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俺は動物の中でも犬が一番嫌いだ。
あの主体性のなさ、飼い主に従順であろうとするその矮小さ、卑屈さ。
自分の世界を持っている分だけまだ猫の方が救いがある。

そんなことをいつも思いながら俺は犬の散歩をしている。
いつも行く公園でいつものように綱を解く。
そのときは喜び勇んで駆け回っているくせにいざ帰る段になるとおとなしく首を差し出す。

潔いと言えば潔い。
それにしてもこのままどこか自由なとこまで逃げ出す気概があってもいいもんだ。

よく躾けられてるね、といつも近所のおばちゃんにもほめられる。

そんなことでいいのか。
俺はこうはならねぇぞ。

沈みかけた太陽を受けてもと来た道を一人と一匹がのんびり歩いて帰って行く。
何事もなく家の前につき、さびた音のする家の門を開け庭に向かう。
綱を繋ぎ換えて終了、と。

「ただいま。」

玄関に回って靴を脱ぎながら声をかけた。
ホントにここまでは何の異常もなかったんだ。
いつもならこの後は居間でゴロゴロしながらテレビ見るとか母親に小言を言われて自分の部屋に行かされるところだ。
靴を脱いで玄関を上がったら目の前に母親がいた。
なんかホッとしてるような怒ってるような顔をしていた気がする。

「もぅ、ようやく帰ってきたわね。」
え、そんな遅かったっけ。
……
…て、あれ。
声が出てない。

無様に口をぱくぱくさせてる俺を、そんなことは知ったことではないという風に母親が引っ張る。
自分の部屋に連れて行かれ、つかまれていた手首に手錠をつけられた。
右手にジャストフィットするその手錠はまるで俺専用に作られたようだ。
手錠からは鎖がのびて、まるで自然にそこから生えているかのごとく一方の壁に繋がっている。
その壁をよく見ると穴があいていて、どうやらその奥で鎖が巻き取られてるようだ。

「さて、と。『冬ソナ』の続き見なくっちゃ。」
ちょ、待ってよ。
何これ、外してけって。

きっちり繋がれたく際は俺を壁から1mの空間に容赦なくつなぎ止めている。
声が出ない意味が分からず、立ち去ろうとする母親の二の腕を無我夢中でつかむ。
軽い悲鳴を上げた母。
必死に身振り手振りで意思の疎通を図ろうとする俺に、振り向いた母から鉄拳がおりた。

「こら!だめ!」

…………
もしかして犬扱いされている、いや、母親には犬にしか見えてないのか。

そう思い至るまでエラい時間がかかった。
もうすっかり夜になってしまっている。
階下からはテレビの音と両親の談笑している声が伝わってくる。

この状況は声が出ないのと何か関係があるのだろうか。
いつからこうなってしまったのだろう。
他の人にも自分は犬に見えるのだろうか。

家族で馬鹿にしてるのかとも考えてみたがどうもそう思えない節がある。
この鎖があまりにも不自然だ。
家を出る前にはこんなもの絶対無かったし、急ごしらえで作られたというにはあまりにも堂々と壁に居座っている。
まるで新参者はお前の方だとののしられてるようだ。
きっとお前が正しくて俺が間違ってるんだろう、ここでは。

この猛烈な孤独感はなんだろう。
この鎖に繋がれている限り世界に俺は一人ぼっちで、誰も彼も俺のことを忘れてるんだろう。

なぜだか自然とそう思えた。

抜け出して自由にならなければ。
ここは俺がいるべき場所じゃない。
その後どうなるかは分からない。
でもこのまま鎖につながれていたってなにも事態は好転しないだろう。
外に出られれば何かを変えられる気がする。

俺は静かに、確信を持って時間が進むのを待っていた。
次の日の夕方、きっとこの時間になれば俺は散歩に連れて行かれる。
なぜなら今の俺は犬なのだから。
従順な振りをしなければいけない。
きちんと躾けられていないと外に出してもらえないだろう。

そしてその時は当たり前のようにやってくる。
母親は短い鎖を片手に階段を上ってくる。
俺はおとなしく鎖を繋ぎ帰るのを見守る。

「さ、行きましょ。」

俺は言われるまま、引かれるままに母親の後をついて扉の向こうに進んだ。

道行く人とすれ違っても誰も気がつかない。
人が人を鎖で引っ張っているというこの異常さに。
途中で近所のおばさんと談笑して止まることもあったが、すんなりといつもの公園に着いた。
そしてここで鎖を解く。

自分が自由になったことを確認してじわりと距離をとり、体の向きを変えて俺は全力疾走、必死になって走った。
途中後ろを振り返るとそんな俺をにこやかに見つめる母親の姿があった。

俺は犬じゃない。

吠えたのは心の中でだったのだろうか。
その心の中に去来するものがある。
今見た母親の笑顔、道行く人の反応、夜の猛烈な孤独感、そして昨日までの日々。

そう、昨日までの日々を取り返すんだ。
ここを抜け出さなくては。

ぐっと力を込めた足に神経を集中し歯を食いしばる。
何か胸にくるものがあってもう一度、ちょっとだけ後ろを覗いてみた。
とおくに小さくなった母親はなおもにこやかに、片手を上げて鎖を振っていた。





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