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目次













8.地獄霊の活動エネルギーは地上界から出る悪想念


善川  その場合に、地下の地獄霊が活動するエネルギーというのは、何処から彼らは抽出しているのでしょうか。

天台  先程も言いましたように、生命力自体というものは、既に与えられており、これは決して不増ということであります。まずこれが一点であります。――第二点でありますけれども、これも既にあなた方、ご承知であると思いますけれども、゛想念゛であります。゛想念エネルギー゛であります。これを吸収しております。

善川  そのエネルギーによって、彼らは地球上の地域如何を問わず、自分達の欲する場所へ現われるのでしょうか。

天台  その活動力は若干意味が違うのであります。それは世界観の違いであります。

善川  彼らがこの地上界に悪影響をおよぼしておりますが、これらはその悪想念を食してエネルギー源としているのでありましょうか。

天台  まあ、そういうことであります。

善川  たとえば、いろんな神社信仰とか、仏閣信仰とかによって大勢の人間がこの世的な、主として物欲的な念願を込め祈願をしていますが、そのほかギャンブル、詐欺、誑(たぶら)かしなどが醸(かも)し出す悪想念、これを悪霊といわれろ未進化の霊、あなたの申される迷える霊たちはこの人間の物欲的悪想念を、自己の活動のエネルギー源として吸収して、日々自我中心の欲望生活を続けているのでありましょうか。

天台  この地上界、一階に住んでいる人間の念いというものは、既に現実実相の世界にもあるものであります。この世界で明るい太陽を念う心は実相の世界にもあるものであります。

悪を念う心、恨み、つらみ、妬み、怒り、このような心もまたある世界であります。その世界のエネルギーになるのは、そのマイナスの考えといいますか、想念といいますか、磁場と申しますか、こういう怒りなら怒り、恨みなら恨みという想念も一つのエネルギーなのです。このようなものが彼らの活動源になっているのです。その意味においてそのようなものを無くしていかねばならないのであります。


9.フワン・シン・フワイ・シンフォーとは私のこと


善川  もし、お教え願えるならば、先般私どものこのような会にお出になられた、天台宗系の僧と名乗られた「フワン・シン・フワイ・シンフォー」という方は、実在人物でしょうか?

天台  フワン・シン・フワイ・シンフォーとは、そのような名前を使って出てきているのでありますが、実際にはその人ではありません。

善川  何んというお方でしょうか?

天台  天台智顗であります。

善川  ――ああ、あなた様でありましたか。

天台  私であります。当初、高橋信次さんのところに現われたときに、私は、フワン・シン・フワイ・シンフォーという名前を名乗って現われたのであります。天台智顗、と名乗って現われてもびっくりしますから信用しません。だからそういう名を使って現われたのであります。天台智顗、私であります。

富山  ただ、そうしますと、高橋先生の本では、フワン・シン・フワイ・シンフォーという方は、イエス様の分身で、天台智顗様はお釈迦様の分身だと書いてあるんですが?

天台  かなり混乱はあるでしょう。

善川  先般私どものところにもお出で下さって「天国と地獄論」をお説き下さったフワン・シン・フワイ・シンフォーという方も、あなた様であったのですか、……それともあなた様の分身の方であられたのですか――。

天台  私であります。

富山  私、思うに、高橋先生のその仏教のとらえ方、或はキリスト教のとらえ方については、ひじょうにその、天台的、日蓮糸的な色彩が強いんじゃないかと思うんですが、それはその指導霊の方の個性に基因することが多いのでしょうか。

天台  あります。

善川  高橋先生は、いまはもうご他界されているわけですが、現在そちらではどの階に上っておられますか。

天台  私たちの上の階におられます。

善川  やはりまた主の座についておられるのでしょうか。

天台  何んとも申せません。

富山  一つだけお伺いしたいのですが、地上に出ているものに「実相」の世界すべてが明かされるのでしょうか。

天台  どういうことでしょうか、すべてとは、如何なることでしょうか。

富山  つまり「実相、神理」の全体像が……。

天台  そのために、われわれがこうやって協力しているのです。

富山  ただ私が思いますのに、私たちがそれぞれ出て来た目的というか、それには時代背景というものがあると思うのです。その状況に限定されたことしか教えてもらえないのではないかという気がするのですが。

天台  というか、あなた方の理解を超えたことについては、私たちには語ることはできないのです。

富山  その理解というのは、時代背景にひじょうに制約されているのでは……。

天台  時代背景だけではないのです。一階に居て、十階を語ることはひじょうにむつかしいことであります。行ったことのない、頭の中に浮べることのむつかしいことを、一生懸命に説いているわけです。いまも十階建ての建物の話をしました。エレベーターの話をしました。これはみな比喩であります。こういう比喩を使わなければわれわれの世界、われらの考えを述べることができないからです。比喩であります。十階建ての建物、エレベーターの話も、この三次元世界にあるものをもって来て、われわれは語っているのであります。実際には、こうではないのであります。しかしあなた方の感覚に訴えかけて、理解できる方法でしか語ることができないのです。限界があります。

富山  つまり、釈迦、イエス、その他の聖賢が説かれた真理というのは、一階から十階すべてを眺めた真理ですね。

天台  そうです。

富山  一階から眺めた真理ですね……。

天台  一階からではないんです。われわれも協力しておりましたから、八階、九階のいろんな住人が来て協力しておったのですが、それを理解できるような比喩でしか語れなかったということであります。

富山  つまり一階に翻訳した形での゛神理゛ですね。

天台  そうです。一階の人間に分るように語っただけです。――われわれが、たとえば八階に住んでいる人間が、七階の人間に語るようには語っていないのです。一階に住む人間に対して語っているのです。

善川  そのことは分りましたが、今後わたしたちは、それぞれの立場で、正法、神理を述べ伝えねばならぬということですが、そこで問題なのは、各自の現在の社会生活とのかかわり合いですが、現在の社会生活、即ち職業を持ちながら、一方において法を伝え広めるという作業は、ひじょうに困難であると思うのですが、或は一切の社会生活を放擲して、この伝道の道に専心すべきでしょうか……。

天台  ゛神゛にお任せなさい。あなた方個人の力だと思っているから困難に見えるのです。神が道を拓いて下さるのであります。個人の力でどうこうなるからと思っているからこそ、そのような悩みとなるのです。神の命であります。神の指命であります。道は開けてくるのであります。困難な現象が起きるならそれも神のみ旨であります。起きないなら神のみ旨であります。如何なることが起ろうと、あなた方は、あなた方の使命を果たさなければならないのです。この世的に、楽な繁栄、幸せになるようなことは、この際忘れ去りなさい。何故なら、あなた方は「実相」の世界の住人だからであります。あなた方が還ってくるところは、もう明らかになっているのであります。残り数十年、この一階の世界をどのようにしていくかということであります。あなた方はみんな還ってくるのです。遅かれ、早かれ還ってくるのです。われらの世界に帰ってくるのです。困難はないのであります。何も心配はないのであります。

善川  天台様、それではまことに長時間、どうもありがとうございました――。

富山  天台様、もしそちらに「不空三蔵」様がおいでになられましたら、ちょっとあなたとお替わり願えますでしょうか。

天台  わかりました――。