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目次

















1.地上のひとびとに、一言でも多く、一行でも多くの神理を伝えたい


高橋信次です。また私の霊訓集を世に問う機会を与えられたことをうれしく思います。

まあ地上にいるみなさんは、私がたて続けに世の中に霊訓集を送っていくから、高橋信次というのはなんと忙しい男だろうと思っておると思いますけれど、じっさい、私はほんとうに忙しいんです。なぜ忙しいかって言うと、地上にいる人たちを一日も早く、目覚めさせたいという気持ちが強いんですね。

また私の教えを継いでいる者たち、そしてさまざまに混乱している弟子たち、あるいは私の教えを受けなくとも、ほんとうの神理というものを求めて日夜学んでいる人たち、こういう人たちのことを考えると、私は一日もこちらでゆっくりとできないんです。ひとつでも多くの神理を世に伝えたいというのが私の気持ちなんです。

いま、日本には一億二千万人以上の人間がおりますけれども、このなかでもやはり心ある人たちっていうのは、いるんですね。それは一定の数であってそう多くはありませんけれども、心ある人たちっていうのはいます。そして彼らは、つまり心ある人たちは、神理を求めている。

けれどもほんものの神理の書というのが、生きている間なかなかこの地上では見当たらんのですよ。宣伝だけでよく売れている小説の本だとか、まあ金儲けの本だとか、こういうのは、いっぱい出ておりますけれども、神理の本のなかで、ほんとうの真実を伝えるのは少ないんですね。

霊界ブームで、最近は霊界のことを伝える本もずいぶん多くありますけれども、そのなかの大部分、私たちの目から見て九割五分以上は、おかしなものです。少なくとも霊的現象として見たら、まともじゃないのがほとんどです。

そして地獄の霊たちのそそのかしを受けながら、それを神様、仏様、あるいは高級霊だと思って、一生懸命言っている人がいっぱいいるんですね。

どっちもこっちもそういうおかしいのばかりで、こういう混乱を見るにつけても、私たちは一日も早く、一冊でも多く、真実の書というものをひとびとに伝えねばならんと思います。

まあそれは地上にいる大川隆法さんたちの活動にも、もちろん限界があるだろうし、出版社のみなさんにも、そうそう無理ばかりはお願いできないし、そういう限界はあるでしょうけれども、やはり私は一日でも早く、一冊でも多くの神理の書を世に問うて、世のひとびとを目覚めさすことこそが、私たちのほんとうの仕事だと思うし、また最近地上に肉体を持った高橋信次としてのやりうる最高の仕事だと思うのですね。

私はいま、こちらに還ってきて、もう地位とか名誉とかそんなものは、なにもこだわるものはないのです。また金儲けするわけじゃないんです。

高橋信次の霊訓集が出たところで、それでいくら売れてもね、私のふところのなかには一円もはいらないのです。そんな印税なんか一円もはいってこないし、地上で評判がいいからってこちらの世界でも、ランクが上がるわけでもないんです。そんなことぜんぜんありません。

そういうことはまったく関係ありません。地位も名誉も、金もなにもないんです。地獄の三途(さんず)の河を渡るときには、六文銭がいります。けれども、私たちのように安らぎのある世界に還ってきている人たちには、もうお金は必要ないんですね。

そういうことで、私は私利私欲のためにやっておるわけではありません。ほんとうに純粋な気持ちから、地上のみなさんに一言でも多くの、一行でも多くの神理というのをお伝えしたいと切に願っておるわけです。

そういうわけで私は霊言をして、今後もたたみかけていきたいと思います。

ほんものであるということの証明のためには、やはりあるていど数を出していかねばならぬと私は思っております。一冊だけでは創作だと思われるでしょう。

では高橋信次が、二冊、三冊、四冊、五冊、と世にその考えを問うたときに、それがにせ物だというふうに言うことができるでしょうか。たぶんできなくなってくると思います。私は霊言の真実性を疑う人が多いこともまたこの世の事実である以上、あるていどの数を出して、私の思想というものを全面に出していきたいと思います。

こうして、十年前(一九七六年)のこの地上を去ったときに私が考えていたことだけではなくて、あの世の世界、すなわちこちらの九次元世界というところに私はおりますけれども、九次元の世界に還ってきてから、私が体験したこと、そして私が悟ったことを、あるいは私が生きていたときに言い忘れたこと、また修正したいこと、こういうことをどんどん言っていきたいのですね。


2.高橋信次の霊言を世に問う機会はいま以外にない


こういうふうに霊言として私の考えを、この世に伝えることができる機会というのは、もうおそらく二度とはないと思うのです。

地上のみなさんは、高橋信次の霊訓集があまり出てくるので、もう読むのに忙しく、「そんなにいっぱい出さなくてもいいから、一冊なら一冊で遠慮してくれんか。」と。「あんまり出ると、お金もかかるし、それから目も悪くなるし、勉強時間がなくなるから、もうやめてくれんか。」という声もあるかもしれませんけれども、どっこいそうはいかんのです。

大川隆法さんがあの世に還ればもうこんな霊言はできんのですから、生きているうちにもう十二分に使ってね、できるだけ多く彼を使ってがんばらにゃいかんのですね。

ですから、まあ最近の人間だから、ずいぶんでしゃばってくるなあと思われるむきもあるでしょうけれども、古い人はもういいんです。最近の人はどんどんどんどん言わないとね。言いたいことが山のようにたまっていますから。

イエス様やモーゼ様みたいな古い人は、もう言いたいことがたまっていても、もう二千年も三千年もたてば、化石みたいになって、口を開けばコロンと、化石みたいな恐竜の卵みたいのが出てくるぐらいでしょうけれども、私みたいに死んでまだ十年ぐらいの人間というのは、もう考えつけば、あの人もいるし、この人もいるしね。

あの人にもこういうことを言っておきたい。この人にもこれ言っておきたいし。著書を見るとあそこはちがっておったとかね。いっぱいあるんです。言いたいことが。

だからずいぶん、高橋信次がおしゃべりをしておると思うかもしれないけれども、やはり地上の人たちは、このおしゃべりに耐えるだけの「忍辱の心」というのを養って精進せねばならんわけです。


3.かつてモーゼに旧約聖書の『創世記』を書かせた私が、いま、「新創世記」を語る


さてまあ枕詞(まくらことば)はそれぐらいにして、本日は、「新創世記」というタイトルで話すことにします。ずいぶんいきおいのいい題で、「まあがんばっとるじゃないか」という声もあるでしょうけれども、やはりね、私はほんとういうと、創世記を語るのが私のいちばん得意なところなんですね。

いまから三千百数十年前に、モーゼという人がエジプトの地に生まれて、そしてイスラエルの民を解放して、カナンの地ですね、あこがれのカナンの地、ユダヤの地に人々を導いたときに、天上界から現在と同じように私はモーゼを指導しておりました。

そのときに私がモーゼに書かした書というのが『創世記』という書物です。これはみなさん旧約聖書のなかでモーゼ五書のなかで『創世記』っていうのが最初にありますね。これがありますけれども、これをモーゼに書かしたのは当時の私だったわけです。

天上界からこういうふうに霊言という形で、モーゼにやはり通信を送っておって、モーゼがそれを聞いて書きとめたのが、モーゼの『創世記』なのです。

ですからその創世記も三千年たってちょっと古くなりましたので、ちょっと新しい創世記を書かにゃならんと思うのです。それがこの「新創世記」です。

まあ私の娘で、高橋佳子というのがおって、『真創世記 地獄編』、『天上編』、『黙示編』なんて書いておるから、またまねしとるんじゃないかというけれども、よく読んでいただければ向こうの『真創世記』は、真実の真でありまして、私の「新創世記」は新しいの新でありますから、けっして著作権侵害にはならんわけであります。新しく創世記を語るわけです。

さて地上のみなさんはね、こういう時期にどうしてそういう創世記、地上の成り立ちということを話す必要があるのかということを不思議に思われるかもしれません。まあそんなことを聞いたところでね、ひとりの人間も救われるわけではないし、興味本位にすぎるんじゃないかと、こう思う人もずいぶんいると思います。

けれどもね、やはり私は、人類の価値観、価値概念というものを転換すべきときがきておると思うのですね。

いまの日本人でもいいし、外国人でもいいけれども、経験主義的な人のものの考え方というのは、人類の歴史っていうのはやっぱり、四千年か、五千年ぐらいに思っているのですね。せいぜい四千年、五千年。日本の歴史だって二千数百年だし、まあユダヤのほうだって、イエス様がまだ生きていた人だということは知っているけれども、モーゼもまあなんとか生きていた人らしい。まあ三千年ぐらい前の人。

ギリシャ・ローマ神話のギリシャ神話の神々になってくると、もうちょっとこれはあやしいんですね。これはもう神代(かみよ)の世界、神話の世界になって、ほんとうにギリシャの神様なんていたのかどうかわからなくなってきていますね、実在の人かどうか。ゼウスさんなんていう人ほんとうにいたのかな。アポロンなんて人いたのかな。アポロ宇宙船は知っておるけれども、アポロンなんて知らないという人がいっぱいいると思います。

「それは、たぶんギリシャ・ローマ神話かなんかで、世界の名作シリーズかなにかのなかにはいっているぐらいで、ほんとうは歴史上の事実ではないんじゃないですか。」という人が多いと思いますね。

ギリシャでゼウスが法を説いたときっていうのはいまから三千七、八百年前ですから、四千年前までいかないわけです。四千年近く前になるともう、人間はそれはもう夢幻(ゆめまぼろし)、神代の時代の作り話ということになっちゃいますね。こういうことです。


4.アトランティス大陸の沈没を信じない現代人


たかだか一万年ぐらい前にアトランティスという大陸があって、それが一夜にして没してね、大西洋に沈んだということを話しただけでも、人びとは信じないんです。現代人たちはね。信じないんです、一万年も前のことまでわかんないと。

「ほんとうでしょうかね。一万年前に、ほんとうにアトランティス大陸なんてあったんでしょうかね。たしか私たちが習ったんでは、一万年前っていうと、縄文時代よりもっと昔ですから、石器時代かなんかでね。これはちょうど人類がいたとしてもね、腰のまわりに虎の皮かなにかを巻いて、そして石斧を持ってコンコンとやっておったにちがいない。」と。

「まあ火を起こすことぐらいは知っていたかもしれないけれども、それもたぶん木と木をこすり合わせて『エンヤエンヤ』とやって煙をパーツと出すとか、あるいは、トナカイの骨かなにかけずってやっていたころにちがいない。」と。

「そんなころにアトランティス文明なんて、そんな、ほんとうにあったんですか。」と。「私はとうてい信じられないですね。」と言っています。

あるいは名誉毀損(きそん)にならないようにやわらげて言いますけれども、最近はね、元東大教授の優秀な物理学者、地球物理学者なんかもね、地殻変動とかいろいろ調べた結果、アトランティス大陸というのはやっぱりなかったんだ、ムー大陸もなかったんだ、なんて言っていますね。

まあしかたありません。それは現在ある資料だけを見て、それを判断しているんだから、それはしょうがないんですね。

まあそれはしかたないことです。一夜にして地殻変動が起きればね、地上の証拠っていうのはほとんどなくなります。


5.ギリシャの哲学者プラトンがアトランティスの存在を知っていた理由


アトランティス大陸があったという証拠は、いちばん最近というのか、いちばん古いというのか、よくわからないけれども、それがでてくるのはね、ギリシャの哲学者でプラトンという人の書物のなかです。

まあソクラテスのことを、一生懸命書いた人のことですけれど、プラトンという人の本のなかにアトランティスという大陸があったということが書かれていますね。これがまあアトランティスについての最古の記録ではないかということで言われています。

じゃあ、「プラトンというのは二千四百年ぐらい前の人だから、なんで一万年も前のことがわかるんですか。」と。

「そんなのわかるわけがないじゃないですか。」と、言う人がいると思います。

「たぶんこれは想像の話じゃないでしょうかね。」と言う人がいると思いますけれども、プラトンという哲学者がアトランティスのことを知っていたのは、ふたつの理由があるのです。

ひとつはね、エジプトというところには、そのギリシャの哲学時代よりはるか以前に高度な文明というのがあったんですけれどもね。

いまもスフィンクスとかあるいはピラミッドとかがありますけれども四千年前、五千年前といわれていますね。そういうピラミッドがあるけれども、そうしたピラミッドのなかの古文書のなかには、そういうかつてのアトランティス大陸のことが書かれていたのですね。

それに関する文献というのがあったんです。プラトンという人は、その文献を読んだことがあるのです。これがひとつ。

それからもうひとつは、プラトンという人はやはり霊能者であったのです。

現代の人たちは彼をふつうの哲学者というふうに考え、哲学者でかつ霊能者である人なんかいるわけないと思いますけれども、ギリシャの哲学者たちは霊能者が多かったのです。ソクラテスもプラトンも霊能者なのです。

ですから、ちょうど大川隆法が、いま、私の言葉を受けているように、さまざまな聖霊たちの言葉を受けておったのですね。そう、ソクラテスもプラトンも霊能者だったのです。

けれどもアリストテレスは霊能者じゃなかったんですね。その結果、彼が書いた哲学の体系というのはひじょうにむずかしいものになりました。

そしてアリストテレスという哲学者は、自然科学の祖ともなったし、まあ哲学の祖とも言われておりますけれども、ひじょうに合理主義者ですね。なぜ合理主義者かっていうと、彼自身が霊体験を経験していないからです。

つまりプラトンとアリストテレスの差はそこにあるのですね。

アリストテレスは自分より何十歳か上のプラトンを、先生が生きていたときに批判したら怒られるから、先生がポックリいってからプラトンの「イデア説」を批判しているわけです。

けれども、その批判というのはじつはあたっていないんですね。プラトンという人は霊能者であって、自分自身いろんなことを体験しておったけれども、アリストテレスはそういう体験がなかったからわからなかったことが多いのです。

その結果、西洋の合理主義文明というのが出てきたんですね、アリストテレスから。

それでプラトンの思想というのがなかなかわからなくて、オカルト的に解釈されてきたということがあったわけです。そういう事実があったのですね。


6.プラトンは幽体離脱によって如来界、菩薩界を見て「イデア説」を唱えた


プラトンという哲学者は、ちょうど近代のスウェーデンボルグという大霊能者と同じであったわけです。スウェーデンボルグは科学者でもあったし、さまざまな役職も兼ねた偉い人ですけれども、この人が幽体離脱といって、肉体を抜けだしてあの世を見ていたように、プラトンも見ていたのです。

つまりあの世の世界を見てきてね、「イデアの世界」、イデアという理想の世界があるということを一生懸命書いたのです。

霊界があるとか、幽界があるとか書いたら、心霊ブームのなかの現代人はハタと膝をたたくかもしれないが、プラトンはかしこいから当時の人たちの誤解を避けてそんなことは言わなかったのですね。幽界見てきた、霊界見てきた、と言わずに、イデアの世界という理想郷があるという話をしているのです。

そしてじっさいは、あの世の如来界や菩薩界を見てきて、そこにあるものをなんとかこの地上で実現させようとして一生懸命本を書いたのですね。そういう偉い人だったのです。

こういうふうに宗教上の天才というのは、いつも、時代を何千年も抜きんでているから、その同時代に真実のことを語ることができなくて、やはり比喩(ひゆ)で語るのですね。こういうことがあったわけです。

ですから、プラトンも当時やはり幽体離脱して天上界に還って「アーカーシャの記録」って言うけれど、「アガシャーの記録」とも言いますけれども、そういう霊界の記録書というのがあるのですね。歴史書があるのです。これを見てきたのです。

そしてアトランティスというのがじっさい沈んでいるということを知りました。また彼の指導霊をしていた人も、そういうことを伝えましたね。それで文章のなかに書いておるのです。

しかし、プラトンの記述あたりで、早くも信憑性(しんぴょうせい)がなくなるのが現代です。地上の人間の理解の範囲では二千年、三千年でもとても大きな話になってしまいます。


7.アトランティスには生体エネルギーを使った飛行船があった


ところがじっさいは一万年前に、アトランティス大陸が大西洋の現代のバーミューダというところにあって、ほんとうに栄えとったのです。そのときにはもう飛行機があったのですね。みなさん驚くでしょうけれど。

「飛行機だなんて、あなた高橋信次さん、あなたちょっと頭がおかしいんじゃないですかね。二十世紀になって初めて飛んだのですよ。」ってね。

二十世紀の初頭にやっとプロペラの二枚羽根の飛行機が飛びました。当時は第一次大戦のころ、まだ、そんなに実力がなくてね。

敵の飛行機とすれちがってもおたがいに手をふって「ヤーヤー元気か。」なんてね。

「イヤーワシも元気でやっとるよ。お宅、偵察ですか。」なんてね。

「偵察でやっとるんですよ。」なんてね、やっとったんです。珍しくてね。

そのうち飛行機どうしでそんな偵察のあいさつばかりしていてはいかんということで、もっとまじめに戦争しろということになり、敵の戦闘機を見つけたら、ちょっと上のほうへ飛んでいってレンガ落としたりしてね。レンガ投げつけて向こうの飛行機落とそうとしたりしました。こんなことをやっていました。今世紀の初めには。

それが第二次大戦のときにはもうゼロ戦が飛んだりね、B29が飛んだりしたことはみなさんご記億のとおりです。

そしていま、みなさんコンコルドの時代です。それからスペース・シャトルの時代です。こういうふうに時代が進んできております。

ですから人類の、どこの歴史をひも解いても、千年前、二千年前に飛行機が飛んだという話はないのです。そこで、一万年前の人の力でそんな飛行機が飛ぶはずがないとみなさん思うでしょうが、じっさい飛んどったんです。これは事実なんです。

これはこちらの世界にくるとすべて明らかになるのですね。飛行機といっても現代のようなコンコルドじゃありません、もちろん。

当時の飛行機っていうのは飛行船のようなものなのですね。いわゆる飛行船です。

そしてエネルギー源として使っておったのが、生体エネルギーってやつでね。ちょうど植物が発芽する時にでるエネルギーがありますけれども、ああいうふうに細胞分裂を起こすときに熱が出ますね。熱エネルギーが出ます。

これを転化する。うまく変化させてエネルギー源とする、という方法を当時持っておったんです。

アトランティス人というのはね。こういう変化のエネルギーというのを使ってさまざまな動力を作っとったんです。

ですから石炭でもなかったし、電気でもなかったんです。そういうふうな生命エネルギー、生体エネルギーというのを抽出することに成功して、そういうエネルギーを使っていました。これを使って飛行機を飛ぱしとったのです。


8.アトランティスの自動車はヒラメ型


あるいは地上にはね、みなさんおどろくでしょうけれども、やはり自動車に近いものかあったのです。

まあかたちはぜんぜんちがいますよ。かたちはぜんぜんちがいましてね、わかりやすくいってみれば、私が見ると、ちょうどヒラメみたいなかっこうしていますね。ヒラメかエイみたいなかっこうしてて、ああいうふうな、まあスルメですな。スルメってありますけれど、ああいうかたちしているんですね。

三角形で後ろから尻尾が出ているかたちしているんですけれども、それで下にコマが出ているのですね。コマが二輪出ています。前にひとつと後ろにひとつ。前輪、後輪がありますね。

オートバイといっしょの原理ですね。そしてああいうふうなエイみたいなかたちをしています。これで後ろにちっちゃなプロペラつけていて、これをクルクルまわしながら走っとるのです。こういう自動車がありました。こういう時代なんですね。


9.職能制民主主義があった


また政治の原理ってどうかというと、政治も現代の民主主義に近いような政治っていうのがもうあったんです。

まあ民主主義というのも近代の発明かなんかに思ってね、十九世紀のリンカーン以来の「人民の、人民による、人民のための政治」なんていうので、これで民主主義の概念かでてきたなんて、進歩したなんていってるけど、とんでもないんです。

もうそんなのとっくの昔からあるんですね。アトランティスの時代にも民主主義はありました。

このときの民主主義というのはね、現在のたとえば政治の制度とちがうのです。

現代のような投票制度とはちょっとちがいましてね。いねば産業別で政治家を選出するようなそういう民主主義をやっていましたね。

たとえば農民なら農民。神主なら神主。神官なら神官ね。軍人なら軍人。あるいは、技術者なら技術者。こういうふうにいろんな「職能制」っていうのか、これがありますけれども、このなかから選挙でね、代表者を選んで政治をするようなそういうしくみかあったんです。

そしてその政治の頂点だったのはだれかというと、これが宗教家だったんですね。宗教家がやっていました、政治をね。そしてそれを補佐するのが科学者だったんです。

ですから当時アとフンティスの文明では科学が発展して、科学が宗教を助けるというようなのが原則だったわけです。


10.まちがった新興宗教家のクーデターに倒れたアガシャー大王


ところがこれがね、アトランティスの末期、いまからどうですかね、一万年前ごろ、まあはっきりした年数はいえませんけれども、そのころ、末期の百年ぐらいっていうのはたいへん時代が乱れてきたのですね。

宗教家のなかにまちがったひとびとがいっぱい出てきました。

現在も二十世紀の後半に変な宗教家がいっぱい出てますね。変な新興宗教の中には、まったくおかしな宗教家がいっぱい出てますけれども、同じような宗教がアトランティスの末期も、ボコポコ出てたんです、いっぱい。

そうしていわゆる正法神理というのが失われる時代というのがあったんです。

このときに最後の光の大指導霊としてアガシャー大王ってかたが出られたのですね。アガシャー大王というかたは、イエス・キリストの生命体の一部なんですけど、こういうかたが地上に出られました。そして彼は最高の政治指導者でもあり、宗教指導者でもあって、ひとびとに心のありかたを説いておりました。しかし、現代と同じようなまちがった新興宗教の教団というのがひじょうに大きくなってきて、いま流にいうと何百万という教団になってきて、それが政治にもちょっかいを出すようになってきた。そしていわゆるクーデターみたいのを企てたのですね。

こうして当時の王宮の中では、いわゆる光の天使たち、心ある宗教家たちがずいぶん政治、経済を牛耳っとったんだけれども、彼らを捕らえてしまったんですね。

捕らえてしまって、そしてソ連の[赤の広場]じゃありませんけれども、広場にしょっぴいて、穴を掘らし、いけにえにするというような、残虐な行為の結果、ひじょうに数多くの、何十人もの光の天使たちが彼らの手にかかって死にました。

ようするに、一時期、悪魔に天使たちが負けたようなかたちがでたのですね。そしてアガシャー大王自身も囚われの身となり、やがて死んでいきます。


11.アトランティスの沈没とアモンのエジプトヘの脱出


しかし当時、アガシャーの息子、つまり長男がいました。光の指導霊として有名なアモンはアガシャーの息子なんです。

このアモンというのが、アトランティスから逃れたんですね。まあここからいわゆる飛行船で逃れて現在のエジプトのほうへと逃げていったんですね。

もちろん、このとき、何人かの文化人たちを連れていきました。

こうしてアトランティスの文明というのが、いまから九千数百年前、一万年近く前に、エジプトの地に受け継がれていったのです。

けれどもそのあと、光の天使たちがまちがった宗教家たちのクーデターによって処刑されて、しばらくののち、アトランティスの大地を不調和な想念のくもりがおおったわけです。

そうしてやがて恐るべき天変地異が来たのですね。地球というのは、前にも言ったことがあるけれど、ひとつの生命体であってね。不調和な波動というのが地上をおおうと、地殻変動(ちかくへんどう)が起こるんです。

こういうふうなしくみになっているのですね。作用・反作用の法則になっているわけです。

それで、アトランティスを黒い想念体がおおったときに地上にやはり変化が起きて、アトランティスというのが一夜にして没したことになっています。

じっさいは三段階ぐらいにわかれたんですけれどもね。最後の島の部分が一夜にして没したわけです。そうしてまったく大陸というのが、影をひそめてしまったわけです。

そしていま、何千メートルの海底に沈んどるわけですね。こういうふうにして大きな文明が潰(つい)え去ったわけだけれども、そのころの光の天使たちの教えの一部分がエジプトに流れていきました。つまり、アモンによってエジプトに継かれていきました。

そしてやがてエジプトでもさまざまな光の指導霊たちが出て来ました。クラリオという神霊が出てきたし、そののちモーゼも出てきてるしね。エジプトというところはずいふん神理の種がまかれたところです。そりゃそうです。人類は大昔地上に来たときに、最初に着陸したのがエジプトであって、エジプトの地は昔から神理伝道の地であったわけですね。


12.日本人の源流ムー文明とインド洋のレムリア文明


さてそれがアトランティスの歴史ですけれども、アトランティスのもっと前にも文明がありました。

やはりみなさん聞いておられますけれども、ムー文明というのがあったんですね。これもやはりいまから一万五、六千年前に栄えて、だんだん消えていった文明で、太平洋にあったんです。現在のポリネシアのあたりを中心としてあったんです。

そしてこの文明もやはり沈没していきました。一部の島を残してね、そのムーの文明の子孫たちのうち、優秀な者たちがいまの日本に流れてきているんですね。日本人の源流です。

日本人というのは韓国から来ただとか、ネパールから来ただとかいろいろいっておるけれども、日本人のなかでのほんとうの知識階層っていうのは、このムーの大陸から来とるのです。そしてそののちやはり朝鮮とか中国からもいろんな人が来てまざったんですけれどもね。彼らはあとがら来た民族なんです、ほんとうは一万数千年前にムーという大陸から出てきたんです。これが日本人の源流です。ですからひじょうにレベルが高いのですね。

ムーの時代にもやはりさまざまな文明がありました。飛行機はありませんでしたけれども、船ですね、大きな艦船というのはあったのです。そして太平洋をずいぶん走り回っていました。こういう文明があったんです。

またムーの前にもレムリア文明がありました。これはいまのインド洋ですね。ここにも大きい文明がありましたね。ムーよりもっと前です。


13.現代人よ、現代文明を最高だと思うな


こういったふうに人類史上では、けっして現代の文明というのが最高じゃないのです。何時(いつ)の時代にもね、ちょっと前をめくってみると、高い文明があるのです。

このように人類の文明というのは、山の峰みたいなものでね。あそこが高くなったりここが低くなったり。高くなったり低くなったりして続いてきているのです。

これが文明なんです。これが正しい文明の姿なのですね。

そして私たちは、ほんとうはここ数千年というような短い期間において活動したんじゃなくて、ほんとうの文明づくりの歴史というものは、じつは百万年よりももっと古いのです。

いま、北京原人だとか、あるいは南アフリカの原人ですか、ピテカントロプス・エレクトウスというのですか、こういうのが五十万年前だとか、百万年前だとか、いわれています。

あるいはヒマラヤの雪男が人類の祖先だとか、いろいろなこといわれていますね。けれどもそうじゃないんです。もっと昔からいるんです、人類というのは。もっともっと昔からいるんです。

「じゃあ、そんな昔にいるのに、どうしてその証拠がないのか」と。
「地面掘ったら石油ぐらいしか出てこんじゃないか」と。
あるいは「貝殻集めた貝塚ぐらいしか出てこんじゃないか」と。
「そんなの信じられるか。」というけれども、ほんとうのしくみはじつに巧妙なんですね。

じっさいに文明というのは、やはり洗いざらいというかね、新しく移るときにはひじょうに巧妙に過去の姿を消し去っていくのです。痕跡(こんせき)もなく。こういう歴史なんですね。

ですから、ほんとうは石油が出てくるような深いところにいろんな過去の文明が埋まっとるのです。そんな地表のほうにあるんじゃないんです。まあそういうことなんです。

まあ以上、今日は簡単に人類史を見てきました。新創世記って題でね。

全部は語りつくせませんでしたけれども。ほんとうの人類の歴史というのは、たかだかここ三、四千年じゃあありません。もっと古いんです。

そしてそもそも人類はどこから来て、どういうふうになったかというのは、またそれは機会をあらためて話すことがあるでしょうけれども、とりあえず地上のみなさんに言いたいことは、現代の文明が最高じゃありませんよ。過去にも現代ぐらいの文明はみんな通過してきた、経過してきた偉大な魂なんですよ。

心のなかをひもとけば、心の秘密をひもとけば、そういう叡知(えいち)がみんな眠っているんですよ。それを忘れちゃいけません。そして現代の文明のなかで胡座(あぐら)をかいておごってはいけません。

過去の宗教人たち、思想家たちは、みんな古い人だから、霊だとか魂だとか信じていたけれど、この科学万能の世の中で、そんなもの通用しないなんて知識人の多くは思っておるでしょうけれども、そうじゃないんです。それがまったく知識がない証拠なんです。

ほんとうの知識というのは、人類の文明にはなんどもなんども高い頂(いただき)があったんだということを、これを知るところから出発するんです。

ノアの洪水というような現象が起き、文明が押し流されて、一部の人だけが逃れていくという事件は、過去何回となくあったんです。

まずそれを知ってください。そしてそれを知ることこそ新しい文明を、これから創っていくためにひとつのきっかけともなり、原動力ともなるのです。

まずそうした正しい歴史観を持ってください。そうしたときに、これから二十一世紀にかけて新しい文明が起きてきます。その意味が、正しい意味がはっきり地上のみなさんにもわかるようになると思います。

ま、かけ足で見てきましたけれども、まあ新創世記ということで、まずお話をしました。明日は「甦(よみがえ)る仏教」ということで話をしたいと思います。