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目次

















(一九八五年十二月三十日の霊示)

1.科学の目的は人間生活に便利さを提供することにある


 トマス・エジソンの招霊をおこなう。

エジソン  ― トマス・エジソンデス ― 。

善川  エジソン先生ですか。

エジソン  エジソンです。

善川  日本語でお願いできましょうか。

エジソン  またしばらく英語が続く ― 。

善川  はじめてお招きしたのですが、先生はアメリカにお生まれになられて、非常なご努力の末、今日の全世界の人類に対し、科学文明の灯を点して頂いた偉大な光の指導霊として尊敬しておりますが、私共の計画しております仕事に関し、ご協力、ご指導願えましょうか。

エジソン  よろしい。

善川  私どもは、科学の問題につきましては全くの素人でございますが、今日科学が非常な勢いで発展してまいりまして、特に自然科学が今日、および将来の人類の生存上の問題に大きな関係と申しますか、そのおよぼす力は非常なものになってきたと思います。この意味において先生には、現代および将来の科学と人間、またはわれわれの魂との関わりということについて、お尋ねしてよろしいですか。

エジソン  ― どうぞ ― 。

善川  まあ私達は、科学については専門的な知識はありませず、先生のような高名なお方をお招きしてお尋ねするなど、まことにおこがましい次第ですが、私達が現在および将来にわたって「法」を説いていく上におきまして……。

エジソン  ― ホウ、とは何ですか。

善川  ああ、これは「神理」、神の教えをですね、これを説く方法です。これを説く上におきまして、宇宙の理法というものを抜きにしまして、宗教だけを説いていたのでは現代社会の人々は、なかなか納得がいかないという段階でありまして、人々にある程度、科学と宗教との関係についての認識を深めて頂きたいという私達の思いから…。

エジソン  要するに科学と宗教について、関わりあいを説き明かしたいということですね

善川  はい、そういうことです。

エジソン  だんだんに語れると思いますので、どうぞどんどん続けて下さい ― 。最初、質問のような形になってよいと思いますが、そのうちに私、語れると思います。

善川  それでは、もちろん科学といえども、人間が行なうことでありまして、いろんな人間の幸せということ、「幸福」ということを眼目においた、それを目的とした思考の産物であるということであろうと思います。そういう意味において先生は、科学によって人々に幸福をもたらしたということにおいて、人類への大いなる貢献をなされた方だと思い、敬意を表しております。

そこで、私達は今後、科学をも含めて、人の心の正しい持ち方ということによって、私達の最終目的である地上ユートピア建設に貢献したいと思っているのでありますが、今日においては最早、科学および科学者の正しい考えや、正しい方向を抜きにしては果たされないものであると考えられます。言うならば、科学および科学者が、神のみ意(こころ)に沿った方向で努力し、発展していかねばならぬものと考えます。神のみこころとしては、恐らく、科学は人間の福祉のためにのみ使われ発展させるべきものとお考えであろうと思いますが、そういう根源的な神の御意志というところから、現代科学の諸問題についてお話願えれば幸いとぞんじますが。

エジソン  まず、科学の目的とは何であるか、というところからはじめたいと思いますけど、科学とは、結局のところ如何に便利になるかということなんです。如何に便利になるかということです。便利になるということは、人間達にとって或る面での幸福を保証するものだということです。今まで人類の大部分の歴史は、他のものにとって代われるような労力の消費に使われていたはずです。

朝から晩まで畑仕事していたならば、なかなか幸福を感じるのはむつかしいと思います。機械がやってくれるようになると、その時間を他のものに使えるようになってきます。これは便利さということによって、一つの機械を提供するということによって、新たな可能性を開くということです。つまり科学というものは、便利さということを追求することによって人類に新たな可能性を提供したということが、その意義であったわけであります。たとえば、あなた方は、いま私と、あなたとの会話を、このようなテープレコーダーという機械によって録音することができます。これを繰り返し聴くこともできるし、これをまた原稿に起こすこともできます。こういうことがあるために、あなたも安心して私と話に熱中することができますが、たとえばこういうことがでぎないと、あなたは、私と話をしたことをすべて記憶しなければいけないか、一生懸命ペンを走らせてメモをとらなければいけません。その意味では、この機械が発明されたということは、すくなくともあなたにとって新たなる可能性が開けたということではないでしょうか。

科学が人類に提供するものは、新たなる可能性であり、省エネルギー化を許すことによって、精神的な余裕を与えるということでもあるが、いま、あなた方は日本国の端から端まで行くのに一日あれば行けます。ところが、これが一昔前であったなら幾日もかかったわけです。すくなくともその便利さという面においては、あなた方は月日を無駄にしなくて済むようになったわけです。そうするならば、原始時代において、六十年、七十年生きて来た人の人生は、あなた方にとっては僅か十年や五年に圧縮することができるということです。で、残りの時間は、他の可能性の追求のために費やせるということです。

私はいまあなた方に言っておきたいのですが、あなた方の一日二十四時間は、非常に密度の濃い時間であるということなのです。千年前、二千年前、一万年前の二十四時間と、今のあなた方の二十四時間は、同じではないのです。あなた方は非常に密度の濃い時間を生きているのです。密度の濃い時間を生きられる秘訣は結局、科学が提供した使利さにもとづいているのです。

例えばあなた方は、この部屋をいま暖房しています。電気というもので暖房しています。まあこれも、もともとは私の、私が起源であるといえば言えるわけです。そのような電気の使用ということ、またここに蛍光灯スタンドがあります。これも、もともとは私に原因しているものです。こういうものがあるために、たとえばあなた方は、薪を採りに行って、薪ですか、柴ですか、私はよく知りませんが、そのような木切れを集めてきてですね、冬の寒い目にそのような木切れを集めてきて、それを燃やすというような無駄な労力はいらなくなったわけです。ランプの下でやる必要もなくなって来たのです。

こういうふうに、あなた方はいわゆる密度の濃い時間を生きているということです。もし、このようなことができるとしても、あなた方が山からですね、木を集めて来て焚火をして部屋を暖めてから、このような「交霊会」をやらねぱならぬのであるならば、あなたのもう半日以上は終わってしまっているのです。それをしなくて済むということです。ですから私は今あなた方、これはあなた方個人ではなくて、人類の皆さんに言いたいことですけれども、いまこの二十世紀の後半においては、かつてないような密度の濃い時間を皆さんは生きておられるということです。だからこそ、この時代に多くの人達が生まれて来たいと希(ねが)って、生まれているということなのです。このような密度の濃い時間の中で、人生修行ができるからこそ、人々は競っていまの時代に生まれて来ているのです。人口がなぜ増えたか。動物学的に増えたのではないのです。人間は動物のようには増えないのです。生まれたいと思って生まれてくるのです。時代が悪ければ人口が増えないのです。なぜなら生まれて来たいという人が少ないからです。このような密度の濃い時間であるからこそ、新たな人生修行ができるために、人々が先を競って今の時代に生まれて来ようとしているのです。

農業国の時代に、狩猟時代において経験できないような、密度の濃い経験ができるということがこのような人口増加の基礎にあるのです。人々はかつてない、何万年に一回しかないようなチャンスがいま来ているからこそ、この地上に数多く競って生まれて来ているのです。先を競って生まれて来ているのです。この機会を逃がせばまたまた原始的な時代が来るかも知れないし、そういった時には魂の修行が出来ないし、この三次元に魅力がないのです。現象界が魅力的な時代を迎えると、多くの霊達が競って生まれてくるのです。

あなた方のところにいろんな、なんですか、宗教家達、仏教や、キリスト教の霊達がたくさん出て来ておられるようですけども、ただその霊達の中には、私がいま言ったような、便利さ、生活の便利さということを、言う方は少ないと思うのです。けれどもね、われらの言葉が、このように意味を持っているというのは、人々の生活が便利になって、こころに余裕が、ゆとりが、できるからなのです。もちろん手段にふり廻されて、本来の世界を忘れている人も居ますが、やはり生活が便利になるということは大切なことです。

ですからあなた方も、ユートピア建設などと考えておられるようですけれども、ユートピアは決して心の世界だけのことではないのです。やはりそこの時間の中に生きている人間、百年以上生きる人は少ないのです。同じ長さの中でどれだけ多くの経験、素晴らしい経験を積めるかということです。ユートピアという意味の中には、個人個人が限られた人生の中で、どれだけ素晴らしい経験を積めるかということが入っているのです。

ですからその基礎にあるものは、生活の便利さということです。便利な生活になって欲しいと思います。


2.人生の幸福は新たな経験や環境の転換によって得られる


たとえばいまあなた方は、月の世界に行こうとすれば行けます。けれども、月へのロケットは、まだ段階的な試用段階であって、まだ一般のあなた方が行ける段階ではありません。けれどもですよ、例えばいまあなた方が、東京なら東京という都市へ行けるような具合に、たとえば一万円か二万円出して月旅行ができるようになったなら、これは非常に大きな経験ですわね。これがやはり、あなたにとっては新たな幸福ではないでしょうか。幸福というものはね、停滞の中にはないのです。幸福というのは進歩発展の中にこそあるのです。幸福というめは新たな経験に対する悦びの中にあるのです。今まで経験できなかったような新たな経験をする中に幸福というものはあるのです。停滞の中ではありません。進歩であり発展であります。進歩や発展、新たな経験、人生観の百八十度の転換の中にこそ幸福はあるのです。

たとえば、月世界へ旅行できるようになって、あなたは月世界に降り立ったとしましょう。その月からあなたは、゛青い地球゛を眺めているとしましょう。あれが私達の地球だ。あの中にいろんな民族が生きている。黒い人も居れば白い人も居る。黄色い人も居る。褐い人も居る。さまざまな民族があの青い地球の中で、さまざまな人生経験を経て居るのだなあと思った時、あなたの心の中にはふつふつと或る感情が浮かび上がってくるはずです。新たな世界観の獲得です。新たな世界観の認識です。これもまた一つの幸福のあり方です。幸福の中には新しい世界観を得るという幸福もあります。これを或る人はたとえば神の世界に目覚めた時に、霊の世界に目覚めた時に、幸福を得ることもあるでしょう。これとは別に、たとえば月に立って地球を観た時に、地球人類の命、使命、時代というものを考え直すという機会を与えられて、ふつふつと幸福感を得るということもあります。このように、これも科学の便利さがもたらす幸福感なのです。人間は単調な世界の中においては進歩も発展もないのです。

科学は人間の環境に、進歩と発展を与えるものなのです。数多くの霊達が、新たな経験を踏まえるためには環境における変化が必要なのです。神は人間に種々な経験を与えるために四季、シーズンというものを与えました。春があり、夏があり、秋があり、冬があり、雨があり、雪があり、晴れがあり、風の日があり、凪いだ日があり、湿気の多い目があり、乾燥した日があり、こういったような環境の変化を神は与えられて、そのような季節や天候の変わり行く中で、人間にいろんな人生経験を味わってもらおうと思ったのです。けれどもね、そうした生活も何千年、何万年と続けてくると、人々はそこから新たなものを学びとっていくことが段々に少なくなっていくのです。すると、では環境を変えるものは何であろうか。それは人間の知識、知恵によって新たなものを自ら作り出していくことによって環境を変えていくということです。そして新たな環境の中でさまざまな人生経験ができるということです。

ですから先程言いましたように、同じ地域でも四季、季節というのがあって、さまざまな経験ができるという以外に、たとえば、いろんな地域に時代を変えて生まれ直して、転生輪廻して、また今まで経験しなかったような風土での人生を経験するという方法もありますが、それ以外に、科学によって変わった環境の中で新たな経験を積むという時代がいま与えられているのです。


3.霊界との通信機現在研究中、実現は百年後か


まあ私はいま肉体を持っておりませんから、新たな発明が出来ないですけれども、いまね、もし、今の時代にあなた方が活動しておられる今の時代に、私が生まれて、じゃあお前は今度、何を発明するかと言われたら、私はおそらく「霊界通信の可能な機械」の発明に没頭したと思います。

電波というものがあり、電磁波というものがあり、このようなものがラジオになり、テレビになるならば、霊界からのまた霊波というものもあるはずです。これがたとえば、「この方」、ここに居る人の器官を通して、いま私が話しているように話すことができるならば、この霊波を感知する機械を発明すれば、それを声に換えることは可能なことです。同じくエネルギー波であるならば、必ずそれを機械によってキャッチし、この三次元に翻訳して、放送することは可能です。ですからいま「この方」を通して特殊なケースで、いまあなたは私と話ができますが、やがてそう遠くない将来、ここ百年後と申しあげます。機械が発明されて、霊達と、他次元の人間と、三次元の人間が交信できるようになることを私は予言いたします。いま私が話しているような言葉が、或る機械を通じて声となって伝わるような、そういった機械がやがて出来るであろうことを、私は予言します。

その前には、この霊世界の研究が必要です。それは、物理学者がもっと研究を進めて、四次元以降の多次元の世界の仕組みがもっと解ることが一つですし、もう一つは、このエネルギー、エネルギー波の捉え方を、徹底的に研究して新たな機械を生み出すという方法があります。

いま世界各地でこういった超能力の研究が進んでいます。ESPの研究が進んでいます。こういったものの行き先がどこにあるかというと、生きながらにして、死んだ方々といろんな交信ができるようになるという機械の発明ということです。私もいまそういった機械をやがて発明する科学者のために、今後指導していきたいと思っています。

これはね、一つ別なことを言うと、こういうことになるのです。いまあなた方はいろんな霊的現象を起こしてですね、地獄に堕ちている人なんかにお会いになっていると思うんです。彼らは苦しんでいます。また天上界(五次元)に行ってもですね、まだ悟りの浅い方がたくさん居るはずです。こういった方々に対してですね、例えば、この地上とコンタクト出来る機械があればですよ、逆に私達の世界からね、そういった人達に対して、いろんなことを情報を流すこともできるし、彼とすればね、例えば「いま、自分は地獄で苦しんでいます。どうしたらいいのですか」という霊波を放射すればですね、その機械がキャッチする。いま例えば「……このような地獄で苦しんでいる人があなたの身内に居ますよ、どうしますか ―」というような相談が来るわけです。そうすると、例えばその時代のね、あなた方のようなやはり光の指導霊達が、専門家達が、「その霊は、こういったところが生前間違っていたために、いま地獄で苦しんでいるんですよ」というような゛処方箋゛を与えるわけです。そしてその機械を通じてですね、またその霊達に伝えるわけです。 ― 「あなた、生きていた時にここが間違っていたために、いま地獄に居るんですよ」 ― こういったことを機械を通じて伝えるのです。それによって彼らは勉強できます。学習できます。そして救われていくことも可能なはずです。ですから、こういった機械が発明されると、特殊な能力を持った人間だけが、人を救う、霊を救うといっているけれども、それがもっと効率のいい形で実現できるようになるだろうし、残された家族の人達が、死んで行った人達と話をすることもできるようになれば、これは非常に便利だと思います。

これが出来ないからね、いま、たとえば憑依現象なんていって苦しんでいる人が多いですね。これは死んだ人が迷っていてね、子孫に何かを伝えたいと思っているんですが、それを伝える方法がないためにね、いつも、くっついているとさまざまな障害が起きて、不幸が起きているわけです。要するに通信したいんです。話がしたいんですが、話が出来ないんです。ただこういった機械がね、出来たとするならば ― 「じゃあおじいちゃん、いま迷っているのですね」 ― と孫が話ができるわけです。で、孫と話している時に、いろいろと反省することもできて、 ― 「ああ、そうであったか ― 」と、「俺はいま地獄に居るんだなあ」と、「自分が死んだ後、家族ではこんな話がされているんだな、遺産はこんなふうに分けられたんだな ― 」そういったことがですね、話ができるようになれば、霊達も憑依(ひょうい)はしなくなってくるのです。

そうですね、やがてはね、一家に一台ずつ〔霊界通信機械〕が置けるような時代が来ると、私は予言しておきます。そうするなら先祖とまた話ができるようになるでしょう。

そうしてね、先祖と話ができるけれども、一般の人々は、たとえば彼らを十分に救うことはできない。それでそういった専門家がまた活躍するようになってくる。「霊界の専門家」がですよ、いまあなた方がこういった特殊なケースですけれど、その時代にはね、各地に今の医者の代わりにですよ、医者とか、或いはかつての宗教家の代わりに、そういったアドバイスをする「アドバイザー」が出て来ます。そして問題、霊達の質問があればですね、それを例えばテープに録音(とっ)ておいて、― 「こうした悩みがあるらしいのですが、どうしますか ― 」と、いう家族の相談があるわけです。そうしたらその専門家が、アドバイスをする。そのアドバイスにもとづいてですね、処方箋にもとづいて、またあの世の霊達に指導する。こういったことが起きてくるわけです。

こういった世界が、ここ百年、或いは二百年以内に生まれてくると思います。

ですからね、その時代になったら、今あなた方は力んで正法の伝道なんて言っているけれども、またあなた方の手段も幼稚な手段であった、と言われるようになってくるわけです。時代遅れになって来ます。

善川  そういう時代が来るということは、もう決まっているようなことなのでしょうか。

エジソン  まあ決まっているといえば決まっているようなものです。そういった時代は来るし、あなた、ちょっと運命論的に考え過ぎますが、これからの私、たとえば私エジソンの努力の方向が、そういうことにあるということです。いま私達の世界でもね、科学者達の、光の天使達の、集まりがあるわけです。私達、科学者達は科学者達でそうした装置を一生懸命考えているんですけれどね。それはまた三次元との交信でもあるし、私の居る世界から他の世界ね、霊界の他の世界への十分な交信ができるような装置もいま考えつつあるのです。

霊界での次元が違うと、上の世界へ行けて話ができるようになるには、修業してその修業が或る程度できたら、いつのまにか上の次元へ上がるようになっていますね。また指導霊達に守られて上の次元へ上がるようになっていますが、今後は、私達がいま考案している霊界の機械によって、例えば、五次元から四次元へのそういった機械の通信が可能になるならば、四次元の人達の相談を五次元の人達が受けられるようにする。また六次元の人が、五次元の人の相談を受けられるようにする。そういったふうに、テレビか何かでも観ているように、そういった相談ができるようにしたいものだと思っています。


4.霊界テレビも幽界、地獄界では適用不能


善川  これは、そちらの次元ではもう既に出来ているのではないのですか。

エジソン  まだまだ原始的な方法をとっています。

善川  まあ三次元はこういうことですが、四次元、五次元、六次元とそちらの高次元の方ではかなり違いがあり、あなた方の世界では容易なのではないですか。

エジソン  まだまだむずかしいのです。例えばあなた方の次元においてですね、霊界など無いというような人が多いし、神様を信じないという人が多いでしょう。同じように、四次元においてもね、余りにも、どろどろとした人間的な世界があってね。彼らはもう死んでいるんだけれども、自分達が死んで、肉体を去ったと思っていない霊がほとんどなのです。四次元の世界というのは、そういった段階にあるからね。そういったテレビというようなもので、私達と交信できて話が出来るというようなことも、なかなかむずかしいことなのです。

要するにね、この現象世界がそういった狩猟民族や、農耕民族を経て、やがて中世になり、近代になり、科学文明が発達したように、四次元の世界もそういった生きている人達のね、レベルが段々に上がって来なければ、むずかしいということです。

四次元の世界が、たとえば、今の時代の人ばかりになるならば、そうした機械についての認識もできるし、理解もできるけれどもね。まだ四次元世界ではね、未だに槍を持って人を追っかけているとかね、弓矢で射っている人だとかね、そんな人がいっぱい居るんです。何百年もね、千年も、二千年も四次元に居る人が居るんです。その人達はみんな自分が、ほとんど自分が死んだ時のね、段階のままに止まっているんです。いまだにね、侍(さむらい)の世界をやっている人も居るんです。いまだに、悔しい、くやしいと言ってやっている人も居るしね。いろんな時代のままにね、そのままに生きていて、その中でさまざまな日常生活を経験しているのです。四次元というのは、さまざまな時代が一緒くたになっているような次元の世界なのです。

地獄にしてもそうですね。昔は、あなた方の時代には、大昔では針の山とか、血の池地獄だとかいわれていましたね。これが現代ではもっと進んだ地獄になっていて(苦笑する……)機械化したりですね。例えば殺される。その殺され方も昔であるならば刀で斬られたり、槍で突き刺されたものがですね、そういう方もまだ居るには居るが、最近では地獄の中でもマシンガンで殺されたりですね、或いは、ロケットといいますか、ミサイルのようなもので殺されたりですね、そういうような戦争やっている地獄もあるのです。そういう意味では進歩もして来ているのですがね、やはり古色蒼然とした世界もあるのです。こういうふうに四次元そのものがね、或る程度意識化して、機械、科学に慣れてくるような、時代に慣れて来ないと出来ないのです。


5.幽体のエクトプラズム化は、実は天地創造の秘密


善川  まあこの地上界では、心霊現象として、いま行なっているような霊言、霊聴というようなものの他に、物理現象というものがありまして、いわゆるエクトプラズムで人体の像を造り出すというようなことをやって居ますけれども、これらの原理につきまして、これも科学的に進んだ装置手法が考案されて、容易に現出することができるようになりましょうか。

エジソン  まあ装置が考案されるということはむずかしいですが、これはね、結局はそういうことによって、<天地創造>の秘密が明らかになってくるのです。結局ね、霊というのは、念いの念波であり、エネルギー波ですね。゛神゛のエネルギー波でありますが、例えばいま仰ったエクトプラズムというようなもので、これが物質化するということです。こういったことが行なわれているのです。これの奥にあるのは何かというと、<天地創造>がこの奥にあるのです。つまり念いですね、神の念いによって現象が表われるということなんです。物質が現われるということなんです。物質という世界の中において、この三次元の完結した世界の中において、物質が物質を生むという循環をあなた方は経験しておられるわけですけれど、本当の世界というものは、゛心゛゛念゛でもって物が現われるという世界なのです。現にこれらはわれらの世界においては起きていることなのです。

今、あなたの眼の前の卓上に蜜柑というものが置かれております。これはね、今のこの三次元世界においては、蜜柑の木を植えて、肥料をやって、水をやって蜜柑の実がなって、取って食べられるわけです。けれども、われらの世界においては、蜜柑を思えば、蜜柑を念ずれば、蜜柑が現われるのです。こういった世界なのです。゛念い゛が現象化する世界なのです。この法則が働いて本来この三次元のものも、神の念いによって出来てきたわけです。

今、あなた方が悩んでおられるというか、問題にしておられることの中に、人類は果たしてアミーバから進化して来たのかどうか、猿が人間になったかどうか、というようなことがあると思うのです。これはね、そういった物質化ということを知らない人達の議論なのです。三次元の完結した世界の中において、或るものから或るものへと移っていくとしか考えられられない人の議論なのです。私達の世界、蜜柑を念えば蜜柑が出てくるような世界でもってすればですね、この世界の中において、゛神゛が人間を生みたいと思えば人間が物質化するのです。これは、あなた方に分かるように言えば、エクトプラズムですね。神の念いが或る種のエクトプラズムとなり、そして現象化して、物質となって、人間が出来てきたのです。神が犬を欲しいなと思うと、それがエクトプラズムとなり、物質化し、犬が出来たのです。同じように猿が出来たのです。ですからね、決して猿が人間になってくる必要はないのです。まあそれは遺跡とかね、そういったものを見て、遺跡とか、或いは遺骨とか、そういったものを見て、猿から人間になっていると見る人が居るかも知れないけれども、結局人間が必要と思う時に、人間が現われてくるのです。



6.霊界には、恐竜もドラゴンも生きている


そうしたことは簡単なことなのです。あなた方の世界においても、物を引き寄せたり、現象化して現わしたりすることができる人がいるはずです。人間でも出来るのです。まして神ならば、念いを持っただけでこの地上に人間を出すことなど簡単に出来るのです。いま地上に棲んでいない生物で、かつて生きていた生物がいっぱい居るのです。その時代にはね、神がその生物が必要だと思ったから、念ったら出て来るのです。恐竜が必要な時代は恐竜が居たのです。これはいまみんな霊界には居ります。恐竜というのはちゃんと居るのです。伝説でいうドラゴソ、或いは龍というようなものもみんな居るんです。そういったものもいまは霊としてちゃんと霊界には居るんです。それもかつてはね、神が、ドラゴンが必要だと思ったら地上に現われたのです。必要でなくなった時に彼らは、肉体はありませんが、霊そのものはちゃんと生きているということです。いろんな生物が居るんです。それは必ずしも進化ではないのです。進化というものはね、その時代の流れをみて、今は神がこういう動物が必要だなと思われた時に、それが現われたのです。地表が煮えたぎっている時には、神は、人間が必要だとは思わないのです。

地表が煮えたぎってね、火山が噴火しているような時にですね、高等動物が欲しいとは思わないのです。そういった時代が来て、植物が繁って欲しいなと思えば、植物が出てくるんです。そろそろ生き物が欲しいなと思うと、生き物が出てくるのです。もう人間が出て来る環境だなと思うと、人間が出てくるのです。

こういったものはね、まあ聖書の中には、一週間で神が天地を、六日ですか、まあ一週間ほどで神が天地を創造したといわれていますけれど、実際可能なことなのです。念えば直ぐに出てくるのです。これはつまらない幽霊達が、エクトプラズムとして物質化することが出来るのですから、それから推測ていってでも、神の<天地創造>も簡単に想像がつくはずです。すべてそのようにして生まれたのです。そういう形でまず、いろんな植物や動物が生まれて、人間が生まれて来たんです。これも神の計画だったのです。そして人間が生まれてから、人間はさまざまな文明の循環していく中で、その時その時に゛核゛になる光の指導霊達を出して、新たな文明を創りました。そしてもうその文明が行きづまり、必要ないと思うと、海中に没したりして、新たな文明を創って来ました。それぞれの文明の特色が異うのです。また違う科学文明も栄えました。そんなことをして、いろんな新しいものを創って来たのです。

ですから先程あなたのご質問では、そのエクトプラズムの物質化ということを言いましたが、ああいった実験をしている人はね、まだその段階、興味本位の段階でしかないのですが、その窮極にあるものは<天地創造>です。心の現象化です。ですからね、あなた方は、この地球というものの上で生きていると思うけれど、この地球は、神が地球あれ、と思っていろからあるのです。地球はいらない、と思えば忽然と無くなるものなのです。そのような不安定なものなのです、実は。


7.イエスのパンの奇蹟は霊天上界から届けられた


善川  お尋ねしますけれども、例えばエネルギーの不滅則という原理がございますけれども、一例ですが、これは先般イエス様がこの席へ見えられたその節お尋ねしたことなのですが、あの方はいろんな奇蹟を起こされました。その中で、五千人の聴衆にパンを分け与えられたという奇蹟で、これは聖書にもありますけれど、私は、これは不可思議なことであるということからして、イエス様にお尋ねしたのでありますが、これは事実あったことで、これは歴史上の事実であると、イエス様は申されたのですが、それに類する行為は、もっともっと下、下のものさえ結構行なっているのだと。ましてや私においてこのくらいのことが出来ても不思議ではない、といっておられました。それはそうでありましょうと思ったのでありますが、ここで私が感じた点は、ここに現物のパンが五千人分出現したとしたならば、これはいずれかで同等質と量の物質が減少しているのではないでしょうか。それがその加工されたパンという物体が、何処かの場所において消えたのか、或いは穀物の中から製造されたのか、その瞬間の出来事のメカニズムというものはどんなものなのでしょうか。

エジソン  そうではないのです。この地上にあるものはすべて霊界に在るのです。霊界には麦もあるのです。パンもあるんです。何もかもあるのです。この三次元にあって四次元以上の世界に無いものなど何一つ無いのです。テープレコーダー、電熱器、こういう機械が発明された時には、同時に霊界には同じようなものがあるのです。電気スタンドが地上に出た時には霊界にも電気スタンドは出ているのです。よろしいですか、そういった世界なのです。ですからこの地上に在るものはすべて在るのです。

イエスの時だけではありません。モーゼの時にも、神はモーゼの引率(ひきい)た民達が飢えて苫しんでいた時に、天からマナという食物を降らせたはずです。さまざまな木の上に、マナというものが、食べ物ですね、当時の。これは、゛繭゛のような白いものの塊(かたま)りです。けれどこれは食べ物ですね、これがいろんな木につきました。これを採って人々は食べたのです。これは゛マナ゛というものです。こういう奇蹟はイエスの前にも起きて居るのです。

こういったものはすべて霊界に在るのです。ですから、イエスが引き寄せたというより、霊界に居る人達、イエスの以前の弟子達、さまざまの霊達、こういったものたちの協力でこれを現象化しようとすればするんです。それだけのことです。別に何処かからのパン屋から持って来たわけでも、何処かの小麦を使って造ったわけでもないのです。この地上にあるものはすべてあの世には在ると思って下さい。

善川  そういうわけでしたか。私はまた、三次元世界の何処かにある物質を転移、または加工させたものかと思っておりました。ですから一方で増えると、一方において減少するものと考えておりました。

エジソン  実際は今あなたが使っている、こういうテープレコーダーという機械もありますが、これが地上において発明される前に、もう霊界にはこれに当たるべきものが出来ているのです。まず霊として出来て、或る人が生まれて、考え考えて作って、造ったものはそれがやっと霊界から降ってくるという形なのです。すべてあるのです。