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目次












 12.総括雑感




11.わたしの女性観について


善川  ついでにと言っては申し訳ないんですが、現代の女性に対し何かご意見ございますか。

 まあ女性もずい分強くなったよね、まあ開けてきたしさ、男駄目になるんじゃないかこのままじゃ、やられちゃうよ。世の中大分女性にとって代わられるし、職場進出も多いし、まあ母ちゃんに離婚されとったりさ、これアメリカの影響らしいけどこれはよくないぜ。気をつけないとね、日本の男性これ駄目だな、女性ってのはね、まあ女性の方々には叱られるかも知れないけれども、まあやはりね、元々造りが違うんだよ、女性はね、やっぱり受け身に造られて、男は能動的に造られているんだよ、女性が社会に出るとかね、職場進出とか、こういうことはもう女性でなくなって来ているんだよな。はっきり言って、魂が転換したくなって来ているんだよ、活動的な魂になろうとしているんだよ。これ本来の女性じゃないよね、俺そう思うんだ。逆にいえば男が男の働き場がないのかも知れないけれどね、まあ今の女性に対しては俺はあんまりいい感じ持っていないな。

善川  やはり女性として生まれて今度再生する場合にも女性として出てくるのが原則ですか……。

 原則としてそのようだ。そうだね、よくないね今の女性として生まれているのは、ちょっとやはりいかれているのが多いんじゃないかな。というのもね、時代が時代で進んで来たし、そういった武力がものいう時代じゃないだろう。こういった時代だからね、女性の魂の中でもいま生まれたいというのは一杯居るんだけれども、その中にも自己顕示欲の強いのが中心になって生まれて来ているんだよ。今の時代にね、自己顕示欲の強いのがね。女性というのはもともと自己顕示欲、まあ美しくなりたいという自己顕示欲があるけど、それが社会的にも認められたいというように週刊誌の表紙絵や中でもいろんな肢体をとって写しているんだ、だから今女性の地獄へ堕ちるの増えているよ。わしはそう思うよ。まあ自己顕示欲の強いのが多いな。


12.総括雑感


善川  科学者について何かご感想を。

 まあこれは俺の立場では何も言えんな。まあ確っかりやってくれと言うしかないな。

善川  いや科学者というのは殆どが唯物論者とみられていますが。

 そうでもないんだよ、まあ俺達の世界でも、まあ同じ場所には住んで居ないんだけどね、本物の科学者っていうのは唯物論者ではないね、やはり神様の存在信じているよ。

善川  宗教者が最近多く出ているのですが、この傾向について。

 宗教てのが、今もうレッテルみたいになって、マイナスなんだよな。宗教やっているなんていうと怪しいなんて言われているし、実際まあ新興宗教の中には怪しいのが多いからな、困ったもんだな、これもどうしようもないな。もうこれこそ自然淘汰が必要だな。どうしようもないね、もう、でもいろんなものがあって、その中から真実のものが出るってこともあるんだけれども、魂狂わせるようなのが多いねえ、どうにかならんのかね――。

やはりこの地上に住んでいる人の心が曇っているんだなあ。もう少しね、俺達と直接に話が出来るような人が多いとね、世の中変るんだけど、それがむっかしくなったんだな。しようがねえな……。

善川  以上の総括のことばと、最後に私たちに対するアドバイスをお願いします。

 まあ全般的なこととしちゃあ日本の国にもっと頑張って欲しいね。これからの世界のリーダー役としての使命を果たして貰いたいということだな――。

それとあなた方に対しては、まあ立派な方々が指導しているから俺がどうこう言うことはないや。まあしっかりやりなさいや、それと余り悩まんことだな。それと俺がさっき言ったことだけど、まあ人生には周期があるから、日が当らない時にでもじっと我慢して日が当たるのを待つということだね。それが大事だと思うよ。

善川  松陰先生の先程のお訓えはかなり厳しいものがあったのですが、この精神力の行住座臥持続するということになるとかなり強固な根性を持たねばならんと思いますが。

 けどまあ俺に見習うよりは松陰先生に見習う方が間違いないね、俺みたいな生き方というものは、一歩間違やさ、そこらの八っあん、熊さんみたいになってしまうわけだ。まあ中味が多少あるかないかの違いだな。言わして貰えばだな、多少自慢になるけど、中味が無きゃ、八っあん、熊さんになっちゃうよ。だからまあ俺から言うのもあれだけど、手本とするならやはり松陰先生の方だよな、正論だよあれが、やはりああいうふうに生きるべきだと思うし、目標にすべきだね。ああいった生き方というのはなんというかな生長していくのに限界がないんだ。無限に生長して行けるんだ。ああいう生き方というのは。ところが俺のような生き方というのは必ずしも無限に生長じゃあないわけだ。ある意味ではもう八方破れね、ええこれでいいじゃないかという個性そのものと、いったもんだけどね。

やっぱり人間というのは、自分を高めていくというところに真実の楽しさというか、幸福感というのがあるんじゃないかな、そういう意味じゃあ松陰先生の意見の方がね、私はいいんじゃないかと思うよ。

善川  それと今一つお伺いしますが、皆様方はご自身がお亡くなりになった年齢と同じような年齢感覚で現在もおいでになるのでしょうか。

 いやそれはね。それは自由自在さ、俺なんかそうだね、三十七、八という感じだな、そういう感じでやっているよ。

善川  松陰先生はどういう感じで居られるのでしょう―。

 いや必ずしも若者という感じではないよ。やっぱりそれなりの風格のある感じでいらっしゃるよ。年齢はよく分らないけれども。

善川  亡くなられたのが二十九だったのですがそんな感じでないんですね。

 いやもちっといった感じだね。やっぱり先生らしい雰囲気で四十前後の感じでやっぱりいらっしゃるよ。

善川  坂本龍馬先生は、

 ありゃ若いよ。やっぱり女の子とひゃあひゃあと言えるような感じの自分で居たいんじゃあないか、自分で。

善川  すべての人が自分で居たいような年齢の自分で居られるというわけですね。

 そういうことだ。

善川  ありがとうございました。非常にまあ磊落なお話の中にも真実のこもったお訓えを頂き、私どもが萎縮しない程度に諸説をお説き下さってありがとうございました。厳しい教訓を賜わった直後でございましたのでいささか、緊張しておりましたですけれども、大変人肌の温みというものを感じさせて頂いて、われわれもそういう中にこそはじめてまた松陰先生のような厳しさの教えというものに導かれて行くような気がいたします。本日は突然にお招きし大変失礼申しました。

 じゃあまた、頑張って下さい。

善川  ではまことに有難うございました。

 はい。