雑学の部屋・常識の嘘

イグ・ノーベル賞

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イグ・ノーベル賞 というのは、「人を笑わせ、そして考えさせる」研究に対して
与えられる賞である。

日本でも『バウリンガルの発明』や『カラオケの発明』がイグ・ノーベル賞を
受賞しているので、御存じのかたも多いと思う。

スタンスとしては、日本の「と学会」が制定した「日本トンデモ本大賞」に近い。
しかし「日本トンデモ本大賞」との本質的な違いは、科学的に正しいものも
賞を受賞できる し、科学とは全く関係のない事柄でも受賞できる所にある。

つまり、トンデモ科学のみならず、真面目な科学的研究もイグ・ノーベル賞を
受賞できるのである。

たとえば、「古代彫刻の左右の睾丸の大小は、実際の人間のそれとは大抵反対になっている事」を
実証した論文がイグ・ノーベル賞を受賞した事があるだが、
驚くべき事に、この一見どうでもよさそうな研究は権威ある科学雑誌『ネーチャー』に
載ったもの である。

筆者は最近、イグ・ノーベル賞について書かれた本[1,2]を入手したので、
そこから面白かったものをいくつかピックアップしてみたい。

なお、当サイトはあくまで雑学サイトなので、雑学的に面白いものを中心に紹介する。



2006/10/29 (2006/11/13加筆)

デタラメな論文を載せた権威ある哲学論文誌

権威ある哲学論文誌雑誌『ソーシャル・テキスト』は1996年、
全く意味の無いデタラメな論文を載録した。

同誌の編集者はこの件でイグノーベル文学賞を受賞。

デタラメな論文を論文誌に送りつけた犯人はニューヨーク大学の物理学教授である
アラン・ソーカル。

哲学者達が分かりもしないで数式や物理用語を使う事に
常々腹を立てていたソーカルは、哲学者達を批判する為
哲学・社会学の用語を数学や物理学の用語と適当に結びつけて
デタラメな哲学論文を書き、それを当時の最も権威ある雑誌の一つ
『ソーシャル・テキスト』に送りつけた。

論文のタイトルは『境界を侵犯すること:量子重力の変換解釈学に向けて』。
ソーカルはこの論文のデタラメさを哲学者達が見抜けるかを
試したつもりだったのだが、哲学者達はそのデタラメさに気付くこと無く、
この論文をそのまま『ソーシャル・テキスト』に載せたのである。

ソーカルがデタラメである事を公表すると、マスコミはこぞって
この件を書き立て、この件はニューヨーク・タイムズの第一面を飾った他、
ヘラルド、オブザーバー、ル・モンドなどの有力新聞にこの件が載った。

マスコミの取材に対する『ソーシャル・テキスト』の編集長のコメントは、
「ソーカルの論文を掲載した事を心から後悔しています」というものだった。

その後ソーカルは、『「知」の欺瞞』という本を執筆し、
その中で哲学者達がいかにデタラメな科学知識を濫用しているかを暴露した。

そこで科学知識を批判された哲学者はラカン、クリステヴァ、
ラトゥール、ガタリなど著名な人物ばかりで、
ソーカルによると彼らの科学的誤りは、些細な誤りどころの騒ぎではなく、
事実や論理に対する軽蔑、といわないまでもひどい無関心が
はっきりとあらわれているものであった。



2006/11/5

知らないうちに死亡届けが出されてしまった人のための団体「死人協会」の設立者

「死人協会」を設立したインド人のラル・ビバリが2003年イグ・ノーベル平和賞を受賞。

彼が「死人協会」を作ったのは、彼がある犯罪に巻き込まれた事がきっかけである。
その犯罪とは、彼の叔父が勝手にビバリの死亡届けを出してしまった、というものである。

叔父はビバリが所有する土地を奪い取りたいと考えていて、
その為にはビバリが死んだ事にして、土地を遺産相続するのがよいと
考えたのである。

そこで叔父は役人を買収してビバリの死亡届けを受理させ、
さらに土地登記所の役人も買収してビバリの土地を奪った。

こうして勝手に死亡届けを出されてしまったビバリは、
もちろん役人に訴えて生存を回復しようとしたのだが、
官僚的なインドの役人達は、いっこうに彼の死亡届けを取り消さない。

しかも調べてみると、どうやらこうした勝手に死亡届けを出された人は
インドに数百人はいる事が分かった。

そこで彼はこうした人達の為の組織『死人協会』を設立。
マスコミにこうした人達の存在を宣伝させる手に出たのだ。

彼らの行動は単純だった。
パスポートの申請や選挙への投票など、戸籍を必要とする行為を
ひたすら繰り返したのだ。
彼らは戸籍上は死んだ事になっているので役所は当然混乱。
この混乱を通じて彼らの存在をアピールできるのである。

さらに彼らは生きているにも関わらず自分達の合同葬儀を行ったりして
マスコミの目を引いた。

しまいにはあえて犯罪を犯して進んで逮捕されようとした。
死人は逮捕できない分けだから、逮捕されれば、
それは自分達が生きている事を国に認めさせた事になるのである。

ビバリ達はこうしたアピールや訴訟を延々と繰り返した。
インド政府が彼らの死亡届けを取り下げたのは、
『死人協会』設立の実に19年後の事である。



車輪の発明に特許を認めてしまった国

その国はオーストラリア。

2001年、オーストラリアは新たな特許申請システム「イノベーション特許」を認めた。
しかし「イノベーション特許」のシステムには致命的欠陥があった。
特許申請の際にほとんど審査をしないのである。

弁護士のジョン・ケオは、この致命的欠陥を批判する為、
誰もがとっくに知っている発明品に対して、
イノベーション特許を申請したのである。

その発明品とは「車輪」。
車輪に対しケオは「環状の運搬補助装置」というそれっぽい名前をつけ、
イノベーション特許のシステムが施行された数日後に特許を申請。

彼の書いた特許明細によれば、車輪はそれまでの運搬方法、
例えば「物品を徒歩で運ぶ」方法や「氷や雪の表面など摩擦係数の低い物体の上を
スキーやそり」等で運ぶ方法に変わる画期的な運搬方法で、
摩擦係数の高い地面の上でも使えるという利点があった。

こうしてケオが特許明細を提出すると、オーストラリア特許庁は
中身をろくろく確かめもせずに、この人類最初の発明と言われる
発明品に対して特許を認めてしまったのである。

ケオとオーストラリア特許庁はこの業績を称えられて、
2001年にイグ・ノーベル・テクノロジー賞を受賞。

それからというもの、オーストラリア特許庁のホームページには、
「車輪の特許を申請しない事」という注意書きが載せられている。



2006/11/13

外れクジを間違って当たりと宣言して大暴動が起こしたペプシコーラ社

ペプシ社は1992年フィリピンで、「ナンバー・フィーバー」という
キャンペーンを開始した。
このキャンペーンは、ペプシのボトルに書いてある番号が当たりであれば、
最高100万ぺソ(=4万ドル)の賞金が貰える、というものであった。

このキャンペーンは大成功で、当時のペプシ社によれば、
「フィリピンの国民の約半数がこのキャンペーンに参加し」、
「世界でもっとも成功したキャンペーン」であった。

キャンペーンの成功を受けて、ペプシ社はキャンペーンの延長を決定し、
さらに当たりの番号を8つ追加した。

間違いが起こったのはこの時である。
新しく追加した当たりの番号の一つは、すでに80万本も出回っていたものだったのだ。
つまり、ペプシ社は誤って80万本も当たりクジを増やしてしまったのである。

これら全ての当たりクジをもし換金したとすれば、総額8000億ぺソ(=320億ドル)も
かかってしまい、これはマニラの証券取引所に上場している全企業の時価総額に
相当した。

ペプシ社が自己の誤りを公表し、当たりクジを別の番号に決めなおすと宣言すると、
民衆達から暴動が起こった。

結果フィリピン国内の12のペプシ工場は全て民衆に包囲され、
2人が命を落し、38台のペプシ運搬トラックが破壊され、
一万件以上の訴訟が起こる事態となった。

ペプシ社が100万ぺソの代わりに500ぺソを支払うという代案を出すと、
大半の当選者はこれに応じ、暴動は収まった。
その後訴訟の多くも和解した。

しかしそれから10年以上経った2005年現在でも訴訟を取り下げていない人が
大勢いる。

自らのミスにより、「多くの人々の気持ちを一つにまとめた」功績により、
ペプシ社は1993年のイグ・ノーベル平和賞を受賞。



主な参考文献:

[1] イグ・ノーベル賞 マーク・エイブラハムズ著、阪急コミュニケーションズ。
[2] もっとイグ・ノーベル賞 マーク・エイブラハムズ著、ランダムハウス講談社。
[3] wikipedia:イグ・ノーベル賞
[4] wikipedia:イグ・ノーベル賞受賞者の一覧

ソーカル事件に関しては、さらに以下の文献を参考にした:

[5] 『「知」の欺瞞、ポストモダン思想における科学の濫用』、アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン、岩波書店
[6] wikipedia:ソーカル事件
[7] ソーカルのデタラメ論文(英語)

なおソーカルのデタラメ論文は、日本語に翻訳された上で『「知」の欺瞞』に載録されているので、
興味のある方この本で読む事ができる。どこが嘘であるかの解説つき。



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