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目次


 2.文明の特色






1.太平洋上の大帝国


さて、本章では、いわゆるムー文明、ムー大陸について話をしてみたいと考えます。

太平洋上に浮かんでいたと言われる、伝説の大帝国ですね。ただ、これは、私たちの実在世界にある記録から見て確かにあった文明なのです。そうした文明があったという記憶を、人類はどこかに持っていて、そのムー文明の話が現代まで伝わっています。

ムーという大陸は、そうだね、現在で言えば、まあジャカルタ付近だろうか。あのあたりを中心とした大きな大陸で、それが太平洋上に浮かんでいたんです。ここは非常に発達した大帝国でありまして、農業はもちろんのこと、牧畜業、その他いろんな面でも進んでいましたし、また、一大海洋文明であったことも事実です。海洋文明であって、船の技術が大変進んでおりました。

この時代には、数多くの光の天使たちが地上に降りたわけです。そして、まあ言ってみれば、東洋文明の源流のひとつともなるべき文化があったのです。このムーの文明がやがて、日本とかその他のアジアに広がっていったし、その一部がもちろん他の西洋の方にも流れていった。こういうことがあったように思います。

まあ人びとはね、人類は一直線に直線上に進化してきたと、まあ思っているかも知れないけれども、実際はそうじゃないんだね。人類の進化っていうのは、まあ上がったり下がったりしながら、次第しだいに向上してきたというような感じなんです。螺旋(らせん)階段状とも言えないけれども、ある時代は上がって、また下がって、上がって下がって、また上がったりしながら、まあギザギザの折れ線グラフみたいな感じで、次第しだいに上がってきてるのです。

また同時代においても随分、文明の落差はあります。このムーの文明の時にも非常に高い文明があったけれども、その時代にも世界の各地を見てみると、それほど高くない文明もいっぱいあったのですね。まだ狩猟民族や単なる農耕民族もいた。文明という名のつかない人たちの方が多かった、というのが事実です。これは現代でもそうですね。現代ニューヨークのマンハッタンだとか日本の東京だとか、いろんなところではそのような素晴らしい近代文明が栄えていますが、同時代に、アフリカの密林のなかに住んでいる人もいれば、南アメリカですね、南米なんかのなかでもまだまだ未開の生活をしている人もいるし、湖の上に葦(あし)の藁(わら)で編んだ家に住んでいるような人もいるんですね。あるいは、エスキモーみたいにアザラシ取って生活している人もいる。

こういうように、非常に難しいですね。同時代であってもいろんな文明の落差があるし、過去の時代であっても、やはりあった。だから、一万年前とか二万年前っていうと、もうこういう文明のレベルというふうに、私たちは決めつけて考えがちですが、やはり一万年前、二万年前であっても、その時代に文明の落差はあった。こういうことを認めなければいけないと思います。

この太平洋上の大帝国であるムーという文明は、今から一万五千年、あるいは一万六千年前まで太平洋上で栄えていた国なんです。ま、やがて沈没していったわけです。まあこの辺の事情は、大川さんの『太陽の法』なんかにも詳しく書いてあるから、それを読まれたらいいと思うんですが、沈没していったんですね。大陸沈没の話はあちこちにありますが、あのノアの洪水のような話ですね。やっぱり没していくんです。大帝国が没していく。そういうことがあったということです。

さて、そうした大帝国だけれども、まあここには何万年にもわたって人類が文明を築いていたわけです。築いていたけれども、やはりいちばん有名なのは、その末期、沈没する前の二千年、あるいは三千年ぐらいに栄えていた文明です。だから今から言えば、そうだねえ、一万八千年ぐらい前から一万五、六千年前、この間のニ、三千年というのが、ひとつの高みであったのです。文化的な高みであった。そして非常に、異様に高い文明を誇っていた。まあこういうふうに言えると思います。この時にムーはね、みなさんが思っているよりも遥(はる)かに強大な力を持っていて、軍隊なんかも相当持っていたんです。そうした時代、そうした文明であったと言えましょう。


2.文明の特色


さて、そこでムー文明の特色について、私の立場からいくつか話してみたいと思います。

いろんな時代の文明には、それぞれ特色というものがありますね。これは、天上界でもいろんな光の天使たちの計画がありまして、地上計画がある。そして、こういうふうに創る、ああいうふうに創るっていう、いろんな計画があるんです。その計画に基づいて文明を展開していっているんです。

まあこれは、なんでもそうでしてね、やはり飽きてくるわけですね。今なんかは、たとえば野球みたいなのが非常に栄えていて、みんなベースボール、ベースボールでワーワーやっているけども、じゃあこれが千年も二千年も続くかといえば、続きゃしないんですね。やっぱりどこかで飽きてきて、また新しい新種のゲームが始まるんですね。そしてそれが栄えて、また飽きていく。こういうことがあるわけです。

同じように、文明と言っても、その本質においてはそう大きく違わないとしても、その切り口、あるいは角度、繁栄のしかたにはさまざまな差異があるんです。違いがあります。ですからムー文明にも、やはりひとつの特徴があったと言えると思います。

ただこのムー文明というものを、ここ二、三千年ぐらいの文明と比較してみると、どういう特色があるかと言うと、結局似ているのはエジプト文明と日本の古代文明、これを融合したような形じゃないか。まあこういう感じを受けるんです。エジプトの文明は、ピラミッドを中心にしてさまざまな文明がありましたが、あの時にも霊魂不滅という思想、これは明確な思想でした。これがあって、そしてやはり神というものを中心とした、そうした太陽信仰があって、そして人びとが生活をしていました。また、古代日本でもひとつの太陽信仰であったと私は思います。太陽信仰であって、天照大神(あまてらすおおみかみ)信仰もありますが、こういうふうに太陽神というのを信仰していました。

まあこれと非常に似ていたわけで、当時のムーも太陽信仰でした。まあもちろん、ああいう太平洋上の大陸ですから、太陽の恩恵というものをものすごく受けていたわけで、太陽信仰が栄えたとしても不思議じゃありませんね。当然ながら栄えていた。そういうふうに言えると思います。

その太陽信仰で何が文明の特色としてあげられるかというと、まあ僕は、三つぐらい主にあげられるんじゃないかなあと思います。三つぐらいあげられる。

それはね、この時代には、まあ現代もそうだけど、ひとつには、霊信仰というのが非常に強かったんですね。霊信仰が強くて、人びとの生まれ変わり、転生(てんしょう)も随分信じられていたんです。したがって、やはり人びとは、この転生の過程においてどれだけの実績を積むかということが、非常に問題となっていたわけです。

それゆえ、まあそうした霊的な能力を持った人たちも、数多く活躍をしていました。霊能者集団がかなりいて、彼らが職業霊能者をやっていたのです。つまり、僧侶階級あるいは祭司階級と言いますか、そうした職業霊能者たちの集団があって非常に高い権威を持っていた。また、その職業霊能者たちは、当時非常なインテリであって、最高の英知、人類の最高の英知を持っている、というふうに言われていたと思います。そうした方々が知恵の集団をつくっていて、そして国政であるとか、さまざまな経済の問題、あるいは軍事の問題が出てきた時に、彼らの知恵を借りて判断をしたのです。こういうことがあります。まあこれが、古代の日本の神政政治とよく似ているところではないかと思います。

二番目にあげられる特色として、経済の原理についても多少語っておきたいと思うんですが、このムー文明の時には、もう物々交換ではなかったのです。ひとつの経済原理が働いていて、面白いのですが、当時、青銅の文明と言いますか、青銅の金属が使われ始めていたのですけれども、この青銅の硬貨に近いものが、やはりあったのです。そういうものがあったのです。

そして、まあ女性が首飾りなんかよくしますが、首輪の周りに、その硬貨のようなものを並べる風習があったのです。その形は、どういう形かというと、ちょうど涙をたらしたような形です。そういうふうに、上の方が細くなって下が丸くなっている。涙をたらしたような形、こうした形のようなものを首の周りにぶら下げていたんです。糸で通してぶら下げていたのですが、この涙形の硬貨、これがお金でもあったわけです。首飾りともなり、お金ともなる。したがって、この首飾りを二重、三重に巻いている人ほどお金持ちだったのです。

今みたいに金庫はないし、銀行もなかったわけですが、女性、まあ男性もそうだけども、首の周りにいくつかの首輪、あるいは首飾り、ネックレスみたいなのがあって、それにこのお金をぶら下げていたんです。で、二重、三重四重、五重と、お金持ちほどいっぱい何重にも巻いているんです。こういうものを持っていて、全財産を首につけて歩いていた。そして何か物が欲しければ、その首からひとつ硬貨を取って、それを渡して買うということであったわけです。まあこういうことをやっていて、お金持ちかどうかは一目瞭然であった。

こうした首輪の習慣は、現在のポリネシア、インドネシア、あの辺の住民にも随分あると思います。そうしたものが出ているんじゃないかと思います。こうした経済原理を持っていて、現在の貨幣経済の端緒(たんしょ)ともなるべきものが、すでにあった。これが言えます。

第一に霊能者集団、第二にそうした貨幣経済のはしりがあった。第三番目の特色として何があったかと言うと、これは、まあ階級が主に三つに分かれていたということなのです。すなわち、神によって選ばれた人びとの階級というのがあるのです。神によって選ばれた人びとの階級というのが、第一階級としてあって、そのなかには先ほど言った霊能者集団と、もうひとつは政治を執(と)り行う貴族集団、この二つがあったのです。これが第一階級としてあって、これは対等です。身分は対等ですが、神によって選ばれた人たち、そういう人たちがいたのです。これが第一階級です。

第二階級は何かと言うと、これは商業なんです。商業で生きている人たち、これは第二階級で、やはリサービス業ですね。サービス業をやっている人たちが第二階級としていました。

第三階級としていたのが、これが第一次産業的な人たちなのです。すなわち、農業、漁業をやっていた人たち、これが階級として第三にいたんです。そして、それを加工する人たちはどこにいるかというと、加工する人たちは、やはりレベルが多少高いということで、第二階級、商業階級と同じところにあった。こういう身分階級がありました。

そして、そのように身分階級が三つあったわけですが、こうした違った階級の者同士とは、やはり結婚ができない。こういうふうになっていました。お付き合いができないのですね。また、使われていた言葉も、この三つの階級によって多少違っていました。上流階級には上流階級の神秘的な言葉があるし、中流階級には中流階級の賑(にぎ)やかな繁栄の言葉があり、下流階級には下流階級で、非常に語彙の少ない、言葉数の少ない言葉があったのです。

農業、漁業をやっている人たちは、現代で言えば、三百語か五百語ぐらいの言葉でもって話をしている。こういう世界です。そして、読み書きはできませんでした。第二階級である商業、あるいは工業、加工業をやっている人たちは、多少読み書きができました。商売上必要であって、読み書きもできるし、言葉も、まあ千語から二千語ぐらいの言葉を知っている。こういう人たちです。第一階級のインテリ階級になると、言葉はもちろん何千語、何万語使っていて、そして、まあインテリであることが条件でありました。それと、神秘体験などを必ず通過するような、そういうことをしてました。

霊能者階級は、もちろん神秘体験をしていましたが、貴族階級のなかにも、やはり霊的なものにあこがれる者が非常に多かったので、現代の洗礼に代わるような、そうした神秘的な儀式を執(と)り行っていて、各人が必ず神秘体験、神霊体験というのをするような、そういう通過儀礼がありました。子供の時にひとつ、それから成人する時にひとつ、こうした通過儀礼があって、霊的な体験を必ず積まされるようになっていました。まあこれが、ムー文明の特色です。


3.人びとの霊的目覚め


まあその文明にあって、人びとはどういうふうに霊的に目覚めるかということですが、第一階級が、このような霊的に目覚めた人たちの階級であったために、第二階級、第三階級もやはり、霊的なものへのあこがれが非常に強かったのですね。

下層階級の者であっても、上位の僧侶階級、あるいは貴族階級に入れる道がひとつだけあった。それは何かと言うと、現代的に言えば霊道を開く、すなわち、心の窓を開いて光の天使たちと話ができるようになれば、階級が上がるのです。そういうことがありました。

そして、まあプロフェッショナルな資格試験ですね、僧侶階級の面接試験、筆記試験などを通った場合には、第二階級、第三階級出身の者であっても僧侶になることもできるし、場合によっては、その能力が偉大であれば貴族階級にとリ立てられるということもあったわけです。したがって、平民に生まれついていたとしても、下層民に生まれついていたとしても、神の恩恵を受けて霊的能力を持った場合には、あるいは祭司階級にまわり、あるいは政治を行うような階級に入っていける。こういうことがあったのです。

現代だとどうかっていうと、まあ勉強ができるっていうことがそうだろうねえ。どんな田舎の生まれであっても、そこから一生懸命勉強してね、小学校、中学校、高校と主席で卒業して、いい大学出て、で、まあたとえば法律家になったりね、裁判官や弁護士になったり、政治家になったり、官僚になったり、いろいろして、生まれが貧しくとも身分ができてくる人がいますね。現代では、そういう勉強ができるっていうことがひとつのステータスをつくっているように思います。日本には貴族階級がないけれども、そうした学歴社会というのが、ひとつの貴族階級をなしているんじゃないかと、私は思います。

この時代は、だからそうした霊的な目覚めですね、霊的な目覚めによる階級差があったということです。ではその霊的目覚めをつくるためにはどうしたかと言うと、人びとはやはり、この霊道を開くということの研究を随分やっていました。ただ第一階級は、それは職業上の秘密であるので、できるだけ機密を守るということで、内部で集まって極秘に、そうした霊道現象等をやっていましたが、第二階級、第三階級共に、次第にそういうことを聞きおよんで、だんだんに、そうした能力を自分で修行して身につけようということで、努力をしていたようです。

だから、霊道を開いて第一階級に入ることが、当時の出世の目的であったし、どうやって霊道を開くかということを、町にいた人たちが、それぞれに我が家の秘伝ということで、家々で競っていたという事実があるのです。

そして、まあ基本的な方法としては、現代で言うような反省ということが、それほど強く言われたわけではないけれども、やはり心清らかにするということが、第一の方法としてあげられていたのですね。

だから悪いことをしたら、それを反省したり、謝ったりする。そして、悪いことを念(おも)わないで、常に太陽のような心をもって生きる。こういう教えが、中心になって説かれていたように思います。だから、霊的な目覚めが早ければ早いばど、身分階級が上がるという世界があったのです。

ここに、ユートピアの話をいろいろしてきましたが、すべての関連を見るわけですね。個人としてのユートピアと、全体としてのユートピアの話をしてきましたが、こういうふうに、個人としての目覚めが、霊的目覚めが、階層を上げていく、社会的な階層をつくっていくという世界が、ムーの文明であったわけです。

これはひとつの面白い現象なんです。霊道現象すなわち悟リとは言えないけれども、こうした神の声を聴けるようになる、光の天使たちと話ができるようになる人たちが、階級が上がっていくのですね。こういうことがある。それともうひとつは、上流階級、第一階級であっても、そこからの追放という現象があったのです。すなわち、心をやはり清く保つということがひとつの義務であって、心が乱れて、いわゆる光の天使ではなく、曇りの天使たちに指導されるようになった時、悪霊たちに憑依(ひょうい)されるようになった時に、第一階級ではそうした査問会議があって、階級から追放されるということがあったのです。こういう面で、新陳代謝(しんちんたいしゃ)が起きていた。まあこのように言えると思います。

だから、人びとは、霊的目覚めがすなわち自分の地位を上げるという、そういう社会に生きていたと言えると思います。


4.ラ・ムーの教え


さて、こうしたムー文明でありますが、滅亡のちょっと前ぐらいでしょうか、今から一万六千年余り前の頃に、「ラ・ムー」という帝王が出ました。ラ・ムーとは「ムーの光」というような意味ですが、こうした帝王が出て、これが大きな功績をあげたのです。ムーの発展のために、非常な力があった方です。

もちろんこれは、王宮に生まれた王様がなったわけですが、当時の王様は最高の統治者であると同時に、最高の神官でもあったわけなんです。地上のこの世と、あの世の権威を、両方兼ね備えている最高権力者である。まあ、ローマ法王とアメリカ大統領を兼ねたような、こういう人ですね。こういう力を持っていたのです。

そして、ラ・ムーは霊的能力においても最大であって、ムーで最大の霊能者、霊指導者と言われた方なのです。まあ後に、ラ・ムーの生命体は、インドにゴーダマ・ブッダ釈迦牟尼仏という名で生まれ変わっていくわけですが、こうしたラ・ムーの生命体は、それだけのやはり力を持っていた。

そして、多くの人たちに、正法神理を説きながら、また、国政のあり方、これを教えていったわけです。そして、人びとを善導していった。正しい方向に導いていった。まあこういうことが言えると思います。

このラ・ムーの教えを要約してみると、まあ私なりの考えですよ、もちろん、他の考えもあるし、他の人の意見もあると思いますが、僕は三つぐらい、やっぱり教えの核があったと思います。

第一は、やはり、心の浄化ということだったと思います。反省に近い教えですが、心をやはり浄化しなければ、人間は本当の意味で光の天使の仲間には受け入れられない。まあこういうことを言っていたと思います。常々心の浄化をするということ。これが大事であるということ。

それから二番目は、やはり、愛の教えを随分言っていたようです。互いに愛し合えということを、結構言っていたように思います。互いに愛し合うことの大切さ、愛を広げていくことの大切さ、こういうことを、随分言っていたように思います。

心の浄化、それから愛の大切さを説きましたが、三番目は、やはりこのラ・ムーは偉大であったと思うのは、宇宙観、世界観、これをかなり詳しく示してみせたということです。現代で私たちが、こうした神理の探究において、本当の宇宙観、世界観を開示していますが、ラ・ムーも、ほとんど同じぐらいのレベルまで話をしていた。多次元世界についても話をしていましたし、この多次元空間のなかで、人類は転生輪廻(てんしょうりんね)しながら、いろんな地域に生まれ変わって出ているというような、そうした高度な理論を説いていたんです。

まあこういう「宇宙の理法」を説けたというところが、ラ・ムーを他の霊能者と区別する最大の違いになったわけです。霊能者たちはいくらでもいたわけだけれども、「宇宙の理法」を説ける霊能者はいなかったわけです。だが、ラ・ムーは「宇宙の理法」を説けた。なぜ説けたかというと、それだけのやはり大指導霊たちが、当時、ラ・ムーを指導していたわけです。

このラ・ムーは、やがてアトランティスの時代に、「トス」として生まれたり、また、アンデスの山中に「リエント・アール・クラウド」という名前で生まれたり、また、その後には、ギリシャで「ヘルメス」という名で出たり、それからインドにおいて「釈迦」という名で出たり、いろんな形で、その魂の分光が地上に出て来ていますが、このラ・ムーの部分は、比較的このブッダ生命体の本体に近い部分であった、ということが言えると思います。それだけの大きな力があった。一万六千年も経って、その名が残っているほどの巨大な指導者であったわけです。まあムーの栄光でもあったわけです。ムーの人たちはラ・ムーという人が出たということを、大変な誇りに思っていました。まあ、こういう時代があったということです。


5.ムー文明の崩壊


さて、こうした偉大なラ・ムーが出たわけですが、ラ・ムーもやはり人の子であって、何十年か生きたら、やがて地上を去ってゆかねばならなくなりました。そしてその後継の者たちが、だんだん継いでいったわけですが、この時代は祭政が一致であったために、政治的指導者すなわち宗数的指導者であった。つまり、宗数的指導者が凡庸(ぼんよう)になってくると、政治的指導能力も落ちる。こういうことにもなったわけですね。

そうして、ムーの末期はどのようであったかというと、多少やはり乱れがあったわけです。現代的に言えば、悪しき新興宗教がいっぱい出て来まして、このラ・ムーの教えが正しく守れなくなっていったのですね。だんだんにラ・ムーの教えが正しく守られなくなって、いろんな異説、邪説がいっぱい出て来るようになります。そして、このムー帝国そのものが次第に混乱をしていくわけです。

そうして、帝国の上空に、人びとの暗い想念の曇りができていくようになります。だんだん地上が殺ばつとしていきます。そして、犯罪とかも増えていきますし、だんだん倫理、道徳が衰えていきます。そして、霊能者、聖別(せいべつ)された階級としての霊能力集団、僧侶階級のなかにも、悪霊の黒い影が次第に忍び込んでいって、そして、霊能信仰が間違った方向に行くようになる。曲がり込んでいく。こういうことがあったわけですね。

こうした経験を積むにつれて、次第に天変地異というのが多くなってきました。これは、末法の世には、どこも天変地異が流行(はや)っておりますけれども、このムーの文明の時もやはり同じであって、天変地異が起きました。そして、随分いろんな火山の爆発があったり、地震があったり、津波があったり、まあいろんなことがあって、やがて文明が崩壊していったわけです。

そして、そのムーの子孫たちが、いろんな形でまた、さまざまな所に逃れていったわけです。日本などにおいても、その南方から来た文明のなかには、このムー文明があります。一万五千年以上昔に、崩壊していったこのムー文明、この末裔(まつえい)たちが、日本にもだいぶ来ています。日本には、もちろん、韓国、中国系統から渡ってきた人もいますが、このムーからの人、それから、アリューシャン列島を渡ってきたアイヌ系統の人たち、こうした三種類の人たちが流れ込んできて、日本民族をつくっているのです。

日本という地域が霊的に非常に高い意味合いを持っているのは、このムーの部分の魂系統が、かなり入って来ているためだといえると思います。ムーの一部は、もちろんアトランティス等にも流れていきましたけれども、まあこの東洋では、こうした日本などに、日本あるいは東南アジアにだいぶ流れていった。また、インドの方にも出ていったのですね。ムーの文明の一部は、インド文明の源流にもなっていっております。

まあ、天照大神(あまてらすおおみかみ)という、現代日本の主宰神のような役割をやっているような人もいますけれども、この人もムーの時代にやはり出たことのある方であって、ムーの時代に女王をやった経験があります。まああるんだけれども、そうしたことをあまり言うと、まあ嫌われるといけませんのでね、私はほどほどに言っておきたいと思いますが、やはりムーに出た方です。そして、太陽信仰を、その時にも説いたことのある方です。その方がまた、日本で、日本の国造りのために、あれほど活躍をされた。そのように言うことができると思います。まあ非常に霊的な力のお強い方である。そう言ってもいいのではないでしょうかね。

このように、このムーの文明は去っていったわけですが、そのムー文明が去ること自体を悲しむのではなくて、また新たな光が出て、新たな文明ができていく。私たちは、そうして何億年もの間、飽きることもなく、いろんな生まれ変わりをして、そのたびに偉大な経験を積んでいくのです。それで、魂のなかには、そうした英知が蓄積されていく、まあこうしたことを、くり返し、くリ返し、やっているわけなのです。