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目次


 2.救世の序曲





1.アクエリアスの時代に向けて


ミカエルです。私の霊示集も、本章で、予定された第3集に入りました。そこで本章では、これからの危機と混沌(こんとん)の時代について語ってみたいと思います。この第3集自体が、新しき時代の黎明(れいめい)を告げるための、ひとつの雷鳴ともなると思います。ひとつの時代が終わり、ひとつの時代が始まるとき、そこに大いなる黒雲が舞い上がり、そして雷鳴飛び交うは必定(ひつじょう)でありましょう。この第1章では、そうした危機と苦悩の時代について語ってみたいと思います。

私は前作、前々作でも語りましたが、私が出てくるときは、いつも人類の危機の時代です。私は平和なときにはさほど用のない人間だといってもよいでしょう。危機と混乱のときこそ、わが血は逆巻き躍(おど)り、その熱き血潮は地上の人びとを救済せんとの情熱に震(ふる)えるのです。

これからの時代はいくつかの大混乱が起きてくるでしょう。私の目には、それはもうごく間近いことのように思えます。目の前までその地響きが、馬の蹄(ひづめ)が聞こえてくるようです。この暗黒の時代、嵐の時代を、人類が無事乗り切っていけるかどうかーそれを考えたときに、私自身は一日として安穏(あんのん)な日々を送ることができないでいるのです。


2.救世の序曲


見よ、空けしだいに曇ってくる。
西の空は血の色に染まり、そして黄昏(たそがれ)が覆おうとしている。
燃えているのはペルシャ湾。
そしてアフリカは相も変わらす、旱魃(かんばつ)と飢えとが支配している。
文明は消えていくであろう。
いくつかの文明が、
狂おしいまでに咲き誇った文明が消えていくであろう。
かつてわがこの手によって創っていった
数多くの文明が、消えていくであろう。
しかし、これは
来(きた)るべきアクエリアスの時代に向けて、
やむをえないことでもあろう。
さすれば、潔(いさぎよ)く消えていけ、過去の文明よ。
潔く消えていけ、わが手塩にかけし西洋文明よ。
ヨーロッパの没落が叫ばれて久しい。
ヨーロッパは
かつての懐かしき、麗(うるわ)しき魂のふるさとに変わっていくであろう。

見よ、アメリカという国を。
今世紀にこれだけの光を放ち、
あまりにもその光が強すぎたがために、
消えゆくときのはかなさはいっそう虚(むな)しさをそそる。
秋のタ暮を感じさせる。
この新しき大陸よ、新しき文明よ、
なにゆえに汝はかくのごとく栄え、なにゆえにかくのごとく遠く消え去ってゆくのか。
この人類の誇る偉大な文明が散っていく。
それはもう、さほど遠い未来のことではない。
わずかここ一、二年のうちにも、
大きな没落が始まっていくであろう。
それは経済的な没落に始まるであろう。
この肥大化し、足腰の弱った近代国は、
やがて年老いたるライオンのごとく、
地響きを立てて倒れてゆくであろう。
それはここ一、二年のことである。
経済的な破綻(はたん)が、この国を青息吐息(あおいきといき)とするであろう。
そしてさまざまな医者が集められて、
さまざまなカンフル剤が打たれ、さまざまな外科治療がなされんとするであろうが、
それはついに功を奏しないであろう。
この巨大なライオンが、
一度崩れ落ちた足元から、ふたたび立つことができないでいる。
そしておそるべきことに、
この大国をエイズ以上の脅威(きょうい)が襲うことになるであろう。
それは人類がまだ体験していない、恐ろしい病気であろう。
この恐ろしい病気が一九九五年までに始まるであろう。
人びとは不思議がるであろう。
なにゆえにこのような病が蔓延(まんえん)するのかと。
人びとはむごたらしい死を見るであろう。
そしてその死は突然に来るであろう。
それは決して、エイズ患者のように同性愛に耽(ふけ)っている者のみを襲うのではない。
ある日突然に。
「あれだけの人が」と思われる人が、
次つぎと奇怪な死に方をしてゆくであろう。
そして人びとは、
その謎解きにやがて成功するであろう。
それは、現代のスフィンクスの謎。
現代のスフィンクスの謎解きでもあろう。
目に見えぬ虚空(こくう)より
巨大なるスフィンクスが現われて、
人びとに問うであろう。
そしてその問いに答えることができねば、
人びとの命を奪ってゆくであろう。
そしてその問いは、
神という言葉がキーワードとなるであろう。
このキーワードを中心とした問いに答えることができなかった者は、
その社会的地位の高い者から順に、
この地上での生命を失っていくであろう。
一九九〇年代は、
まさに偉大なる国アメリカにとっては、
心臓発作に近い病の時期になるであろう。
この巨大なライオンが全身を震わせて、立ち上がれなくなる姿を、
多くの人は見るであろう。

そして、さらにさらに
恐るべきことが起きてくるであろう。

人類がかつて体験したことのない恐怖であろう。
これだけの多くの人間が、
これだけの速さで忽然(こつぜん)と地上より姿を消すということが、
現実にあるということを知るに至るであろう。

明らかに気づけ。
これは核ミサイルが唸(うな)りをたてるということだ。
この、世界の国ぐにでその警備を重ねている核ミサイルは、
やがて実験台を求めて、地球の上空を飛び交うこととなるであろう。
それは恐ろしい日だ。
その恐ろしい日がやってくる。
それもここ十年経たないうちに。
この核の脅威は、
人類の蓄積した知恵というものが、いかに浅はかなものであるかということを明らかにするであろう。
その浅はかさを、その虚しさを、
その無力さを明らかにしてゆくであろう。
核によって死に絶える人の数は、
億という数を数えるであろう。
しかし私は、この書を読む多くの人たちに言いたい。
これこそは、あなた方が
ここ数百年の間に追い求めてき、
価値ありと思っていたことの内容なのだ。

人びとよ、
やがてあなた方は知るに至るであろう。
神なき時代がいかに高くつくかということを。
神なき時代に生きるということが、
どれはどの悲しみを伴うかということを。
そして救世の序曲が奏でられるのだ。

このアメリカという国は、
苦しみのまっただなかに置かれるであろう。
彼らは日本という国の手にとりすがろうと追ってくるであろう。
彼らは、日本的なものは何であれ、学ぼうとするであろう。
そして懸命に生き延びようとするであろう。
学ばれる日本的なもののうちで、
ただ一つのもののみが功を奏するであろう。
そのただ一つのものとは、
すなわち神の時代の到来を説く福音であろう。
この新しき福音が
アメリカの人びとにも分け与えられることになろう。
彼らは、この新しき福音を知る。
それはさほど遠きことではない。
この数年のうちに、この新しき福音を知ることとなる。
人びとよ、
去ってゆくものは去ってゆくであろう。
消えてゆくものは消えてゆくであろう。
しかし、去りゆくもののなかにあり、消えてゆくもののなかにあって、

去らず、消えないもの―それが現われるであろう。
その真実は、
今から二千年前にイスラエルの地で、
イエスを中心に起きたことの逆現象が起きるであろう。
世の安泰を願いて、救世主を葬り去った人びとに、
その後、多くの苦しみが来た。
しかし、このたびはその逆となろう。
世の人びとの苦しみのなかで、
救世の力は光を増すであろう。
その増しつつある光のなかで、
世の幸福が広がっていくであろう。
私はそう思う。
人びとは夢をよく見るに違いない。
人びとは夢のなかに逃避しようとするに違いない。
今地上で展開されている多くのことが、いや、これこそは悪夢に違いないと、
多くの人からは思われるであろう。
しかし、人びとよ、
その夢のごときものが現実であり、
現実のごときものが夢であることを、
あなた方の多くは経験するであろう。


3.666の秘密


さて私はここで、その暗黒の時代の、一つの大きな事実を語っておかねばならないと思う。

昔、聖書のなかで「暗黒の時代にリバイヤサンという巨大怪獣が現われる」と言われた。このリバイヤサンが甦(よみがえ)りの日を数えている。この巨大な獣、リバイヤサンのことを、黙示録のヨハネは「666」という3つの数字で表わした。この「666」という数字の秘密は、長い問解かれずに、人びとはそのことを不思議に思いながらも、世代から世代を経て、それが伝えられてきた。

この「666」という数字には、じつは次のような意味が秘められているのである。

まず「6」という数字の意味を語ろう。この「6」という数字は、7という数字から1が引かれ欠落したかたちとなっている。この6という数字は、7という数字から1が脱け落ちたということを意味している。この意味がわかるであろうか。

かつて地を治め、天を治めしものに、七大天使というものがあった。このうちの一人が地獄に堕ち、ルシフェルと名乗り、世を混乱に落とすこととなった。

そして、6が3つ続くということはいったい何か。それはこの七大天使から脱け落ちた者の仕業が、3つ連続して起きるということを意味しているのだ。

その3つの仕業とは、何であるかを言おう。

第一の仕業は、これは偽宗教、偽教団を使って、真実の教えを説かんとする救世の法を迫害せんとすること。

第二の仕業は、これは、人びとの心に不信感を広げて、各地に戦争を起こさんとすること。

第三の仕業は、これは、多くの人びとにまちがった想念を抱かせ、そのまちがった想念を全地球に蔓延(まんえん)させることによって、巨大なる反作用を起こし、そうして地球に天変地異を起こそうとすること。

「666」という数字は、ルシフェルの3つの仕業を意味するのだ。神への不信感をあおり、真実の法をゆさぶろうとし、次に地に戦火を広げ、最後に人心を乱して地上を大混乱におとしいれんとする―この3つのことだ。

この「666」に対抗していくためには、本来の7という数字を大切にせよ。この7という数字は、神の七色の光を意味する。神の七色の光とは、神から流れ出したすべての教えを意味する。7という数字は法の意味である。7という数字は、法が地に説かれるときの数字である。

人びとよ、7という数字を忘れるな。これは神の祝福の数字である。この7によって、悪魔の6は征服されていくであろう。このような暗黒の時代は、ルシフェルを中心とした勢力たちを動かし、そして人心をゆさぶることになるであろうが、これらを制圧するものは7―神の数字7である。

七色の光が法となって現われたときに、そこに悪魔が封じ込められるのである。6という数字は、7という数字に勝てないのだ。これは天地の始まりしころより、定められた掟(おきて)であるのだ。

悪魔は欠けたるものを喜ぶ。しかし天使は満ちたるものを喜ぶ。欠けたるものは満ちたるものにかなわないのだ。

やがてこの言葉が真実であることを、多くの人は知るに至るであろう。この地上にて私がかつて指導せし団体も、今は、この十年間、ルシフェルが手にかかりて混乱のなかに置かれたが、今、7という数字の甦(よみがえ)りにあって、このサタンの6は駆逐(くちく)されてゆくであろう。この6はふたたび地上に出ることはあるまい。

この二十世紀における、この神理の闘いは、あらゆる悪を、おそらくは今後数千年の間封じ込めるための、大きな聖なる闘いとなるであろう。このサタンの勢力は、おそらく今回のこの。ユートピア計画の成就によって、数千年間地下にまた封じ込められることとなるであろう。

彼らが地上に暴れ出て、地上を混乱に落とすことができる理由は、地上の世界が地獄の世界、サタンの世界にひじょうに近くなっているからなのだ。この地上がユートピアとなり、光に満ちたときにはサタンたちは地上に出てくることができない。地上を混乱させることはできない。彼らははるかなる彼方の、暗黒の地中において封じ込められたままとなるであろう。

人びとよ、7という数字を好め。7という数字を喜べ。6という数字は7にはかなわない。7は神の全(まつた)き完成の姿、法の姿であるからだ。

これより後、法の完成を見るであろう。完成された法の姿が6という数字を押さえ込んで、そしてそれらにふたたび機会を与えないであろう。

人びとよ、今という時代の大切さを知れ。暗黒の時代は今近づき、世は黄昏(たそがれ)に近づいているかに見えるが、しかしこの同じ時期に、法が説かれているという事実を知れ。

今この法を学んでいる多くの人びとよ。あなた方が学んでいるこの法が、アメリカを、ヨーロッパを、6という数字で揺さぶられたこのような国ぐにを救うための潤滑油(じゅんかつゆ)となり、愛の水となるということを知りなさい。


4.今こそ起て、力を結集せよ


私が今あなた方に注ぎかける、洗礼のこの油はあなた方だけのものではない。私が注ぎかけた、この油の喜びを、栄光を感じとったならば、その喜びを伝えてゆけ。そして心を入れ替えよ。悔い改めよ。今日より後、悔い改めよ。

もはやあなた方は、日常生活に埋没しているときではない。今こそ起(た)て。救世のための号令はすでにかけられた。号令はすでに発せられた。神の招集令状はすでに配られたのである。

さすれば、あなた方は、この招集令状を手にして、集まれ、集まれ。あらゆる悪を粉砕し、黄金の時代を創るために、黄金の世紀を創るために、集まれ、集まれ。

世の優秀なる者よ。世の強き者よ。世の富める者よ。世の力ある者よ、集まれ。あなた方の力が今欲しいのだ。その力を結集して、魔軍と戦おうではないか。

あなた方の多くは、いくつかの聖なる時代に、過去生きたことがあるのだ。十字軍の時代に生まれて、兵馬をつらねた者もいるであろう。イエスとともに刃の下をくぐった者もいたであろう。あるいは旧約の預言者の時代に戦い抜いた者もいるであろう。

しかし、そうした過去において戦い続けてきた、その魂の力が、今必要とされているのだ。今必要な時期がきているのだ。さすれば、もはや迷ってはならない。各人がこの神理をいかにして伝え、多くの人びとを導くかということを中心に考えなさい。そのときにほんとうの道が開けてくると思うのだ。

あなた方は、自分たちの肉体生命のことばかりを憂えてはならない。人間には永遠の生命がある。永遠の生命は永遠のために生きなくては、永遠なる神のために生きなければ、ほんとうの命を宿すことができないのだ。

神を嘲笑(あざわら)い、無視し、否定する多くの人たちよ。あなた方は大きなまちがいのさなかにある。そのまちがいのさなかから出でよ。そうでなければ、ほんとうの意味で、今世に素晴らしい人生を生きたとは言えない。

今必要なことは、正しき信仰の時代を、もう一度取り戻すことだ。正しき信仰の時代が取り戻された証拠が、多くの人がみすからの心を見つめ、心を正し、日々努力して生きるようになるということ―そういうことなのだ。

人びとよ、神の方向に向けて努力するということが、他人の嘲笑をかうようなことではないということを、しっかりと知りなさい。それは人間として生まれて、まことにまことにありかたいことなのだ。これからはほんとうの意味での先見性が必要となるであろう。

地上にはもはや何も新しいものはない。地上世界に、陽の下に新しきものは何もない。真に値打ちのあるものは、真に新しきものは、実在の世界にあるものである。それは実在の世界から地上の世界へと、多くのものが投げ出されることによって知らされるであろう。

天の扉が開き、天の蔵が開放された今、数々の人類の叡智(えいち)が天降るであろう。そのときに人びとは知るに至るのだ、この時代の重さということを。

多くの人びとが、この私の声を聴いて集まり、そして力強く生きていってくれることを心よりお願いして、この私の第1章の話を終えるとしよう。