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目次


 2.ガ ン

 3.心臓病

 4.胃腸病

 5.神経症

 6.皮膚病

 7.婦人病


 9.肥満症

 10.アレルギー

 11.アルコール中毒

 12.頭 痛




(一九八八年七月二日の霊示)

1.病気とは何か


エドガー・ケイシーです。さて、本章では、「治病の原理」について話をしていきたいと思います。

まず最初に、「病気とは何か」という問題について、答えておきたいと思います。宗教の中には、病気が実在するかしないか、本来神がそれを予定しているのかいないのか、こうしたことを問題にする人もいますが、病気とは結局心身のバランスが崩れたことであり、故障の一種と考えてよいでしょう。

もちろん、自動車を作る時に、故障させるつもりで作る人はいないでしょうが、実際上自動車を運転して何万キロも走っていると、エンジントラブルが起きたり、バッテリーが上がったりというように、いろんなことが起きます、病気とはそうしたものと考えてよいと思います。

したがって、もちろん病気は神が創ったものではないのですが、これは心身の不調和による故障と考えてよいと思うし、この三次元の世界において生きていく過程においては、そうしたことも避けては通れないと考えてもよいでしょう それは、必ずしも病気が実在するものという考えではありませんが、私たち医療系団の霊人が現にこのように指導をし、活動して、さまざまなことをやっているということは、そうした病気というものもやはり「ある」ということを前提にしているということは、否めないであろうと思います。

もちろん、精神の面だけで病気は治せるということもありえますが、それは万人に通用するような方法ではないために、いろんな問題があるわけです。したがって、私たち医療系団の人間としては、できるだけ客観性のある見解、客観性のある考え方、こうしたものを重視してゆきたいと思うのです。

そこで、病気の総論について話をしていくわけですが、やはり、病気において精神の影響というのは無視し難いものがあります。体の故障がある時には、必ず精神の方でどこかに異常があるということは、これは事実です。何らかの精神的な障害があったり、心の中のバランスが崩れているということが多いように思います。

また、もちろん外傷によってそうしたことが起きるということもあります。精神的には何でもなかった者が、たとえば野球をやっていて、ボールが体に当たったとか、そういうような事故、怪我(けが)というものもありますので、一概には言えませんが、主として精神が主流で起きていくことが病気の中の七割を占めており、残りの三割ぐらいがだいたい物質面、肉体面から始まっていくということが多いように思います。

ただ、肉体面の管理ということも広い意味では精神の作用の一つと考えられるので、そういう意味では何らかの精神作用が関係していない病気というのはないと言ってよいでしょう。「風邪(かぜ)」のようなものでも、結局は精神的な疲労が原因になっていることが多いのであって、やはり心の緩(ゆる)み、そうした点が何らかの肉体の異常として現われてくると言ってもよいでしょう。

肉体の姿は、いろんな形をとってその人の精神のありかたを示している、そう考えていいと思いますし、肉体は精神を表現するための道具として存在していると、そう思うことが可能でありましょう。

さて、このような病気、その全般についてですが、結局のところ病気はやはり避け難いものと考えるとするならば、いかにこれを予防し、あるいはかりに予防しえなかった場合には、どのようにそこから回復を図(はか)るか、こうした問題が専門家の立場として要求されるわけです。

以下、いろんな病気について、十分には語れないかもしれませんが、私の立場から、また医療系団の立場に立って意見を述べてゆきたいと思います。


2.ガ ン


ガンの問題は、今欧米でも日本でもとても大きな問題となっており、先端的な医学者はすべてこのガンをどうするか、それに対しどう取り組むか、そうしたガンの治療に命を賭けているというのが事実であると思います。

ガンは、もちろん肉体細胞の中に巣食う病巣(びょうそう)であり、そうした異物が体のなかに出来るということをもって、ガンと言っています。細胞のなかに異変が起きるわけです。いわゆる特殊な細胞が出来、それが変化するわけです。病巣部が変化してくる、こういうものをガンと言っています。

このガンですが、これについては発ガン性物質というものがあって、それがもとでガンになるというようなことがよく言われています。さて、ではそういうことが現実にあるかどうかということですが、たしかに物質としてガンを促進するような物質があることは事実です。薬品のなか、あるいはいろんな化学物質のなかには、ガンを促進するようなものがあることも事実です。しかしながら、それはガンを促進することはあっても、ガンの原因を創ることはないのです。物質にはガンの原因をつくるだけの力はないのです。それはガンを触発し、促すための触媒作用を果たすことはあっても、ガンそのものにはならないのです。

ガンというのは、まさしくこれは精神の病念が現象化してきたものと言ってよいでしょう。したがって、ガンは非常に現代的な病気ですが、これは現代という文明、高度管理社会のもたらした病気であると言ってまちがいありません。想念の曇りが肉体に反映し、その内部に反映してきているのです。

そのガンの発生原因の一つは、人間の心のなかの葛藤(かっとう)、鬱屈(うつくつ)したもの、それらが原因になっています。ガンにかかる方は、たいてい内部に葛藤があります。心の葛藤がしがらみとなって、その病念が異質な細胞をつくっていくのです。もちろん、そのきっかけはいろいろあります。

さて、それではガンの治療法として、いかなるものがよいのでしょうか。それはやはり物質的治療、精神的治療、これら両面からあるでしょうが、何が本当に効くのかということが、そのたいせつな検討課題となりましょう。

ここで私は、二つのことを言っておきたいと思います。

第一に、このガンの原因は、「過度のストレス」であることが根本なので、まず実際の人生のなかのしがらみをどう解決するか、これをやることかだいじです。たいてい何らかのしがらみを持っていますから、これをまず片付ける。これが一つです。

もう一つは、こうしたガンをつくりやすい人というのは、非常に念が強いという傾向を持っています。その念いが一点に集中して、肉体を変化させるまでの力を持っているわけです。そして、結局自己処罰の概念というものがガン細胞をつくっていくことが多いということです。したがって、念が強く、その念が自分を裁く方向に働いているということが言えるのです。自分を裁くという念、自分を処罰するという念がガン細胞をつくっていることが多い、これは、現代社会に蔓延(まんえん)している自己否定的感情、「自分はダメなんだ」ということを、日々確認させられているという現状、これが原因となり、そうした病念となっていることが多いのです。

したがって、結局はその念を開放し、明るい方向に向けていくということがどうしても必要なように思います。それゆえに、ガンの特効薬というものはまだあるわけではありませんが、その方法の一つとしては、心を開放するもの、そういった働きを持つ食事をとるということがだいじです。

では、心を開放させる食事とはいったい何でしょうか。これを考えてみると、人間の心を開放的にするものですから、これは、一つにはカルシウム分というのがやはり重要だと思います。カルシウムをとることによって、神経の過敏さを収めることができます。そうした効果があります。

あとは、植物性のものをよくとるということです。植物のなかに、実はガン細胞の発育を阻止するものが含まれているのです。植物のなかでも特に重要なのが、緑色の濃い植物です。この葉緑素のなかに、実はガンの発育を妨げる要累が入っているのです。これはやがて医学的に発見されるでしょうが、このなかにはそうした要素が入っています。植物の葉緑素のなかに、そうした物質が入っているのです。この理由は、植物のように伸びやかに生きていく、そうしたものを助長している物質ですから、それが体に効くわけなのです。

ですから、ガンの患者には、カルシウム分の摂取量を増やすこと、またそうした葉緑素の多い植物をとること、これらをお勧めしておきたいと思います。


3.心臓病


さて、ガンに続いて現代人に多い病気に、心臓病というものがあります。心臓病は、もちろん心臓の負担が過大であることによって起きるものであり、その結果、血管に負担がかかり、また脳に異常が起きることが多くあります。脳のなかにはさまぎまな毛細血管があり、これがパンクをして脳内出血となったり、いろんなことが起きることもあります。また、心臓そのものが病気になるということもあります。

この心臓病は、結局これもガンと同じで、何らかのストレスが原因になって起きるものです。現代人にとってどうしても避け難いものとしてあるのは、これが時間との競争です。この時間との競争が、どうしても心臓に負担をかけることになってしまいます。

まずこの心臓が表わしている心の部位はいったい何かということを考えてみましょう。するとこの心臓というのは体の内臓器官の中心部分でありますから、ここに欠陥があるというのはどういうことかというと、実はその人の活力、バイタリティーと関係があるのです。その人の人生観の中心において、問題があることが多いということなのです。また、家庭問題のなかに何らかのひっかかりがある人が多いのです。こういう時に、心臓の病気になることが多いように思われます。

まず、心臓というのは、とにかくいちばんいけないのが「ドキッ」とすることです。すなわち、心臓を緊張させ驚かせること、こうしたことがいちばん問題なのです。したがって、心臓病になる方は、不安感が非常に強く、また取り越し苦労型、心配症型であることが多いのです。これは事実です。兎(うさぎ)のごとき心臓を持っていると言ってもよいでしょう。そうした方が非常に多いと思います。

従って、こういった心臓病を持った人というのは、自分だけで治癒(ちゆ)するのはなかなか難しい面があります。それはなぜかというと、こういう方は外部から何か害を与えられるのではないかという、いわゆる被害妄想的観念が強いからです。これは、やはり家族に問題があることが多いのです。つまり、病人そのものというよりも、むしろ家族の方が、その病人に対してそういう圧迫観念を与えていることが多いようですので、そうした悩みを持たないでいいように、病人が悩みを持たないでいいように、心配しないでいいように、明るく朗(ほが)らかな環境をつくってあげること、そしてそういった心的負担感を減らしてあげることがたいせつです。

同時に、あるいは同時期に、二つ以上の問題を起こさないこと、課さないことです。一つ一つ小さな問題として解決していけるようにしむけてあげること、これがだいしです。二つ三つの悩みごとを同時に抱えていると、それが心臓を圧迫し、だんだん立てないようになっていくのです。したがって、これに対しては現実的にまわりの環境が明るくなっていくことが必要であり、まわりの人たちがその方の心の重荷を引き上げてあげるという必要があると思います。

では次に、物質の面から言って、心臓病をよくするものは何かと言えば、これは二つあります。

一つは、これは塩分のとり過ぎを防ぐということです。この塩分が、どうしても血液系統、血管系統への刺激となることが多いので、こうした心臓病の方は、薄めの食事、薄味の食事をとるということをお勤めしておきたいと思います。

もう一つ心臓に大きく影響するものとしては、これは鉄分です。鉄分の問題があります。鉄分というのは、現代の食事のなかでは非常にとりにくくなってきつつあるのです。したがって、現代人は鉄分の吸収が少し不足していることが多いようです。鉄分というのは、これは血液をつくる上でどうしても欠き難いものなのです。この原因の一つとしては、鉄製による食器具が最近非常に滅ってきており、代わって他の合金製のものや、あるいはプラスチック製の食器類がふえているために、むかしは食事の調理の時に入っていた鉄分がだんだん入らなくなってきているように思います。

したがって、鉄分を多めに含んだ食事をとるように心がけることです。野菜のなかにも鉄分を含んでいる野菜がありますので、そうしたものを中心にとられるように、少し多めにとられるように工夫していただきたいと思います。


4.胃腸病


胃腸病も、現代非常に蔓延(まんえん)している病気の一つであると思います。胃と腸、これは別々のものであるようにも言われますが、本当は本来一つのものなのです。通じているものなのです。両方とも消化ということを担当しておりますが、この胃腸が弱っている理由もまた二つあります。

第一の理由は、これは過度の食事が多いということです。文明の進歩の結果、人間は快楽を求める傾向が強くなり、それが美食の傾向となって現在現われてきています。したがって、胃腸障害の一つはこの美食にあるのです、美食、大食(たいしょく)というのが、いちばん胃腸を害しているのです。しかも、それは高カロリーをとり過ぎているということと、もう一つには飲酒というものがあります。後ほどにも話をしたいと思いますが、アルコールによって、胃酸あるいは腸での消化液、こうしたものが害されているということが多いのです。

したがって、まず胃腸を治そうとするならば、摂生がだいじです。節度ある毎日を送ることです。「食事は腹八分目」という昔からの諺(ことわざ)を守り、そして過度のアルコール、あるいは過度の水分などをとることを控え、あとは運動を適度に取り入れて、そして毎日を規則正しく送ること。これが胃腸を冶すための前提になります。

胃腸を治すための第二は、これは物質的な方面から言っておきたいと思いますが、やはり、牛乳、ハチミツ、こうした幼いころからなじんできたような食物が胃腸には非常によい影響を与えます。またそれ以外でも、野菜のなかでも非常に柔らかく煮た野菜、こうしたものが胃腸にたいへんよい影響を与えます。よく煮込んで柔らかくした薄味の野菜、消化のよいもの、そうしたものを送り込んでいく必要があります。

それと、胃揚が弱っている時には、当然のことながら「油もの」を押さえるということがだいじです。やはり油ものが、胃腸をかなり苦しめることになります。

そしてできうるならば、胃腸の弱い方は、どちらかというと少量ずつ分散して食べるほうがよいと思います。食事の回数を一回や二回に集中しないで、少量ずつに分散して食べたほうがむしろ胃腸はよくなると思います。できるならば、すこし少なめの食事を一定の期間を置いて食べたほうがよいのです。そのためには、一日の活動を始める時間を早めにしておくことです。早めに始めて、そして何度か食事をとるのがよいのではないかと思います。

現代、勤めをしておられる方の生活パターンにおいては、非常に難しい面がありますが、理想としては、胃腸の弱いような方は朝は六時ごろに起きて、六時半ごろに軽いスープ系統の食事をとり、そして十一時半ごろに最初の昼食をとり、そうして午後四時半ごろに夕食をとり、あとは八時か九時ごろに軽く負担のないものをとる。このように、四回に分けて少量を食べるというのが、本当は胃腸を治す意味では非常によいのです。

胃腸というものも、一日中目覚めている意識ではありますが、彼らが仕事を与えられるのは、一日のある時に集中してドッサリと与えられることが多いので、それで働きが弱っていることが多いのです。したがって彼らも一日二十四時間働いておりますから、少しずつ分散して働かせてもらえるのがいちばんいいのです。これは、ちょうど生徒たちが宿題を一度に山のようにもらっても、それができないということと同じであって、少しずつ少しずつ仕事を与えるということがだいじなことであると言えましょう。


5.神経症


この神経症は、現代におけるほとんどの病気の発生原因ともなるようなものであろうと思います。神経というものが人体のなかにあって、それがさまざまな人間の感覚作用をつかさどっているということがわかったのは、そう昔のことではありません。そして、この神経という言葉でもって、多くの人がさまざまな説明をつけていることがあります。

「それは神経質だからだ」とか、「神経のせいだ」あるいは「神経過敏だ」というふうに、神経というもので多くを説明しているようです。

実際、人体のなかには、神経細胞というものがあり、それがすみずみまで伸びているわけですが、神経というものは、それほど主体的な作用を持っているものではないのです。それはあくまでも連絡回路であり連絡回線なのであって、神経そのものが人間を害したり、人間をいじめたりするようなことがあるかと言えば、それはないと言ってよいのです。

そうではなく、神経と密接につながっているのは、実は霊的感覚なのです。霊的感覚、魂の面の感覚が、実は神経と言われるものに影響していると言ってよいのです。

したがって、神経質になりやすい方、神経症の方は、霊的に過敏であるということが言えるのです。この霊的過敏症をいかにして克服するか、ここに問題があると言えましょう。それゆえに、神経質の方に関しては、私がのちほど述べる肥満症の方に対してとはまた別の見解になるかもしれませんが、少し太めになられることをお勧めしたいと思うのです。

痩(や)せている方は、だいたい神経質、神経症であることが多いのですが、実は痩せているということ自体が、霊的パワーが落ちているということを意味しているのです。ある程度霊的パワーは肉体と不二一体(ふじいったい)になっているために、肉体的な力がないとやはり霊的なパワーが出ないことが多いのです。

したがって、神経症の人にお勧めしたいことは、運動量を増やして、筋肉質の体をつくるということが一つです。それと、筋肉質であっても、体重が多少増加するぐらいが望ましい。こういうことなのです。

おそらく、筋肉質の方の体重が二、三キロ増加すると、神経症の大部分、つまり八割以上は治ることになると思います。これが単なる贅肉(ぜいにく)だけであってはいけないのですが、運動を伴って筋肉がつくことによって二、三キロも体重が増加すると、心がおおらかになってくるはずです。それはなぜかというと、霊的なパワーがついてくるために、霊的神経過敏というのが逆に少なくなってくるからなのです。

現代の医者はどちらかというと体重を減らすことばかりを勧めているようですが、体重が増えることによって、逆に病気が治ることもあるのです。この神経の病気がある場合は、ほとんど原因はここにあると言ってよいでしょう。

したがって、こうした人に対する特効薬としては、医者としてのアドバイスは「あなたは体重を三キロ増やしなさい。とにかく三キロ増やしなさい。そのためには、よいものを食べて、しっかり眠ること。そして、できれば体重の増加は筋肉で増加させたいので、よく運動をとること。」こういうことになります。

こうした「食べ」「眠り」「運動する」という三つの要素によって、神経症が克服されるのです。そのためには、やはり多少の体重の増加を覚悟していただきたいと思います。


6.皮膚病


さて、皮膚病についてもいろいろと難しい問題があって、医学会でもなかなか解決はついていないようです。皮膚病のなかにもやはり難病、奇病といわれるものがずいぶんあります。なかには、ただれたようになったり、膿(うみ)がでたり、あるいは疥癬(かいせん)のごとくカリカリと取れるものなど、さまざまなものがあります。

これは、物質的な原因、この世的な原因がかなり大きいことも事実です。皮膚病の原囚は、ほとんどがウィルスです。このウィルスは、この大気中、あるいは地上にいろんなかたちで住んでおりますので、彼らはその生活の場を求めているわけです。

ところが、人間の皮膚というものは、常に汗をかいておりますので、一定の湿気を持っています また、肉体からの老廃物が出るために、それが栄養分になるのです。一定の湿気と栄養分という条件が与えられ、こうした皮膚病の発生原因が当然出てくるわけです。これは、彼らにとって、そうした徽菌(ばいきん)たちにとって非常に住みやすいところなのです。その結果、皮膚の表面にいろんな異常な現象が起きてくることになります。

この皮膚病については、もちろんよく効く薬がさまざまに開発されているようです。

この皮膚病に関して、私は主として物質的な療法でもって話をしておきたいと思います。その根本は二つです。一つは、常に清潔にしておくということです。これは鉄則です。いろんな衣類を着るというのは、これは人間独特のものです。ところが、どういう衣類をつけるかということは、人間が肉体として出来た時に、十分想定されていなかったために、どのような衣類を着けるかということはそれぞれの地域の習慣に任されています。どういう湿気とどういう温度のところで、どういう衣類を着るかは、それぞれの文化文明に任されているので、その衣類によって外のほこりやゴミを防げる反面、内部にはそうした湿気が発生し、また老廃物がたまるということが多くなっていると思います。

したがって、皮膚病の方というのは清潔が第一ですので、体が少しでも汚れたり、あるいは体がベトベト汗をかいたりした場合には、シャワーでもよいからそれを洗い落とすこと、できれば一日三回ぐらいはシャワーを浴びていただきたいと思います。だから、そうしたウィルスがつくや否やすぐ流しておくということです。このように清潔を保つということが第一です。

第二の問題は、あとは適度な乾燥ということです。湿気をなくしてしまうと、こうしたウィルスの発生の原因はほとんどなくなっていきます。したがって、適度な乾燥ということかだいじです。

これについては、現在の通勤ラッシュであるとか、あるいは革靴(かわぐつ)をはいてオフィスで仕事をしたりすることと関係しているようです。夏になると、サラリーマンの七割、八割の人は水虫になります。それは、あの革靴というスタイルが、実は日本の気候風土にあまり合っていないからなのです。こうした湿気の多いところでは、革靴をはくというのはこれはもう危険そのものであり、冒険そのものなのです。西洋のように、湿気が少ないところであっては、革靴というものは非常によいはきものなのですが、日本のように高温多湿のところでは、これは「皮膚病になれ」ということを強制しているのとほとんど同じであると言ってよいでしょう。

できるならば、通勤の時は止むを得ないにしても、オフィスなどではもっと風通しのよいスリッパのようなものにはき替える慣習をつくっていただきたい。そういうふうに思います。勤めに出たら、職場では乾燥したきれいなスリッパか何かにはき替える。そして、靴下などは取る。そのようにして欲しいと思いますし、また、肉体的な皮膚の病気についても、通勤の時にぐっしょりと汗をかくようであるならば、できればこれからの会社というのは、各職員のためにシャワー室ぐらいは設けてあげる必要があると思います。その程度の設備を用意することは、これは会社側の義務であると思います。

日本のように交通が混雑し、そして高温多湿のところで皮膚病にならないためには、やはり清潔にする必要があるのであって、それは仕事の能率にもたいへん影響するでありましょう。たとえば一日のうちの三十分くらいは、シャワーの時間がとれるぐらいのそうした職場規則になってもよいと思います。そこで清潔なものに着替えをする。そしてリフレッシュして仕事をする。そうしたことかだいじではないでしょうか。この点について、非常に研究がなおざりにされているので、私は非常に不満を惑じます。特に日本のような環境のなかにある社会において、職場で革靴をはいて仕事をするという慣習は、もう早くやめられたほうがよいと思います。

また、女性にしても、ハイヒールというものが現在非常に好かれているようで、これは一応外見はいいけれども、これについてもやはり問題があると思います。長い目で見た時に、ハイヒールというのは実は非常に体によくないのです。ハイヒールをはくことによって、足が異常な形となるために、これが神経に強い刺激を与え、だんだんと背骨のほうに影響が出てくるものなのです。

その結果どうなるかと言うと、筋肉痛になったり、腰が重い、肩がだるい、あるいは頭が痛いということにつながっていくのです。女性の頭痛持ち、めまい持ちの方の多くは、その原因がハイヒールにあるということを知らないでいるのです。あのようなものをはいているために、そうしたことになるのです。


7.婦人病


さて、ご婦人の病気もたいへん多いようです。それは大きく分けて、「生理不順」「子宮の病気」というような系統の病気と、あとは「血行障害」「便秘症」、それから、「頭痛」「イライラ」――そうした感情のブレといったものがあると思います。

さて、ご婦人は、男性と比較して、やはり生物学的に見てかなり機能上に違いがあります。その機能上の違いが、やはりそうしたひずみとなって病気になることが多いように思います。

たとえば、「生理」の問題であっても、結局、現代において女性の生理不順、生理痛、こうしたものが増えている理由は、実は女性の立ち仕事が増えていることと関係しているのです。子宮というものはお腹のなかに収まっているものですが、これはあまり立ち仕事には向かないように出来ているのです。昔から、「女性は家庭に入る」と言いますが、家のなかにいるということは、座ったり、横になったり、そうしたくつろぎの時間をとるということが、非常に多かったのです。

それが現在では、若いうちから男性と同じように学校に通って勉強し、そして職場に出て働くということが多くなり、これが子宮に悪い影響を与えていて、生理不順の原因となっているようです。

本来、女性の肉体的構造からいくと、やはり長時間、根(こん)をつめて働くというふうには出来ていないのです。それゆえに、適度にくつろぎ休むということがだいじになっています。職場において、イスに座って長い時間仕事をするということも、これも子宮に悪い影響を与えているようです。女性は、やはり時おり体をくずし、くつろぐようにもともとつくられているので、その意味でこれは現代病と言えなくもありません。また、もちろん生理不順の原因のなかには、ストレス過剰ということもあるので、これも同様の問題として解決できると思います。

もう一つは、「便秘症」という問題がありますが、これも生理とある程度関係しております。女性は、男性に比較して水分の排泄(はいせつ)量が多くなるように出来ているのです。それは生理の時もそうであるし、それ以外の小用のほうにおいても、男性よりも女性のほうがトイレが近いと言われています。それは、女性の肉体器官の構造上、そうなりやすい点も一つにはあります。また、そうしたことによって、水分の吸収、排泄ということが男性よりも活発であるために、どうしても便秘がちになってくることがあるのです。

これに対する解決方法の一つとしては、この便秘症の原因として「冷え」も関係しているので、やはりどうしても下半身を暖める必要があります。特にご婦人は、世界共通してスカートのようなものをはく傾向があるので、その分、下半身が冷えやすいということがあり、その冷えがまた水分の排泄機能が多いことと相まって、便秘症を増進、促進していることが多いように思います。したがって、下半身を暖めておくということもたいせつです。

このように、婦人病の原因は、結局、現代女性のファッション指向化、あるいは仕事指向化というようなものが招いた肉体的な問題であり、それに対する女性の本来的な生理機能からの反抗が、肉体的なものとして起きているのだと言えましょう。特に、ハイヒール、さきほども申し上げたハイヒールの常用ということ、それと短いスカートの着用、あるいはオフィスにおけるクーラーの使用、また長時間にわたる根をつめた仕事によるストレス、こうしたものは本来くつろぎを求めるようになっている女性の性格と相反しているがために、さまざまな肉体上の欠陥、障害として現われてきているのです。

こういったことを解決するためには、やはり、そのような男性的な仕事をあくまでも生きがいとするのか、あるいは女性は女性にふさわしいもののなかで生きがいを見出していくのか、ということを考えねばならぬ上よに思います。