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―――次は貴方?

彼は、ふと聞こえた声に反応して周囲を見回してみました。
多いとは言えませんが、周囲には人が何人もいます。
空耳か、他人の会話の、その台詞だけが聞こえたのかも知れない、と、彼は思いました。

彼――仮にA氏と呼びましょう――は医者でした。
急患が入ったと思ったら、患者は病院に着いて間もなく亡くなってしました。
それだけなら、A氏は良心を痛めるだけで済んだのですが、患者の死因が「人形を咽喉に詰まらせた事による窒息死」だった為、ひどく不気味に思ったのです。
なにせ、その人形と言うのが小さいとは言え全長20cmほどはある日本人形だったのです。
患者は、医者だったそうです。
A氏は同僚達と、何か絶大な失敗をして気が狂ったのでは、等と噂話をしていました。

―――次は貴方?

事後処理も済み、漸く一段落ついた時にその声を聞いたので、A氏がそう思ったのも、ある意味当然だったのかも知れません。
A氏は深夜帰宅後、直ぐに寝ることにしました。

それから、三日。
A氏は三回“空耳”を聞きました。

―――次は貴方?

―――私と友達になりません?

―――私、もっと貴方の事を知りたいの

“空耳”は、毎回同じ位の時間に聞いている気がしました。
A氏はその日、こまめに時計を見てみました。

―――もうすぐあえるね

夜の、1時43分でした。正確には解りませんが、やはり、いつもこれ位の時間だったと思います。
A氏が不気味に思ったのは言うまでもありません。

翌朝、同僚に相談してみても、軽く笑い飛ばされるだけでした。
確かに、笑い飛ばされてもしかたのない話かな。夜まで仕事をしているうちに、A氏もそう思えるようになりました。
家に帰り、気分転換にコメディ映画を観ることにしました。
久しくコメディ映画など観ていなかったせいか、A氏はすっかり映画に釘づけになっていました。

―――やっとあえたね

ついさっきまで笑い転げていたA氏は、驚いて時計に目をやりました。1時43分でした。
しかし、A氏が驚いたのは、正確には、時間が同じだったからではありませんでした。
聞こえた“空耳”が、あまりにも、はっきりと認識できたからでした。
具体的に言うと、そう。A氏の真後ろ。
A氏は、身体の震えを押えようともせず、ゆっくりと後ろを振り向いてみました。
振り向いた先には、先日の患者の咽喉に詰まっていたのと、同じ人形が佇んで居ました。
A氏は悲鳴を上げて、手当たり次第に辺りの物をその人形に投げつけました。
置時計を投げ、テレビのリモコンを投げ、雑誌を投げ、食器を投げ、灰皿を投げ―――。
人形は、避けるでも、受けるでもなく、言葉を発する事も無く、A氏が投げた物が当たって、転がっていきました。
荒い呼吸を落ち着けようと必死に深呼吸を繰り返しながら、A氏は、ただの人形だ、ただの人形だ。と、自分に言い聞かせました。
ようやく呼吸が落ち着き、やはり、人形は人形らしく転がったままの状態で床に落ちていました。
A氏は人形をゴミ箱へ叩きつけるように棄てると、すぐに布団に潜りました。
潜ってから、ゴミ箱に棄てたのは失敗だったと、後悔しました。
結局、一晩眠れずに過ごしたA氏は、勇気を出して人形を棄てたゴミ箱を確かめて見ました。
人形は、やはり人形らしく棄てられたままの状態でゴミ箱に入っていました。
A氏は、ゴミ箱からゴミ袋を取り出し、更にゴミ袋を何枚か重ねてゴミ捨て場に棄てていきました。
その日も、同僚に相談してみました。
流石に顔色の悪いA氏を見て、同僚も心配したようでした。
その日、A氏は仕事を休み、早々に帰宅しました。
本当は散歩でもしたかったのですが、道行く人の話し声。足音。そう言った物が、とてつもなく恐ろしい物に感じてしまい、一目散に帰宅する以外の選択肢がなかったのでした。
しかし、家の中にいようと、物音が無くなる訳ではありません。
怯えて、怯えて。気がつけば、深夜になっていました。
また、刻々と1時43分が近付いてきます。
A氏は布団に潜り込み、ひたすら震えていました。
極度の緊張状態にあるA氏が眠りにつける訳も無く、やがて、A氏は耳にします。

―――私、貴方と一つになりたいの

その“空耳”は、A氏の耳元から聞こえて来ました。
A氏は絶叫と共に布団から飛び出しました。
飛び出したA氏の肩から、人形が転がり落ちました。
ゴミ捨て場に棄ててきたはずの、あの人形が。
A氏は、たまたま手に触れた灰皿で、人形を殴りました。
殴って殴って、殴り続けました。
A氏が殴るのをやめた時には、既に日は昇っていました。
人形は滅茶苦茶に潰れ、灰皿は砕けていて、A氏の手も滅茶苦茶に潰れていました。
A氏は、全てをそのままに、家を飛び出しました。
飛び出したと言っても、一晩中腕を振るい続けたA氏はふらふらで、無心のまま自分の勤める病院に辿り着いた頃には、日は傾いていました。
A氏は仮眠室に入ると鍵を閉め、部屋の角、扉からも窓からも、一番離れた場所でタオルケットに包まって蹲りました。
そうして、時計を睨み続けました。やがて、1時43分が近付いてきました。
後5分…1分…30秒…10…5、4、3、2、1………
1時43分になりました。
A氏の口から、乾いた笑いが零れました。
何も、起こらなかった。
何日間ぶりか、緊張から解放されたA氏は、自分がここ数日、シャワーさえ浴びていなかった事に気付きました。
まずは洗面所へ向かい顔を洗い、絡んだ痰を吐き出しました。
痰には、僅かに赤色が混じっていて、A氏は、喉でも切れたか?と思い、鏡に向かって口を開いてみました。

A氏の咽喉で、人形が笑っていました。

A氏は叫ぼうとしました。走ろうとしました。
全て叶いませんでした。

「やっと、一つになれたね」

そう口にしたのは、間違いなく、A氏自身でした。
A氏の記憶は、ココで終わりました。


彼は溜息を隠せませんでした。
彼――仮にB氏と呼びましょう――は、医者でした。
ここ数日、なにやら様子のおかしかった同僚が、人形を咽喉に詰まらせて死亡したのでした。
B氏は、少し前に同じ死に方をした患者がいたのを思い出しました。
B氏の同僚は、あの患者を救えなかった事に後悔を覚えていたのかも知れません。
同僚とはこの病院で知り合い、知り合ってから、B氏も同僚も、患者の死に付き添った事は、あれが始めてでした。
B氏はそれ以前に何度か経験がありましたが、同僚はあれが初めてだったのかも知れません。
死ぬ直前は何かに取り付かれたかのような顔をしていたのを覚えており、B氏は同僚の相談を軽く受けていた自分を責めました。

B氏はふと、何か聞こえた気がしました。

―――次は、貴方?