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第一章 我が人生観

エマニュエル・スウェーデンボルグです。読者のみなさんの多くは私の名をどこかで耳にされたことがあるでしょう。北欧の霊能者ということで有名でもありましょうし、また、あの哲学者カントに影響を与えた、神秘の思想家としても知られている私です。
 私はもう今から二百年以上も前の古い人間です。その意味で現代のあなたがたから見れば、そのヨーロッパの何百年か前の霊人が、今この時期の日本にいったいいかほどの用があるかと思われることでしょう。
 ただ、最近ではこの日本でも、私の生前の著作が数多く翻訳され、出版されているのを知り、我が心の底から喜びといたす次第です。
 この現代の日本の心霊ブームの奥には、私の存在もなんらかの力を果たしているということをわかっていただければ、なにゆえに私が今復活をし、声を伝えんとしているのかがおわかりであろうと思う。私自身、かつてスウェーデンの地に生まれてさまざまな仕事をなしたものでありますが、年代は離れてはいても、近代に生きた人間の一人として、他の多くの高級霊が霊言を地に送らんとする現在に、我が一書もまた連らねてみんと、心の底から願うものです。

さて、読者の多くは、本書を手にされたという以上、私の名はすでに知っておられるし、どのような人間であるかはご存じであるかもしれません。私の生前の仕事はさまざまでありましたが、鉱山関係の技師をやっていたこともありましたし、それ以外にも医学的な業績や、生物学的な業績、また科学的な業績など数多くのものをあげました。そしてそれらの多くは、時代を百年から二百年先取りしていたと今日ではいわれているようであります。
 しかし、私にとってたいせつなことは、単にそうしたことではありませんでした。私は老境といいましょうか、壮年期といいましょうか、通常の人であれば定年退職をする歳を間近にして、異常な世界へと入っていったのです。この世的にはさまざまな業績をあげ、今日であればノーベル賞をいくつももらってもおかしくないような私であったと思いますが、その私に最後の務めとして、偉大な使命が下ってきたのです。

 それは、神理の使徒としての使命でありました。もちろん若い時分より、霊感的なものはずいぶん私にはあったと思います。さまざまなインスピレーションにも恵まれて、いろいろな発明や発見をしてきました。そうしたことがあったし、書物を書くにあたってもインスピレーションが降りてくるということはよくありましたので、まったくの人生の転換とはいいかねるものもあったと思います。
 しかし、自然科学者として、技師として、夢を馳せていた私、そしてそれなりの成功をおさめていた私が、まさか神の使徒となってゆくとはいったいだれが予想したでしょうか。私自身もそのようなことを予想したことはありませんでした。
 その後、私の著述は膨大なものとなってゆきました。おそらく、百数十冊にのぼる心霊関係の著述が遺されたと思います。それらの多くは、主として我が霊界見聞録から成り立つものでした。私は近代においては、本格的に初めて霊界というものを探訪し、くまなく見てき、これを地上に報告した者であります。その意味では先駆者的な役割を担っていた一人であります。

 ここで、まず私の本来の業績といいましょうか、霊界探訪、霊能力の世界について語る前に、神が私に与えた五十数年のその前半生は、いったいいかなる意味があったのかを考えてみたいと思います。
こうしてみると、神は私に神理の使徒となる前に、この世的なるある程度の業績をあげさせるということを、まず最優先させられました。そして、次には私をして、その北欧の地では第一人者としての文化人、教養人、あるいは科学者たらしめました。そうして、そうした私の名がヨーロッパにもかなり有名になっておりました。 このように自分づくりというものが終わった段諧で、もうある程度人生の先行きが見えてしまった段階で、思いもよらぬ世界が展開してきたわけです。私がそれまで全力を捧げてきた、科学的研究がまったく吹き飛んでしまうような、それはそれは大きな衝撃でありました。くわしい年代がいつであったか、私の記憶は定かではありません。しかし、まだ六十歳にはなっていなかった、五十代のことであったと記憶しております。

 その日はちょうど、この収録をなしているころと同じころでありました。木の葉もほば舞い散り、夕暮れはいつもより早く、寒い風が吹き始めていました。私は、はやばやと夕食を終えると、いつものとおり自室に閉じこもって、そして内側から鍵をかけ、執筆に励もうと思っていたのです。
 その特に、私は不思議な声が聞こえてくるのを感じました。それは初めは、はるかに遠いところから、小さな小さな音として聞こえてきましたが、やがてそれが、トナカイに乗ったサンタクロースでも近づいてくるように、小さな鈴の音が大きく大きく響いてき始めたときに、何らかのキリスト教的なる神秘が我が身に臨んでくるという直観を得ました。 そしてその鈴の音はやがて私の近くまでくると、ぴたりと止まりました。そのあと私は、これは大変なことが起きるということを直感いたしました。私は近くにある安楽椅子に居場所を移して、そして、目を半眼にして来たるべきものを待ち受けました。

 やがて次なる出来事が、私のまわりに起き始めました。それは、鈴の音ではなく、一面に起きてくるラップ現象とでもいうべきものでした。机の上、床、天井いろんなところで物音がしました。叩くような音です。そしてこれは、なんらかの霊の仕業だなというように感じました。しかし、これらはまだ初歩の出来事であったと思います。
 やがて、そうした時間が通りすぎたあと、私は見てはならないものを見てしまったのです。それは、窓を突き技けて現れてくる、一人の神秘的な神々しい方のお姿でありました。その方は痩せて、背も高く、顎髭があって、そして、聖なる輝きに満ちておりました。 そして、その方の上げた右手のひらを見たときに、そこに釘を打ちこんだ跡がありました。「ああ、これがあのイエス・キリストその人なのか」と思ったときに、私の全身に戦慄が駆け技けてゆきました。そのあと、目を凝らしてみると、そのまばゆく光るイエスは、頭に王冠をかぶっていることがわかりました。その王冠を両手ではずすと、イエスは私のほうに歩み寄り、そして私の頭の上に王冠をかけようとするではないですか。

 私は驚きました。いったい何事が身のまわりに起きるのかといぶかりました。しかし、イエスはその王冠を私の頭の上に載せると、一歩あとずさり、そして静かな微笑みを浮かべました。そうして、ほんの二秒か五秒の時間であったと思いますが、慈愛に満ちたまなざしで、私の顔をじっと見られました。しかし、もうまったく息が止まってしまって身動きができなかったので、私にとっては、そのごくわずかな時開か一時間もあったかに思えました。
 そしてしばらく私を眺めたあと、イエスは私にこうおっしやられたのです。そのおごそかな口をひらいて、「エマニュエル・スウェーデンボルグよ。お前の人生は今日で終わった。お前の前半生は終わったのである。お前は今日死に、また今日よみがえりの時を迎えたのである。今日からお前は新生しなさい。そうして、残りの人生を私のために費やしなさい。我がために生きなさい。 我が肉体の復活はもはやないが、我が魂がかつて復活したように、お前も前半の人生はもはや終わったと思い、本日ただいま死を迎え、そしてまた新たに生まれ変わればよい。お前の生まれ変わりによって多くの人びとが、魂の蘇生を知るであろう。そうして永遠の命を得るであろう。 スウェーデンボルグよ。我がために行なえ。我がしもべとして働け。余生をどのようにあざ笑われようとも、どのように苦しいものが待ち受けようとも、ただひたすらに、歩んでゆけけ。」

 これが、イエスが私に語られた言葉でありました。イエスの目は慈愛に満ち、光に満ち、愛に満ち、そうして悲しみに満ちているように見えました。その目を見つめた私は、彼を襲ったと同じ運命が、我が身にもおよぶものであるという予感がいたしました。
やがてイエスの姿は次第しだいに遠のいて、見えなくなってゆきました。
 こうして最初の奇跡の時が終わりました。私はこの感動をどのように表現してよいのか、それに苦しみました。ただ、教会の人びとに話をしたところで、私がイエス・キリストと直接対面したと言ったところで、決して、決して信じられることはないだろうと思いました。

 また、当時の私の名声はヨーロッパに広がっており、私としては、もはやこのような晩年において、このような大胆なことが、あるいは自己犠牲をともなう決断と行動が、ほんとうに私の人生にとって、ふさわしいものであるのかどうか考えるにいたって、ずいぶんと逡巡いたしました。
 しかし、私は避けられない運命であるならば、受け入れるしかないであろうと思いました。どうせ避けえない運命であるならば、そして、事の性質からいって、その重大さからいって、私はこの運命のなかからふたたび出られる可能性はゼロに等しいことを感じていました。そうであるならば、運命のなかで運命の人として、生きてゆこう。そのように思いました。

 それからまもなく、私にはさまざまな不思議な能力が授かるようになってまいりました。第一に授かったのは、これは霊視能力とでもいうべきものであったでしょう。家のなかにいながら遠くの物を見ることができたり、ある人の遺書が家族のだれもが知らない秘密の隠し場所に置かれているのが霊視できたり、そうしたことがありました。 そしてその後、私を有名にさせたものの一つとして、何百マイルも離れたストックホルムの火事を霊視したときの話があります。
 パーティーの最中であったでしょうか。あるいはちがったときであったでしょうか。もう記憶は定かではありませんが、ストックホルムで火事が起きているということを、私は語ったことがあります。この大火事でたいへんな災害が出るであろうということを語りました。ちょうどその同じ時刻に、ストックホルムが大火事になりました。それを一日遅れで新聞が伝えて、たいへんな評判となったことがありました。

 このようなことは、次つぎと話をすれば枚挙にいとまがありません。こういう霊視能力を身につけてしまったということです。それが遠くにある物でも、まるで現在ただいま目の前のテレビでも見るように見えてくる能力でした。 私はそれを、単に視覚的にのみ見ているものだと、ながらく思っておりましたが、実はそうでもないということを知るにいたりました。それは、のちほど身についた幽体離脱という能力からすれば、私の魂の一部が、はるかなる距離を越えてさまざまな事件を見てきたのではないかと思えるのです。
 こうした霊視能力に加えて、霊聴能力というものもついてきました。霊の声を聞く能力です。この霊聴能力はさまざまな精霊の声となって私のもとを訪れてきました。それは、昼も夜もです。私はほんとうにどうしたらいいのか、自分が気が狂ってしまうのではないかと恐れました。そして、やはりこれもひとつの運命として、やがて受け入れざるをえない気持ちになってまいりました。

 さらに、私が授かった能力は、予知の能力でありました。先に起きる出来事がわかってしまう、そういう能力を授かったのです。
 たとえば知り合いの人と夕食をしていると、急にその人の工場で火が燃え、火事になるのが見えたりしたことがありました。そしてその人に注意を促して、すぐさま帰るようにと言ったところが、馬に乗って家にたどり着いてみると、ちょうど工場では火花がスパークして、まさに火事になりかけんとする前であった。そうしたこともありました。
 さらに、私の名を有名にしたのは、宮廷に参内して、そして私は霊人と話ができるということを実証したことではないかと思います。王妃が私に、亡くなられた知り合いの言葉を所望いたしました。その方と王妃だけの秘密であって、他の方にはまったく知られていない事実が、そのとき霊を通して私に教えられたので、その通りに申し上げたところ、たいへんな驚きとなりました。

 そして、その方の顔立ち、衣装、その他について申し上げたところが、生前のお姿、ご愛用であったもの、そのものであったことが知れ、それがまた、私の評判を高めましだ。いわゆる霊界と交流する男、霊と話をする男ということです。
こうした霊能力は、他の霊能者にもある程度は備わっているものですが、私にとってもっとも破天荒であった事実は、幽体離脱という能力でありました。これは一種のテレポーテイションといってもよいでしょう。生きながら肉体から魂が抜けて、そして霊界を探訪してくるという実験です。この実験のために、私の余生のほとんどが費やされたといっても過言ではないでしょう。 たいてい、その幽体離脱は睡眠中に行なわれました。夕方から床に入り、そして、身体から魂が抜けてゆくのを待ちました。そうして、横たわって、しばらくすると、自分の身体が小刻みに振動し、やがてセミが殼を脱ぐように、もう一人の自分自身が肉体から抜けてゆくのを感じました。

 このようにして、霊界でさまざまな経験をして、明け方ごろ、あるいは正午ごろ、還ってくることが多かったのです。場合によっては三日、あるいは一週間幽体離脱したままになることもありました。私は召使いを一人おいていたので、この奇妙な病気が始まる前には召使いを呼んで、どんなことがあっても、だれも近づけてはいけない、部屋のなかに入れてはいけないと
命じておきました。なにしろ私が幽体離脱をしている間、他の人にその姿を見られたとするならば、私はまったく死んだ人間同様であったからです。魂の抜け殼そのものであって、ベッドに横たわった死人のようであったからです。もし違いがあるとするならば、顔にはまだ赤みが残っていたということだけではないでしょうか。

 こうした姿で私は霊界探訪を始め、そして霊界の記録を克明につけ始めるようになってゆきました。こうして私が霊界を見てきた、この事実の報告が膨大な書物となって、何十巻、あるいは百巻を越える記述となっていったのです。
 それはまったく先駆的な仕事であったと思います。生きながらにしてあの世に出入りする人間も、過去何人かはいたでしょうが、私のような霊界の真実をすべて明かすという、そうした使命をおびて霊界に出入りしていた人は数少なかったと思うのです。私はまったく自然科学者の目で、自分の実体験してきたことを書き綴ってきました。
 自分が実際に霊界で会った人の話を、また見た経験を、さまざまな角度から書き綴ってゆきました。それゆえに私が書いたものは、あまり体系だってはいないかもしれませんし、多分に不思議な感覚を与える描写が続いているかもしれません。
 特に私は地上に戻って来てから、その覚えていたことを書いているわけですが、これを書くに際して、私の手が勝手にペンを持って走ってゆくというかたちになっていました。これを今の人は「自動書記」という言葉でおそらく呼ぶのだろうと思いますが、私の原稿の書き方は、自動書記そのものであったと思います。

 さて、私はこうして霊界と地上をまたにかける人生を送ることとなってゆきました。そして、そういう一生を終え、今こちらに還ってこちらの住人となっているわけです。  こういう人生を送った人間として、私はいま、地上に○川○○という人が出て、霊界の真実を明かすという偉大な仕事を開始されたことを、とても、とてもうれしく思います。おそらくは私が成し遂げた仕事の数十倍、数百倍にもあたる仕事をされることだと思います。
 また、私の霊界探検物語も、そうした風景としてずいぶん書き綴ってまいりましたが、いかんせんまだ知識としても十分でなく、霊的現象について十二分に説明をすることができなかったために、奇々怪々な解説もあちこちに散見されることと思います。私はそういう事実を知って、ここでもうひとつ体系的に、もっと現在の私の視点から真実を捉えなおしてみたいという思いにかられはじめたのです。

 そうした衝動から逃れることができないでいるのです。こうしてまた地上にいる人びとの手を煩わせて、かつて私がそうしたように、そうされたように、霊人となった今、私が地上にいる人に霊的指導をなして、霊界の真実を明かしてみたいと思うのです。 私が現在居住している空間は、あなた方が如来界と呼んでいる世界だと思います。八次元という言い方でも呼ばれているでしょう。そうした世界に住んでおります。そして、私が現在どのような仕事をしているか、あなた方はご存じかどうかわかりませんが、この十八世紀から、十九世紀、二十世紀にかけて、世界各国で心霊ブーム、霊界通信ブームというものが起きてきましたが、こうした霊界通信ブームの中心的役割をやっているのが私なのです。
 もちろん、こちらの世界でも仕事はありますが、私は生前の仕事のそのひき続きとして、この霊的世界の真相を、地上にいる人たちに送り続けたいと考えてきました。そういう考えもあって、私たち高級霊界から、次つぎと、古代でいえば預言者にあたるような人びとを地上に出して、彼らを指導してきました。

 今そうした運動の、心霊通信ものの最右翼といいましょうか、あるいは最終版といいましょうか、もっとも前進した姿といいましょうか、こうしたもののひとつとして、日本という地に私たちの念願であった霊界通信を送る
ことができるようになったのです。
 この霊界通信もののブームそのものは、イギリスでもずいぶん前からありましたし、またアメリカでも千八百年代以降有名になりました。南米でも信じる人は数多くいますし、スペイン、ポルトガルのほうでも、かなりの人がこうした真実の霊界通信を読んでいます。

 けれども私の世界から見ていて、今いちばん不満に思い、かつ必要に迫られているのが、日本という国での心霊思想の普及です。この東洋の国は、二十世紀、あるいは二十一世紀の覇者たるべき資格を持っている小さな大帝国でありますが、残念ながら、西洋文明のなかの病的なものだけを取り入れて、そして、神理、あるいは心霊思想というものを拒絶し、否定し、嘲笑することをもって、知識的である、知識人的であるというように考えがちであります。これはたいへん、たいへん惜しむべきことであり、残念なことでもあると思います。今、ここ数十年の間に、日本という国は世界のりーダーとなってゆくのです。世界のリーダーとなるがゆえに、日本という国で起きる事態は、全世界の注目の的となるのです。

こうした時代に、こうした国において、偉大な奇跡が起きないはずはないと、私は思うのです。 いや、起きないはずはないなどという、他所事のような話をしてはいけないでしょう。
かつて世界の各地で心霊ブームを起こしてきた私たちが、日本でなんらの仕事もしないはずがないといいかえてもよいのだと思います。私たちはいま、焦点をこの日本の国にしぼりました。そしてこの国を中心として、さまざまな神理の実証、霊界の実証、神の実証を重ねてゆきたいと思うのです。

 この運動に際し、この試みに際して、私たちは単なる宗派の軋轢や、いさかいや、境目というものを超越することを約束し合いました。私がスウェーデンボルグ派といわれる、神秘主義的キリスト教を創始したともいわれておりますが、私はもはや一宗派にのみ属して、みずからの考えを広めるという考えはもう持ってはおりません。
 すべての偉人たちや、高級霊たちや、光の天使たちが、神のしもべとしてそれぞれに活躍したという事実を知ってしまった今となっては、はや、一つのリーダーの考え方のみに依拠して自分を縛るということが、どれほど不毛であるか、それは私自身が十二分に知っていることでもあります。
私はこうした現状をかえりみて、この現代の日本で心霊ブームを起こし、そして霊界通信ブームを興すつもりですが、これにひじように知的な役割を与えたいと願っている者の一人です。
 この新たな心霊ブームに無知と蒙昧と、あるいは前文明的なにおいを漂わすのではなく、この心霊ブームのなかに知性と教養と理性と、そしてきらめくばかりの感性を輝かせたいと、そう願っているのです。そうした願いをこめて、この本を書き綴ってゆきたいと思います。