※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

郁乃専属メイド ~ep1~ :小牧郁乃


修学旅行当日の朝。
姉を迎えに来た貴明の顔を朝から見て
不愉快な気分にこそならなかったものの、
しどろもどろに説明する二人に若干の苛立ちを覚える。

「それじゃあ郁乃、そろそろ行ってくるね」
「行くのはいいけどこのロボなんとかしてから行ってよね」

話は数分前に遡る。
今日から姉の学年は修学旅行。それ自体に何の問題もない。
両親も仕事の都合で泊りがけの出張になったのは計算外だった。
通学できるまでには回復した私だけど、まだまだ生活に不自由を感じる場面は多々ある。
でも、このみや姫百合姉妹といった友達もいるし、なんとかなるだろう。
たまには家族の目を離れ、一人暮らし気分を満喫しよう。そんな事を考えていた。
でもその密かな目論見は過保護な姉とその彼氏によって、
ものの見事に打ち砕かれた。

「まぁそう言わないで。ほら、シルファさんにも失礼だろう?」
「保護者面しないで。誰が頼んだのよ」

お節介な姉とその彼氏は知り合いのメイドロボがいるらしく、
私の世話をシルファさんとやらにお願いしたらしい。
生活に不自由を感じるとはいえ、自立歩行が出来るようになった今の私に
そう過剰になるほどまでに必要とは思えない。

「でも、ただ学校行くだけじゃないのよ?料理だってしないといけないし…」
「あのね、世の中には便利なコンビニってものもあるのよ」
「そ、そうだけど…ずっとコンビニ弁当なんて食べてたら体に悪いよぉ」
「バッカじゃないの?一週間やそこらですぐ不健康になってたら世の中成り立ってないわよ」

出発直前にいきなりそんな話されても、こっちだって心の準備とかあるのに。
大体何よ、貴明の物陰に隠れて挨拶すらしようとしない。
メイドロボってこんな無礼なものなのかしら。最新型のクセに。

「愛佳、そろそろ時間」
「あ、そ、そうだね。話の途中だけど…それじゃあ郁乃、そろそろ行ってくるね」
「行くのはいいけどこのロボなんとかしてから行ってよね」
「郁乃ちゃん、いい加減に…」
「た、貴明様。いいんです、私お母さんの所に戻ります」
「…どうしてもダメそうなら連絡頂戴。珊瑚ちゃんに連絡取るから」
「この後に及んでまだ…」
「お願い郁乃。お姉ちゃん達心配なのよぉ」

心配してくれる気持ちは嬉しいけど、
このままでは本当に遅刻するまでここで問答を続けるだろう、この姉は。

「もう、わかったわよ。でも気に入らなかったらすぐ追い返すからね」
私の言葉に安心したのか、二人は慌てて家を出て行った。

とは言ったもののこのロボは一体何ができるのだろう。
モジモジ貴明の後ろに隠れてたかと思えば、すぐ諦めのセリフを吐き、
貴明が去った後も部屋の隅っこの方でじーっと突っ立ってるし。
何がしたいのか甚だ疑問だわ。
まぁ姉の顔を立てて一応名前ぐらいは聞いてみよう。

「アンタ、名前は?」
シルファ「HMX-17C、シルファと言います…」

私の言葉に反応して名前はわかった。
でもその後も一向に動こうとしない。何なのだろう。
これは今日にでも珊瑚に電話する事になるかもね。
一抹の不安を抱えつつも私は学校へ向かうべく、家を後にした。


玄関先で靴を履き、家を出る前にある事に気づいた。
家の鍵…どうしようかな。
私の後ろ、少し離れた位置に姿勢を正して立っているシルファに声をかける。

「アンタ、今日初めて会うけど家の鍵任せて大丈夫なの?」

私の問いかけに少し寂しげな表情を浮かべつつも、コクリと頷くシルファ。
まったく…。話せる口が付いてるんだから返事ぐらいしたらいいのに。
会った初日の見ず知らずとはいえ、人間じゃないシルファに鍵を預ける事にした。
最新型のメイドロボが悪事を働くとは思えない、それが理由だった。

「じゃあ鍵は預けて行くけど、変な事するんじゃないわよ」

またも頷いて返事を返すシルファにため息をつき、玄関のドアをくぐる。

「あ…」

外へ向かう私の背中に、微かな声がかかったような気もしたが
気づかないフリをしてドアを閉める。

学校へ向かうこの通学路も、以前は姉に車椅子を押してもらい
私はただぼんやりと空を眺めていただけだった。
でもそれは少し前の話。今は自分の足で歩き、学校を目指して歩いている。
車椅子に乗っている時しか気づかなかったような事ももちろんあるが、
自分の力で歩く事によって気づく事もたくさんある。
まず、当たり前の事だけど周囲に気を遣うようになった。
交通事故に遭わないため、などもあるけど
私と同じく学校へ向かう子供や、朝の散歩をしているおばあちゃん。
どんな気持ちで同じ道を歩くのか。
そんな些細な事が気になったりもしたけど、実際私の知るところじゃない。
それと同じように、今朝会ったばかりのメイドロボが何を考えてるのか。
今日はそれだけを考えながら歩いていたら、気づけば学校の校門をくぐっていた。
いつもは新しい発見がたくさんある通学路も
メイドロボの事を考えるあまり、知らない間に通り過ぎてしまった。

「勿体ない事したなぁ…もう考えるのはやめよっと」

誰にともなく零し、頭の中にあるシルファの寂しげな顔を振り払う。
そんな事より、今は目の前にある最大の難関。
階段という大きな壁が待っているのだ。余計な事に力を使ってられない。