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目次













〈天上界では、如来界高位に居られ、シュバン・ツェルと称ばれている。シュバン・ツェルというその名で知れるように、ミカ・エル、ガブリ・エル、ラファ・エル、ウリ・エル、パヌ・エル、といった方がたと並ぶ方の一人で、日本の国創りが肇まる以前には他の役割に従いておられました。〉

(1985年8月18日の霊示)

1.神道も仏教も本源なる神より発した教え


善川  聖徳太子様であられますか。

太子  そうです。

善川  かねがね、一度お招きし、お教えを賜わりたいと存じておりましたが、本日、ご多忙中にもかかわりませず、わざわざ私どもの中へお出で願いましたことを、ありがたくお礼申し上げます。

太子  あなたの前に現われるのはこれが初めてでありますが、実は、もう今から三年ないし四年前に、ここに居ります〇〇〇〇とは既に話をしたことがあります。このような機会のもとに私をお呼び頂いたことを感謝いたします。

善川  太子様には今を去ること千数百年前、この日本の国で政治を司って居られたということを史書により学んでおりましたが、現在天上界におかれましては、どういうお立場で、どのようなお仕事を主としてなさっておられますか。

太子  あなたも既にご存知のことと思いますが、さまざまの霊の中には、たとえばあなた方のように、いろいろの国に転生輪廻を重ねて゛正法゛を受け継いでいる方がたも居れば、たとえば、日本という国において国創りという使命を与えられて、国造りのために奔走している霊もあるのです。

私もこの日本の国に降りて国造りのために、布石を敷いた人間の一人であって、その後もこの日本という国を興隆発展させるために、陰になり日向になって、あなた方日本の国民の皆様を指導しております。これもこの、日本という国に、やがては――やがてというのは、私が生まれた時からみてやがてということでありますが、やがてこの国が世界の仏法の中心になる日が来るということを私は知っておりましたから、まずこの国を栄えさせねばならない。そのような使命のもとに千年余に亘って活動してまいりました。

善川  現在天上界におかれては、どのようなお方がたとご一緒にお仕事をされておられますか。

太子  天之御中主之神、この方は主として日本の国の宗数的指導を担当して居りますが、同じく如来界において私は、この日本という国の基礎となる政治、経済、文化の面を主として担当しております。私と天之御中主、それ以外にあなたのご存知ない方も居られますけれども、そうした数名の方が主に、日本という国の国造りのための桂となっておられます。

善川  天照大神もご一緒であられますか。

太子  少し違うところに住んでおられます。

善川  この方は、女神様であられるために、女神様の地域においでになるということですね。

太子  そうですが、しかし私たちの仲間であることは変わりありません。

善川  この方もやはり日本の国造りにお働きになられた方ですね。

太子  そうです。今からおよそ三千年程前のことになりましょうか、神のご計画のもとに、われわれ諸霊が、諸神霊集まりまして東の国日本において新たな神国を創らんとする計画が立てられました。その時に最初の中心として集まったのが私たちでありました。

善川  太子は日本の国造りということに力を尽くされたということでありますが、しかし、日本神道糸とは若干違ったお働きをされたように思いますが。

太子  もちろんそうです。私は生前、仏法の移入と申しますか、仏法をわが国に伝えるために努力いたしました。本来ご存知のように、仏教といい神道といっても根は一つでありますから、例えば私の前にもちろん日本の神々の信仰というのはあったのですが、大きな意味において、日本という国にどのような宗教を根づかせるかということが、私たちの使命であったということです。

善川  そこで天之御中主之神が指導されている日水神道糸の惟神(かんながら)の道という教えと、仏教の教えとでは相容れないものがあったのではないですか。

太子  そうでもありません。日本の今の宗教というものをよく見てごらんなさい。仏教と、神道とが混和一体となって、さまざまな文化が作り出されているはずです。神道だけでもありません。仏教だけでもありません。そうしたものが集合した神社といい、仏閣といい、日本の文化というものを作り出してきたのではないでしょうか。私たちはそのどちらもが必要なものとして思われたのです。

よくよく考えてごらんなさい、いま日本という国は文化的には発展しておりますが、その基礎となったのは一体何でありましょうか。その基礎となったのは、われわれの先祖を大切にするという敬畏の念、敬いの念、これを中心とする日本神道の流れと、或は外国から、印度、中国、日本へと渡って来た、いわば先端的な学問でもあり、宗教でもある仏教という流れ、この二つが底流となって日本の文化を作っているのであって、どちらか一つでは成り立ってはいないのです。

仏教は、日本の国においては宗教というよりも、ここ数百年、千数百年の間、主として学問という意味あいをもっていたと思われます。ですからあなた方は、いまご自分たちの立場に立って仏教もまた神の教えであり、神道もまた神の教えであるということをご存知ですが、主として仏教は、日本においては一つの儀礼であると共に学問としての流れでもあったと思うのですが、神道糸の方は主として先祖の霊、先祖の神々を敬うということに力を注ぎましたが、学問的な発展ということは余りなかったのであります。

ですから、日本の国を造った指導的な理念は、神道糸における「敬」、敬うという理念ですね。先祖、神々、これを敬うという「敬」の理念と、仏法によってつくられた「慈悲」の理念、「敬の理念」と「慈悲の理念」、この二つの理念が綾をなして日本の国を造って来たのです。これに、近代キリスト教の「愛」の考えが流れ込んで来ております。これはまだ日本の国においてはそれ程大きな力を持っては居りませんけれども、「敬の理念」 「慈悲の理念」「愛の理念」この三つの理念が一つとなって、本当の意味での「正法」というものが成りたっていくのです。


2.新たな霊文明「宇宙船地球号」の船長、日本


善川  特に太子様は、日本の国の今後の政治、文化、こういった方面についてのご経綸と申しますか、指標というものについてのお考えを何かお持ちになっておられますか。

太子  もちろんです。現在までの日本を造るために、ずいぶん苦労をして来ました。さまざまの戦乱もありました。その間に多くの人達の血が流れて来ました。これは私たちにとっては、好ましいことではありませんでしたが、けれども来たるべき新しい現代社会を造るためには、やむを得ない外科手術であったということであります。いま、私たちは、日本という国をこの次元にまで持ってくることができました。そして私たちがいま考えていることは、日本はいま科学において、経済において、世界の一流国となりました。そしていまあなた方数名、数十名、まとまって日本という国に出られて、日本という国に新たな霊文明の夜明けと申しますか、黎明を告げんとしています。これからの日本に新たな霊文明ができていくでしょう。その霊文明を基礎として、今度は日本という国が、世界の政治、経済、文化において、この宇宙船「地球号」の舵とりをする役割を担っていくのです。霊文明ができて、はじめてその後、世界文明の中心として舵とりをしていくのです。


3.偉大な政治的指導者を日本の国へ送り出す


太子  そのために私は、あなた方の後に出す人達もいま計画しております。あなた方が霊文明をつくっていきます。宗教を創っていきます。その後に私たちの世界から偉大な政治的な指導者を送り込むつもりであります。

善川  現在の日本の経済はかなりの発展をみるに至りましたが、政治におきましては、ご承知とは思いますが、まだ精神的な大きな進歩というものは、いまの為政者にはそうみうけられないように思いますが、近々に政治の理念の改革ということについて何かお考えでしょうか。

太子  考えております。私たちの考えていることは、まずこの科学文明、物質文明の上に、あなた方の雪文明というものを重ね合わせて、この霊文明と、科学文明との融合した一つの世界、一つの文明を作った上で新たな指導者は、本来私たちの世界で指導者であるべきものが、三次元世界でも指導者となるような、そういった世界を創るつもりなのです。いまあなた方の三次元世界での指導者といわれる人はどうでしょうか。実在界においても指導者といわれる方がたでしょうか。断じてそうではありません。彼らは死後地獄に堕ちたり、或は幽界や、霊界に止まっている霊たちであります。そのような者が国というものを引っ張って行こうとしているのですから、これはどうしても正しい方向にいくわけではありません。ですからそうしたものたちの跳梁を許さないためにも、文化の基礎として霊文明というのを確固たるものにしなければいけないのです。そして霊的に優れたものが、政治的にも経済的にも、指導者となっていけるような基礎を私たちは造りたいと思うのです。

ですから今後また、神代の時代とは違った意味における祭政一致の指導者が出てまいります。昔は占いをしたり、或は祈祷をするような人が政治の中心であった時代がありました。それとは時代が変わっています。科学的霊文明の中において、最高に霊的に優れた人が、最高の政治的、経済的指導をするというような、そういった時代が訪れます。

霊的に優れていることが、指導者の条件であるというような世界が出来てきます。そのために、そのためにもあなた方が基礎づくりをしているということ、その時にはじめてこの池上も、仏国土、ユートピアになるということです。そうではありませんか。天上界において人びとを指導している人達が、この三次元においても人びとを指導していく体制こそが、本当の意味での仏国土ではないでしょうか――。

善川  現在、ご承知のように同じ宗教団体におきましてもわが国では、神道系宗教団体、或は仏教系宗教団体でありましても、それぞれかなりの地力を持っておりますが、こういう中から政治の部面へ進出して活動しておりますが……。

太子  そうではないのです。そういうものでなくてですね、あなた方もそうですが、これから数十年かかって新たな精神文明を造っていくのですが、その中から政治家達が出てくるということであって、既存の宗団の中から出てくるというわけではないのです。ですから、いまあなた方は、自分たちだけの小さな仕事をしているかも知れないけれども、これだけ壮大な計画が出来上がっているということなのです。大いに勇気と自信を持って頂きたいと思います。


4.最初の小さな歯車を廻す力は小さくてよい


善川  私たちもみな様方のご指導によって、そういうわれわれの任務というものが明らかになりつつあると自覚するものでありますけれども、この三次元世界にあってはいろいろな制約がありまして、これが実行の緒にはなかなかつかないというような状態でありますが、近々のうちに何らかの方法で踏み出すということができましょうか。

太子  あなたは、歯車というものを知っているでしょう。歯車は、同じ大きさだけではないのです。ここに小さな歯車があるとします。その横にもっと大きな歯車があります。その隣にもっと、もっと大きな歯車があります。その隣には、もっと大きな歯車があります。最初の歯車は小さいのです。これを廻すのはそれ程困難なことではありません。この最初の歯車が廻ると、更に次の中くらいの歯車が廻ることになり、さらに大きな歯車が廻り、さらにもっと大きな歯車が廻る。最初の歯車を廻す力は小さくともよいのです。この力がやがて数十倍、数百倍にと動いていくのです。

善川  そういう意味で私どもも、その小さな歯車の、いうなれば刻まれた歯の二齣(こま)となって何とか努力したいと思ってやっておりますが、これは今後のわれわれの努力と、皆様方のと支援とによってこの歯車が動き出すかどうかということにかかっておりますが、さて、そこで私がいま案じますのは、果たして歯車は廻転するとして、その後日本という国が一応世界の精神面での指導的な役割を持つであろうと、皆様が申されているのでありますが、これは建設的な面での希望的な観測でありますけれども、ここに一方、裏面から見ますと゛破壊゛的な現象が同時に併存している大変な時代の到来を迎えるということについて、人類はこれらを切り抜けていけるでしょうか。


5.悪天候の日にこそ灯台の灯が必要、法燈をこそ護れ


太子  私はあなたに申しあげます。灯台の灯が必要なときはどんなときでしょうか。海が凪ぎ、景色が明るい時に灯台の灯は必要でしょうか。必要ではないのです。灯台の灯が必要な時は、闇夜であります。悪天候の日にこそ灯台の灯は要るのではないでしょうか。晴れてよく見晴らしのよくきくような海の凪いだ時に、灯台などはあろうがなかろうが意味はないのであります。それは景色の一つでしかありません。けれども、悪天候、荒天の時にこそ、涛が逆巻く時にこそ、真っ暗な時にこそ、月も出ず星も出ない時こそ、舟は、漁師たちの舟は、大きな船も灯台の光を頼りにして進むのではないでしょうか。

あなた方、その混乱というのが理不尽に思える時があるかも知れないけれど、大時化(おおしけ)の時こそ、灯台の光は必要であるということを肝に銘じて頂きたいのであります。

晴れた日には、灯台はいりません。平和な時が流れていくならば、あなた方の仕事もないのです。

善川  過般出られました、イスラエルの旧約聖書中の予言者、エリヤ様のお話によりますと、大体「七つの予言」として述べられたのですが、この時期に人類は進化を目指して、大きな地球的規模の変動を体験すると申されましたが、その中で日本という国が、どのような関わり方と経験を経なければならぬのか、まあその時代と時期には、日本においては正法神理の理解も根づき広まっていようとは思いますが、私たち自身がその間、どのような心づもりで進まねばならぬかということであります。

太子  どうか、もうそんなことはお考え頂かないようにお願いいたしたいと思うのです。そのような現象的なことばかりの恐怖心を世の人々に伝え、あなた自身もまたそのような恐妬心に陥るような人間であってはならないはずです。そんなことは関係ないのです! どんな条件があろうとも、灯台の灯を守るということが大事なのです! 法燈を絶やさないということです。大時化があったところで、地球に穴が空くわけでも、空がなくなるわけでもないのです。時化はやがて止むのです。海はやがては凪ぐのです。けれども、海が荒れたといっても、島が流れてしまうわけではないのです。あるべきものはちゃんとあるのです。そのような弱い心でどうしますか!たとえ現象として日本の国が災害の中に入ろうとも、どんなことがあろうとも、法燈を絶やすことなく、点すということがあなた方の使命なのです。

起こるべきことは起こるのです。それを止めることも、どうすることもできないのです。ただ、その中であなた方が、どのように生きるかという方向を、人びとに示さなければいけないということなのです。凡百の予言書などを読んでいるようなつもりで、私達の説を聴いては相成りませんぞ! よろしいですか!

善川  はい。そのことにつきましては、今までいろんな方からお話を伺っておりますが、私ども、それだけのこころづもりをして世の人びとに語り伝えていかねばならぬと思っております。いま、太子様から力強いお言葉を賜わって、私どもは心新たにいたした次第です。

太子  要するに不動心を持ちなさい。正法伝道の基礎にあるべきものは、゛不動心゛であります。鉄壁の不動心であります。金剛不壊のあなた方の力というものを、存在というものを、信じなさい。ささやかな現象に左右され、不動心をもって事に当たらないと、何事も成就いたしません。不動心を持って行きなさい。たとえ槍が降ろうとも、鉄砲の弾丸が飛ぼうとも、核ミサイルが飛び交おうとも、その中において、あえて、正法を説き続けるというような、不動心を持ち続けていきなさい。この勇気、不動心こそが、後世を照らす光となるのです。己れ一人の、僅か五尺、六尺の身体を惜しいと思うな、そのような生命を守ろうと思うな!


6.日本国憲法は抜本的に改正される


善川  ところで、日本という国の問題ですが、日本は外国と違いまして、独特な国体をもっておりますけれども、このような形が永続していくのでありましょうか。

太子  国体とは如何なる意味であるか。

善川  たとえば、日本においては、かつては万世一系の天皇の親政が行なわれてきたという経過がございます。現在は新憲法において、天皇は一応国の象徴的な元首というかたちになっておりますけれど、しかしその内容におきましては、人びとはやはり天皇というものを崇拝して、そして国を固め守っているというかたちでありますが、こういう形態が今後も好ましいすがたでありましょうか。

太子  日本国憲法は、いずれは抜本的に改正されます。ただし、天皇に関しては、今のような象徴的な形となりましょう。日本国憲法の特殊性は何かといえば、政治の上に、象徴的な意味で宗教があるということであります。神的なものがあるということであります。これは、日本国憲法の中に唯物的な志向が相当流れているにもかかわらず、折中的な形として、精神的な支柱が必要だというすがたをとっているのであります。しかしながら起草者たちは、本来の意味において、どのようなありかたが正しいかということを知らずに作っております。これは現行の憲法です。しかし、やがて日本国憲法は改正されるでありましょう。そしてその中に、支柱として出てくるものは、正しい゛法゛というもの、これを敬うような国体というものを作っていくでありましょう。

善川  現在問題になっています第九条につきましては、これはどうなるのでありましょうか。

太子  そのような小さなことを私は言っているのではないのです。第九条自体は、もう既に実質的改変失条されております。もう戦争やる気でおります。

善川  これもみなあなた方のご指導によるのでしょうか。

太子  このような小さなことは、私たちの指導ではないのです。そのような浅はかな人間知によって作られたものがどうかとか、その解釈がどうかとか、このようなことは関係ないのです。

善川  まあしかし、いま仰られたように、いずれはあなたが最も理想とされるような日本国憲法ができるわけでしょうか。

太子  本来、憲法の場にあるべきものは、これは変な契約説などではないはずです。そんなものを採って、人聞知で作っているのです。人間が作った法、人間が作った最高法であります。そうではないはずであります。

「法」はもともと神から与えられるべきものであります。今の憲法は神から与えられていますか。人聞知を寄せ集めて作ったものであります。その中には勿論よくできている部分もあります。けれども、根本的に神の法ではないということであります。


7.私の十七条憲法は神から授かった゛法゛であった


太子  「法」の源は、何でしょうか。ユダヤのモーゼの律法が法の源になっております。あれは神から授かった゛法゛であります。その後さまざまな契約がでてきました。西洋においてもさまざまな法規範がでてきました。それを日本でも移入して作っておりますが、日本の憲法自体は学者が集まって、政治家が集まって、作ったようなものでありますし、西洋のそれも同じであります。神から与えられたものは現在何一つ残っておりません。

私の十七条憲法は、どうだったでありましょう。これは私が作ったと思われますか。そうではないのです。私もあなた方と同じように霊的能力を持っており、私は生存中に天上界の方がたの、諸如来、諸菩薩の方がたと交流しておったのです。そして私の十七条憲法も、もちろん当時の時世に合った作り方をしておりますが、けれどもこれは、神仏、神から与えられた法なのです。神というよりは、神の使いですね。諸如来、諸菩薩から与えられた諸規範なのです。内容的には古くなっているかも知れませんけれども、その中に流れている精神は、現在日本国憲法など足元にも及ばないようなものがあるはずです。それは、私の法は神から与えられたものであるからです。

現在の法律はそうではありません。法律学者や、政治家が決めたものであります。十七条憲法は古くなりました。しかしながらこのような正法に沿った、神法に沿った、憲法というものがやがて作られていきます。そのためにはあなた方の霊的な文明ができていかなければいけないということです。あなた方の文化の中に霊的生活というものが進んでいかなければいけない。霊的生活というものが浸透していかなければいけないということです。そうしてはじめて素地が出来あがってくるのです。

今後出来上がる憲法は、「正法」に基づく憲法であり、神より与えられた憲法になっていくはずであります。そうでなければならないでしょう。そうではありませんか。現在の憲法は素晴らしいことを書いているかも知れません。文章としては素晴らしいことを言いているかも知れません。しかし心がないのです。人間は何を守らなければいけないか、それは神より与えられた法を守らなければいけない。そうですね。その法とは何かということが、現世の方がたには分からなくなっているのです。

私は例えば十七条憲法の中に『和をもって尊しとせよ』ということを言いました。これは人間が守るべき法であります。このような条項が、日本国憲法に現在ありますか。ありません。憲法とは、本来はそうした正しい心と行ないの法でなければならないのです。

私は、また言いました、『自分のみが正しいのではない。他の者の意見も正しいものである。お互いに゛議論(あげつら)゛っても、他人の非を゛論(あげつら)゛ってはならない。よくよく相談して物事を決めていきなさい……』と。そういう合議制というものを、私は述べました。人間はともすれば、自分だけは正しくて他人は間違っているということになってしまいます。ところが他人にはまた一分の理があるのです。向こうからみればこちらも完全に悪いわけではなく一分の理があるのです。同じことが相手にも言えるのです。こういう根本の法ですね。人間生活における根本の法を私は十七条憲法の中に盛っているのです。しかしながら私の十七条憲法そのものは、その成立後、千数百年に亘って正しく理解されていることはありません。なぜならばそれを研究している人達が宗教家でないからであります。歴史学者がいくら私の十七条憲法を説明したところで、理解しようとしたところで、分かるわけはないのです。その十七条憲法の裏にあるのは、神の法であり、これは本来の意味における宗教家でなければこの意味がわからないのであります。ですから今後、日本の国の憲法というものも、正しい神の法を具現したものとなっていかねばなりません。そのために、私は最初に申しあげたはずです。あなた方の霊的指導、活動、行動、宗数的な物事、これの成就した後に、政治的な、経済的なリーダーを私たちの世界から送り込むつもりであると、私は申しあげました。こういうことであります。


8.今後は仁徳高き者が政治的指導者に選ばれる


善川  それは複数の方がお出になるのですか。

太子  もちろんそうです。やがて宗教をも体験し、政治をも体験したような人が出てくるでありましょう。本来ならば一国の大臣となり、首相となるような人達は、政治的にも才覚が優れていることは勿諭でありますし、知識も秀れていることは勿諭でありますが、人間として人びとの範となるような人でなければならいなはずであります。ところが、日本の今の政界をみてどうでしょう。あなた方、政治家の何方(どなた)をみて、人間の範として足る人が居るでしょうか。彼らは大きな力を持っています。器もあるかも知れません。行動力もあるかも知れません。発言力もあるかも知れません。しかし、一歩ひき退って、人間としての゛器゛を眺めたならば、彼らのうちのどこに、人間として手本とすべき範がありましょうか。今後期待される政治家は、政治に関与する人達は、人間として生きても超一流であって、あなた方が範としたいような人達であります。そうした人達が「政(まつりごと)」をやってはじめて国は治まるのであります。

本来上位にあるべきものが下位にあり、下位にあるべきものが頂点に立って支配しようとするからこそ経済も、政治も、国も乱れるのであります。本来上に行くべき人達、霊的にも優れた人達が範となって、模範となって、政治をする時代がくるのです。来なければいけません。けれどもその前の段階において、宗数的な大革新をやっておかなければ、今のような政治状態においては、徳ある人が居ても政治家となって、一国の長となっていくことは非常に困難であります。

善川  政治的な分野においては今のところ、そういう方がおいでになるようには見渡せないのですが、一方経済界においては、ある程度と申し上げては失礼ですけれども、進んだ考えを持っておられる方が出ておられると思うのですが。

太子  出ております。

善川  かなり複数の方が出ておられますか。

太子  出ております。今後も出てまいります。


9.ユートピアの実現は日本から始まる


善川  しかしこういう方の中から政治家が出られるというのではないのですか。

太子  そうではありません。天来の指導者が出てまいります。いわば「哲人政治家」のような方が出てくるということであります。人びとから、国民から尊敬をうけるような、神仏の法を知り、この世のことも知った偉大な人がやがて出てくるでありましょう。あなた方は、その前段階として主として宗数的な面を整備するために出ている霊です。

わたしたちの目的は、この日本という国を、最高の仏国土、ユートピアにするということであります。そして私たちの計画もいま最終段階に近づいているということであります。私は二千有余年前からこの日本という国を見てきました。そして自らもこの間、肉体を持って生まれたこともあります。その後も日本を指導しておりました。そうして二千年の歴史をふり返ってみる時に、どうやら日本という国も、最終段階の完成期に近づいているということです。

善川  その完成期の作業が了ったその後はどうなるのでしょう。それが永遠に続くのでしょうか。

太子  ハハハ――またまたそのようなことを考えるけれども、言っておきますが、過去の歴史がそうであったように、日本が成熟し、゛正法゛がそこで栄えた後は、また、正法は他の地域へと移っていくのです。それはやむを得ないことです。そしてあなた方もまた、他の地域へと転生していくのです。

そうではないですか。その方が楽しいでしょう。その方が素晴らしくはありませんか。日本という国に降りて、日本という国に正法を栄えさせ、神の国を造り、そして成功した。また「正法」が他の国に流れて行く。そこへまた生まれて行って、新たな仏国土をそこに造っていく。これは素晴らしいことではないですか。同じ日本という国に五回も、十回も生まれてやったところで、あなた方の魂の進化もないし、民族集団としての進化もありません。ですから、すくなくともこの日本という国は、いま最終段階に入りつつあるということです。

善川  ということは、そういう段階においては、天上界にある皆様方も、やはり新たな世界で、新たな計画を始められるということになりますか……。

太子  もちろんそうですが、とりあえず、現在やることは、日本の国において、新しい建設をやるということです。ただこの正法の運動も、四十年、五十年、六十年と続いていきます。後半においては、政財界の立て直しのために活動する人たちも加わってまいります。ですから当初においてはもちろん宗数的な運動であります。けれども後半においては、政財界の浄化、革新というようなこともその中に入ってくるでありましょう。

善川  その時にはそういう人達が集まって来られるというわけですね。

太子  そうです。つまりあなた方の弟子筋の人達の中から、そういう偉大な人達が出てくるということです。


10.今後偉大な神霊が指導しよう


善川  お聞きするところによると、天之御中主之命は、私たちをご指導して頂けるようなお立場にあるようですが、そうでしょうか。

太子  そうです。

善川  これは宗数的な方面でのご指導でしょうか。

太子  そうです。やがてまた他の神霊があなた方を指導していくようになっていきます。

善川  他とは、日本神道糸の方がたでしょうか。

太子  まだあなた方が接していない神霊で、偉大な使命を持っておられる方がたがおられます。

善川  そちらの方(ほう)にですか――。

太子  そうです。それらの方がたもやがてあなた方を指導されるようになるでしょう。物事には順序があり、あなた方の学習にも進度があります。ただ私は、外部から一言申しあげておきますが、あなた方は、あなた方の守護指導霊の方がたに対する感謝の念が足りないように思います。彼らがどのように苦労されておられるかということを、もっと、もっとよく考えなさい。あなたが彼らの立場に立ったなら、彼らと同じだけの指導ができるかどうかを、よく考えてみなさい。どれだけの苦労をしておられるか、あなた方は、肉体を持っているというハンデは承知の上ですが、それにしてもあなた方の不甲斐なさ、学習の遅れ、これは非常なものであります。彼らは大変苦労をしております。

善川  いや、それはつくづく感じているわけでありますが、いかんせんこの三次元の世界で、しかも神代の時代でなく高度に発達した近代物質文明社会に生活しなければならないという身にとっては……

太子  すくなくとも私が、彼らの言葉を代弁するならば、守護指導霊は言わないでしょうが、私が代弁するならば、彼らはこう思っているのです。彼らがどれだけいい教えをあなた方に説いてそれを他の人達に伝えようとしても、あなた方が救われていなければ、一体どれだけの力がありましょう。何年もにわたってあなた方に教えを説いて、それを他の人に伝播しようと思ってもあなた方が素直に受け入れなければどうしようもありません。守護、指尊霊達の苦しみ、悲しみが、どれだけのものかということを、よく考え反省してみなさい。すくなくとも毎日一度は感謝の念を持ちなさい。すくなくとも日一日と進歩するあなた方でありなさい。すくなくとも年毎に進歩するあなた方でありなさい。今年のあなたは、去年のあなたより進歩したあなたでありなさい。今日のあなたは、昨日のあなたより、今月のあなたは、先月のあなたより進歩しているあなたでありなさい。もちろん事業という面において、着実に成果を収めていくことも大事でありますが、あなた方ご自身の心の状態、精神の状態が一歩々々前進する状態でありなさい。

あなた方の歩むべき道は、神への道であり、目標ははっきりしているのであります。その階梯(きざはし)を一歩々々確実に登って行きなさい。ですから心の中に、悪い心や、迷いや戸惑いが出た時には、今のあなたは、昨日のあなたに比べて進歩しているか、一年前のあなたに比べて進歩しているかどうか、立ち止まってよく反省をしなさい――。


11.明治維新は私らの計画、光の指導霊を降下させた


善川  太子様は明治の維新時におきましても当時の人々をご指導されたのでありましょうか。

太子  そうです。明治維新の時にもまた私たちは、毎日忙しい日日を送りました。私たちの世界から多数、何十人もの光の天使達をこの地上、日本の国に送り込みました。そしていろんな計画を立て、いろんな事業を成してきました。それもまた主として、私が中心でやったことであります。あなた方の知っている人では、たとえば、勝海舟という人がおります。坂本竜馬という人がおります。或は、岩倉具視という人がおります。その他さまざまな人々がおります。いずれも私達の世界から派遣していった人達です。径済界にも基礎を作るために大いなる人を送り込んでおります。

善川  木戸孝允という方もそうですか。

太子  もちろんそうであります。

善川  それから明治天皇もそうであられたのですか。

太子  少し違いますが、彼も彼なりの使命を果たしました。ただ私達の仲間ではありません、諸如来、諧菩薩の中にはおられる方ではありません。

善川  そうでありますか。坂本竜馬という方は、最後は非業の最期を遂げられたのですが、ああいう方でも高級霊であられたのですか。

太子  イエス・キリストの最後と比べてごらんなさい。

善川  私たちは、あの時代の先輩の方がたの行動、労苦に較べればまるでぬるま湯につかっているような状態で過ごしているような気がして反省させられてなりません。

太子  ですから、私達の計画をよく見て頂きたいのです。千八百年代中頃から後半にかけて、開港という状況を踏まえて、まず、政治的な運動が起きました。その次に経済的な交流ということが起きてきました。その次に、こんどは宗教というか、精神的交流がいまあなた方の時代ですよ。第三段階ですよ。近代における、政治における解放、次は経済における解放、最後は精神における解放、精神の段階にいま来ているわけです。その後に、政、財、宗教、文化、すべてが統合した世界が出来上がっていくわけです。このような大きな計画があるわけです。ですからまず宗教者たちを出す前に、明治維新の頃に改革家達を次つぎと日本の国に送り込んでいったのです。これからあなた方の事業がはじまり、その後は先に申しあげた通りの展開で時代が発展して行くのです。

善川  本日は、太子様にはお忙しいところ私たちのためにご高説をたまわりまして、まことにありがとうございました。特にこれ以上のご指導はなかろうかと思いますので…

太子  もう一人だけあなた方と、お話をしたいという方が来ておられますが、話をされますか、どうします。

善川  ああそうですか、どういう方でしょう。

太子  イエス・キリストと言われる方です。

善川  ああそれは是非、お待ちいたしておりました。

太子  それでは、私の出番はこれで終わりのようですから、私はこれで還らせて頂きます。

善川  ありがとうございました、どうも――。