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目次






 6.最強の国家




(一九八九年八月二十日の霊示)

1.ヘルメスの神話


前回は途中までで話が終わった。そこで話し残したことを中心にして、さらに次なる場面へと移ってゆくことにしよう。

本章は、「新しき神となるために」と題してみたが、さきほどの話で、ヘルメス神とゼウス神の話をしたので、これをもうすこし、かみ砕いて言っておきたい。

ヘルメス神というのは、ちょうど私の時代からいうと、五百年あるいは六百年近かったであろうか、それほど前に生まれた神だ。もともとは地中海のなかの小さな島、そう、今ではまったく小さな島であるところのクレタ島の豪族の王子として生まれた神であった。まあ言ってみれば、全ギリシャから見れば、離れ小島から出身された神であって、島から本土に攻めのぼり、そして最後はギリシャの本土のほうで亡くなられた神だ。それでオリンポスに祀(まつ)られておる。

ただギリシャ神話では、いかんせん、申しわけないとも言えるが、私の子供が十人も二十人もいることとなって、そのなかの末子がこのヘルメスとなっている。もちろん、私よりも六百年も前の子供を持つわけにはいかぬので、これはまちがいであるということになる。

まあ、ただおそらくヘルメス神が、私の子のように言われたのは、私が全智全能を名乗ったことによると思われる。全智全能の神ゼウスと名乗った以上、古き神ヘルメスは、なんらかの処遇をされねばならなくなり、ついでながら子供の一人に加えておけということになったのではないかと思われる。それは、後のちの神話作者たちが書いたことだ。すなわち、私より前の神を認めるわけにはいかぬという計らいがあったのであろう。

神話ではヘルメス神は、わらじを履(は)いて空を飛び、ケリューケイオンの杖でもって人びとに魔法をかけることができたとある。まあ、これなどは神通力を持っていたことの証明だ。ケリューケイオンの杖というのは、もちろん私があまりに語り続けるのは問題はあろうが、なんらかの杖は持ってはいたらしい。それは、神界より与えられた宝であって、その宝の杖でもってさまざまな奇跡を起こした。

また、この空を飛ぶわらじであるが、これはもちろんそのようなわらじを持っていたとは思えぬ。そうではなく、空を自由に飛べたということは、人間でありながら地上界を去って、自由に神々の世界に出入できたことをいう。また、現代的には幽体離脱(ゆうたいりだつ)ともいうのであろうが、幽体という言葉はたしかな言葉ではない。神であるから神体離脱である。神体離脱ともいうべきであろうが、肉体をその場に生かしておきながら、別の地域に出没するということが可能であった。

これは、歴史上、まれにはある能力であって、たとえばその身はギリシャにありながら、まったくの精神統一状態に入って、その魂が肉体より抜け出し、必要とあらはエジプトに飛び、エジプトにその体を現わすということも可能であったということだ。そのようなことができた。これが、空を飛ぶという神話になったのだと思える。

まあ、これは肉体をまるで移したがごとく見えるような、そのような能力となることもあれば、それとはちがって、一種の幻視を人びとに見せる能力となる場合もある。

すなわち、このギリシャのアテネにゼウスがいるとしても、もしゼウス、ミコノス島に現われんと思い、その念を発せば、ミコノスにいる人たちの前に、突如、空中に巨大ゼウスの姿が見えるという、そうした能力は持つことはできるし、現実に今でもそれはある。念の力と言ってもよいであろう。とくに、私たちの時代には、そのようなことは割合よくあった。

というのも、人の心が、現代のように文明に毒されていることが少なかったために、もうすこし霊的体験を積むことが多かったのだ。また、霊的感受能力は高かったと言えよう。そうでなくば、それほど多く、神々が活動することもかなわなかったにちがいない。


2.ヘラの霊能力


さて、そうしたヘルメス神(がみ)であるが、このヘルメスの神が私に降(くだ)ってきたのは、二十代の後半のころであったと思われる。さまざまな霊的な現象が身のまわりに起き始めた。

妻のヘラは、悪妻のように言われることもあり、現にそういうところもなかったわけでもないが、それは、おそらくはひじょうな霊的能力を持っていたがゆえに、その行動が奇怪に見えたに相違ない。この生まれつきともいうべき霊能者であったヘラは、さまざまな霊の声を聞き、姿を見た。そして、その霊の声だと称して、いろいろなことを突如言い出す癖があった。

たとえば、突如、「手下のあの者を処罰せよ。」と言い出したりすることがあった。その理由は、よからぬことを考えているからだ。「一年後に王に背(そむ)くことになるから、あれを処罰せよ。」と言うこともあった。あるいは、身内の者が結婚するにあたって、妻を選んでも、「その妻はかならずや悪しき妻となるので、結婚しては相ならん。」と予言をするようなこともあった。

このようなことがしばしば起きたので、人びとのなかにはこのヘラの霊能力を憎む者がいた。ヘラの霊能力によれば、悪だくみはすべて見破られ、あるいは将来、よくなるか悪くなるかもわからぬのに、悪くなると決めつけられて運命を変えられてしまうことがある。そのような噂(うわさ)が強く、ヘラはその特殊能力ゆえに、つねに身辺の危険を感じていたということも言えよう。

その性格は、たしかに霊能者特有のものであって、ともすれば一般の人にはヒステリー気味に見えたやもしれぬ。ただ、それなどは異常な、霊界との交流の結果生まれたものであった。

私は、王家の者として生まれた。そういう事情から、まずいろいろなことを学ぶ必要があった。それは、文武両道ともいうが、さまざまな知恵を学び、また槍、剣、乗馬、および陸戦、海戦の両方の訓練と、このようなものに勤(いそ)しんでいた。

ゆえに、私はひじょうに肉体には恵まれていた。今の時代におきなおして言うことはとてもむずかしいが、おそらくは身長はニメートルはあったであろうし、私の腕のまわりは、場合によれば、そう、ひと抱えもある木と見紛(みまご)うばかりの太さであった。そうした太い腕、太い脚(あし)、また体は、ギリシャの海で焼けて、ときには赤銅色(しゃくどういろ)にも見えた。

首は太く、雄牛のようであり、目は大きく爛々(らんらん)とし、口はくちびる厚く大きく、鼻は鼻筋は通ってはいるか、とぐろを巻いた蛇のような鼻であり、眉毛は太く弓のようであり、そして髪は、そう、金髪に近い赤毛、そして天然のカールがかかっていた。我が肩幅と胸の厚みは、全人類女性の憧れの的であった。そうして、私の力をもってすれば、雄牛の一頭を、その首を捻(ひね)り潰(つぶ)すぐらいはわけはなかったと言えよう。

この意味において、もちろん文武両道に優れた万能の主ともいわれたヘルメス神にも似た私ではあったが、その体躯(たいく)たるや、ヘルメスを凌駕(りょうが)していたといっても過言ではあるまい。現に、私は敵を迎え撃っては、敵の戦車ごとその手につかんで投げ捨てるぐらいのことはやってのけたこともある。おそらく、力士にでもなっても、まず問題がないだけの体力はあった。

それに加えて、この太い首の喉の奥から出される声は、まさしく雷(いかずち)と言われてふさわしいものであった。あのオリンポスの山の頂(いただき)から、私が叫んだならば、全ギリシャは震えあがると言われたほどであった。その声は、海上で発しても、はるかかなたの船にまで届くほどであり、「ギリシャはゼウスの声の下(もと)にあり。」とまで言われたこともある。

そのように主として力自慢で来た私であったが、妻のヘラの特異体質を見、霊的世界の存在を知るにいたった。そうして、数多くの戦(いくさ)をこなしていく必要にかられて、戦の要諦(ようてい)は敵の戦略をいちはやく見抜くにあると知った。すなわち、初期のころ、まだその霊能力がさだかであったころのヘラの力によれば、敵の戦略、配置、どこから船で攻めて来るか、陸はどこから上がって来るか、ということがよく当たった。

それゆえに、機先を制して敵を討つことができたが、そのヘラの能力が敵方に知れわたるにつれて、さまざまな者どもがこのヘラをなんとかして抹殺せんとして画策(かくさく)するにいたり、私はいつまでもヘラの能力に頼るわけにはいかんと思い始めた。我みずからが、そのような能力を持つのがよい。雄牛も捻り潰すほどのゼウスが、そのような力を得たならば、いったいだれが、それに敵することができようか。そう思ったのだ。


3.オフェアリス神(がみ)への祈り


その歳(とし)がいくつであったか、さだかには思い出すことはできぬ。しかし、おそらくは二十七、八のころか、あるいはその前後ではなかったかと思える。私は見様見真似(みようみまね)で神殿にぬかずき、そしてヘルメス神(がみ)に祈りを捧げた。

当時のギリシャの風習においては、神殿に通いて、三十三日がたったときに神はかならず応えたもうという習慣があった。三十三日神殿にて願(がん)かけをし、もし神応えたまわぬ場合には、海にて死すべしという言い伝えもあった。それは、生半可(なまはんか)な祈りを神にしたがゆえに、その神の不興を買ったと考えられたからだ。

それゆえに、我も小高い山に登りて、その神殿に三十三日祈ることを決めた。

もちろん、この神殿とはヘルメス神の神殿ではあったが、しかし、当時ヘルメス神はかなり悪神との評判が立ちはじめていたので、ヘルメス神のその前の神であるところの、オフェアリス神を中心に据(す)えることとした。のちに知ったことによれば、オフェアリス神とヘルメス神は一体であり、同じものであることも知ったが、当時はこのヘルメス神にあまり祈ると崇(たた)るという噂もあり、オフェアリス神に主として祈ることとした。

オフェアリスの神を、諸君はごぞんじであろうか。ヘルメス神が悟りを開いたときに、ヘルメス神を導いた神であり、いわば神々の神と言われた神であった。そのオフェアリス神に主として祈ったのである。

祈りを続けて十三日が過ぎたころに、天より反応があった。空は曇り、今にも雨が降りださんとするばかりであった。そのときに、雷(いかずち)が落ちた。その神殿に、最初の雷が落ち、第二の雷が落ち、第三の雷が落ちて、そして、このオフェアリス神殿のオフェアリス神像が、雷によって、はじけて、飛んで、砕(くだ)けた。

私は驚いた。神の怒りがあろうとも、その神の怒りが神々の神といわれるオフェアリス神の神像を打ち倒すとは、これは、吉兆であるか凶兆であるか、何ぞこれ、そう思った。

しかし、そのときに声が降った。

「見よ、オフェアリス神はおまえの前から消え去った。なにゆえに消え去ったか。それは、オフェアリス神が、おまえと一体となったしるしなのだ。今日よりのち、オフェアリス神はおまえと一体となり、おまえとともに語り、おまえとともに食し、おまえとともに語る。おまえはオフェアリス神である。オフェアリスはおまえである。そう思え。」という声が頭上より響いた。

そうして、「ゼウスよ。オフェアリスの神殿にゼウス自身の像を飾れ。」と、声が降ったのである。

それゆえに、神殿にはもはや用はない。我は、その声を頼りにして、全国の知事を集めた。知事、市長、町長、その名称はさだかではないが、とにかく地域の長(おさ)を集めて、そして各町々に、「ゼウスの像を造れ。」と命じた。「その場所なくば、オフェアリスの神殿を壊すもよし。」と我は命じた。

「今日より、我はゼウスにしてオフェアリス。オフェアリスにしてゼウスなり。」と語った。

まさしく、その言葉どおり、我はゼウスにして、もはやゼウスではなかった。

我が言葉には威厳があった。我が言葉は預言のようであった。我が言葉は、疾風(はやて)のようであった。我が言葉は雷のようであった。我はまさしく全智全能となった。

我の言葉はすべて成就(じょうじゅ)し、我嫌うものは地上より姿を消し、我好むものはすべて神々より招き入れられることとなった。

こうしてギリシャ全土にゼウス神殿の建設を我は命じたのである。


4.反対勢力の台頭


ところが、これに対しては鋭い反応があった。想像されるといい。反逆する者が出てきたのである。そもそもオフェアリスは神々の神である。神々の神であるオフェアリス神殿の代わりに、ゼウス神殿を建てるとはこれは何事であるかという、神主(かんぬし)たちの大声が上がってきた。この神主たちにも二種類があって、旧勢力の神主はオフェアリスの神を祀(まつ)っていた。新勢力の神主は、ヘルメスの神を祀っていた。

オフェアリスの神は神々の神であって、もはや何も言わない神であったが、へルメスの神はまだ生き続けている神であって、経済原理のなかに生きていた。貨幣経済を発明したのもヘルメス、利子を発明したのもヘルメス、市場(いちば)を発明したのもヘルメス、貿易を発明したのもヘルメス、あれもヘルメス、これもヘルメス、かしこもヘルメス、そういう何もかもすべてヘルメスがつくったということになっており、ヘルメスの名のもとに、さまざまな悪だくみをし、商売をする者が多かった。

神主を名乗っておりながら、「ヘルメスの神は金の神、繁栄の神。」と称して、次つぎと貢物(みつぎもの)をまきあげ、「働かざる者食うべからす」というたとえを破って、いろいろな者から金品をまきあげ、あまつさえ市井(いせい)の善良なる子女を自分のものとするような、そのような神職まで現われた。すべてヘルメスの神の仰(おお)せだという名目のもとに。

私もヘルメスの神は信じてはいたが、これはいかん、直せぬ。このままではギリシャはだめになってしまう。立て直しをせねばならぬと思った。

私の敵となったのは、この二種類であった。比較的おとなしいオフェアリス神(がみ)を護る政治的意見の少ない神主たち、およびその門徒たちと、現在、経済行為を行なっているヘルメス神(がみ)を信仰する一派。もちろん、このなかには、心正しき者もいたが、大勢は現在日本で観光仏教、御利益(ごりやく)仏教と言われているような仏教諸派の姿に近かったといってよい。

この両派を、私は敵にまわすことになった。彼らはロぐちに叫んだ。「地上をおまえのものとするがよい。おまえは地上の王であるからだ。しかし、おまえはまだ神になる資格はない。神は神の国のもの。また、神の国の神がこの地上をも統(す)べるもの。おまえの世界は限られた世界であり、神の世界については、言挙(ことあ)げしてはならん。」と言ってきた。

この不安に乗じて、ギリシャのいろいろな地域からの反乱があった。

とくに抵抗が大きかったのは、ギリシャの北部であるところのマケドニアの地方であった。ここはオリンポスの山にも近く、神域が近く、神殿が多かったので、オリンポスの大神域から出たところの、この大いなる信仰を邪宗と言う、あの南ギリシャのゼウスは、とうてい神々の許したまわぬ者である、そう言って攻めたててきた。それは、兵馬をもって攻めたててきたということだ。

しかし、我がギリシャ正規軍は、彼らをはるかに凌(しの)ぐ力を有していたのはもとよりのこと、彼らが来る道筋一つひとつを知っていた。彼らはこの山道を通って来ると知っていたならば、その山の上で待っていた。下を通ってきたものは、一撃のもとに散らされることになる。いな、どのような奇襲戦法も我には通じなかった。なぜなら、彼らが尊敬し、崇拝しているところのオフェアリスは私の指導霊となり、完全に私を日々指導していたからだ。すべてわかっているのである。


5.ギリシャ統一へ


こうして、新旧勢力の争いがあって、なかなか全ギリシャはまとまらず、宗教戦争の様相を呈してきたのである。この当時には、まだ我が若い弟であるところのポセイドンやハデスもよき部下として仕えてくれた。ハデスは陸戦において怪力無双であったし、ポセイドンは船を扱ってば、天下無双であった。この二人の兄弟がよく私を支えてくれた。

ポセイドンの軍隊も、次第しだいに帆船の数を増やし、その数も、二千、三千という大軍であった。このギリシャのエーゲ海に、二千艘(そう)、三千艘の帆船が並んだその勇姿は、まさしくここに神の国あり、といえるばかりであった。

こうして、私は逆にさまざまな宗数的混乱をテコとして、全ギリシャ制圧に乗り出した。いや、ギリシャというには不十分である。当時は、今ローマといわれるところなどは、人の住むところとは思えなかった。これなどは、ほんのギリシャの一属州にしかすぎなかった。このローマはもとより、アルプスに近いところのすみずみに至るまで、また現在のフランスの南部、はてはスペイン、ポルトガルにいたるまで、これはすべてゼウスの領土となったのだ。

現代のおまえたちは、そのような事実を知らぬであろう。ヨーロッパを統一したのは、この私であるのだ。そして、私はハデスを遣(つか)わして、地中海の東、すなわちトルコ、またアラビアのほうをも攻めさせ、それらの主要部分をも制圧した。そうして、アフリカヘと臨んでいったのである。この間、十年、二十年の月日が流れていった。

私のこの戦略の中心は、宗教と政治の一致にあった。すなわち、味方に対しては、我ら神とともにあり、我ら神の軍勢なりということを、しかと示した。

「おまえたちは神の兵隊である、神兵である。」ということを言った。そして、ギリシャの兵隊の兜(かぶと)の上には、本来ならば神のシンボルをいただくところであるが、その神の代理であった地上のゼウスの顔の似姿を乗せた、そうした青銅製の飾り物を頭の上につけさせた。

すなわち、おまえたち兵士一人ひとりは、ゼウスの分身である。「我は全智全能であるから、戦いにあってはおまえたちの体に乗り移り、そうして獅子奮迅(ししふんじん)の活躍をしてみせよう。」と言った。それは、魔術のごとくであった。

まさしく我がゼウス軍は、向かうところ敵なし。ゼウス軍と一戦を交え、槍を交えて勝てる者なし。先方より槍を投げても、その槍はみごとにはずれる。体を避けて飛んでいくのだ。ところが、味方がその槍を抜いて投げたならば、一人ならず二人、三人と串剌しになって倒れていく。これは魔力、これは神の力、これは不思議だ。

また、敵が火矢を射かけると、その火は消え、それどころかある時など、火矢を射かけたその火矢に向かって天より風が吹いて矢が吹き戻され、火矢が飛んで返るということさえあった。彼らは一様に恐れおののいた。しかも、私は岩山の上に登り、大声を出し、彼らを叱咤(しった)した。さすれば、彼らは雷(かみなり)が落ちたと言って逃げ惑(まど)った。我が声が、雷(いかずち)にも聞こえたのである。

そうして、いろいろな戦をしていくうちに、どうやらゼウスは全智全能であるということはほんとうであるらしい。また、ゼウスは今は人間の姿をしているが、ほんとうは彼は不死の神であって、もう何千年も生き続けているらしい。聞けばヘルメス神(がみ)も、ゼウスが妾(めかけ)にはらませた子供であったらしいという、まことしやかな噂まで流れるにいたった。


6.最強の国家


こうして、全ヨーロッパとも言うべきギリシャの統一に成功していったのであるが、どうしてもここで言っておかねばならぬことは、政治を統一していくためには、どうしても、中心になる人の信念と信仰がだいじだということだ。「我神なり」という心意気がなければ、国は治まらず、戦いは敗れ去ることになる。しかして、その者にいかなる守護神がついているかが、戦いの勝敗を決することとなる。

さすれば、戦に勝たんとするならば、弓矢の練習よりも、むしろ神に祈り、より強き神を味方に引き入れるが勝ち。さすれば、いかなる戦も百戦百勝、負けることはあるまい。このことを知らなかったがために、後のちの歴史のなかでも敗れ去った者が数多い。兵力の差で敗れるのではない。神の差で敗れるのである。いかに多くの神を味方に引き入れるかということが、政治的、軍事的勝利の秘訣となる。

神々が欲する者は強き者である。正義を愛する者であり、忠実なる者であり、神命に服従する者であり、偽りを言わない者であり、嘘を言わない者であり、驕(おご)ることなく、他人を騙(だま)すことなく、真実に誠実に生きていくことだ。そうして、神々の庇護(ひご)を受け、恩を感じたならば、それをまことに報恩していく道を歩んでいくことだ。さすれば、神々の加護はいっそう加わることとなる。

こうして、地上においては無敵の国家が成立することになる。

くり返し言うが、政治、軍事、そして信仰、この三つが三位一体となったときに、最強の国家が現われる。そうして、それは敗るることのない力となる。神の国を地上に創るとは、かくのごときものである。

したがって、今の日本など、まったく愚かであると言わざるをえない。いちばん大切であるところの神を、政治から遠ざけて、そうしていったいどのような国ができるか。このような国は、基盤が弱い。いつ負けるとも知れぬ。そのような国である。政治は、宗教と一致するところに、真実の力があふれてくる。政治的指導者は、同時に神の声を聴ける者でなくてはならない。それがほんとうの姿であるということだ。

実は、本章においては、アポロンの話をするつもりであったが、そこまでいかないうちに話は終わってしまった。しかし、我が意図するところの、古き神と新しき神との対比は、よくわかったのではないかと思う。

それでは、ひき続きまた次章に、さらなる話を続けてゆくとしよう。