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目次


 2.ガ ン

 3.心臓病

 4.胃腸病

 5.神経症

 6.皮膚病

 7.婦人病


 9.肥満症

 10.アレルギー

 11.アルコール中毒

 12.頭 痛




8.老人性痴呆症


現代に多い問題の一つとして、老人の問題があります。いわゆる「ボケ老人」の問題と言ってもよいでしょう。こうしたボケ老人の問題で、いろんなところにさまざまな社会的なひずみが出ているように思います。

老人性痴呆症の原因の一つは、実は高齢化現象と関係があるのです。もう少し早く人間の寿命が尽きていたころには、ボケ老人という問題はありえませんでした。というのは、頭脳的に健康である時に、亡くなるというかたちであれば、「ボケ」ということはありえなかったからです。ところが、社会福祉が進むにつれて、少しずつ老人の寿命が伸びてゆくようになりました。つまり、この頭脳の機能の衰えが、この老人性痴呆症を呼びこむことになっているようです。

これに対する解決の方法は、やはり六十歳以降の老人に適した仕事をふやす、これ以外に手がないと思います。彼らが価値を感ずるような何らかの仕事をふやしてゆく必要かあるということです。特に、五十代後半まで忙しくビジネスの第一線で働いてきて、部長、役員というような役職について、高度な判断能力を要求されるような仕事をしてきた人たちが、退職後急にボケていくという傾向が非常に多くみられます。退職後の環境のあまりの激変のため、生活環境の激変のために、その環境のギャップに耐えられなくなってしまうのです。

したがって、これを解決するためには、やはり年をとってからでもできるような仕事を早めに見つけておくことが一つです。つまり、ただ単に組織社会のなかで生きるだけでなく、そのなかで生きている間に、六十歳以降にする仕事を先に考えておき、早目に何か手に職をつけておく、技能をつけておく、特殊な技能をもっておくということがたいせつです。それはたとえば語学でもよいし、設計でもよいし、他のものでもよいですが、六十歳以降、何か頭脳を使えるような仕事を早めに用意しておくということが、何よりも老人ボケとならないよい方法になります。

それ以外に老人ボケを一般的に解決する方法の一つとしては、やはり、核家族化をなくしていくという考え方が一つだと思います。

ボケが多くなった原因は、老後の仕事がないということもその一つですが、近年孤独な老人がふえてきており、愛情というものに接する場が足りないという面もあるようです。今までは、愛情というものを何かに対して感してそれに注いでいたり、また自分もたとえば子供を育てるというようなこと、あるいは実社会に奉仕するということによって、愛情を返されていたことがあったにもかかわらず、孤独な老人となり、もう自分は役に立たなくなったという感じが非常に強くなると、ボケが起きてくるのです。

したがって、年寄りの生きがいという面から見てみると、さきほどの仕事ということも解決の一つですが、やはり老人にとっては、どうしても孫たちといっしょに遊ぶというようなことも大きな生きがいになっており、これが都市の空間問題、あるいは経済的問題とからまって、大きな社会問題となっているように思います。

できれば、自分の内孫がいいのですが、そうしたことができないのであるならば年寄りの方々のお仕事として、小さな子供たちの面倒を見れるような、そうした社会制度をつくってあげればよいと思います。年寄りの方たちでもできる仕事、たとえばベビーシッターであるとか、そうした小さな子供の一時あずかりであるとか、そのような仕事がふえてくると、またそれなりの生きがいになってくることも多いと思います。

いずれにせよだいじなことは、「生きがいの造出」「頭脳を使い続けるということ」、それから何らかの愛情を受けたいと思っているのだから、「愛情を受けられるようなことを何かしてあげるということ」、こうしたことがたいせつだと思います。


9.肥満症


この肥満症というものも、現代文明特有のものです。肥満で悩む方は、現代人には非常に多いようです。その原因には、もちろんカロリーの取り過ぎということがあります。最近は、食生活がとてもよくなってきているということです。もしこれが戦争中であり、そのような食糧不足の時であれば、肥満したくてもできないというのが実際のところであるので、明らかにこれには物質的な原因があるということが事実だと思います。

この文明病とどう対決するか、また、肥満というのは病気の根元であるとも言われますが、これが果たして事実なのかどうか。そういった問題があると思います。

肥満ということに関しては、私は適度な肥満はそれなりに効能があると見ています。というのは、そのことによって体の新陳代謝が激しくなるために、活動能力が増し、バイタリティーが増加するという効能があるからです。したがって、本当は標準的と言われている体型よりもやや太っているというぐらいが、活動的で精力的に仕事ができるということになると思います。

問題は、標準と言われているところよりも十キロ、二十キロ、三十キロと太っている方の場合です。これもその仕事によっては、適・不適がありますから、一概には結論は言えない面があるでしょう。しかし、概して言うならば、極度に肥満をしてくると生活のテンポが落ちてきて、たいてい寝ている時間がふえてくる傾向があるようです。そして、活動能力が鈍ってきて、まるで冬眼中の熊のようになってくるというのが現状のようです。そうすると、今度は逆に肥満が毎日のバイタリティーを阻害するようになり、鈍い人間となってゆくことがあります。しかも、肉体のさまざまなところに負担がかかるために、内臓を圧迫し、内臓系統の病気の根元にもなりやすくなります。そのようなことがあるのです。

また、肥満ということを機縁として、精神的な面でもいろいろと劣等感などをつくり、それがメンタリティーの面においてマイナスに働くことが多いようです。したがって、この肥満ということはさまざまな精神障害にもつながっていきかねないところがあります。

肥満の原因は以上のようなところにあるのですから、これはもう食餌(しょくじ)療法と運動というのがいちばん効果的であることは明らかです。これは、本人がやる気があるかないかということだけだと思います。高カロリーのものをひかえ、運動量をふやしていくということです。特に現代人は、運動不足の傾向が強くなっているので、もう少し運動量をふやしていくということがたいせつです。

運動といっても、週に一回ゴルフしたりするようなことがサラリーマンの運動であるかのようになっておりますが、ゴルフのような運動では、まだまだ運動量として足りないのであり、もっと短い時間でもよいですから、一時間、二時間、激しく体を動かすようなものを取り入れていく必要があると思います。

特に現代人は、非常に運動不足になっており、私が考えるところではできるならば毎日三十分から一時間は運動していただきたいのです。どうしてもそうしたことができないのであるならば、週のうち三日は、できれば一時間の運動時間を確保していただきたいと、そのように思います。これは、努力によって確保できる時間であると思います。会社の帰りに一時間ほどなんらかのスポーツをするというようなこと、あるいは朝一時間早く起きて散歩をするということ、庭で運動をするというようなこと、これは可能なことです。

週に三回、一時間ずつ何らかの運動をとることによって、おそらく平均的な人であるならば、寿命は五年以上伸びると思ってまちがいありません。週三回、各一時間の運動を確保できたら、五年以上長生きができるはすです。そして、長く知的な活動をしていくことも可能となります。こうした時間をとるかとらないか、それは各自の問題ですが、おそらくその人の老後がどうなるかということに深く関わってくると思います。

老人は、たいていの場合足から弱ってくることが多いので、こういった運動をしておくということが特にたいせつです。こういう運動というのは、だいたい子供のころはよくしているものなのですが、それがおおよそ三十を過ぎたあたりから運動不足が急速に進み、四十、五十と体のいろんな機能障害を引き起こしていくのです。したがって、三十を過ぎたあたりから意図的に何らかの運動というものを各自の生活のなかに取りこんでいくという考え方が、とてもたいせつだと思います。


10.アレルギー


さて、これ以外にもアレルギー体質というものがあり、さまざまなものにアレルギーを感じる人がいるようです。たとえば、鯖(さば)という魚に対するアレルギー、卵の黄味に対するアレルギー、あるいは最近有名なものでは、花粉に対するアレルギー、こうしたものがあります。

アレルギーの原因は、実は霊的なるものが多いというのが本当のところのようです。たとえば、食物に関するアレルギーの場合は、多くの場合、過去世の体験が影響しているのです。過去世、そうした食べ物によって、非常な重病になったり、あるいは食中毒によって亡くなったりした場合には、そうした食べ物を見ただけで本能的に嫌になることがあるのです。

魚でアレルギーをおこす人は、おそらく魚を過去世で食べた時に、それがわざわいして亡くなったり、あるいは重病になったりした経験があって、魚というものに対して潜在的に強い嫌悪を持っているということが多いのです。そうすると、やはり魚を食べなくなっていきます。また、肉についてもそうです。肉を食べると蕁麻疹(じんましん)が出るというような方もいますが、こうした場合も、やはり過去世からの肉に関して何らかのアレルギーを持つ理由があることが多いのです。

この肉や魚のなかにある霊的なものが、それを食べる人間の体のなかに入る時に、その人の霊の記憶と反発し合うことによって、そのようなアレルギーとして出るのです。こういう時には、やはり感謝の心を持って食事をすることによって、そのアレルギーが治まっていくということがあります。
 これ以外に、最近多い「花粉症」というアレルギーについて、特別に話をしておきたいと思います。

杉の花粉が飛び始めるころに、よく鼻水が出るようになり、風邪をひいたような症状になることがあります。この原因が長らくわかっていなかったのだけれども、どうもこれは杉の花粉が飛び始めるにつれて、そのようなことが起きるのではないかということがわかってきたようです。

これはいったい何であるかということですが、杉の花粉というのは一つの原因であって、実は杉の花粉に含まれている霊的な要素の影響というものがあるのです。これは、自然霊の一つなのですが、この自然霊の一つが人体に刺激を与えると、そのような異変が起きるようになっているのです。

この異変の原因は、いったいどこにあるかと言うと、それは現代の多くの人たちが大自然に対する感謝の念というものを忘れているというところにあるのです。すなわち、文明生活の中にあまりにもドップリとつかり過ぎていて、このような大自然に対する感謝の念を忘れているということなのです。そうした生き方をしている人に対して、この自然の霊により、そのような警告がなされているのです。

人びとが大自然と共に調和して生活している時には、花粉症などというものはありませんでした。それが現代出てきているということは、その自然に対する感謝、これがないということなのです。

もう一つの原因を言うとするならば、自然破壊ということに対する警告がなされているのです。自然破壊に対する警告というのはいったい何か。それは、そういった植物群、たとえば山の木々でるとかその他さまざまな植物たちには、それぞれ自然霊という妖精に近いものが宿っているのですが、こうしたものたちは、「これ以上、自然を破壊してほしくない」という思いでいっぱいになっているのです。

本々は切り倒され、山々は荒らされ、ブルドーザーがどんどん入ってくるという、こうした状況になってきています。そのようにして、ブルドーザーが入ってきて山を崩されたりすると、そこに住んでいた妖精たち、本の精たちは非常に大きな悲しみと苦痛に満たされるのです。このように住む場所がなくなった妖精たちはいったいどこに行けばよいのかと、彼らの多くが現代の文明人たちに警告を発しているのです。

これは、ひと昔前で言うならば、山の神のたたりということ、あるいは障(さわ)りということになると思いますが、そういったことが起きているのです。自然破壊をもうやめていただきたいという警告を、彼らがしているのであり、このことがわからなければいつまで経ってもこの文明病は治らないでしょう。

彼ら妖精たちに対する感謝をなし、自然に対する感謝をなし、自然を守ろうという愛に満ちた優しい気持ちを持った時に、そうした花粉症というものはおそらく消えていくでありましょう。これは、自然からの警告であると受けとめていただきたいと思います。


11.アルコール中毒


現代における文明の病相の一つとして、アルコール中毒というものも上げられると思います。この原因はもちろんさきほどからよく出ているように、いわゆる「ストレス」から来ています。現代のような高度な管理社会で働いているなかで、自分の職場の人以外とほとんどつきあいがないような現在の会社制度であれば、どこかで憂(う)さ晴(ば)らしをしないといられないという面があるのは事実です。そしてそれが、毎日毎晩のアルコール漬けということになっていくことかあるのです。

その結果どうなるかというと、結局肝臓を傷(いた)めることになります。また、睡眠不足になっていきます。そして、アルコールを飲むことによって、過食ということが起きてくるのです。アルコールは、体の血管を膨らませ、また消化吸収をよくする働きがあるために、多くの食物を食べる、食が進むという現象が出てきます。それゆえに、これは肥満の原因ともなってくるのです。アルコールをとり、そして睡眠不足となり、肝臓の機能が低下し、そして肥満する。これは、現代における中間管理職のサラリーマンたちの典型となっているようです。

このアルコール中毒から逃れるためには、三つの方法があると思います。

一つは、仕事以外の場において、自分が熱中できるものを持つということです。何らかの精神的価値を持つもの、仕事以外の領域でそうしたものを持つということが、仕事のストレスを解消していくよい方法となるのです。仕事以外には生きがいがないがために、そこでストレスがたまった時にアルコールの世界に誘われるのです。それゆえに、仕事以外に何らかの生きがいを見出すということ、これが一つです。

もう一つは、アルコール中毒の原因には、家庭の不和があるということです。あるいは、夫婦の性格の不一致というものがあるようです。この場合には、たいてい奥様の性格があまりよくないということが多いのです。これは、「どちらが卵か鶏(にわとり)か」という議論でもあるので、一概には言えないのですが、夫をアルコール中毒にする妻というのは、たいていの場合はヒステリー症であることが多いようです。つまり、その妻である女性の感情の起伏が激しく、夫の欠点や落ち度というものを厳しく攻め苛(さいな)む傾向が強いというのが、ほとんどの場合なのです。それゆえに、そういうタイプの妻を持った男性は、どこかで憂さを晴らしたいという気持ちを持つようになり、アルコールの場を求めるようになります。また、夜の酒場の商売女性によるお世辞というものを好んで求めるようになっていくのです。

したがって、夫のアルコール中毒をやめさせたいと思うのならば、逆に夫を徹底的にほめることがたいせつです。妻がほめることです。そして、傷ついている夫の心を癒やしてあげることです。夫はその心が傷つき痛んでいるがために、その苦しみをアルコールでなんとか紛らわそうとしているのです。現実からどうにかして逃れたいという気持ちがあるということなのです。

このように、第一は、仕事以外のところで生きがいを見出し、やりがいを見出すということ。第二は、家庭問題の解決ということ。特に妻の協力というものが、どうしても必要です。これなくして、アルコール中毒は治ることはないと言ってもよいでしょう。

第三は、これはかなり難しいことですが、スポーツマン型に切り換えていくことなのです。スポーツを愛する人は、アルコール中毒にはなっていかないのです。なぜかというと、スポーツマン型になると体というものがまた別なものを欲するようになっていくからなのです。スポーツに適した体、そうした躍動感のある体であれば、アルコールを大量に摂取してそれによって肉体機能が衰えていくというパターンは、内部矛盾を起こすために次第にできなくなっていくのです。

それゆえに、アルコール中毒から脱するためには、「行動型」「活動型に切り換えていって、そして何らかの運動やスポーツを取り入れていくことです。これがとてもたいせつです。スポーツをすることによって内臓諸器官の活動も非常によくなり、そしてアルコールの誘惑が弱まっていくのです。

また、もう一つ注意すべき点として、アルコール中毒の場合には、たいてい悪霊の影響というものを受けています。地獄の亡者たちの影響というのがでていることが多いのです。したがって、こうした地獄霊の霊的作用から逃れるためには、やはり健全な生活、これを取り戻すということ、これ以外に方法はないのです。

したがって、精神的な向上、家庭が相和しているということ、また、体が健康であるということ。こういったことが必要となってくると思います。


12.頭 痛


さて最後に、現代人の多くが苦しんでいる「頭痛」ということについて、お話をしておきたいと思います。

頭痛には、もちろん物理的な原因というものがあることもありますが、本当は頭痛の大部分は「霊的な作用」であることが多いのです。

というのは、頭というところはこれは特殊な器官であって、非常に霊的に敏感になっているからなのです。これは、体全体の指令塔のようなところであって、非常に霊的に敏感なのであり、また放送局のように電波を発信し受信しているようなところなのです。これが人体における「頭」というところなので、ここは当然ながら非常に霊的影響を受けやすいところなのです。

したがって、頭痛の七割かハ割は、何らかの憑依霊によるものであることが多いようです。頭痛がし始めた時にその原因を考えてみると、いわゆる雑踏のなかであるとか、あるいは職場のなかだとか、いろんなところでたいていの場合心がムカムカとしてきて、不愉快になったそのあと頭痛が起きてきたことが多いはずです。これは、実はそうしたことをきっかけに悪霊に憑依されたということが多いのです。

したがって、頭痛を癒すためには、まず安静ということがもちろん求められます。自分を安静という状態のなかにまず置き、そうすることによって神経を休ませ、気力、体力を回復させるということがたいせつです。

もう一つは、頭痛の原因としては、血行障害ということがあります。頭の血行が悪くなっているということです。これは一つには、たとえば酸素の供給が不足しているところで長時間仕事をしたり、寝ていたりすると、このような頭痛の原因になることがあります。

したがって、血行をよくし、また血液のなかの疲労素を出していくということが、物理的に言えば頭痛の解決策となっていきます。したがって、酸素を充分に補給する、たとえば、戸外に出て深く呼吸をする、こうしたことも一つです。呼吸による頭痛の解消というものもあります。

もう一つは、意外なところに原因がある場合があります。頭痛、頭痛と言っているけれども、体の組織というのは実際はいろんなところで相互につながっているものです。順につながっているところと言えば、たとえば首、それから背骨、それから足の裏まで、これらがつながっています。したがって、頭以外のところに実は悪いところがある場合があるのです。たとえば首の骨がズレていたり、背骨がズレていたり、あるいは足のところに何か問題があったりした時に、頭痛が起きることがあるのです。頭ではないところにこうしたコリとか、そうした骨のズレとかがあって、これが頭痛になることがあります。したがって、こういう場合には、全身をもう一度よく点検してみる必要があります。

しかし考えてみると、大抵の場合は、頭痛の原因は血行の障害、脳のなかの毛細血管の中での血行の障害、あるいは酸素の補給不足ということが原因であるので、心を常に快活にし、明朗な人生観を持って生きていくということがたいせつです、したがって、鬱(うつ)血しやすい関節器官などを、よく運動によって常々ほぐしておくことがたいせつです。頭痛がする時には、新鮮な酸素を吸って体を動かしてみることです。準備体操のようなものでもよいでしょう。そしてあとは神経をじゅうぶんに休めることです、こうしたことが、頭痛を治す秘訣です。

また、その原因として霊的な問題もありますが、これらも結局、精神的に疲労状態にあるときにいちばん起きやすいのであり、この精神を治療するためには逆に肉体を使うという方法もあります。肉体面を補強することによって精神を強くしていく。そのような方法もあるので、肉体の管理ということを常々怠らないようにしていただきたいと思います。

いずれにせよ、頭痛というものは、特に特徴的な文明病てありますので、これには肉体の管理ということをよく考えて対処していただきたいものです。