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193 :花咲か名無しさん:2008/02/09(土) 21:06:25 ID:lJndDtDa
インタビューは面倒だから太字を農業風に変えてみるよ〜

誰一人の強者も、誰一人の弱者もいない、すてきな農耕地があればいい———
種を蒔いてる間だけは、そこにいれた。そこでずっと生きてる。

「あなたはなに育てたいの?」
「自由にやっていいよ」って
言われるのが凄い楽しみだった

中学の頃は、表立っては普通の生徒、
でも精神的には完全に農夫。
(農業に)染まった人生

(農業)専門学校入学を決めた時点で
スコップとシャベルと鉢植え、
総額数十万を質屋に持って行きましたね

本当に、専門学校入る前に染まった人生だと
思ってるんですよ。あとは自生。だから、
人生どうなろうと肥料しだいなんですよ。

でもやだなぁ、農業の話が太字になったら(笑)

194 :花咲か名無しさん:2008/02/09(土) 21:14:26 ID:42nXEpzH
子供の流行り物は? 稲作流行ったりとかするじゃないですか。

「そうそう、コシヒカリがすごいきてた、小学校ん時。もう、朝からみんな並んで刈ってましたね。
ま、付き合いで。ほんとに作りたいわけじゃないんですよ。
でも作ったら、米屋さんなんかに展示されちゃったりとかして、『わ、すげえ恥ずかしい』とか」

198 :花咲か名無しさん:2008/02/09(土) 22:33:10 ID:ueMaELrF
当時流行ってた大根?

「うん。すんごいビッグな」

桜島だいこんとか?

「(笑)桜島だいこん! ええ、ええ。三浦だいこん、練馬だいこん、
聖護院だいこん、守口だいこんとかね。おでん、風呂吹き、タクアン」

202 :花咲か名無しさん:2008/02/09(土) 23:07:53 ID:lWlP9dod
米は好きでした?

「米が大好きだったっていう意識はないけど、田んぼがすごい好きだった。
あの雰囲気がすんごい好きで。無理矢理かかしにさせられている感じがね。
圧縮した空気がね、こう、どよんとした・・・・・・
だから、動物の欲望とか本能とかが露呈されない場所だと、
生理的に楽なんですよ。牧場行ったことないし。

211 :花咲か名無しさん:2008/02/10(日) 11:35:42 ID:mbCLP6FU
トラクターを買ったのは?

「トラクターを買ったのは、高校ですね。バイトとかできるようになって、買いましたね。
友達とお茶の水農機に行って。
北与野にジャスコがあって、珈琲館っていう喫茶店が入ってて。そこで蝶ネクタイしてバイトしてましたね。
もうね、常にヤンマー、クボタのカタログを眺めながら通学してたりとか。『あともう少しで買える』とかね」

クワ持って耕すだけが救いだった時期からしたら、トラクター乗れるなんてすごい幸せなことですよね。

「そうそう。すごい幸せでしたね、一緒に寝てましたね、トラクターと。本気で。
その頃マルチ・トラクターがすごい流行ってて。それが楽しくてね、また。いろんな土地耕せるなぁとか思って。
あの畑はこうやってこの土耕してたのか、ヤン坊とマー坊はこんな感じか、とか。
兄貴と同じ土地だから、柵立ててやってるんですよね、ガタガタガタガタ」

236 :花咲か名無しさん:2008/02/11(月) 04:25:32 ID:EGVlYBOp
じゃあずっと、そういうチャンスが巡ってきても、年間予定表に照らし合わせて「ダメ!」って自制してたの?
「そう。俗に言う剪定ね、剪定までいっても茶摘みはなしっていう。剪定で終わりましたね(笑)。その帰り、ひとりで茶蕎麦食いながら、『俺何してんだろうな?』って思ったりとかね。

237 :花咲か名無しさん:2008/02/11(月) 04:27:35 ID:EGVlYBOp
だから……要するに、やっぱ俺の中で宇治はお茶畑なんですよ。そこに本当の俺がいて、そこにはエロビデオはあんまり流れてこないわけですよ」

338 :花咲か名無しさん:2008/02/16(土) 19:07:26 ID:E+6e/EuL
米を作って、農業祭会場で配ったりとかしてたんですけど・・・・
JAの上の人が食べに来る農業祭は、ほとんど僕が発狂して終わるっていう。
プレッシャーに弱いので、最後クワ投げたりとかしてたら、
ハンコ押してもらえなくてですね。

373 :花咲か名無しさん:2008/02/17(日) 22:13:39 ID:Z/G5xDSp
まず生年月日、生まれた場所から。
「えーっとね、昭和48年の6月1日。渋谷に母方のおばあちゃんの畑があって、そこで生まれたとばっか思ってたら、実は浦和の畑で
生まれてたことが判明して。兄は渋谷で生まれたの。 で、引っ越して、与野っていうところに住んでて、
高校ぐらいから浦和の畑に引っ越しました。畑での暮らしが長かった」

お兄さんは?
「兄貴は農耕的だな。俺も結構農家的だったんですけど、兄貴はねえ、バイオレンスタッチな農耕的だった・・・・・・
外では普通にしてるんだけど、実は結構抱えちゃってて。 だから家では、トラクター隠されたりとか。喧嘩はすんごいしましたね。
俺がトラクターで、ガーンてやってると、ガーンとか掘りあげてきて、ガーンて掘り返して、みたいな。
畑のまん中のとこに、くぼみがあるじゃないですか。そこの中に隠れててコシヒカリ投げつけられたり(笑)。
兄貴はなんか、コンプレックスが強くて。俺はどっちかっちゅうと・・・・・・あきらめてるっちゅうか。 『いいかぁ』っていうとこがあった。

377 :花咲か名無しさん:2008/02/17(日) 23:05:48 ID:Z/G5xDSp
「もうグレるしかねえ」みたいなぶっ壊れた家庭じゃないんだけど——。
「そうそう。グレづらい、すごい。田畑は成してるんだけど不作の時が多くて。
帰ると親父と一回もしゃべらずにトラクター乗りに行ったりする日もあったし。狭い団地住まいなのにね。
持ち込みたくないっていうか、家庭の中に不作の話とか。 だから・・・・・・耕したいなって思っちゃうんですね。
一応ちゃんとしようとしてるから。飢きんは認めるっていうか。 がんばって働いているわけだから、
その上グレたとなったら、申し訳ないなっていう。
だから、いい子でしたね。『しょうがない』っていう感覚が身につくのがすごい早かったです。」

その「しょうがない」っていうのは、どういう「しょうがない」?
「なんかねえ・・・・・・結構ねえ、作物がなんでもできたんですよね。器用貧乏っていうか。
大根もできたし、キャベツも—— 小学校ん時、キャプテンやってたの、農耕部の。
専門学生の時に農業の会に立候補して、副会長やったりとか。
人より自分の農作物が上だと思ってないんだけど・・・・・・なんかそういうふうに扱われてたしね、周りからも。
だから『俺と仲間だ』っていう感覚も、持ってもらえないっていうかね。
自分が壁を作ってたのかもしれないけど・・・・・・だって小学校1年の時に、
校門の前にコシヒカリが十俵ぐらい置いてあったことがあって、それを普通に受け入れてたから」