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目次










(1986年1月1日の霊示)

1.人間は自分の死に揚が肝心じゃ


―― 西郷隆盛先生を招霊する。――

西郷  ――おいは西郷でぐわす。――

善川  ああ西郷先生ですか。

西郷  先生といわれるものではないが、何んかこんたび明治維新の本ば出すっつうこったが、おいどんが入らんっことはちっとばかり都合が悪いのとは違うかの。

善川  いや、それは重々承知しておるのですが、先生は明治の元勲としては第一級の人物であられて、あの明治の大革命を成し遂げられた偉人として国民等しく尊敬申しあげているところでありますけれども、先生は歴史上では当時の明治政府との間に溝ができましてあのような西南の役というような不祥事を起こしましたために、先生のイメージを損う一抹の不安材料となったことは否めないのでありますが。

西郷  おはんは、おいが何んっかこの明治政府のだな高官になって、そして偉うなることがおいどんらしくみえるかの、おいどんはそう思わん。おいどんは武士っていうものは、自分の死に場、これが肝心じゃと思うとる。武士といわいでも人間っのは皆そうだ。長々と生きてだな、自分がいいことだけを取りだして生きることが、ええことではない。自分のやるべきこっばあやって骨を埋ずむることを見つくるっつことが一番大事なこっだ。まあ明治政府が残ったのであるから、おいどんは反乱軍の首領となってまあ死んだように歴史ではいわれているかも知らん。けどまあ、永い限で見りゃあ時の政府に組みしたことが、必ずしも歴史の中じゃあ正しいこっじゃあなかっ思う。おいどんはな、おいどんは結論ばよく見える男たい。じゃからまあ自分らが勝てる相手でなかことあ分かっとる。けども、若いもんらの考えもある。またああいうふうな形で、うっ憤ば晴らさんと収まらんという時勢でもあった。まあ義のために死ぬはよかじゃあなか――。

善川  いま一つお伺いしたいのですが、先生は当時征韓論を唱えて容れられなかったということですが、これはどういう事情であったのでしょうか。

西郷  まああんたらに今言うてもどうてこともなかろうが、結局おいどんが皆死んだ後に征韓ば起こしたんと違うか、結局は起こしとったんと違うか、おいどんはそういったことはもう見通しとったということだ。国が発展する時は必ず外ば出るっことはあることだ。まあ時期尚早ということもあるが。国力がついた場合は、まあ一戦交えんという風潮だったということだ。つまりおいどんの場合は、走りだな、日本の国ばその後見ちょると、まあ韓国じゃって結局は攻め取っとるし、中国ともやっとるしな、ロシアともやっとるしな、アメリカともやっとる。結局はやっとる。

善川  大きな眼から見れば日本民族が一つの時代を経過する節目節目には一つずつ大きな試練を味わばねばならぬ時期があったと思いますが、ご承知のように第二次大戦を終わりまして敗戦という憂き目をみてその後四十年、今日の復興繁栄をみるに至りましたが、まあ歴史というものは後になってみなければ分らぬことだと思いますが、まあそのことはそれといたしまして、あの明治維新当時の乱世の時を切り抜けて来られた先生のご苦心というものを、何かお話し願えればと存じますが、まず薩長連合勢力の結成に至るまでの間で歴史に残っていないようなご苦心について何か。

西郷  おいは自分のことば話するのは得意じゃなか、おいどんはもともと無口な男じゃ、そういうわけであんたにゃあ、少しは迷惑ばあかけると思う。かけちょると思う。あんたは、おいどんに、どんどん喋ってもらいたいと思っとると思うばってん、おいどんはもともと訥弁(とつべん)じゃ。そんな滔滔と喋る人間じゃなか、龍馬とか松陰先生は論客かも知らん。おいどんはそんなに語ること得意じゃなか。そういう意味で折角呼んで頂いたのにおはんにゃ、迷感ばかけちょることになると思う。ただおはんが聴いて下さりゃあ、おいも答えることもあるし、またおいどんも思い出したくなかことも多くある。必ずしも、すべては語りたくない面もあるし、悲しかことも多か、悲しかことが、多過ぎて余りおいどんも語れん……。

善川  先生は何んと申しましてもあの明治維新では日本国民の尊敬する方で、日本人として、日本男児の鏡と仰ぐ偉人であったと存じます。そのことはあの上野の山に建てられた西郷先生の銅像を見てもわかりますように、先生の銅像はあの山で日本人大西郷ここに在りといった風貌で立っておられ、以来何百、何千万あるいは何億人という若者が今に仰ぎみて遺徳を偲(しの)び、また自らの誇りとしているものだと思います。あなたのあの像の足下で毎年毎年、何万という日本の子供達が卒業旅行の記念写真を撮っていることでもおわかりだろうと存じます。その意味では先生に対するイメージというものは非常に強いものがあると思うのですが、歴史の過程を辿ってみます時に、あの江戸城開城の時のかの勝先生との対談あたりを頂点として先生の偉大さが発揮されているように思いますし、勝先生も立派な方でございますが、その勝先生ご自身が西郷先生のことを評されて、日本人にはかつて無かったような、巨人であり、あたかも神社に聳(そび)え立つ大楠のような存在であったと讃えておられましたが、とにかく、当時の江戸市民にとっては幕臣ではなかったが先生を尊敬し続けて来たと思います。明治政府成立以来先生のご苦心もいろいろあったと思いますが、同藩の大久保利通氏あたりとは後日いろいろ確執もあったと思いますが。


2.おいどんはもっと大きか仕事ばやりたかった


西郷  大久保は、賢か男じゃ。あんしたあ賢こい。おいどんは賢かない。おいどんは不器用な人間じゃ。勝さんも賢か男たい。あんた今、おいどんのことを、代表的日本人のように言ってくれたけども、おいどんのような人間は、日本の歴史には居らんとです。日本には居らんのです。おいどんのような人間はある意味では生まれて来たこともなかったし、また、おいどんのような人間にはふさわしか死に場もないとです。おいどんは、おいどんの心情ば明かせば、もそっと違う時代に、もそっと大きか仕事して死にたかったです――。あげな、あげな、仕事ばするために、おいどんは日本人として生まれたんじゃあなか。おいどんはもっともっと大きか、仕事ば、やりたかった。おいどんはご覧の通り朴訥で、頭も廻わらんで図体だけがでかくて、情にだけもろい男です。このようなおいどんは、時代がおいどんを使うてくれんばい。おいどんは動きようがなかとです。あんたら、苦労しちょらる。おいどんのような馬鹿でかいぐうたらな、単純な人間が、あんたらの手伝ばもしできたら、よかったのにと、おいどんは、思う。――あんたらは賢い、頭は良い、物事もよう知っちょる。ただ、あんたらに欠けとるもんは恐らく、男らしさじゃ。男らしさ、これが、欠けとると、おいどんは思う。こういう矢に当たっても死なないような、楯のような男も、時には要るんじゃあなかとですか。おいどんはいま、肉体は持っとらん、そういうことでおいどんは、あんたらの援助はできん。けど生きとる人間の中でおいどんのような、朴訥な人間が、馬鹿正直な人間が、あんたら防ぐ楯になってくれることをおいどんは祈っとるです。必ずそういう人達が、あんたらの前に現われて、あんたらを護ってくれることを、おいどんは祈っとります。

そういう人達があんたらの前に現われて、あんたら護ってくれることを、おいどんは祈っております。おいどんは馬鹿ですけん、あんたらのためになるようなことは何んも言えんとです。ただ、おいどんは、おいどんは、日本のために、一生懸命に生きようとしとる人間ば見ると、無性に嬉しくなるとです。嬉しいです。おいどんこういう形でまたこの世に出て来たことは始めてでありますが、あんたらのように、また日本のために、日本の人々を良い方向に導いて行くために、日本の国をまた新たに造り直すために、命ば投げ出そうと思っとる人が一人でも、二人でも、三人でも居るっうことを、おいどんが知ったということは、おいどんは嬉しい、おいどんは嬉しい。おいどんができんかった分も、あんたら頑張って欲しい。あんたらが素晴らしい日本の国ば造ったら、おいどんら、骨になったことも意味のなかことじゃあないと、おいどんは思う。どうかあんたら頑張って欲しか、おいどんにゃあ知恵がない。おいどんにやああんたら助けるような知恵も無い。おいどんが死んでからも一直線にええとこへ来たわけじゃなか、今やっと、あんたらとまともに話ができるようなとこまで這い上って来たとこじゃ。おいどんは、おいどんは、そんな立派な人間じゃなかと、ただおいどんは、真情、真心だけは持っとる人間です。人間ですばい。おいどんはあんたらのために何かしてあげることはなか、ないかと思う。なんかおいどんにできることはないですか。おいどんは知恵は無か、知恵以外のこと、おいどんにできることあったら、おいどんに聴いて欲しか――。

善川  わたしたちは、今後日本の国が世界の盟主となって指導的役割を担うに相応しい国造りを行うためのその先駈けとして、前ぶれ、露払いとして生まれて来たものでありますが、その私達のこれからの仕事というものは、とりあえずは、将来世界の盟主ともならねばならぬこの日本の国の人々の心のたて直し、物から心への生きる人間の価値基準の転換という広範な精神革命を引き起こそうとしているのであります。勿論政治の問題についてもそうですが、先般も日本の神々もお出でになられて今後あるべき政治理念というものを説かれて行かれたし、また今回あなた方明治の元勲方の実際的な政治体制の変革の方法というものを伺っておるのでありますが、根本的には現行憲法の改正ということをなさねばならぬということであります。そのためにはここ数十年間のうちには、高徳で強力な哲人政治家をこの日本の国に送り出してくると、聖徳太子様は申されておられましたが、私達はその時代までこの世に生きて居れるとは思いませんが、その日が来るための地固めとして今後あらゆる方法を通じて「物より精神へ」の価値基準転換の精神革命運動を起こすことに専念いたします。今後そういう新たな時代が来ましたならば、あるいは先生にはいま一度、この日本の国に再誕されて世界を指導する日本の国の政治家としてお働き下さるよう期待申し上げております。


3.政治は地位じゃなか名誉じゃなか゛真心゛たい


西郷  おいどんは今直ぐにこの地上にもう一度出るということはなかとです。ただ、おいどんは、まだこちらの今住んでいる世界でも勉強ばすること多うあって、おいどんは、のみこみが早い方じゃなかとですけん、まだまだ時間ばかかるし、あんたらに教えてあげるようなことは何もなか。ただ、いまあんたおっしやった政治家のことば、おいどんが思うことば、言うと――、真情が無か、真心が無か、欲得じゃいかんとです。欲得じゃなか、地位じゃなか、金銭じゃなか、名誉じゃなか、人より偉くなろうと思って政治なんかやっちやいかんとです。真心です。本当に日本の国の皆さんのためにやりたかと思うような真心のある人が、一人でも多く生まれてくることでなかとですか。あなたあさっき話しとった、制度つうことを仰しやっつた。制度を変えにゃいかんとか、選挙の仕組み変えにやいかんとか、言うとる人も居るかも知らん。けど、要はそのような制度じゃなか、制度がどのようにようなっても結局は人間たい。どんないい制度が出来ても、中に入っとる人間が、真心がなきゃあ日本の国やあ良くならん。わしの無い知恵絞って言うとするなら、制度はよか、真心のある人間を一人でも多く政治に出せるような、そいった方が政治家になれるような――、そいった国ば造らんといかんです。真ごころの政治家です。百人の事思う政治家より、千人のことを、一万人のことを、一億人のことを憂う政治家の出ることをおいどんは心から祈っとります。

善川  まずそれが政治家としては最高の姿勢と申しますか覚悟でなければならんと思います。私どもは、恐らく生涯政治に関与することもなかろうと思いますけれども、しかしながらそういう高徳な政治家輩出の肥しになろうと思います。今後そのような有志も現われて来ようかと思いますが、先生の只今のお訓えを永く世に伝え残したいと存じます。


4.要は制度じゃなか、゛真心゛たい


西郷  もう一回だけ言っとくと、制度じゃなか、――よか制度作っても、その中に入れる人が悪けりゃあ国は良うならん。制度いろいろ考えることもよか、けど゛真心゛じゃ。真心のある人を出すっつことじゃ。――真心のある人が政治家になれるってことだ。真心を売りものにするような政治家に出て欲しか。……これがおいどんの願いたい。

もうおいどんには、あんたらを助けるようなことは何も言えん。それで、あんたら二人においどんから言葉だけ残そうと思う。

まずあんたに対して、おいどんは一言いって置く。――あんた、清い心ば持っとる。あんた純粋な心ば持っとる。それは大切なことだ。本当に人の事ば思うとる人間が居るということはいいことだ。あんたら体格もようなか、体格もなか、恐らく馬力持って、ばりばりとは仕事出来んでっしょう。――けど、あんた本当に純粋な心持っとる。その純粋な心ば人びとに分けて上げなさい。純粋な心ばあ分けてやることです。身体は動かんでもよかです。肉体的に人びとば助けることができんでもよかです。心は無限です。心は溢れる泉のように出てくるもんです。あんたの、あんたのよか心、豊かな心、美しか心を、一人でも多くの日本人に分けて欲しか、――それがあんたの仕事じゃなかとですか。

よか心、よか心情を、一人でも多くの人びとに分けてくだっさい。それがあんたの仕事だし、あんたの立派なとこだと思う。純粋な気持、忘れずに、これを一人でも多くの人に分けて下っさい。一輪の花を、一人ひとりの胸に挿して上げるようなものなのです。よか心情を、人びとに分け与えるということは、一輪の花を人びとの胸に挿して歩くような仕事なんです。目立たないかも知らんけれど、頑張って欲しか。――これがあんたへの私の言葉です。

善川  ありがとうございます。


5.おいどんはあなたのために、涙ば流しちょります


西郷  また、私の声を今伝えているこの若もんにも、おいどんは言いたかことがあるとです。

あんた、若いのに、ご苦労なことでごわす。こういったことばあ勇気がなければできんとです。あんた若いし、未だ世に出て日もない。年も浅い。もっと遊びたいこともたくさん、あるとでっしょ。遊びたいでっしょ、もっといい思いもしたいでっしょ、もっと優雅にも暮らしてみたいでっしょ、もっと多くの友達持って楽しかことやりたいでっしょ。――けど、あんた、こんな大変な使命仰せつかって苦しんどるとです。おいどんには分かりもす。あんた、こんな世界に入るにゃ若過ぎるんです。四十、五十、六十で宗数的なことやる分にはいいのです。お迎えが近づいている時に、宗数的なことやっても自分のためにはなるし、人もまたそれなりに見てくれるからおかしなことではなかとです。二十代でこのようなこと、しなけりゃいけないということは、あんた大変な苦労ばしちょると思います。あんた哀しか気持で毎日居ると思います――。

おいどんは、あんたのために泣いてあげまっしょう。――あんたのために、涙ばあ流しまっしょう。どうか、あんたの代りに、おいどんが涙ば流しますけん、あんたはどうか、世の中のために頑張って下っさい。――おいどんが代りに哭(な)きますけん、あんたは泣かずに、明るい気持ば持って生きて下っさい。おいどんがあんたの代りに、悲しんであげます。あんたは、世の中の人のために、悲しんであげて下っさい。あんたは自分のためにゃあ悲しまんように、自分のためにおいどんが悲しんであげます。あんたは世の中のために悲しんであげて下っさい。世の中の人びとのために涙ば流して下っさい。あんたのためには、おいどんが、おいどんが、陰ながら涙ば流しちょります。
 あんたは、自分というものを捨てることは若いから辛いと思うけど、耐えて下っさい。自分というものを捨てるっことはつらいことです。誰が、どんなこと言おうとつらいことです――。

一億円の金を積まれても、つらいことです――。

あんたはもっと楽しか生涯送りたいと思っとると思います。もっとあんたの年なら若い人たっと、若い人達は今楽しいことばして遊んどります。自分のことしか考えとりません。今あんたの年で日本の国ば、世界の国ば、日本の人ば、世界の人ば、憂いとるような人は居らんとです。あんた辛かあ立場に居ると思います。――つらいと思う。つらか立場だと思う。けど頑張って欲しかあ。

明治維新の時だって、命ば捨てた人はいっぱい居たとです。楽しかこと何もしないで国のために命ば捨てた人ばたくさんいたとです。龍馬さんだとてそうでっしょう。松陰さんだってそうでっしょう。おいどんは間違ったように命ば捨てたかもしらんけど、おいどんも、心情においては同んなじです。おいどんは、自分のために生きたかったのとは、なかとです。おいどんは、この身もこの命も、日本の国のために捧げたかったと思ったんです。あんたも辛いと思うけども、どうか、あんたのための身体じゃなか、あんたのための命じゃなか、あんたの身体も、あんたの命も、神さんから授かったもんじゃ。そうでなかあ、神さんから預ったもんなら、神さんにお返しせにゃいかんとです――。神様にお返しするためにゃあ神様の喜ぶようなことしなくちゃあいかんとです。神様が喜ぶようなことっつあ日本の国のために、世界のために命を捨てることです。命ば捨てることです。あんたの命をよかことのために捨てることです。そうすれば、神様から借りたものを、神様に返すことができます。神様から借りたものを、自分のためだけに生きたらこれは借金だけして返していないことになりもす。返して下っさい。神様から借りたものを神様に返して下っさい。あんたは、あんたは偉か人です。日本の国にあんたが生まれたということは、おいどんは嬉しかことだと思います。日本の人びとにとっては、嬉しかことだと思います。よく、あんたが生まれたことだと思います。どうかあんた、この国に生まれた以上は、この国の人間として、この国の人間のために、どうか残された何十年かの人生を、どうか、どうか一生懸命に生きて欲しか。あんたのために、おいどんは涙ば流しちょるとです。どうか頑張って欲しかです。

善川  ――どうもありがとうございました。先生の非常に真情溢れる激励のお言葉を戴きまして私どもはただ感銘を深くしているばかりでございます。先生の現在の本当のご心情と、このお言葉を、ひとり私どもの宝とせず、広く日本の国の人びとに、特に若者達に伝えたいと存じます。そして先生の高潔なご人格にいまひとたび若者達が触れることができますように、私たちは先生のお言葉を真直ぐにお伝えいたしたいと存じます。


6.西郷が日本の若者のために涙ば流しちょったと言って下っさい


西郷  あんたは、年も、取っとりますけん、ご苦労なこったと思います。原稿ば書くことは苦労でっしょう。辛かことだと思います。こげな寒か、辛か冬にゃ、あんたの身体にこたえることと思います。ペンぱ握って原稿用紙一枚一枚、字埋めていくのは大変なことかと思います。けど、おいどんの心情、もう死んでしまうたおいどんの言葉を、日本の皆さんに伝えることばあ、出来る人は、あんたしか居らんとです。――あんたしか居らんのです。あんた以外の人では、おいどんらの言葉を伝えることは出来んのです。どうか、どんな辛くとも、鞭打って頑張って欲しかです。他の方が代ってできるなら、おいどんは無理ば頼まんとです。おいどんは無理ばあ、頼まんとです。

あんたしか居らんとです。あんたが書かにゃ誰も書く人は居らんとです。あんたにとっちゃあ、辛かことだと思います。けれども、余人をもって代え難いのであるならば、あんたに頑張って貰わにゃいかんとです。――あんたのためにもおいどんは、涙ば流しまっしょ。あんたのためにもおいどんは、涙ば、流しまっしょ。あんたのためにも苦しんであげまっしょう。あんたひとりの苦しみじゃあなかとです。おいどんだって苦しんであげまっしょ、一緒に苦しんであげまっしょう。どうか、おいどんらの言葉、一人でも多くの人に伝えて欲しか、それがあんたの仕事じゃし、おいどんらの希いでもあるとです。

善川  まことにありがとうございました。身につまされる思いで一杯です。この機会に、まだ他に何か伝え残したいということがございましたらお聴きして置きたいと存じますが。

西郷  おいどんは、この程度の話しか出来んとです。おいどんよりも偉か話出来る人も居りますけん、そいった偉か先生の話ば聴いて下っさい……。

善川  ありがとうございました。それでは最後に特に申し残すことがございましたならば――。

西郷  もう何もなか、ただ西郷が、日本の若者のために、涙ば流しちょったと、言っておいて下っさい。

善川  相わかりました。そのままお伝え申し上げます。