胃薬と血清を持ってきた」
「嫌なら来なくても良かったんだぞ?」
「毎年この日は、ここで過ごすのが俺のルールなんでな」
「ははは。あいつもそんなこと言ってたな――」
―――ピンポーン
「来たよ来たよ来ましたよ。三人目の勇者が」
「…噂をすればなんとやら。だな」
二人で一階に下りる。
どちらか片方が、好奇心に負けてキッチンを覗くようなマネをしないようにだ。
ガチャ
玄関の外には山やんが立っていた。
「ようこそ、ユートピアへ」
「遅かったな。お前らしくも無い」
「おう。寒いから早く上げろや」
キッチンが見えないように、山やんを招き入れる。
のっそのっそと家に上がる山やん。
まるでクマが二足歩行しているような動きだ。
バタン
玄関のドアが閉まると、山やんの人格が変わる。
「あ~参った参った、来る途中5人ぐらいに絡まれてよー」
「山やんは、視界に入った人全員にガン飛ばすからだろ?」
「そりゃオレのクセなんだよなー。一応謝ってから殴りつけるんだけどよ?」
「謝ってすぐ殴ってりゃ、意味ないわな」
「ははは、違いねぇな」
山やんは、僕の家に入ると【強面の不良】の仮面を外し、【本当の山やん】になる。
喧嘩の日々に疲れると、よく家に上がりこんできて、仮面を外しに来るのだ。
「山崎、一般人には手を上げるなよ?警察沙汰になっちゃ、俺も助けられねぇからな?」
「そこら辺は大丈夫だ。ガン飛ばしから、愛らしい笑顔へ瞬間的に変えれるようになったからな」
「それはそれで犯罪になるぞ」
「立ち直れないくらい侮辱された…」
「あぁ!!山やんのピュアなハートが傷ついた!!」
「なに!?山崎、おまえ体は頑丈のクセに心は軟すぎだぞ!?」
いつの間にかコントになっていた。
まぁ、これがいつもの三人なのだが。
不意に後ろで、とてつもない殺気を捉えた。振り向きつつ一歩引く。
エプロン姿のメリーが、泡立て機を片手に腕を組んで仁王立ちしていた。
「…アンタ達、うるさすぎ」
「す…すまん!!マジゴメン!!」
とりあえず、本気で謝る。
「…フン!!」
そっぽを向き、キッチンに戻って行った。
が、2・3歩歩いたところで、歩みを止め…
「7時には準備できるわよ」
そう言って彼女はキッチンに戻っていった。
とりあえず二階に逃げるように移動する。
バタン…
「こえ~…めっちゃこえ~」
全員でへたり込む。
「初めて見たぞ…あんな殺気を漂わせた彼女…」
「あれが本来の姿だ。覚えておけ」
「戦慣れしてるオレでも、怖気づいたぞ…。泡立て機が殺人兵器に見えた…」
「まったく…何なんだよ、あの威圧感は」
間を和ませるために、話題を変える。
「エ…エプロン姿は可愛かったよな?」
「確かに、俺も稀に見る人材だと思った」
「オレは泡立て機にしか目が行ってなかった」
「あそこでお前が謝ってなければ、俺らの命は無かったかもな」
「本当にありそうで怖いんですけど」
「7時に完成か…」
時計を見る。
PM6時40分
「あと20分…死刑囚はこんな心境なのかな…」
「…ところで隆ちゃんよ?」
「あん?」
「あの娘は…いつだか三人で大暴れしたときに守られていた姫君かい?」
「あぁ、そして学園祭でお前を負かせたグラップラーだよ」
「マジかよ!?オレあんな娘っ子に負けたのか…。いや、負けた理由は解った気がする…」
「あんなナリして、あれだもんな…。さらに同居人だし…」
「あの娘もここに住んでるのか?」
「さらに同室」
「…お前も大変なんだな」
ため息をつく。
「なぁ、隆一」
「今度はお前か。なんだ?」
「メリーの料理は食った事あるのか?」
「無い。無いから怖い」
「食わず嫌いだろ。それ」
違うと思う。
「もうちょっとポジティブに考えようぜ。もしかしたら美味いかもしれないだろ?」
「あー…、まぁそうだけどな…」
『実は料理は滅茶苦茶上手かった~』とか、そんな都合のいいことはあるもんじゃない。
「そういえば、お前さ」
ずいっと俊二が近寄ってくる。
「メリーの事最近意識してないか?」
「ぶっ!?いきなり何を言うか!?」
「ほぉ、恋沙汰か?」
山やんまで寄って来る。
「一つ屋根の下で暮らして、さらにルームメイトって…なぁ?」
「うむ。少しばかりでも恋心が芽生えるってものだろ」
「ハァ……そんなこと分らないよ。僕は――」
「何が分らないの?」
「―って、うわぁ!!」
「うおっとぉ!?」
「ぬおおぉっ!?」
「きゃっ!!」
四人で一斉に驚いた。
部屋に入って来たメリー本人も驚いていた。
「あ~驚いた。入る時ぐらいノックしてくれよ」
「ノックしたわよ」
詰め寄られた時か…。
「で、何の用か?」
「パーティーの準備が出来たから、下に降りてきなさい」
「ぐ…」
「…?どうかしたの?」
「…いや、なんでもない。行こうか」
「いよいよ執行か…短い人生だったぜ」
「希望は捨てるな…」
メリーを先頭に四人でリビングに向かう。
リビングに入ると、まさに豪華絢爛な料理が僕達を待っていた。
「毎年豪華に作るなぁ…」
「これは…流石としか言いようが無いな」
「すっげぇ…」
テーブルには溢れんばかりの豪勢な料理。
「んで…、この形容しがたい物体は一体…」
(僕の席の近くに位置する)テーブルの片隅には、嫌な黒の色をした固形物系の食べ物と。
「これは…スープと言うより汁だな」
俊二の斜め前方には紫色のスープ。
「な…なんだ、このとてつもない妖気は…」
山やんから近い位置に、パンに何か不思議物体が挟まれているサンド…。
「メリーさん、メリーさん」
「ん?何?」
皿を配っていたメリーに話しかける。
「このサンド【ウィッチ】」
「うん?」
「ギャグで作りましたか?」
ガンッ!!
「痛ぇ!!」
「バカ」
おぼんで殴られた。
「ぐぐぐ…」
「何話してたんだ?」
メリーがキッチンに戻った後、俊二が寄ってきた。
「いや、『あの不思議次元からの産物は、あなたの提供ですか?』って聞いたら…」
「まぁ、当たり前だな」
流石に、メリーが魔女だって事は教えられないよな…。
「よく考えたらさ、この料理以外を食べてれば、問題ないんじゃないか?」
いきなり山やんが正論を言い放つ。
「それもいいけど、あからさまに避けてたら気づかれるぞ」
「じゃあ、味を相殺しつつ胃袋に放りこむ」
「それがベストだな。胃薬なら十二分に持ってきている。首尾も万全だ」
食事の前の会話じゃないな…これ。
――――――――――――
「さて、皆さん。席に着きましたか?」
準備が整ったので、全員で席に着く。
「全員揃ったようで…。よし、隆一、音頭を取れぃ!!」
「よっしゃ、行くぞみんな!!メリークリスマース!!」
「カンパーイ!!」×6
さあ、始まりました。
生きるか死ぬかの究極の晩餐。
デット オア アライヴ食卓。
まずは、おばあちゃんお手製のから揚げを口に運ぶ。
「やっぱ美味いなぁ、から揚げ」
おばあちゃんの得意料理なので、パーティにはいつもから揚げがある。
ちなみに僕の隠し大好物でもある。
「どれどれ…おぉ、流石おばあさん!!いつも料理が上手でいらっしゃる」
「本当だ、こりゃうめぇや!!」
「ばあさんのから揚げは、世界一じゃな」
美味いものを食べて、舌の味覚に防御壁を作ることに成功する。
よし、覚悟は決めた。
標準を黒い塊にあわせる。
俊二と山やんが、(まだ早い!!死に急ぐな!!)と合図を送っているが、今じゃなきゃ手を出せない気がする。
震える箸で、その固形物を挟み、一気に口に放り込んだ。
メリーを見る。
げ…、すごい期待のまなざし…。
下手な演技じゃ、逆に怒りを買いそうだ…。
意を決して噛む。
ガリ!!
………GALI?
何かいけない物を噛んでしまった気がする。
恐る恐るもう一度噛んでみる。
バリ!!ゴリゴリゴリ!!
えっ…えぇ…!?
何か凄い音してるよ!?
勢い余って二回も噛んだし。
ヤバイ、これから来る【味に対しての心の準備】が一気に萎えた。
こうなったら、味がする前に、一気に噛み砕いて飲み込むしかない!!
ガリガリボリゴリゴリゴリゴリ!!
出来るだけ味覚を意識しないで、口の中の物を小さくする。
が、どうやら遅かったようだ。
まず、舌に痺れが来た。
その次に、舌の両側面が嫌な味を感じ取った。
本来苦味成分は、舌の中心部で感じられるそうなのだが、お構い無しだ。
舌全体、否。口全体に広がる葬送曲。
み、味覚が破壊される!?
「隆一!!」
俊二がシャンパン(未成年用)の入ったグラスを差し出してくれる。
僕はそれを受け取って、一気に口の中の物を胃に流し込んだ。
「…助かった。サンキュー…俊二。死ぬかと思った…」
「…いや、まだ助かってないな」
「え?」
俊二が指を指してる方向を見る。
「あ…」
「そっか…死ぬほど…不味かったんだ…」
メリーがうつむいて言った。
「あ…その…メ――」
ガタンッ!!
メリーが荒々しく席を立つ。
「……………」
メリーは立ったまま動かない。
「メリー…?」
僕は不安になって、メリーに近づいた。
「ッ!!」
パァンッ!!
「!?」
「な!?」
「…!?」
一瞬何がなんだか分らなかった。
頬に痛みが走ったその時、初めて「平手打ち」を食らったことに気がついた。
みんなが固まっている。
僕も。メリーも。
「……………!!」
メリーは玄関に走っていった。
玄関のドアが閉まる音がして、家は完全の無音が支配した。
「痛ってぇなぁ…」
頬をさする。
…ジンジンする。
「ミステイクだな。相棒」
俊二がシャンパンの入ったグラスをよこす。
「まったく…口は災いの元か…」
シャンパンをクイッと飲み干す。
「夜は冷えるからな。着込んで行けよ」
山やんが、ソファの上にあった、僕の上着を投げて渡す。
「サンキュー、山やん」
「隆ちゃん。誠心誠意で謝るのよ?」
「あぁ、分ってるよ、おばあちゃん」
「メリーには、みんな怒ってないとも言っておくんじゃよ?」
「OK」
玄関に向かい靴を履く。
「みんなゴメン。責任持って連れ戻してくるから!!」
「料理が冷めないうちに帰ってこいよ」
「あぁ!!行ってくる!!」
ガチャ!!
流石、冬の夜。
「…メッチャ寒い」
でも、今はそんな事言ってられないな。
僕は商店街に向かって走り出した。
クリスマスイヴだけあって、商店街はかなりの人ごみだ。
…ここには居ない。
直感的にそう感じた。
他を探そう…。
僕は思い当たる場所を探し回った。
メリーと一緒に歩いた並木道。
買い物帰りに寄った河川敷。
あの公園。
なのに…、なのにどこにもメリーの姿は無かった。
残る場所は…。
彼女の姉さんの居る…あの山頂上。
そう。メリーの眠りを解くために走り回ったゴールもあそこだった。
メリーはあそこにいるはず!!
僕は、あの近道を使って裏山に向かった。
「ハァッハァッハァッハァ…!!」
山頂に着いた。
動き回ったので、身体が火照っていた。
あの桜の木の下に、彼女がいるはず。
そう思って、あの桜の場所まで走った。
「うそだろぉ…」
桜の木。今は枝だけになった樹。
そこにはメリーの姿はなかった。
力が抜け、へたり込む。
「どこにいるんだよ…。謝るからさ…。出てきてくれよ…メリー…」
ガサ…
「!?」
枯葉を踏む音が聞こえ、その方向に目をやる。
人影が桜の木の裏から現れた。
「…メリー!!」
桜の木の裏から出てきたのは、メリーだった。
起き上がり、メリーに近づく。
「メリー、探したぞまったk―――」
ヒュン!!
風を切る音がして、反射的に踏みとどまる。
目の前をヒラヒラと舞っていた落ち葉が、真っ二つになった。
メリーはあの巨大なカマを、手に握っていた。
「………何かの冗談だよな?」
間合いを開けながら聞くが、メリーは無表情のまま、うんともすんとも言わない。
「っち…相当頭に来てるってわけか」
ここまで来た手前、尻尾を巻いて逃げるなんて事はしたくない。
だからと言って、ここでカマに引き裂かれる気も毛頭ない。
そして、あの【誓い】にかけて…。
月夜に照らされ、メリーのカマが怪しく光る。
一瞬でも気を抜いたら、あれの餌食だ。
その瞬間、メリーが飛び込んできた!!
「おわっと!!」
カマの振り下ろしを避わす。
地面に大きなくぼみが出来る。
(喰らったらひとたまりも無いな…)
次に右から横なぎが襲ってくる!!
間合いが近すぎる、後ろには避けれない!!
($Θеж℃ё!?)←必死
メリーの左側に飛んでカマを避ける
(あぶねー!!めっちゃあぶねー!!)
飛んだ事で、間合いが離れた。
おかげで色々と考える時間が出来た。
(よし、いつだか僕が思いついた攻略法を試すか…)
次が勝負だ。
前回(一日目)のように、長期戦になったら、今度は確実に殺られる。
風の音だけが支配する世界。
二人は睨み合って動かない。
刹那、メリーが疾風のような速さで僕に近づいた!!
メリーはカマを振りかぶり、左になぎ払う!!
僕は、メリーの間合いから離れようとせず、むしろ逆にメリーに近づくように、踏み込んだ!!
カマが横に振るわれる!!
だが、カマは、本来の軌道をずらし、地面に擦れ、止まってしまった。
「攻略法その一・カマは、柄の部分さえ制御してしまえば、刃での攻撃を無力化できる」
刃に近い柄の部分が僕の靴によって、踏み押さえられていた。
だが、メリーはそのカマを力ずくで持ち上げ、今一度薙ぎ払った。
隆一は、思いっきり後ろに飛びのいて、カウンターを避けた。
その隆一を追撃しようと、メリーが間合いを縮める。
「攻略法その二…」
隆一も間合いを詰めた。
メリーはカマの刃を隆一の後ろに持っていった!!
このまま手前に引けば、隆一の体は見事に引き裂かれる!!
だが、隆一は構わず間合いを詰めていった!!
――――――――
カマは隆一を引き裂く事は無かった。
「カマは内側に刃がついてるため、刃を使う攻撃はカマを引く動作を必要とするものが多い。すなわち、振り下ろしと横薙ぎでは無い攻撃なら―」
メリーは隆一に抱きつかれていた。
「間合いを極限まで詰めれば、攻撃はほぼ不可能なんだよ」
メリーは動けない、否。動かない。
「ゴメンな、僕無神経なこと言った」
「あの黒いの、から揚げだろ?」
「…………」
「あらかた、おばあちゃんが教えたんだろ」
「僕の好物は、おばあちゃんしか知らないんだ」
「…………」
「メリー、何か返事してくれy―――」
ドン!!
「ぬあ!!」
思いっきり押し飛ばされてしりもちをつく。
メリーは、相変わらず無表情だったが、心なしか悲しい顔をしていた。
「…メリー?」
刹那、メリーの身体が頭からサラサラと崩れ始めた。
「…ヒィッ!?」
まるで砂が風に吹かれていくかのように、…儚く崩れていく。
「メ、メリー!?崩れて…えぇ!?」
訳も分らず、隆一は呆然と崩れていくメリーを見て固まっていた。
腰…膝…次第にメリーの身体は崩れていき、とうとう足も消えてしまった。
―メリーは完全にそこから消滅してしまった。
隆一は、今自分の見た光景が未だに信じられず、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
そして、その真実を認めたくはなかった。
今頃になって、頬がズキズキと痛みを帯びてきた。
「メリー…何で…何d――――」
「アハハハハ!!なっさけない顔ー!!」
「へ?」
上の方から、聞き慣れた声が聞こえた。
まさかと思い、上を見上げた。
「あ、メリー!!」
今さっき消滅したはずメリーが、桜の木――
お姉さんの枝の上で足をバタつかせて、僕を見てケラケラと笑っていた。
彼女はヨッと木から飛び降りて、僕に近寄ってきた。
「さっきの動き、結構サマになってたわよ。やるじゃないの」
「いや、さっきのメリーは?」
一番真っ先に言う事はそれじゃないだろ。僕。
「お姉ちゃんの協力で、近くの落ち葉から作った、メリー二号よ」
「…だから様子がおかしかったのか」
「それでも、基本的な動きは私と同じよ?」
「え?じゃあ僕は、メリーの攻撃を避けれるようになったって事?」
「柄での攻撃と、格闘も混ぜて避けれるようになれば、合格ね」
「ぐ…」
「……………」
メリーが僕を見つめている。
…結局二度言う事になるのか。
「メリー、本当にゴメン!!軽率な事言った。本当に、ゴメン!!」
頭を下げ、前方に手のひらを合わせる。
「今度の事で、懲りたかしら?」
「すんごい懲りた!!お釣りが来るくらい懲りた!!」
「…お釣りが来るくらい?」
「…さっき、メリーの体が崩れてた時、頭が真っ白になってさ…」
「…………」
「心臓が止まりそうなくらい、後悔の塊がぶつかってきて…」
「なるほどね…。アンタには相当のドッキリイベントだったわけね」
カマで殺されかけるのも、よっぽどのドッキリイベントです。
「いいわ。許してあげる」
「本当ですか!?」
なぜか敬語になる。
「今日は、年に一度のクリスマスイヴ。アンタとケンカなんかしてたら勿体無いわよね?」
「…ありがとう」
「な、何お礼なんか言っちゃってるのよ。お礼なら、今日この日に言えばいいじゃない!!」
「ははは…、そうだな」
なんだか可笑しくなってしまった。
「なーに笑ってるのよ。さっさと帰ってパーティーの続きするわよ」
「そうだな。みんな待ってる」
ふと、メリーが空を見上げる。
僕もつられて、空を見上げた。
「…あーあ、雪でも降らないかなぁー」
「ホワイトクリスマスか…でも、無理だな。雲ひとつ無い」
「はぁ…。残ねn―――キャッ!?」
「うおっと!?」
上を見ながら歩き出したメリーが、バランスを崩した。
すんでの所で、僕が受け止め、何とか転倒は避けた。
「あっぶねぇ…大丈夫か?メリー」
「あ、ありがと…」
メリーは僕の腕から離れると、そっぽを向いてしまった。
「にしても何があったんだ?」
メリーがつまずいた所を確かめる。
そこは、さっきのメリーが、最初の一撃で放ったカマでくぼんだ穴があった。
「メリー、足は大丈夫か?」
「…大丈夫。捻ってもないみたいだし」
「そうか…。よし、さっさと帰ろうか」
「そうね。冷えてきたわ…あら?」
「え?これは…」
白い花びら?
「これ…桜の花びらじゃない!?」
「本当だ、一体どこから…」
思案する必要は無かった。
こんな粋な計らいをしてくれる人は、他にいない。
二人で同時に、桜の木――メリーのお姉さんを見る。
「うわぁ…!!」
「すっげぇ…!!」
枝に何も付いていなかった桜の木が、
冬にもかかわらず、聖夜の月明りの下で神秘的に輝く満開の桜の花を咲かせていた。
「キレイ…」
「メリーのお姉さんからの、クリスマスプレゼントだな」
「…うん」
「……………」
「……………」
「なぁ、メリー。来年も、この光景を見れるかな?」
「…さぁね?あなた次第ね。」
「そうか…」
僕とメリーは、その幻想的な光景をいつまでも眺めていた。
拍手っぽいもの(感想やら)
- ※ネタばれチックなので、感想やレビューから先に読む人は注意。
相変わらずの秀作。とっても楽しめた。
ひとつだけ言うとすれば、作者のRei.HLfH.さん自身も「やたら長いので覚悟してください。」とおっしゃっているように前半の日常の描写が長い。
やや冗長な感じをうけるくらいに。
とはいっても、「メリーのいる生活」なのだから日常の生活の描写の中に萌えを見出すという意図なのかもしれない。
謎物体については、おばあさんたちと一緒につくっているから、そんなに劇物はできないはずだと無意識に思っていたのだろうか。
見た目は悪いけど、実は愛情がこもっていて味はおいしかったとか、(死なない程度に)まずいけど、メリーを気遣って「おいしいよ」というとか、そんなことを期待していたけれども、料理の腕は超地雷級だったということだろうか。
元は食材だっただろうに、あそこまでのものをつくれるのは一種の才能かもしれない。
担任の先生に食べさせてあげたい。
メリー2号が崩れるシーンには愕然とした。隆一やそれを取り巻く人々と同じようにメリーさんとの幸せな時間がこれからも続いて欲しい思っていたから。
崩れたのが実体でないことにほっとした。
そうして仲直りをした二人を祝福するようにラストのお姉さんの桜の花びらのシーンがとても美しく、その光景が目に浮かぶようだった。 -- 317 ID:pVfVF/lr (2005-12-25 16:44:16)