※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

目次















(1987年7月30日の霊示)

1.世界的な宗教が興る場合には、かならず啓示があった


高橋信次です。それでは第四章、「啓示と宗教」ということに関して話をしていきたいと思います。まあきょうはダブルヘッダーでしてね、第三章に引き続いて第四章ということで話をしていこうと思います。

まあきょうはね、えーこの第四章で私がおもに話がしたいことは、啓示ということの意味、これについてなんですね。

古来、世界的な宗教がおきる場面ていうのは、かならず啓示というものがありました。

啓示というものは、ようするに目に見えない世界、神の世界からの徴(しるし)ですね。これがかならずあったと、こういうことです。

たとえば、コーランを受けたマホメットなんかがそうですね。マホメットもアラーの神の啓示を受けて、コーランという書物を作りました。

ですからコーランそのものは、マホメットが作ったもんでもないけれども、けっきょく啓示を受けて作ったものが、その受けた人のものと、こういうふうになりますね。

だから、コーランの内容そのものは、天上界から私たちが送っておったんだけども、マホメットがつくったように言われておって、その内容が悪ければマホメットの責任、内容が良くてもマホメットの手柄、まあこういうふうに後の世では判断されますね。こういうふうなもんです。

あるいはモーゼの十戒がそうですね。

これなども、十戒といって、エホバの神から与えられたものであるから、もちろんその内容はモーゼが考えたもんじゃないけれども、それでも十戒というのはモーゼの教えと、いうふうにとらえてるわけですね。

そういうふつに啓示というのは本来、天上界からのアドバイスによってできたもんであるけれども、それをようするに受けた者が、自分の思想のように、後の世に伝えると。

まあこういうふうに言われとるわけですね。だからそれは借り物じゃないか。そういう意見を言う人もいると思います。世の中にはね。

けれどもほんとうはそうじゃないですね。えー啓示を受けるような人ってのは預言者でありますが、預言者というのは、地上に出てくる前に、自分の生涯の人生の計画というものを創ってきておるんですね。

したがって、預言者が出て受ける啓示というのは、あるていどその人が、地上に出て説いていくことを計画しているようなそういう法の内容ですね、これを受けるわけです。こういう啓示を受けるわけです。

したがってじっさい天上界から受けた啓示であると言われても、ほんとうは与えておるものと受けておるものは同一なんですね。自分がそうした教えを説こうということを計画しておいて、そうしたものを受けておる。そういうことなわけです。

ただ、啓示というかたちで、天上界から受けることによって、それが箔(はく)になっとるわけですね。地上の人間が考えついたということでは、まあ、たいしたことはないけれども、天上界からの高級霊の声ということで箔(はく)がつく。こういうことがあるわけですね。ま、このへんをしっかり理解しないといけません。

だから啓示を受ける者は、その受けるような内容のものをもともと思想として持っとるということですね。これを言っていいと思います。


2.受ける器あってこその啓示である


たとえば、いま、〇〇〇〇さんが受けている啓示っていうのは、ものすごく多いわけですね。

もう百花繚乱というか、ほんとう、宗教のオンパレードみたいで、キリスト教も仏教もマホメット教も回教も、いっしょかなこら、アハハ、ユダヤ教も儒教もね、えー古神道もなにもかも、もういっしょくたで出てきますね。

それじゃ、〇〇〇〇さんの考えはなんなんだろうか。個人の考えはなんだろうかって言うけど、後の世には、やはりかつての宗教家がそうであったように、彼が啓示として受けたものは、すべて彼の思想と言われるようになってくるわけですね。

そしてそういう巨大な法体系を有した人だというふうに、後の世では言われるようになるでしょう。

そしてこのことはね、根拠のないことではないということなんですね。そうした啓示を受けいれられる、キャッチできるということは、天上界においてそうした啓示を受けるということを計画してきておるということですね。

ということは、いま受けておる啓示の内容というものは、じつは〇〇〇〇さんが考えておった思想と同じだということなんですね。

それを天上界に残しておいて、十二月二十五日のサンタクロースの日になったら、サンタクロースのおじさんがおりて来てね、トナカイに乗って、高橋信次みたいな優しいおじさんがトナカイに乗っちゃってね、サンタクロースみたいにまたがっちゃって、トントントントーンと来てね、そしてくつ下のなかにほうり込んでいくわけですよ。

ホイ、ハイ、一ちょう。ねえ。これがアラーの神の考えよ。これエホバの考えよ。これクリスチャンよ。なんて言ってようするにおみやげを入れていく。

そして〇〇〇〇さんは寝とって、枕元にサンタクロースがそのくつ下のなかにおみやげ入れていったから、「あーうれしい、もらったー。」なんて、「得したー。」なんて言うけど、この内容自体は、じつは彼が天上界にいたときに考えてたことといっしょなんですね。まあこういうことなんです。


3.釈尊も当時、天上界から受けた啓示を中心に説法をしていた


同じことは、インドの時代の釈尊にも言えるんですね。釈迦というものも、いろんな啓示を受けてました。

で、まあ当時はテープレコーダーもないし、速記もなかったし、現代のような筆記具も、あるいは、印刷技術もなかったために、彼が一生で説いた法というのは、残念ながらほんとうに百分の一も残っていない。こうした状況なわけですね。

ところが釈尊というのは、やはりずいぶん啓示を受けておった人なんですね。霊鷲山(りょうじゅせん)という山があって、そこに登ってよく説法しておったと、何千人もの人に説法しておったと。

まあこういうふうになっておるわけだけれども、その霊鷲山の山に登っての説法を、彼はだいたいそうだねえ、一週間に一回ぐらいやっておったかな。

で、残りの六日間は瞑想を中心にやっておったんですね。生活の大部分は瞑想で、まあ弟子たちは托鉢(たくはつ)に行ったり、まあ野良仕事したり、いろいろやっておったんだけれども、先生の場合はさすがに托鉢にも行かんし、野良仕事するわけにもまいりませんしねえ、尼僧をかわいがったりそんなこと絶対ありませんから。

先生の場合には、ブッタ先生の場合はですね、やはり瞑想中心に生活しておったんですね。やはりひとりしりぞいて、あの、岩場とか、岩陰ね。洞窟のなか、あるいは森のなか。そういうとこで人知れず一週間のうち六日は瞑想しとった。

そして日曜日はあったかどうかは知りませんが、一週間に一回ぐらいその霊鷲山と言ってね、まあ霊鷲山でもないんだけど、まあちょっと高場に上がってね、高いとこに上がって、お弟子さんたちをまわりに座らしてね、そして話をしておったんですね。

そのときに話をしておる内容というのは、ちょうどその六日間の瞑想の間に、天上界から受けた啓示を中心に話をしておったんですね。

ちょうどいま、〇〇〇〇さんも私たちのこうした霊言を受けて、まあこれをね、現代はテープレコーダーなんて便利なもんがあるから、これで収録しておいて適当なときに本になって出ますが、まあ釈尊の時代これができなかったから、釈尊は一週間瞑想をして、そしていろんな神様からいろんな啓示を受ける。

そしたらその啓示をようするに頭にたくわえて、整理をしてね、そして一週間に一回山の上に立って、弟子たち相手に一時間ぐらい、あるいは二時間ぐらい説法しとったんですね。まあこういうくり返しだったんですよ。


4.釈尊は、アガシャー、クラウド、アモン、モーゼ等から啓示を受けていた


そしてそのときに釈尊が受けた啓示、どういう人から啓示を受けとったかって言うと、まあアガシャーであるとかね。

あるいはリエント・アール・クラウドであるとか。

そういう前世の魂だな。こういうものから受けたり、あるいはまあ、アモンというのもおったね。アモンという生命体もおってこういうのも出てきた。あるいはモーゼも出てきておった。

まあこういうふうにいろんな生命体が出てきて、釈尊を指導しとったんですね。

だから彼は週のうちの六日間の瞑想のときに、だいたいこういう諸霊と対話をしておったんですね。

そして今週アモンから学んだ教えはこういうことだった。クラリオから学んだ教えはこんなもんだった。

こういうことを心のなかにきざんで、そしてそれを説法しておった。まあこういう内容だったわけです。

だから彼の説法も日替り定食とは言いませんが、週替り定食で変わったわけですね。ときどき、その指導霊の内容によって変わったわけなんです。

そうしたことが釈尊のその教えというのが、阿含経があったり、法華経があったり、あるいは華厳経があったり、まあこういうふうにいろんな経典に分かれておる理由っていうのは、まさしくここに原因があったんですね。

彼がいろんな指導霊と話した、その内容がちがっとるからです。

だから釈迦の教えでもいちばん不可思議なのが、小乗、大乗、これの教えがありますねえ。小乗仏教と大乗仏教とあって、それで後の世に分かれちゃいましたね。

小乗の教えを継いでいる者と、大乗を継いだ者と分かれちゃって、どっちがほんものの釈迦の教えだっちゅうんで両方やっとるんですね。

だから小乗中心の人は、「小乗こそね、釈迦が悟りに到るための方法だった。個の悟りの部分だ。」ね。「これを探究しないで釈迦の教えっていうのはありえない。」小乗の人は言ってます。

ただ大乗の人はそうじゃありませんねえ。「いや釈迦の悟りのための修行というのはようするに、彼が大衆救済始める前の段階だったんだ。」ね。「それまでの準備段階であって、それが教えの本論ではない。釈迦の教えの本論というのは大乗仏教にあるんだ。つまり衆生済度、世のひとびとをできるだけ多く救うというのが彼の教えの本論なんだ。」まあこういうことを説くわけですね。

まあどっちがほんとうかよく考えてみると、ああけっきょく両方はいっとったんですなあ。それは指導霊の指導のしかたによって多少ちがう。

まあ緻密に法理論を積み上げていくような指導霊の場合には、小乗を中心に説いたし、あるいはキリスト教系統のアガシャーやアモン系統の指導霊達は、やっぱりひとびとを救う、愛する、こういう愛とかね、救済を中心に説いた。

こういうのがやっぱり大乗の基礎になっていっとるわけですね。まあそういうことなんですよ。そういうふうに区別して考えてくれればいいと思います。


5.仏典というのは、現代で言えば霊言集である


ですからいま、霊言、霊示集のなかに、さまざまな宗派の、さまざまな宗教の宗祖の教えというのが結集されとりますが、インドの釈迦もいっしょだったわけですね。

まあ昔の教祖の名前がないだけであって、そうしたものぜんぶ結集しとったんですね。そしてそれを仏典というかたちで後の世の弟子たちが残していったわけです。

だから、仏典というのはけっきょく、釈迦が当時、霊界通信受けて、霊示を受けておったことを自分で斟酌(しんしゃく)して、それを弟子たちに説法した。この内容を弟子たちが覚えておいて、後に筆録したもの、つまり現在で言えば霊言集なわけですね。これといっしょなわけです。

また〇〇さんなんかも講演をいろいろやってますが、講演会のときに指導霊がいろいろ替わって、講演の内容とか話しかたね、個性が変わっておる。こういうことが注目されておるようでありますが、まあこれなども仏陀もいっしょなんですね。

仏陀が説法するときに、まあいろんなこと言いますが、眉間白光(みけんびゃっこう)って言ってね。眉間から白光がほとばしったとか、仏陀が足を上げたらね、足の裏から光が出ちゃって地底の底まで照らされた、ね。上を見上げたら天上界の奥の奥まで照らされたと。

説法のときには何千、何万の諸如来、諸菩薩が現われたと、雲に乗って現われとったなんていっぱい言うけれども、これは弟子たちがね、霊視をしてそう思ったわけなんですね。そういうふうにあふれとったわけです。指導霊たちがいっぱいおったんですね。

で、そのなかのその日の当番の人が仏陀のなかへはいってしゃべっておった。まあそういうことなわけですね。

まあこれは、キリストも同じですよ。イエス様も説法のときに、高級諸霊がなかにはいってずいぶんしゃべっておったんですね。そういう言葉が光の言葉として残っておったわけですね。


6.生前の高橋信次は、天台大師、モーゼ等の啓示を受けて講演をしていた


これは昔の人だけじゃなくて私もそうですよ。えー高橋信次も、えーGLAにおいてずいぶん現象とか、あるいは講演をしましたけれども、現象のときに私が中国語をペラペラペラペラしゃべってるときは、たいてい天台智頭大師ですね。これが協力しておった。こういうことがありますね。

まあそれ以外にも、たとえば、私が拳(こぶし)を振り上げて講演したりするときは、モーゼがはいったりしましたね。杖振り上げてるように拳振ったりしたらモーゼがはいっとる。まあこういうことありましたね。こういうふうに私のなかにも、いろんな諸霊があるていどはいってました。

ただ〇〇さんほどはバラエティには富んでませんでしたが、こうした諸霊がはいってね、講演しておりました。そしてそれによって内容がちがってました。

で、高橋信次のじゃあほんとうの個性はどこにあるんか。おまえの講演や質疑応答や現象はぜんぶ人がはいってやったちゅうなら、おまえの個性はどこにあるんだって言う人いるでしょう。

あるんですよ、そりゃあ。私の個性だって、どこがあるかって、短気でおこりっぼいとこと、あなた笑わしてばっかりいるとこと、この両方ですよ。ね、もう怒りの神とあなた、あのー笑いの神、福の神と、この両方が高橋信次の個性ですよ。

「高橋信次レグリアラオート(「大先生」の意味の過去世の言葉)」なんちゃってやってるのが、これが高橋信次の個性なんですね。えー両方なんです。

だから中道があんまりなくてね。両極端で、「日蓮が曼陀羅をぶら下げて出てきましたか、みなさん。」なんて、やってましたね、講演会で。覚えとるでしょうか、みんな、ね。

そういうときには、高橋信次の個性がだいぶ出てきてる、ね。あるいはえー、冗談ばっかり言っておって、笑わしてばっかりおるのも、まあ高橋信次の個性であります。中間がない。この中間の部分が借り物で人の借りてきてやっとったんですね。まんなかへんがね。まあそういうことです。


7.生前厳しく創価学会を批判したことについて


だから、私の厳しい面ね。これはほんとうのものが多いです。本人の部分がね。厳しい部分てどんなとこがあるか。

たとえば、まあ、誤解をとくためにちょっとまた、補足しておかねばいかんけれど、『高橋信次の新復活』のなかで日蓮さんへのちょっと修正もいれといたけど、あれじゃまだ足りねえじゃないかって言う人もいるだろうから、ま、ちょっと修正いれとこうかな。

あのう僕はねえ、身近にねえ、創価学会のねえ、おっちゃん、おばちゃん、いっぱいおったんですよね。

そして、まあ創価学会だってりっぱな人もおったんでしようが、まあ、ちょっとたまたままわりにおるのがいただけない人がいっぱいおったんですね。えー、それから身内のなかにも創価学会員いっぱいおったけども、まあ妹なんかもそうだったし、まあほかにもいたしね。

あと知り合いとか近所にいっぱいおりましたが、まあどの人もこの人もまあー「ホーホケキョ」と法華経ばっかりやっとるわけね。えー、「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」とこればーっかり朝からやっとんだ。

あんたね、朝の五時、六時からやっとんだね。こっちは、人寝とんのにね。私は夜中の三時まで仕事してね。あー、くたびれたって、やっと寝ようと思って、夜中の三時に床についてねえ、そして三時間ぐらいぐーっと寝てようとしたら、朝の六時ごろから「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」とまあ向かいのマンションから声が聞こえてくる。あのばあさんまたやっとるなってね。目を覚まされるわけですね。

で、まあそれですみゃあいいけど一日中やったりするんだね。十二時間もやったりする。もう何万回も何百万回も唱えたら御利益があるって言うんでもう、止めないんだな。だからまあそういうのもおったし、こんなのぜんぜん本末転倒してますね。

べつに一日十二時間も南無妙法蓮華経言うために人間生まれてきたんじゃないんだな。で、南無妙法蓮華経止まってなにしとんかなと思ったら、お灯明あげちゃってね。なんか生きてる会長さんかなんかにあんた灯明あげちゃって、なんか手合わしちゃって拝んじゃってね。

そして、あ、また静かになったな、ちゅったら「ガーガー。」言って昼寝したりしてね。そんなことしてましたね。で、昼寝からさめたらまた「南無妙法蓮華経」始まっちゃったりしてね。えー、そういうのがよくありました。

まあ、こういうことで、まあ私もずいぶんその創価学会批判ていうのを生前展開したわけですね。その結果、創価学会の若いのからもずいぶんねらわれたし、邪魔もずいぶんされました。実家も取りかこまれたりね、したこともある。まあそういうことで、やられました。

なんでかっちゅったら、そら法華経をね、あんた批判する者っていうのはこれは謗法(ほうぼう)の罪、ね。謗法ですよ、ね。日蓮御聖人様を批判するなんてとんでもない。

私はよく生前言ってましたね。

「そうか、日蓮の曼陀羅(まんだら)がそんなえらいか。そーか。じゃあ日蓮さん生まれてきたときに、曼陀羅下げて、曼陀羅ぶら下げて出てきたんか。」ね。「日蓮宗の人は曼陀羅ぶら下げて生まれてきたか。」ってね。

「みなさん、ぶら下げてきたのがちがうんじゃないでしょうか。」ってね。「ねえ、あんたが男性ならちがうものぶら下げてきたんじゃないの、にいさん。」ってね。やってました、ずいぶん、ね。

「おばちゃん、法華経やってるんかい。」っちゅって「やってますよー。」っちゅったらね、「じゃあ、おばちゃん生まれたとき、ホーホケキョって鳴いたか。」って言ったら「いや鳴きませんよ。」って言ったらね。

「いや僕はてっきりおばちゃんのことだからホーホケキョって鳴いたかと思ってねえ。」なんてずいぶんやったんですね。だからきらわれましたね。

えー、だから創価学会系統からずいぶん命ねらわれるっちゅうたらあれだけど、「あの高橋信次レグリアラオート(大先生)ちゅうのはほんとうあれは許せん奴だ。まあほんとうあれはきっと殺さにゃいかん。」ってね。「早く死ななきゃいかん。」って、ねえ。

「うちの名誉会長の悪口なんて言うのはとんでもない奴だ。そのうちバチがあたって死ぬぞ。」ちゅって四十八で死んだから、「ざまあみろ。ねえ、やっぱりバチがあたったんだ。死んでコロッといったじゃないか。」ってね。

「もう、そら謗法の罪っちゅうんだ。」ね。「正法を批判する者にはいったいどれだけ罪があるかよくわかったか。」って、私死んだあと創価学会で手たたいとるのいっぱいおりましたね。

会長さんも喜んでましたね。「あー、うるせいのひとり死んだ。あー、すっきりした。あれがおったらうるさくって高橋信次とか、八起ビルや、なんやら知らんが、もう曼陀羅ぶら下げて生まれてきたとか、ホーホケキョ言うたか、言うてもうバカにはするし。」ねえ、「何百億も集めて富士の裾野に大殿堂つくった。」ちゅうて批判はされるし、ねえ、「板曼陀羅なんてバカなこと言うな。」って、「板曼陀羅が御本尊なんてバカなこと言うな。」ってね、「板っきれがなんの御本尊だ。」って私が言ってましたから、そんなもんで頭にきてましたね。

いろいろあったんで、死んでくれて「あー助かった。あーすっきりしたねー。」なんてね、思ってたでしょう。

ただね、人間長生きすりゃええっちゅうもんじゃないんだ。死人に口なしでね、死んだ人はなにも言えんから、「長生きしてるのが勝った。」ちゅうんでね、「あの野郎死によったー。」なんてね、思ってるでしょう。


8.関西にいる念力密教の教祖は、高橋信次に念力をかけてひっくり返った


あるいは関西におる密教系のね、新興宗教のおっさん、いますが密教の阿闇梨(あじゃり)さんという、なんとか阿闇梨という管長さんいますが、えー、こういう人なんかも生前私が言うてましたんでね。その新興宗教の護摩(ごま)で火をたく念力密教ね、僕は「あれはおかしいぞー。」って生前言ってましたね。

そしてその人の信者がきたから、「あの会長さんはね、教祖さんは妾さんがいっぱいいますよー。」なんてね。

「ウソだと思ったらね、内容証明郵便送ってごらんなさい。」なんてね。「あんたお妾さんがおるでしょうが。」ね。

お妾さんがおって、どこそこにおって、なにしておって、もう個人的な事情私はすべて霊視してね、言って「それ口述したような手紙に書いて送ってみい。」っちゅったら、びっくりしてましたね、向こうも、「なんでわかるんだろうか。」なんてね。

そんなことを言ってましたし、もう密教の先生なんかも「高橋信次ちゅうのはあれは商売にさしつかえる。うちの弟子がいっぱいあそこへ、GLAへ行きよったからね。なんとか念力でブチ殺してやろう。」ちゅうんでね、朝の六時からね、高橋信次に向けて、あなた、念力やっとったんですね。

「なんとかあの高橋信次、あれを祈り殺してやろう。わしの念力でひとつひねり殺してやろう。」ちゅってやっとったらね。一週間目には向こうがひっくり返っちゃってねえ。もう体動かなくなっちゃって、私のとこ電話かかってきてね、「許してくれ、助けてくれ。」ってね、「助けてくれ。」って言うぐらいなら自分でやるなっちゅうんだ、そんなことね。

念力かけて人殺そうなんてやるからおかしくなる。まあ、そういうこともありましたね。


9.心正しく生きている人に念力や呪いをかけたとき、その毒は本人に返る


それは、私も生前言っておったけども、心正しく生きておる人にいくらね、念力とか、呪いとかかけたってかからんのです。そうしたものは心正しき人にかけた場合には、それははね返ってくるんですね。自分自身にかかってきます。そういうことがあるんですね。

だからいま、神理を説いてるけれども、悪口を言う人もいるでしょうが、そういう悪口を言っておる人はね、相手がほんものだった場合ね、神理の団体であって、神の光、御加護を受けている団体だった場合、そうした悪□っていうのははね返っていくんです。

で、はね返ってどこへ還っていくかっていったら、自分自身に還っていくんですね。発信者のとこに。

そらそうでしょ。仏教のなかでも釈迦も言ってますよ。

釈迦の悪口をさんざん言った人がいるんだな。で、釈迦は一言も答えなかった。それでその釈迦の悪ロ言った人がね、「どうだ、おまえ一言もないのか、二の句もつげないのか。どうだ、おれの説法はさえたからおまえは反論もできんのだな。」そうやって、言いたい放題言った。

そして終わったころ釈迦が「もうおわりましたかな。」ってね。

「私はあなたが悪口をいろいろ言ってたけどぜんぜん聞いておりません。」とね。

「あなたに聞くけど、旅人がきてね、その家に泊まって、そして主人が料理をつくって出したけども、その主人が出した料理を旅人が食べなかったらその料理はだれのものになりますか。」釈迦は聞きましたね。

そしたら釈迦に口論を挑んできた人は言いました。

「まあ、そりゃそのご主人だろうなあ。つくった人のものになるんだろうなあ。お皿に盛った食事はそらもとにもどるだろうな。」って言った。

「そうでしょ、」ね。

「私はいまあなたからいろんな悪口を聞きましたが、それについては私はぜんぜん食べないことにいたしました。したがってお返しいたします。」そう言いましたね。

そしたらその毒は自分に返ってくるんですね。で、その釈迦の悪口言った人はまいっちゃいましたね。そんなことありました。


10.正法行者は、みずからの心を反射板のように光らせて、どんな悪意もはね返していけ


まあそれから忍辱(にんにく)ということを釈迦も言っておったし、私もずいぶん言っておったけども、悪口言われてもね、忍辱といって、これは我慢とはちがうんだね。

我慢っていうのは毒をため込むけども、忍辱っていうのは毒をため込まない、心のなかにね。さらさらと流していく。馬耳東風で右から左、悪口言われても聞き流していく。

そうすると、その言った本人に還っていく。こういうもんでね。

本当の神理やってる入っていうのは、まあそういう馬耳東風じゃありませんが、忍辱の精神ね。これはだいじですよ。ね、けっして臭いものにフタで我慢するんじゃなくて、聞き流していく。心にとめない。

こういうひっかかりのない無碍(むげ)な心ね、これ持って耐えていく。だいじですね、こういうことが。

だから、今後、ますます大きな運動になって、そして日本的な運動、世界的な運動になってくると思いますが、その内容があまりにも大き過ぎるし、あまりにも絢爛豪華(けんらんごうか)だし、あまりにもオールスターのゲームみたいでね、セ・リーグとパ・リーグのオールスターゲームみたいで、もう有名人が続々出てるんで、まあこらインチキだ、偽物だ、て言うような人も出てくるでしょう、おそらくね。

ただそうしたときにね、けっしてね、毒を食らっちゃいけない。毒を食らわずに忍辱の心でもって生きていかにゃあいけない。

忍辱っていうのは耐え忍ぶんじゃない。そうじゃなくて、毒を食わないってことね。毒を盛った食物出しても、それを出された人が食べなければ、差し出した人のところへ還っていくんです。いっしょですね。

心調和されて生きとれば、その人の悪口を言ったら、自分のとこへ還ってくるんです。全部ね。まあそういうことですね。

とくに人間はね、自分が偉くなりたくて、人をね、こきおろしてこきおろして、人を引きずりおろしても偉くなりたいなんて思う人もいっぱいいるんだけども、相手が心調和された人である場合には、他人を引きずり降ろして自分が偉くなろうとしたような人は、全部その先にはね返されます。そして自分自身がひっくり返っちゃいます。偉くなれないということがありますね。

これはちょうど電気ストーブなんかの反射板といっしょなんですね。熱、光をはね返すわけです。悪意もはね返しちゃう。

だからね、正法行者、神理の行者っていうことは、けっして敵と闘おうとか、悪と闘おうとかする必要なくて、自分たちの心をピッカピッカにしてね、反射板みたいにしておくこと。

そしたらどんな悪意もはね返っていきます、ね、そういうふうにしていくことがだいじですよ。


11.神理に生きる人は、最後に勝利する


まあきょうは「啓示と宗教」ということで、いろんな話をしておったんですが、けっきょく、まあ世界的な大宗教がおきるときにはかならず啓示というものが臨んでくる。そしてその啓示も一通りのものでなくて、いろんなものの高級霊の言葉が臨む。

ただそれが他力であってね、高級霊の教えであるから、ご本人はぜんぜんないんか、ご本人の理論はないかって言ったらそんなことなくて、受けるということはすでにそういうものを持っておるということですね。持っておるから受けることができる。まあ、こういうことを言っておきたい。

そういうことを受けいれる器量がない者なら受けることができない。まあこういうことですね。

だからいま、いろんな高級諸霊の言葉が臨んでおるが、こんなのはけっして霊媒現象でもなんでもなくて、そうした高級霊の霊言受けられるってことは、それだけの理論を指導者が持っておるということですね、もともと、これがひとつです。

それともうひとつは、こうしたあまりにもすばらしい霊示が臨んでくるから、それにたいするやっかみとか、いろんなもんが出るでしょうが、これに関しては忍辱ということを忘れずに、そして毒をけっして食わずにね、自分の修行をしていくことね。

で、創価学会の謗法の罪だとか言って高橋信次が死んだなんて喜んだって、あの世で最高級の霊界行ってバリバリやってるんだからなんにもこわいことないね。もっと私は力増してる。

地上去ってやれやれと思ったら、なんか霊訓集出して、もう一巻、二巻、三巻、四巻、五巻と霊訓集どんどん出して、地上にいるときよりうるさくなっちゃった。まあこういうことあるわけでね。

だからあんまり早く喜んでもいけない。やっぱり神理に生きる人は最後に勝利する。それを忘れちゃいけないよ。けっしてね。それを希望に生きていきなさい。まあ以上です。