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目次



















(1985年12月30日の霊示)

1.神や仏が偉いからって宗教家が偉いわけじゃあない


―― 坂本龍馬の招霊を行う。――

龍馬  ――龍馬だ。

善川  坂本龍馬先生ですか。

龍馬  ―そう。

善川  本日は突然お招きいたしましたが。

龍馬  ほんに突然じゃ。

善川  しかし私どもには予てから先生にご意見を伺いたいという念願がありましたのですが、今回お招きしたのは他でもありませんが、あなたは明治維新の偉大な先駆者であられたということからして、わたしたちが今企図している精神革命運動に、先輩であられる先生のご指導が得られたら幸いと思いますので、何かお願いしたいと思います。

龍馬  ―ああ、わしは気が短いから、お前さんの話をゆっくりと聴いてはおれんかも知らんが……、まあ宗教は嫌いだ。どっちかというと、まあ嫌いだね、無い方がいいんでないかな、そんなものは。まあみんなね、人間いろんな考えがあると思うよ、まあ商売してね、幸せに生きとる人間も居ればね、小説書いて幸せになる人間も居れば、武士やって幸せな人間も居るってこった。宗教家っていうのはね、まあみんな威張っとるわけだ。みんな俺が一番偉いと思っとる。けどなあ、必ずしもそうではないぞ、宗教家はな、勿論神だ、仏だと言うて、神や仏が偉いことはまあわしも知っとるが、神や仏が偉いからといって宗教家が偉いわけじゃあない。同じように自分も偉くなっとると思うからいかんのだ。神、仏を話せば、自分も神仏と同列だと思うところが陥し穴――。世の宗教家を見てみい。まともな人間は半分も居るか、居はせん。まともな人間が半分も居ないようなまあ人間の集まりだ。それに比べりゃあ、商人なんちゃあほんと、まともな人間の集まりだ。本当に生きとるよ。ま、商人でなくともいいけどさあ、まあ侍だって今は時代遅れだけどさ、まあ国を護るというか、大きな大義がある時に働けるような人間というのは大したもんだ。宗教家というのは抹香臭うてわしは好かん。

好かんがわしに喋れというならしゃべろう。けどな、まあ不愉快にはせんように喋ってくれよ、頼むぜよ、わしゃ頭が悪いけん、そういうふうに思うてやってくれえ。こんなざっとした人間じゃけん、むつかしいことは言うてもわからん――。もう最初に言うとく。わしゃ頭が悪いんじゃ、おまはんらはもっと頭がええ、わしゃ頭が悪いんじゃ、こんな頭の悪い人間でも解るようなことう聴いてくれ――。恥はかかさんでくれよ、お前さん、わしの喋ったこと本にしようと思うとるじゃろ、だけど恥はかかさんでくれ――。わしゃ本など読んだことないわ、読んだことない人間に、まあ本書かすようなことやらそうとしとるんだから、どだい無理だ。こんなんでは儲からんぞ、わしの本ではもうからんが、まあそれでもええ何かひと言といゃあ言わんでもない。わしもケチじゃないからな、まあ忙しいかといわれたらな、忙しいこともないわ。


2.他界後の志士たちの近況


善川  ちょっとお伺いしますが、あなたの年代の方の一人には、勝海舟先生が居られましたね、あなたの先生であったこともあったのですね。

龍馬  まあ先生といやあ先生じゃけど、まあ今は先生じゃあないわな。

善川  今はどうか知らんが当時初期にね、それから木戸孝允先生、往時は桂小五郎さんと云われておったのですか。

龍馬  うんうん桂小五郎さんね、はいはい。

善川  それから岩倉具視さん。

龍馬  具視さんね、はいはい。

善川  それから西郷さん。

龍馬  西郷ね。

善川  こういう方は皆さんご一緒のところにおいでるのですか……。

龍馬  そうね、あのう勝さんとは今もよく話しているよ、まあ友達交際(づきあい)やってもらっているよ、まあ仲間だな、木戸さんはね、ちょっと偉いんだな、ちょっと偉いんだ、俺達より。威張っているよ、威張っていると言っちゃ失礼だけどな、ちょっと格式が高いわけだ、ちょっとご立派な任務につかれているような感じだな。

善川  岩倉さんはどうですか。

龍馬  岩倉はね、まあそうね、まあちょっと俺の口から言うのもあれだがちょっと落ちるな、ちょっと俺達の居るところに居ないな、まあでも、まあそう悪くはないよ、立派な人間だと思うな。

善川  では、吉田松陰先生はどうですか。

龍馬  ああ、この人は立派な方、立派な方ね、まあ住んでる世界、ところはね、私達のまあ近所だけれどな、まあ立派な人だよ、まあ私ら、勝さんも合せてね、この松陰先生には今でも教えを乞うていますよ、教えてもらっていますよ、頭のいい人だからね、まあ日本一の秀才だね、この人、今でいやあそうだなあ東大の総長より頭がいいんじゃないかな、ずっと頭のいい方だと思うよ。

善川  象山先生はどうですか。

龍馬  ああ象山さん、象山さんも居るよ、ああ居る、居る。

善川  そうですか、あなたと同藩であった武市半平太さんは。

龍馬  半平太、あれはどこに居るのかな、会わんが……。

善川  大久保利通さんは。

龍馬  ああ、あれはあっちだ、あっちの方向だ。

善川  西郷さんは。

龍馬  西郷さんという人は、ちょっと反省中だな、元々偉い人なんだよ、偉い人なんだけど、ちょっと情に弱いところがあってな、生きていた時にね、大分情に流されてね、違ったことやってしまったからな。

善川  最後にちょっと方向を誤ったようですね。

龍馬  まあそういうことでな、彼は情の深い人だから、それでまあどうしてもね、彼自身は悪くはないのだけれど、引っぱられたということもあるんだけれどもな、まあ今のところいろんなことの反省中だな。まあそういうこっだ。

善川  明治初期あの当時、あなた方のうちで一番進んだ考えを持っておられた方といえばどういう方でしょうか。

龍馬  よう知らんが、まあ一番阿呆は儂(わし)じゃろな、わしが一番阿呆じゃ、一番阿呆じゃけどな、まあ福沢さんなんか偉人だと云われているよ、今俺違の世界では福沢さんなんか偉い人だと云われているよ。

善川  志士であった高杉晋作さんはどうされていますか。

龍馬  ああこれはちょっとまずいことになっているな、彼も優秀な人なんだけどな、けどな、死んで直ぐ何処へ行くかによって、その人が偉い、偉くないが決まるもんではないぞ、やっぱり世の中に役に立った人間は一杯いるんだ。役に立ったもんは居るんだけどな、やっぱりちょっとな、迷ったり、一寸失敗したりして、そんなことがあって、死後いろんなところに居る人もいるけどな、それが本来のその人じゃないし、死んで直ぐに真直にね、偉いところへ行けなくとも、立派な人は一杯居る。それ間違ってはいけない。そういうことしてでもね、やはりやらにゃならんていうこと一杯あるわけだ。政治家とかな、まあ昔でいうと侍の大将達なんてな、まあこれはええことしとれへんよ、まあ将軍家だっていろいろあったけれども、まあその前の戦国時代にしても、その頃の大将達、侍の大将達、はっきり言ゃあ人殺しの親分だ。はっきりいやあ悪いことしとるよ、いっぱいな、悪いことしているから死んでから暫くはな、地獄に堕ちている者一杯居るよ、けどな、彼らも彼らなりに時代を作ろうとして努力したわけだ。だから根っからの悪というわけじゃないんだ。時代を作ろうとしたわけでな、個人的にその責任一手にかぶって反省しているわけだ。だから、必ずしも死後真直ぐに天国へ来たからいいと言えば、そういうわけではないわけだ。

織田信長さんだって地獄へ堕ちてしもうたけどな、けど信長さんの時にだって゛糞坊主゛は一杯居たわけだよ、お寺さんには糞坊主はいっぱい居たわけだ。その坊主が死んでから天国へ来ているかもわからん、天国へ来ているかもわからんが、じゃあ安泰かといゃあ、き奴ら生きていた時に、一体何をしたんじゃ、何もしとらんもん、たかだか自分一人が生きただけじゃ、そして一緒に生きてきたもん何人か、そりゃ教育もしたかもわからんが、世の中の役にゃ立っとらんよ。ところが織田の信長さんなんか世の中の為になること一杯やっているよ、坊さんはわしゃ嫌いじゃとさっき言ったけどな、彼は坊さんの排撃もやったけどな、あれによって、まあ彼の力によって近代日本が開けたところも大きいわけだ。゛楽市楽座゛もやればね、まあいろんな立派なこともやっているよ、海外の外国の考えも採り入れたし、まあキリスト教もそうじゃないか、結局信長が保護したから入って来たんじゃないか、そうだろう。坊さんやっつけたけど、またキリスト教入れたじゃないか、だから悪いこともあるけどいいこともあるわけだ。


3.出来るだけ大きな出っ張りをつくれ


龍馬  だから悪いことと、いいことを秤にかけたら零、になる人もあらあな。まあマイナス、悪い方になる人もあるよ、けどもな、その出っ張りが大事なんじゃ人間はな。悪い方に出張っとってもな、いい方へ物凄く出っ張っとりゃ、何らかの役に立っとるわけじゃよ、そういう人というのは、今たとえ苦しんで居るとしたとしてもだな、必ずやね、いい道が開けることになっとるんだ。いけないのはな、一番いかんのは、毒にもならず、な、チンコも起たず、屁もひらず。こんな人間が一番駄目なんじゃ。こんなんでな、何んにもせんで、悪いこともせず、虫一匹殺さずにじゃ、天国に還って来たところでこういう人間は生まれて来たという価値も何も無いんじゃ、そういうことじゃ。

悪いことしたってええんじゃ、だから言っとけ、書くんなら言っとけ!世の人びとに言っとけ!悪いことをしてもええぞと、ええけど、悪いことしてもええけど、もっとな、ええ出っ張りをつくれ――と。出っ張りを造んなさい。でっぱりを、できるだけ大きな出っ張りを、出来るだけ大きな出っ張りを、造れと!、悪いことしてもええけど、出っ張りを造れと、そう言っといて呉れ!

善川  秀吉はどうですか。

龍馬  ああ秀吉さんもそのまま天国にゃ来とらんよ、はっきり言って天国にゃ来とらん。けどまあ、あれもわしゃ偉いと思う。神さんどう考えとるか知らん。神さんあれ駄目だと思ったんかも知らん。じゃがわしの眼から見たらな、役に立っとるよ、秀吉なかったら今の日本無いぞ、もう、だからな、お坊さん、生臭坊主が一杯天国に来とるけどな、そういった人よりは秀吉はずいぶん偉いんじゃ、まあ神さん何考えとるか儂(わし)ゃ知らん。けどな、人間の偉さというものはそれだけじゃあないんじゃ。やっぱり出っ張らにゃいかん、人間はな、出っ張っとらん人間っのはあかん。そんなもんは役に立たん。

善川  家康はどうですか。

龍馬  家康、まあこれは普通人じゃな。悪いこともしとったけれど、そこそこ人間としてまあ完成はしとったよ、まあそういう意味では彼は地獄に行かんかった。まあそこそこの人間だ。まあずっと偉い人間じゃねえよ。俺よりは賢いけれども、まあ俺よりもいいところに居るわけじゃないんだ。彼もまあ時代開いたといえば、まあ時代開いたといえるわなあ。

善川  吉宗あたりはどうだったんでしょう八代将軍の。

龍馬  吉宗さん、徳川の吉宗さん、まあ彼は偉い人ですよ、立派な人ですよ。まあ私達の世界に居ますよ。ちゃんと後世、まあ八代将軍ということで尊敬もされているけれど、やっぱりそれなりの人であったということは確かだ、立派な人ですよ。

善川  大岡越前などいう人も……。

龍馬  そうそ、そうそ立派な人ですよ。だからね、日本の社会だからそういった歴史物というかね、いまだに評判が立っているだけで、これが西洋の世界だったらね、立派な王様だったり、立派な貴族ということで非常な尊敬受けとるよ、外国だったらね、そこそこの尊敬受けとるよ。知名度も高いから、まあ日本だからね、まああんな庶民に親われた将軍様という形で、それに大岡裁きって云われているけど、まあこれももっと有名な外国の人だったらもっと名前が残った方だと思うよ、まあそういう意味では可哀相だと思うよ。


4.今の若いもんに言ってくれ!馬鹿でもええから大きいええことやれと


善川  ところであなたは若くして開港諭を唱えてやったわけですが、非常にその当時としては、これは思い切った考え方というか進んだ考え方でしたね。

龍馬  まあ考えたってわかるじゃろが、日本で云やあな、大根抜いて食っとるよりは、外国のバターとパン食っとる方が進んどるわな、考えりゃ判るこった。

善川  そういう思想はあなたどういうところから輸入されたですか。

龍馬  輸入もクソもないわ、わしゃこのような人間じゃ。

善川  勝先生あたりからの知識で――。

龍馬  勝さんからも学んだが、そう俺も馬鹿にしたもんじゃないぞ、俺は俺なりにな、時代を読む力はあったわけだ。当時はな、いろんな人間とも集まって話もしたし、いろんな人間から知識も吸収したわけなんだ。勉強家が一杯居て、いろんな所で維新の志士達と会っていたよ。だからあんたね、本を読んだだけで勉強するだけが勉強でないんだ。そういったな、熱気溢れる連中と話するということは非常な勉強なんだ。そうだろ、耳学間というものは大事なんだ。そうだろう、俺はね、文字は読まんかったよ、はっきり言ってな、文字は読まんかったけど耳学問はしっかりやったんだ。そういうとこが俺の勉強さ、そういう中からな、耳学問から一体どんなものを選び出して、何が大事かというのを見分けるのが大事なんだ。その眼だな、先を読む眼だ。

善川  あなたはそれから海援隊を作られたわけですね。

龍馬  そうそうあんなの、今の日本そのもんじゃないか、貿易立国そのもんだよ。どうだ当っただろうて言うもんだ。

善川  今日の貿易立国の先鞭をつけたというわけですね。

龍馬  そうそう、だからなあ、俺は今の連中に言いたいんだ、特に若い者に言ってくれ!馬鹿でもええからいいと思う大っきいことやれっと。新しいことやれっと、何か思いついてやれっと、しょうもないことするなって言いたいよ。

なんかいま受験勉強、受験勉強で、なんかええ会社に入って出世しようなんて言って皆やってるんだろう。そんなことやるな、もっと大きなこと考えて、どおんと人間、人がやれんような大きなことやれえ!そう言ってくれ――。

善川  そういうあんたのお考えあたりは当時勝先生なんかはご承知だったんですか。

龍馬  勝さんはな秀才だよ、秀才だからな、まあスキの無い人だな、ソツの無い人だよ、まあ今生まれていたら大蔵大臣か総理大臣簡単にやれる人間だよ。ソツのない人だ、まかして大丈夫な人だ。俺なんか何やるかわからんからな。


5.斬りたけゃ斬れだ、俺の体ぐらいくれてやる


善川  まあ荒っぽい方だからね。

龍馬  はは、ずい分はっきりと言ったな――。

善川  しかし、どうなんですか、あなたもずい分活躍されたんだけど、最期はえらい思いをしましたな。

龍馬  おう、最期は痛い思いをしたよ、あれはかなわんのう。痛いぞよ斬られたら。

善川  あれは襲撃者が未だに不嬉かになっているんだけど、あれは佐幕派がやったんですか、それとも味方だったんですか?

龍馬  ま、ええじゃないか、そんなことは、ええじゃないか真暗の中でやられたんじゃから、まあ味方も斬ったかもわからんが、しゃあないわ、俺の体ぐらいくれてやるわ、もうどうでもええじゃないか、まあ死んだのは死んだんだからしゃあないじゃないか。死んだんじゃけん、こうして出とるんだから、迷うて出て来とるんじゃけん、誰に斬られたかっていいや、いいや、幽霊の恨みっていうもんじゃないから、まあいいや、いいや、斬りだけゃ斬れよ――。

善川  中岡さんはどうなりましたか、慎太郎さんは、

龍馬  ええあいつは逃げたんじゃないかな――

善川  今、何処に居られるかです。

龍馬  何処に居るかって、居らんな、何処に行ったのかな居らんぞよ、言われてみればその通り居らんなあいつ。何処に居るんかのう、どっかで迷うておるんじゃないかのう。どこにおるんかのう、あれも立派な人間じゃと思うとったがのう。ちよっと若気の至りというのが多いからなあ――。

善川  同じような環境と状況下でありながら、あの時もあんたと一緒にやられたらしいが、あんたは今菩薩界にあってこうして立派なご意見が聴けるのに中岡さんはあなたの霊域には不在とのことですが、これはやはりあなたの場合、坂本龍馬として出る以前の過去世の長年の積み重ねられた魂の修行の結果と思われますが、過去世においてはかなり名のあるお方であったのでしょうね。

龍馬  まあ龍馬は龍馬でええじゃないか、まあ日本人はな、坂本龍馬は龍馬でええと思っとるじゃろ、わしが外国人に昔生まれていたと言ったって仕様がないわ、そんなことはな、言っても仕様がないし、まあいいじゃないか、俺はな、日本人の中の日本人じゃ。

善川  まあ過去世のそういう魂の経験という積み重ねがあったために、自分はこの時代に何をやらねばならぬかという自意識が高かったというわけでしょうね。

龍馬  意識が高かったかどうか知らんよ、あんたらにこやって馬鹿にされながら喋っているじゃないの、見世物だなこれは一種の、そんな高いわけないじゃないの。

善川  いや、どう致しまして、なかなかに、そうですか。福沢さんあたりとのご交誼は、

龍馬  まあ先生格だね、あの人なんかは立派な方ですよ。私なんかはね、ご覧のとおり勝手気侭に生きているもんだから、よく小言を言われているよ今も。


6.今の政治家は腐っとる、阿呆が多い、青年は革命、革命じゃ


善川  あなたは現在の政治家に対し、何か忠告なりご意見はございませんか。

龍馬  まあ阿呆が多い。阿呆共が多いな、俺も阿呆じゃったけんど阿呆が多い。阿呆でもな、さっきも言ったが出っ張りのある阿呆にならにゃいかん。腐っとる阿呆はあかん。腐っとる阿呆はな、腐っとる玉葱は役にたたん。腐っとる玉葱になるよりは角張った゛金平糖になれ。゛そう言っとけ――。

善川  青年達に対するアドバイスは。

龍馬  まあ、革命、革命、革命じゃ。今のな制度の中でぬくぬくと生きとっちゃあかん。あかん。もういいや大学なんかいかんでもええ、中学校でもいい、高校でもいいわ、中退してでもかまわん、やりたいことをやれ!冒険がしたけりゃもう中学校から飛び出して世界中廻れ、発明したけりゃ発明やれ!政治やりたけりゃあ、もう自分で集団つくってもう何かやれ!

善川  今の学生の革マル派や、中核派やっとる連中はどうですか。

龍馬  まあありゃあ、ちょっとお奨めできんがな。

善川  彼らはしたいことしているけど。

龍馬  あれじゃないか、あれなんかは昔侍の時に斬られ損なって斬り返したい人間ばかりでないか、もうちょっと戦争がしたいんじゃあないか、残念ながら過去に戻って生まれられないからな、仕様ないわな。

善川  ああいう生き方ではないんですね。

龍馬  ああいう生き方はな、あれじゃあ駄目だわ。まあ俺と較べてみろや、理想がない理想が、あってもああいう理想は駄目だ。

善川  今後右翼の台頭ということはありませんか。

龍馬  ああ右翼ね、俺の考え右翼か左翼かよく知らんがあ、右翼とは何を右翼とあんた言っとるんだね……、勤王か佐幕か。

善川  まああなた方の時代で云うならば、佐幕派が右翼のような気がしますがね、旧体制派というべきかな、そういう意味では改革派の勤王系が当時では左翼だったんでしょうな……。

龍馬  今は勤王派が右翼かなハハ……、そんなものは右も左もないわ、それは人間の頭で考えとることであってな。


7.戦争はまたやるだろう、馬鹿は死んだ方がいい


善川  今後あなたのお見通しとしては、日本は戦争というものについてはどうでしょう、今の自民党政府は。

龍馬  ああやるかもわからんね、まあやるだろうね、やるんじゃないか。いいよ、馬鹿は死んだ方がいい、世の中のためだ。余り長生きするとろくなことはない。死にたい人は死になさい。戦争やって死になさい。そう言っとけえ――。殺し合いしたいという奴が居るんだから仕方ないじゃないか、やって貰うよりほか仕様ないじゃないか。

善川  これも仕方ないんですな、戦後四十年経って、日本だけというわけじゃないが、強大国間にエネルギーが溜り過ぎているでしょう悪想念の――。

龍馬  そういうわけだ。もう殺し合いしたい人間が居るんだからもうやらしたらんと、もう何をするかわからんからな、やらしてやれ―。


8.抹香臭いのはいかん、人間は明るく大らかでなきゃ


善川  誰か当時の方でお話して頂けるような方があったらご紹介して下さいませんか。

龍馬  どうやら私には飽きてきたかなハハ……これでは話にならんか。

善川  そういうわけではないけどね。

龍馬  そりゃ勝さんだって、木戸さんだって、福沢さんだって、松陰さんだって呼べば出てくるだろう、話したければね、まあ問題はあなただな、あなたが何処までだな話ができるかということだな。このような阿呆掴まえると何も喋べれん。それではいかんわけであって、策士というものはな、もっとこう頭を廻転さしてな、この無い頭からどれだけ絞り出すかと、こういうのに力をそそがなければあかん。

善川  いやあなたのような八方破れの人になってきたなら、なかなか話はしにくいですわ。八方破れでいて、それでまたそこにはそこで芯があって隙がないって人だからね。

龍馬  お坊さんがよければお坊さんと話しとればいいんだ。最初に言ったはずだ、俺れゃ坊主は嫌いだと、あんなしみったれた職業やっておれない。

善川  それはそうでしょう、あなたの性格としてはね。

龍馬  まあいろいろ坊さん出ているらしいけど、まああんたよく話しとるよ、俺なんか一時間も聴いてるのご免だな、勝手に言えってなもんだハハ……、まあ神さんがいろいろ言っとるだろうけどね、お経を説くようなことだけが大事なんじゃないっていうことだ。人間はな、人間らしく伸び伸びと生きろということだ。重苦しく考え過ぎるなというこった。人間らしく生きろということだ。そんな気がするな。

善川  まあ革命家はそうでしょうな。

龍馬  そうでないと駄目だよ、抹香臭くなると人間進歩も何もない、明るく大らかに、清く正しくとは言わんが、明るく大らかに大きく生きるということが人間にゃ大事なんだな。


9.高知の人は皆あなたを誇りにしている


善川  あんた最近の土佐の事情ご存知ですか。

龍馬  俺の銅像建っとるらしいな。

善川  こんどまた土佐の青年達や、有志の募金で新しく建て替えたんですわ……あんたの写真みていると当時は近眼だったんじゃないかな、小さい字は見にくそうにみえるが。

龍馬  そうだな、俺は眼鏡は嫌いじゃったからな。

善川  しかしまあ高知の人は皆あんたを尊敬して、ああして立派な銅像を建てているが、あんたをやっぱり土佐っ子の誇りとしていますな。

龍馬  まあそうだな、まああんたとこも偉人が出たからいいじゃないか。

善川  誰れが。

龍馬  あんたもそうだし、皆そうだからいいじゃないか。偉人だ、偉人的坊さんだ。立派な坊さん出たもんだハハ……、そりゃまた石碑も建てにゃ、銅像も建てにゃいかんがな。

言っとくが、俺が見た限りちょっと辛気臭いんじゃないか、抹香臭いような気がするぞ、あんまり真剣に人生人生と言うな、人生如何にあるべきか、なんて辛気臭いような、そうよりはな、そんな風にあれこれと自分を縛ってね、ああしちゃあいかんこうしちゃあいかんなどと思っているよりはね、俺の言った考えの出っ張りをつくれ、出っ張りの大きなのを造れ、悪いことやってもええじゃないか、失敗してもええんじゃないか、もっとええこと、もっと大きいことやれ。なあもっと大きな出っ張りを作るんじゃ、そうすりゃその方がいいんだ。ただしだ、自由にやっていいと言ったって人殺しを自由にやっていいと俺は言っとれへんぞ、それだけは言っておくぞ。


10.今の日本人はどれもコセコセ蟻ん子みたいにしとるわ


善川  それが今日本では流行っているんだけど、自由をはき違えて好き放題やっているんだけど。

龍馬  まあ俺が見て、今日本に一億以上の人間が住んでいるんだけど、まあどれもコセコセしとるはのう。もう蟻ん子みたいにもうガシャガシャ、ガシャガシャ朝から歩いとる。これどなんぞならんかな、もうどないかしてやりたいと思うよ。もう本当にね――、人の意見というのは気になるんだな、どうも他の人間がこうしているから自分はこうしたいと、こういうのが多いわけだ。他の人間が偉くなっていると自分も偉くなりたいと、いい学校へ行っていたら自分も行きたい。いい会社へ行っていたら自分も行きたいと、皆他人が規準だ。自分が基準の人なんか居やしない。みんな隣の人はどうか、友達はどうか、親戚はどうか、こんな人ばっかりだ。馬鹿みたいに車に乗って走り廻って自分の車よりあいつの車の方がいいからあんな車が欲しいとか、こんなことばかりを言ってるわけだ。脳足りんが車に乗ったって何んにもなりはしない。な、だから俺は言いたいんだ。ね、自分を物差にせえ!一億人がな自分を、自分自身を物差にしたなら一億の物差が出来るんじゃ、この方が面白いぜ、一つの物差でみな動いとるじゃないか、一億人が皆一つの物差で動いとるじゃないか、こんなの面白くも何もない。一億人が一億人の物差を持って動いたらだなあ、これゃ面白いぜえ、えっ、大学の教授より、ラーメン屋の方が偉いかも知らんと、そうだぜ、ヒッピーの方がな、坊さんより偉いかもわからんぞ、そんなのいいじゃないか。まあ言いたいのはそんなことだな、各人が自分の物差で生きろということだな。人の物差気にするなというこった。人の物差気にしているから、いろんなみんな困っているわけだ。苦しんでいるわけだ。あんたらだってそうだ、人の物差で考えとるからいろいろ悩みがあるんだろうが、あんただって悩んでいるはずだ、そうだろう。あんたは自分の物差で自分を計ればええんだ。そうしたなら人のことなど気にもならんのだ。

まあ今後の教育、日本の教育というものを考えてみるならばだなあ、一番欠けているのはそういった何んというかな自由奔放な人間というかな、天衣無縫の人間というか、そういう人間はできないな、今のままじゃあ。だから個性を、本当に伸び伸びと、生かしたいもんだ。そういう教育をして欲しいな、勉強したくない奴はもうせなくていいし、そんなのさせようとするからいかんのだ――。


11.二十代で社長、三十代で専務、五十代で平になってもいい


龍馬  また社会に出てもそうだな、もう一年上だともう神様みたいに威張っちゃって、下はペコペコ頭を下げる。おせじは言うは、ゴマは擦る。上の引きがなきゃ偉くなれないと、こんな世の中じゃ駄目だ。若くしても偉い人間は偉い。二十代だって社長やれる人間なら社長やらしたらいいんだ。そうだろう。二十五歳で社長やらして、三十六歳が専務で、五十歳が平だっていいじゃないか、ばりばりやれる人にやらしたらいいじゃないか。二十代が社長の方がいいかもわからんよ、昔お城だってそれでいったんだから、うまく、若い藩主を家老たちが守ってそれでうまくいったんだから。同じようなことできるはずだ。

今見てみろ、会社で一番年取っている人が社長やっている。どこだってそうだ。例外がないじゃないか。全然、こんなの間違っているよ、まあ年取ってね、地位が増さって経験を得て、いろんなこと知っている人居るよ、判断正しくできる人居るよ、年寄ってもね、けどね、それはすべてじゃない。一部はそういうことだけど、すべてじゃない。けどな、今のあなた方の会社なんかを見てみろ、年寄が一番じゃないか、皆な間違っているよ、年寄が何割か一番でもいいよ、トップでもいいが若い人がトップでないじゃないか全然に、おかしいと思うよ俺は、二十代三十代トップに当てたってもいいんだ。俺達の時代考えてみろよ、明治維新を動かしたのはほとんど二十代だぜ――、二十代の若者が天下国家を論じたのだ。江戸城の開け渡しとか、あんなのやったのはみんな二十代だよ、やったのは、で、また当時の時代でそうした人達でも実力さえあればね、国を動かすようなこと許される風潮があったということだ。

俺はなあ、まあ千葉道場で師範代やっていたけど二十四位の時には、もう千葉に、千葉道場に龍馬ありと、天下に言われとったわけだ。まあやったことは捧振りだけどな、まあ棒振りだけどもそれでも、坂本龍馬ありと、言われとったわけだ。だから捧振りがうまいということだけだぞ、たかだかな。けれども、゛あすこに龍馬が行く゛と、龍馬が歩いとると、人びとが振返る我れであったわけだ。そんな世の中、まあ棒振りが偉いわけじゃないけど、棒振りでもできたらだなあ、一角(かど)の人物として認められるような世の中であったわけだ。そういう時代だ。じゃあ六十代、七十代で尊敬されたかというとそんなことないよ、棒振りが落ちるからな、そういうことだろう。そりゃ今、棒振りの話をしているけどもな、世の中でもそうだ、企業でも何んで若いもんが一番下なんだ。どうして大学出たばかりの二十三、四の人間がペコペコどうしてしているんだ。ね、中にゃお茶汲みみたいなことやらされているのもいるらしいじゃないか、おかしいと思うぜ、やつらの情熱をもっと吸い上げにゃいかん。年取ったら温和しくね、補佐役やっとりゃいいんじゃ。若いもんにどんどんやらしたらいい、そいった世の中作らんと今の日本は間違っとる。こんなんじゃあかん。年寄がトップになるのはな、年寄の社長は三割以内にせいと言え、後の七割は世代交替じゃ。三割は年寄でいいわ、しかし残りの七割はもう二十代三十代じゃ。それがもうトップになるようにせい。社長はもう二十代、三十代だ。そうすると新しい社会が出来てくるんだ、そういうふうにやらにゃあかん。

それで二十代三十代でね、会社の社長になれると思やあ若い時の意気込みが違うよ、学生時代の勉強も違うよ、大学時代に一生懸命勉強すると、俺は後もう数年したら社長になるかもわからんと思やあな、もうどんなことがあったって夜も寝ずにでも勉強するよ、ところがだな、社会に出たら、わしや後四十年経ったら社長になれるなんて思っていたらな、酒と女にうつつを抜かすのは当然だ。勉強なんかしやせんよ、そんなもんだ。


12.年寄を追放せい!年寄には年寄の生き方がある


龍馬  ええか、明治の国造りていうのは二十代の青年によって出来たんだ。それを思えばな、企業の中で企業を牛耳ることぐらいなことは若いもんで出来るんだ。そんなことは当然のことだ、それの足りない部分は専門家で補佐すればいいんだな、それが居なけりや参謀みたいなのを雇って来りゃいい、そういうふうにしてやれるんだ。だから年寄をもっと追放せい!年寄は年寄なりの生き方がある。若いもんにどんどんやらせなさい。

これはもう企業だけでない、役所だってそうだ。年寄が一番偉くなるような時期じゃねえや、このような天下国家分れ目の時だ。時代が変っていく時、世界の中の日本がどうなるかというような時はな、七十歳、八十歳の人が大臣やっているような時じゃないんだ。そうだろう、六十代五十代で政治家若いなんていわれているんだろう。間違っとるよ、こんなの、三十代で大臣どんどん出しなさい三十代でな、二十五歳ぐらいで一人ぐらい大臣居たっていいよ国の大臣の中にね、文部大臣なんか二十八歳ぐらいで置けばいいんだよ。面白いよ、自分が学んできた直ぐだ、戦前の教育受けたような人間、文部大臣やったって仕様がないじゃないか。大蔵大臣なんて若いの使えばいいんだ、三十ぐらいで、こういったことどんどんやりなさいよ。そうすりゃ世の中変ってくるよ。六十代七十代のお化けみたいな人がだな、世の中牛耳っとったんではいかんのだ。ああいう戦前の教育だけ受けた人間がやったのではいかんのだ。若い人がどんどんやりゃいいんだ。で、やってだなあ、二十代三十代でやりたいことはやってだな、四十代以降はマイホーム・パパでいいんだ。後はもう趣味で生きれりゃいいんだよ。四十、五十になりゃな絵描いててもいいし、本書いててもいいしな、詩書いていいんだ。旅行しとればいいや、若いうちになエネルギーを燃焼さすわけだ。青春のうちにだな、やりたい天下国家のことやればいいのだ。で年取ったら若い者に道譲って、それぞれ生甲斐を見出してだな、いけばいいんだ。

そういうふうにな、これからの世の中というものは、国にしても企業にしても、若い者がその全精力をかけてだな、牛耳れるような世の中にならにゃいかん。そして次の世代に譲ったらな、年取った人は学問をやるなり、芸術をやるなりして自分自身を磨いて行きゃいいんだ。そうだろう。年取った人がそんなバイタリティのある仕事をするなというのだ。七十にもなって社長なんかやるなというんだ、そんなんじゃ組織が活性化などするわけないだろう。組織の活性化など言っているけど、ありゃ間違っているよ、まあそういうことだ。世の中ひっくり返さにゃいかんぞよ――。


13.学歴社会破るには違う物差持って来い


善川  今の社会は学歴社会であって、しかもそれぞれの閥があって世の中縦割にして括っていますね。

龍馬  学歴社会、社会というけどな、まあそれがあるということはな、結局学歴を認めるような実力の差があるということだ。だから学歴なんていうものはな、それを打ち破って行くだけの自分でなきゃいかんわけだ。物差が一つだから、一つの物差で計りゃ学歴の高い人間が優れてくるんだ。こりゃやむを得ないよ実際そうなんだから、これでないというなら違う物差を持って来いというんだ。みんなが同じ物差で計っとるからそうなっているわけだ。違う物差を持って来なさいと、それ出してくるだけの自信がないわけだ。学歴社会を批判している人間にしてもだな、結局同じ物差で考えているわけだ。全然違う物差持って来たならだな、こんなものはどうでもいいわけだ。まあ試験成績がいいだけで人の上に立てるわけないだろう。こんなの常識だよ、考えてもごらんなさいや、常識だよあなた。英語がたまたまできたとか。数学ができるとかだなあ、社会ができるとかだなあ、こんなことが出来たからといって人の上に立てるかといえば立てるわけないんだよ。これはまあ一つの方法だな、便法にしか過ぎんのだ。こんなのはな、騙しているよ人間をな、そんなもんじゃないんだ。やっぱり指導者てのは指導者の゛器(うつわ)゛というものがあるんだよ。それを計るものが分らなくなっているから今やっているだけでね、まあ試行錯誤だね、これも……

まあちょっと百年前になりや、俺達みたいに剣がたつぐらいで人の上に立ったんだから、人のことは言えんがな、同じこった。今の時代にだなあ、腕がたち、剣が使える人間が社長になり大臣になるといわれたらこりゃ困るだろう。あんたら可能性ないだろう、はっきりな、だからそれよりまあちょっとましかいと思うけどな、まあただ、まあ余りいい規準でもないということだな。

善川  そういえば勝さんも当時かなり剣の達人だったそうですね。

龍馬  そうだね勝さんもだったし、まあ桂小五郎だって達人だな、だから面白いんだけどもあの時代造った人達はな、今の時代で例えば英語ができるとか、数学ができるという武器の代りにだな、腕が立つという武器を持っていたわけだ。まあ世の中に立っていくためには何か武器がいるわけだ。今腕が立ったってね、何もなりゃしないよ、まあ警察官か体育の先生ぐらいだな。剣道四段、五段になりゃあ警察官に雇ってくれるよ……。

まあ全体に日本人は、コセコセしとるからこれをぶち破っていく必要あると思うな。


14.俺は今度生まれ変りゃポリネシアだ


善川  ところでどうですか、いい政治家出て来そうですか――。

龍馬  まあどうかな、出てはくるかも知らんがな、まあ百年前に俺達いっぱい出てきたからさ、そうすうすう出て来る必要もないし、やがては出ると思うけど、今は政治よりもっと他のものを求められている時代ではないかな。むしろ優れている人は科学者の中に出たりね、他のものの中に出ているんじゃないかな――。

善川  まあ聖徳太子は今度は偉い政治家を送り込んでくると言っていましたが。

龍馬  そんなこと言うよりゃ、自分が出りゃいいんじゃないか、それを言うなら自分が出りゃいいと思うよ、自分が。

善川  そして政治を一新さすと言われていましたが。

龍馬  もうちょっと革命人のような者一杯出さにゃいかんな、この世の中のいろんな障害取り払ってもっと自由な国造りやらにゃいかんな――。それとまあ人間が多過ぎるわ、わしゃまあ戦争は好きじゃないがなあ、まあどっちかといえばわしゃ鳩派だよ。平和は好きなんだけど、まあ人口多過ぎるんじゃないかな、まあ三千万、四千万居りゃ十分だよ、一億人以上がこんなところに犇(ひしめ)いているからいろんなことが起きるわけだ。ちょっと少なくていいよ、もっとよその国に行くなりなんなりすりゃいいんだよ。南の島いっぱい土地があるじゃないか。頭が弱くて文明国向きでない連中は南の島へ行きゃいいんだよ。

善川  そちらの方から聴いたんですが、どうも最近地上が便利になって住み心地がよさそうだからって、皆こぞって出て来たいらしいからこちらの人口が増える一方になっているようですね。

龍馬  まあそういうこったわな、いま俺みたいな頭の悪い親玉が出て来たらだな、もう引連れてポリネシアかどっかへ行ってだな、そこの島で住めばいいんだよ。それこそ何処かの島へ行って相撲でも広めりゃいいんだ。どいつもこいつも住みたがるからいかん。広い国へ行きゃいいんだ。今度生まれ変る時は、南の島のだな、楽園にでも生れて美女に囲まれて、フラダンスでもやりたいな、ハハ……