サク・・・サク・・・
いつものように砂漠を歩く。
サク・・・サク・・・
後ろを見ると、まっさらな砂の海に私の足跡だけが続いている。
サク・・・サク・・・
前を見ると、目的地が見えてくる。後もう一踏ん張りだ。
ようやく、目的地に到着する。何度通っても、やはり砂漠の熱は慣れそうにない。
砂に埋もれかけた古い遺跡。どれくらい昔の物なのか分からないが、風化が激しく建物としての形はほとんど残っておらず、壁や柱が砂漠から生えている、そんな風景だ。
近くに小さなオアシスがあるしゲートからもそう離れてはいない。だが、そもそもこの砂漠を訪れる人は少なく、コレといった見るべきものがある場所でもないので、今までこの遺跡で人と会ったことはない。
「・・・もう、遅いぞ~!」
水を飲み一息ついていると、可愛らしい声が聞こえてくる。
声のした方向を振り返る。
乱雑して生えた石柱の一つに座り、白い髪を風になびかせながら頬を膨らました少女がこちらを見ていた。
彼女と初めて会ったのは、かれこれ5年ほど前だったろうか。当時学生だった私は、考古学をかじっていたせいもあって、色々な遺跡を見て回っていた。
次の行き先を考えていたある日、ふと子供の頃に祖父に聞いた御伽噺を思い出してこの遺跡を目指すことにしたのだ。
「どうしたの?ボーっとして」
「・・・いや、なんでもないよ」
いつの間にか近づいてきた少女が心配そうに見上げてきていた
年は15,6歳くらいだろうか。
雪のように白い髪とこの日差しでもまったく日焼けしていない白い肌。
日の照りつける砂漠だというのに、場違いな白いワンピースを着ているが、本人はまったく気にしていないようで汗一つかいていない。
白で固められた風貌の中で、紅い瞳が一際印象を強くしていた。
初めて会ったのが5年前なので、当時は10歳くらいかと言うと、そうではない。彼女は、初めて会った時からまったく姿が変わっていなかった。
祖父の御伽噺は、要約するとこうだった
祖父は、瞑想の為に度々この砂漠を訪れていたそうだ。
そんなある日、突然の砂嵐に巻き込まれて道に迷ってしまったが、何とかこの遺跡を見つけて命拾いしたとかなんとか。その時に、彼女と出会ったらしい。
- ちなみにこの御伽噺のオチは、この少女に会いに行く為に『瞑想』に行く回数が増えた祖父を、祖母が浮気しているのではと勘違いしてエライ大喧嘩をした、という酷い物だった。
子供心にそんな話を聞かせるのはどうかと思ったが・・・まぁ現状を見るとそう祖父の事を批判出来そうにないのが悔しい所だ。
「見た所熱中症じゃないみたいだけど・・・大丈夫?」
「何年ここに通ってると思ってるんだ?本当に大丈夫だよ。・・・まぁ今日は少し日差しが強いからな、ほら、さっさと日陰に」
言い終わる前に、彼女はいつもの日陰に移動していた。何が嬉しいのかにこにこしながら、はやくはやく、とこっちに手招きをしている。
月に一度という頻度とはいえ、それなりに長く会っているのに彼女の名前はまだ分かっていなかった。何度か尋ねた事はあったが、『覚えてない』、の一点張り、何でここにいるのかというのも『気がついたらここに居た』らしい。
一度きつく問い詰めた事があったが、その時は泣きながら走り去ってしまい、その日はもう二度と姿を現さなかった。なのでもうあまり彼女の事は聞かないようにしている。
ここに来て何をするかというと、別に特別な事をするわけではない。ただ単に彼女と話をするだけだ。
と言っても、彼女はこの何の変化もない砂漠にいるのでコレといった話題がない。なので大抵私が外で起こった出来事を聞かせる形になる。
年相応に、どこぞの動物園で生まれた珍しい動物の赤ん坊の話しに目を輝かせたかと思えば、次は新型I=Dの事を興味深そうに聞いてきたり、未だに彼女の興味の傾向が分からない。雑学や豆知識の類が増えたのは彼女のせいといっても過言ではないだろう。
話しに区切りが付くと、彼女は空を見上げた。つられて私も上を向くと、もう日が落ち始めていた。
「そうか、もう時間か・・・」
視線を戻すと、彼女はもう遺跡の入り口にいた。さっきまでの笑顔とは違う悲しそうな笑顔を見せながら。
彼女はこの遺跡から出ようとはしない。もしかしたら『出られない』と言ったほうが正確なのかもしれないが・・・
「それじゃ、またね」
「それじゃ、またな」
サク・・・サク・・・
粒子の細かい砂を踏みしめ、今日も私は砂漠を歩く。
サク・・・サク・・・
きっと、私も祖父のように、この御伽噺を息子や孫に話すのかもしれないと思いながら。----
最終更新:2008年03月25日 22:58