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また違った未来:イルファ


引きこもり現象が本格的に蔓延し、政府が対策に身を乗り出す時代。
その世俗に流された訳ではないが漏れなく対策される側に身を甘んじていた。
何があったとかそんなんじゃない。
自分の境遇に嫌気がさして学校をさぼったのがきっかけだった。
それからの俺は何かをする気力を失い、立派な引きこもりの一員と化した。

今日もインターネットをだらだら見ていた。
眠くなったら眠り、自然に目が覚めるまで起きない。
生活費は未だ外国にいる両親から仕送りをもらっているし
自宅には舌ったらずなメイドロボがいる。
最初は口うるさかったが最近では諦めたのか
特に文句も言わず俺の世話を続けてくれている。

ピンポーン

チャイムが鳴らされる。
しかし最近の俺がそれに応対する事はほとんどなくなっていた。
言わずもがなシルファが出てくれるからだ。
今日は少し勝手が違う。

「それじゃあシルファはメンテナンスに行ってくるれすよ。このダメダメご主人様」

昼前にドアの向こうから聞こえて来たシルファの言葉を思い出す。
まぁ、放っておけばそのうち諦めるだろう。
と思っていたが甘かった。

こんなチャイムの鳴らし方をするのはこのみぐらいのものだったが、
このみもある日を境に俺に催促をしなくなった。
いつの頃だったかなぁ……
あまりにもしつこく鳴らされるチャイムに少々うんざりしながらも
なんとか応対にでる。

キーチェーンを外さずに数センチの隙間を開け、外を覗き込む。

「……どちらさん?」

玄関先にはぴしっと背筋を伸ばし、まっすぐにこっちを見ている一人のメイドロボの姿。

「イルファさん?なにしに?」
「お久しぶりです貴明さん。今日は連れ出しに来たのではありませんので安心して下さい」

ここ1年ぐらいの来客といえば郵便か俺を外部に連れ出そうとする輩ばかりだった。
どこまで信用して良いのかわからないが、こういう言い方をするイルファさんは信用に足ると判断した。
キーチェーンを外し、玄関までイルファさんを招き入れる。

「久しぶりですね。今日はどうしたんですか?」

俺の問いに少し顔を塞ぐイルファさん。
少しの間を置いて何かを決意した様子でキッとまっすぐに俺を見て言い放った。

「本日より河野貴明様のお世話をさせて頂く、HMX-17aイルファと申します」

え……? 今イルファさんは何て言ったんだ? 俺の世話をする?

いやいやいや、うちにはシルファもいるし内部事情を知るイルファさんの発言を思わず聞き返す。

「へ?イルファさんごめん。もう一回言ってもらえるかな?」
「あの、僭越ながら今日から貴明さんのお世話をさせて頂く事になったんですよ」

少し頬を赤らめながら言うイルファさん。
何故そこで頬を赤らめる。というか
なったんですよ、って聞いてないぞ。そもそもそういう流れが多いから引きこもりになったのに。
大体シルファはどうするんだよ。

「あ、シルファはメンテナンスに時間がかかりますのでしばらく戻ってきません」

あぁ、そういう事か。……って違う!
そもそもシルファがいなくても俺は元々一人で暮らしてたんだ。
なんでいまさら……来栖川エレクトロニクスはなんだって俺の面倒を見たがるんだ。

俺の頭に疑問符が浮かび続ける間にも
イルファさんは玄関に鍵をかけ、手荷物を持ってリビングへと入って行く。
勝手知ったるなんとやら。仕方なく俺もイルファさんの後を追う。

それからイルファさんは何を聞いても

「決まった事ですので」

の一点張りで何も話してくれない。
まぁ、世話してくれてたシルファがイルファさんに変わっただけだと思って受け入れる事にした。

それからはいつも通り部屋に閉じこもり、自由な生活を送っていた。
ところどころ話しかけてくれたイルファさんだが
俺の反応から諦めたのかそっとしてくれている。
料理の味付けとかもシルファとほとんど変わらないので
俺としては何かが変わる訳でもなかった。

と思っていたがその急激な変化は突然現れた。

「貴明さん、お風呂が沸きましたのでどうぞ」
「……」

イルファさんの気配が去ったあと、無言で風呂場へ向かう。
先日言い含めておいたのもあって、イルファさんは俺の視界に入らないようにしてくれているのだろう。


「ふぅ。風呂はいいな……色んな事を忘れさせてくれる」

そんな独り言をこぼした直後だった。

がらっ

何事かと風呂場の入り口を見るとそこには一糸纏わぬイルファさんがいた。頬を赤らめて。
もじもじと内股をすり合わせ、恥ずかしそうにこちらをチラチラと伺う。
美人なイルファさんだけにそんな恥じらいの姿が新鮮で可愛らしかった。

って違う違う!いきなりでまともな思考が働いていない。
恥ずかしいなら何故入って来たんだろう。
視線をそらし、なんとか声を絞り出す。

「イ、イルファさん? どうしたんですかいきなり」
「あの、お背中流しに参りました」
「え? 俺そんな事頼んでませんよね?」

そもそも全裸じゃなくても良いはずだ。
俺の息子が言う事きかなくなったらどうするつもりなんだ。
まぁすでに暴走しかけてるんだけどそれは言わないでおく。

「……決定事項ですから」

まただ。最近よく耳にするようになった決定事項という言葉。
善意好意で来られても困るが何か釈然としない。

「決定事項って……ちょ、ちょっと!?」

いつの間に湯船に近づいたのかイルファさんは湯船に手を浸し、俺の膝をさする。
しかし膝をさすっていたのも束の間。
そのまま俺の下腹部まで腕を伸ばしていた。
イルファさんの手の先にあるもの。
まだかろうじて暴走していなかった俺の息子は本格的に暴走を始める。

「すごい……もうこんなに……」
「ぅあっ、くっ……イルファさん?」

息も絶え絶えに問いかけつつ、そこで初めてイルファさんを振り返る。
近い。同じ湯船に浸かっているのか。
急な快感にぼーっとしている俺をよそにイルファさんは動きを早め
その刺激は激しく俺の脳を突き抜ける。

「気持ちいいですか……貴明さん?」

耳元で囁くイルファさんの艶っぽい声に俺の中で何かが音を立てて切れた。



「んっ、ふぅっ……ちゅるるる、んちゅ」

気がつけば俺たちは唇を重ねていた。
激しくお互いを求めるように。

「んちゅ、んっは、ぁ……」
「んぅっ、はっぁ」

年頃の男がこうなった以上、もうする事はひとつしかなかった。
夜が終わるまでお互いを激しく求め合い、朝日が昇る頃に眠りにつく。

夕方頃、目を覚ました俺の脇にすぅすぅと寝息を立てるイルファさんの姿があった。
昨日……本当にしたんだな。
しかし、どうしたんだろう。
本当にいきなりの展開に身を委ねてしまった自分自身に少し嫌悪感を覚えつつ
物思いにふける。

「ふぁ? ……おはようごじゃいまふ。そんなにジッと見られたら恥ずかしいですよ」

耳たぶまで顔を真っ赤に染めたイルファさんがスリスリと擦り寄ってくる。
じーっとイルファさんを見つめてしまっていたようだ。
それにしてもこの振る舞い。まるで彼女のそれだ。俺とイルファさんは付き合う事になったのか? そんな約束したか?
いや、そんな事はない。いくら記憶を辿ってもそんな事実はありもしなかった。
しかしそれを確かめる甲斐性など今の俺は持ち合わせていない。

自問自答を繰り返している俺の小指をキュッと握り、
上目遣いに俺を見上げてくるイルファさん。
うぅ、可愛いなぁ。
そして相も変わらず全裸で抱き合っている訳だ。
お察しの通り再び暴走を始めた息子に気づいたイルファさんが慰めてくれる。

そんな自堕落な日々が数日続いた。
さすがに気味が悪くなった俺は思い切ってイルファさんに尋ねてみた。

「ねぇ、そ、その、付き合うとかそういう話なしにこういう事続けるのは……」
「私が貴明さんのお役に立ちたいんです。それではいけませんか?」
「でも、訳もわからないままこういうの続けるのって……」

また言い終わらないうちに唇が塞がれる。

「私は……貴明さんが好きです。初めてお会いした時からずっとずっと」

涙こそ出てはいないものの、切ない表情で打ち明けてくれるイルファさんにドキっとした。
同時に罪悪感に駆られてくる。もてあそんだ、なんて自覚はないが
第三者の目から見れば弄んだも同然という事実に気づいてしまったからだ。
俺は、イルファさんの事を好きなんだろうか?
ふわふわ揺れている自分の気持ちを見つめる。
そこへたたみかけるようなイルファさんの追撃にクラっと来てしまった。反則だ。

「私はメイドロボです。人間の貴明さんと正式にお付き合い出来ないのは心得てます」

人間とメイドロボって付き合えないのか?
仮にそうだとして、それを踏まえた上で俺の所に?

「私達に幸せはあってはいけないものでしょうか? 愛する人と結ばれるのはいけない事でしょうか?」

そんな事はない。と思う。でもこのやり方ってどうなんだ?
相手の意思……大抵はこんな美人に迫られたら断らないだろうけど。
色んな疑問を抱えた俺を見て、イルファさんはポツリポツリと語りだす。

「私の場合は貴明さんが好きでしたから、シルファに取られっぱなしなのも悔しいですし」
「取られっぱなしって、何もないですよ?」
「それはわかってるんですけどね。でも今回私がここへ来た理由はもうひとつあります」
「理由? やっぱり何かあるんですね?」
「はい……今政府が引きこもりの方々を対象に対策を練っている事はご存知ですか?」
「そりゃ、ね。当事者だし」
「その対策の一つで、メンタルヘルスの媒体としてメイドロボを起用したいとして来栖川エレクトロニクスに依頼が来ました」
「へぇ、それはまたどうして?」
「珊瑚様の開発されたダイナミック・インテリジェンス・アーキテクチャ。これに目をつけたようです」
「……なるほど、医者やカウンセラーも患者に常時張り付いてる訳にはいかないですもんね」
「そうです。そこで……少々お金はかかりますが、メイドロボを医療機器として導入する事が可決されたそうです」
「メイドなのに?」
「問題はそこです。もちろんそんな機能は実装されてませんし、DIAを組み込んだメイドロボがどこまでそんな状況に耐えられるか正直検討もつきません」
「そりゃそうだろうな。心を持つが故にそんな人を相手に出来るのか不安ですよね」
「はい。その検討はかなりの時間を要したみたいですが最終的に一つの提案が通り、すぐに実行に移される運びになりました」
「一つの提案?」
「DIA組み込みタイプとそうでないタイプ、両方のメイドロボを医療機器として改良を加え、患者さんに選んで頂きます」
「……」
「そしてそのDIAプロトタイプとして改良されたのが私です。そしてその試験対象とされたのが貴明さん、貴方です」
「そういう事か。それならイルファさんが俺を好きだなんて言わなくても説明してくれれば……」
「い、いえ!その、今回の試験には私から申し出たんです。貴明さんを好きな気持ちに嘘偽りはありませんので」
「そう面と向かって言われると、その」

「すす、すいません。とにかく、そういう経緯があった事はご理解頂けましたでしょうか?」
「う、うん。でもサービス過剰だったんじゃ?」
「先ほども言いましたが、私は決心はついてますが根底では貴明さんと結ばれたい。これは揺ぎ無いものです」
「……」
「メイドロボでも形はどうあれ幸せになれるんですよ、医療機器といっても色んな出会いや形があるんですよ。そういった事もこれから生まれてくる妹達に見せてあげれたら。とも考えています」
「色々考えてるんですね……自分が恥ずかしい」
「そんな! 貴明さんが罪悪感を感じる必要はありません。私がしたいからしている事ですのでどうかお気になさらずに」

そう言って少しはにかみながら微笑むイルファさんの顔をまともに見る事が出来なかった。
さっき感じたこの想い。伝えてしまって大丈夫だろうか?
しかし考えている事を素通りして俺の口は勝手に動いていた。

「イルファさん」
「はい?」
「今すぐには無理かもしれないけど、俺頑張ります。イルファさんが笑った顔が好きです」
「た、貴明さん!?」
「場に流されて言ってる訳じゃないです。俺なりに考えて出した答え……もし」
「はい……」
「俺がまた社会に出れる日が来たら隣を歩いてくれますか?」
「たか……あきさ……ん」

俺の腕にしがみつくイルファさんは、涙を流せないので泣いてはいないがきっと心は泣いてたと思う。
こんな泣き顔なら悪い気はしないなぁ。
それでも、やっぱり笑顔のイルファさんが見たい。頑張ろう、俺。

「実験は成功みたいですね。長瀬主任」
白衣の研究員は嬉しそうな表情を浮かべ、現場上長に話しかける。

「そうだねぇ。まぁ彼の場合は十分な勝算を持ってたけどね」
言ってカラカラと笑う。

「ではDIAタイプの実験結果としてお国に提出しておきますね」
「頼んだよ……しかし、これからが大変だぞ少年。他のお姫様が黙っていないだろうからな」
「閉じ込めっぱなしでしたもんねぇ」

研究員も苦笑いでそれに答え、ちらりと隣接した部屋へのドアを見る。

『イルファ・ミルファ・シルファのおへや』

fin