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目次

 1.帰天第一声














(1986年10月27日の霊示)


1.帰天第一声


谷口雅春です。五十数年の長きにわたって、生長の家総裁として、我が日本の国で神理伝道にこれ務めてまいりましたが、昨年夏にようやく天寿を全うし、この世、すなわち地上に住んでおられるあなた方にとってはこの世ですね、この世を去って一年数カ月、今、こちらの世界で私の生活も落ち着き、どうやら考えもまとまってまいりました。

私は、生前は、そのことに気づきませんでしたが、今、現代の日本に、〇〇〇〇という光の指導霊が出ておって、こういった高級霊界からの、光の指導霊の言葉を受けとっているということを知った。そして、こちらの世界に来てからも、昨年の暮れごろからであったであろうか、他の高級諸霊たちが、〇〇〇〇を通じて、地上の人々にメッセージを送り、これを記録し、書物として出版している事実を知った。

私はもちろん、以前、生長の家という光明思想団体、まあ、宗教団体と言ってもよいが、それを持っており、その後継者も現在おる以上、このような形で、他の宗教活動にかかわるのは、あまりよろしくないのではないか、とずいぶん考えたのでありますが、生前、私の説いておった教えは、万教帰一、万教これ同根ということであります。人間すべて、これ神の子、キリスト教も仏教も、また我が日本神道も、すべては、同じ神から流れ出た教えであり、単に宗教にとどまらない。十八世紀、十九世紀と栄えたドイツ観念論哲学も、十九世紀から二十世紀にかけて、アメリカを中心に流行(はや)った光明思想、すなわちエマソンを始祖とするニューソートの流れも、また同じく神の教えを受けて、この地上に流れ出た思想であることは明らかであります。

このような世界的見地からも、神の教えの広がりというものを見たとき、私は単に生長の家の総裁であったというその事実に基づいて、生長の家以外に対しては、守護、指導をしないというような、そうした偏狭(へんきょう)な心の持ち方では相すまされないものと痛感したのであります。

生前、その存在は知らなかったが、今、〇〇〇〇を通じて、このようなことができるということを知った以上、私もまた光の指導霊として、地上の人々にメッセージを送りたいと思うのである。そしてこちらの世界の報告をすることによって、生前の私の考えと、帰天後の私の考えとの違いがあるや否や、あるいは地上において、未だに連綿(れんめん)として我が教えを学び続ける人に対して、さらに説き得ることあるや否や、これを明らかにしたいと思うのである。

まず、私は天上界に帰って、すでに一年三ヵ月か四ヵ月たったわけではありますが、地上の皆さん、生長の家の方々にもメッセージを送りたいと思う。それは、こちらに来てから一年余りの私の感想であります。それが本日の演題、「天上界に帰る」ということに関する私の話であります。


2.あの世の実感


まず、あの世へ帰った実感がいかなるものであるかということからお伝え申し上げたい。

あなた方は、様々な高級諸霊の霊言を収録しているようであるが、まだ私のように死後一年、というような新しい霊の通信は受けておらぬであろう。まあ最近は、高橋信次というGLAの主宰をしておった者が通信をしておるようであるが、それとても、もう死後十年がたっておるはずである。

そこで、死後一年余りでまだ初々しい九十二歳の谷口雅春が、まあ赤ん坊のように初々しく、こちらで体験したことを語ってみたいと思うのである。

まず、人間の死ということに関してであるが、まあ、たいていの人間は、死の瞬間、自分というものの意識が混乱に陥(おちい)っており、そして、自分がいざ肉体を離れるということにおいて大変な驚愕(きょうがく)をするものである。なぜならば、死後の世界というのは、まったくの未知の世界であり、誰からも教わったことがなく、また、ほとんどの人は書物においても、死後の世界をさほど学んでいないことが普通だからである。

たまには宗教心ありて、あの世のことどもを学んだとしても、あの世のことどもを語っておる宗教書はなにぶんにも古いものが多く、千年、二千年前の仏教書であったり、あるいは二千年前のイエスの教えから一歩も前進しておらぬキリスト教であったりするのだ。

たとえば、キリスト教徒であるのなら、二千年前のイエスの教えのままに、自分はイエスを信じてきたから永遠の生命を受けることができるのであるか、あるいは、炎の炉のなかに投げ込まれる野の草花の如く燃えつきて、その身、その命を失うものであるか、そうした審判というものを恐れて、わなないておる者もいる。

あるいは、仏教徒として死に、そして自分が野辺の送りとなり、坊主が来て読経する姿を見て、どうやら自分は死んだらしいということに、はじめて気づく者もおる。

だが死んだ者の一様に思うのは、自分が日蓮宗であろうが、あるいは浄土真宗であろうが、そうしたことに関わりなく、経文というものをあげられるのであるが、その意味がさっぱりと分からないということである。

お経をあげるということによって、自分が、すでにこの世の人間ではないということは、すべての人間が気づくのであるが、いかんせん経文をあげる本来の意味が失われている現今においては、坊主の一時間、二時間の経文は、彼らにとっての救いとはならんのである。

死んだばかりの霊たちは、そうした経文に一生懸命耳を傾けておるのであるが、それによって悟りを開くこともなく、それによって救われることもない。

やがて自らの肉体が焼かれ、骨壷に納まり、墓に納まり、線香をたてられ、写真を飾られ、鐘を鳴らされる。人々が水とかお茶とか、あるいは御飯とかをまつっている、その姿を見て途方に暮れるのである。自分は死んだばかりであって、食べ物をまつってくれても、それを食べることができない。山のように果物を積んでくれても、それをどうすることもできない。死んだことは分かったけれど、死後の方針がたたないというのが大体の事実なのである。


3.死後の世界のガイダンス


そうして地上を、たいていの人間はまあ四十九日というが、実際は二十日乃至(ないし)三十日であって、そのくらいはただよっておるのです。そうして初七日が終わったあと、まだ悲しみにくれている遺族とともに、まだ家のなかにとどまっては、共に生活をしているようなつもりでいることが多いのである。

しかしその二十日、三十日の間に、彼らは徐々に霊としての自覚を持つようになる。そして、自分が今や飲まず食わずとも、生きていかれることを当然のこととして感じるようになる。

そしてまた、地上の人々にいくら話しかけようとしてもその声は聞こえず、いくら肩に手をかけても、その手が肩を通り抜けて、彼らを驚かすこともできなければ、彼らに気づかすこともできないということを悟るのである。たいていの霊は、もうこれ以上この地上にとどまっても自分は生活を送れないということに気がついてくる。そのころを見計らって、本人の守護霊というものが迎えにくるのである。

そしてその死の自覚を十分にさせるために、本人の父親なり母親なり、姉なり兄なり、叔父なり、叔母なり、すでに身内の者であってこの地上を去っているものを共につれてきて、その者をして死後の世界を語らしめることがほとんどである。それからあの世への門下生としての初歩を教えるのである。

それはちょうど、小学校にあがる前の子供たちの姿に似ている。この春、三月、桜が咲かんとしているときに、親たちにランドセルや教科書を買ってもらう、学校にあがる前の子供たちの姿にも似ていようか。この地上でいかに偉大なる人物としていばっておった者であっても、死ねば、あの世では赤子同然だ。あるいは小学生の最下級生にも及ばぬような霊知識しか持っておらぬ。

問題は、この地上にいたときに驕(おご)りたかぶっていた人たちである。彼らは自分が社長であったとか、一国の大臣であったとか、役所の偉い人間であったとか、警視総監であったとか、あるいは学校の校長であったとかいう人たちだ。つまり、この世的には、昇りつめたということで、人に対して訓辞を垂れ、教えることのみを当然としていた人であるわけだが、他界して後、小学生の最下級生になることに、戸惑いをおぼえ、狼狽(ろうばい)するのである。

イエスは言った、「心清き人は幸いである。汝等は神を見るであろう。」そういうことを言った。有名な山上の垂訓(すいくん)でいくつかのお教えをイエスは言った。この世で小さき者は、あの世で大きくなり、この世で大きな者は、あの世で小さくなるとも言った。己れを低くする者は高くされ、己れを高こうする者は低うされるとも言った。

それはまず、この最初の死の関門において、その言葉は実現するのである。すなわち、この地上において己れを大きな者と思っておった者が、あの世で自分の小ささに気がつき狼狽する。しかし、この世において、謙虚に自分を見つめ生きてきた者は、あの世に帰りて、その謙虚さ故に学習が進んでいくのである。

自分の小ささを知っている者は幸いである。彼らは大きくなるであろう。自分の小ささを知らない者は災いである。彼等は他界して後、大いなる辛酸(しんさん)をなめる。こうして死後十日の間に、自らの守護霊、そして縁者の者たちの話を聞きながら、人々は徐々に死後の世界のガイダンスを受けるのである。


4.反省と進路決定


二十日、あるいは三十日たち、時期が来たときに、人によって違うが、指導霊がやがて訪れて来るのである。守護霊というのは大体、本人の霊格と同じレベルの魂であるが、これとは別に一段と霊格の高い霊が、その者を守っておるのである。これが指導霊であるが、この指導霊というのが迎えにくる。そして守護霊と共にその死んだばかりの魂を、まず、あの世の収容所へとつれていくのである。

これはいわゆる四次元といわれている世界、幽界(ゆうかい)といわれている世界である。まだこの世界では、この世的色彩がずいぶん強く、人々は地上的な生活を営んでおる。そして、まだ家族単位で生きているような者もおる。

この地上にある物はほとんど、その幽界世界にもある。そしてその生活のなかで、少しずつ自分の魂を見つめるようになっていくのである。やがてその幽界世界に帰って、早い者ではほぼ三日、遅い者では、まあ九十日くらいであろうか、その間に必ず自分が人間として生きていたときに心のなかに去来したことども一つ一つを、反省することとなっておる。

この反省の仕方は、その人の思想、心情、あるいは宗教において多少異なった色彩を帯びておるが、その人が仏教的な人であるならば、仏教関係の僧侶という者がやってきて、仏教的に反省の功徳というのを諭(さと)し、やがて本人を反省に導いていくのである。

その魂がキリスト教的な魂であるならば、教会の牧師がやって来て、その者に懺悔(ざんげ)を勧めるのである。あるいは、生きているときに宗教というものに無縁であった人に対しては、教育者のような者が出て来て、その人を道徳的に諭していく。このようにして、自分の生きてきた六十年、七十年の生涯というものを、反省させていくのであります。

その際、人によっては、あなた方が知っているように、過去を照らす鏡というものによって、自分の全生涯を見せられる場合もある。ただ、これは幼稚な段階であって、そういうことをする必要がある人に対してなされるのであり、霊的自覚が進んでいる者に対しては、そうしたことは、もやは、なされない。

そして、この幽界のなかで三日から九十日間の反省が終わったならば、それぞれの人間は、自分の行くべきところを定めるのである。これは決して閻魔(えんま)大王のような者がいて、行き先を指定するわけではない。ただその反省の期間において、自分の本質というものをたいていの人間はつかむのである。そして自分の守護霊、あるいは指導霊に対して、今後の身の振り方を相談することになっておるのである。

やがて地獄に行けば、その反省のときのことを忘れているのであるが、少なくともその段階においては自分が天国に行くべき霊か、地獄に行くべき霊かということは、自分自身で判断できるようになっているのである。

どうやら自分が地獄に行くべきだということが分かったときに、守護、指導霊と相談の上で、どうしたことが自分のいちばんの誤りであるかということをはっきりさせる。そして、自分の誤ったことを修正するのに、いちばんふさわしい地獄へと赴(おもむ)いていくのである。これは、あくまでも自分の判断で赴いていくのである。ただたまには例外がある。

私は、今、一般的な人間の場合を言ったのであるが、本当の悪人は、本来はそうした者はないのであるが、霊的な眼で見て、生きていたときに多数の悪霊たちにとり憑(つ)かれ、そして本人も生きている悪霊さながらの生活を送った者は、そうした者に憑(つ)かれたまま、四人、五人、六人の悪霊に憑かれたままに、まっさかさまに地獄に堕(お)ちるという現象があることも事実である。


5.魂の比重について


あの世の世界というものは、あなた方が知っているように、様々な霊層に別れておる。その霊層というものは、決して人間をランクづけしようとしてあるのではないのである。それは物理学的な法則に基づいて、物理学的なる法則に随順(ずいじゅん)して、そのような住み分けが行なわれるのである。つまり、これは魂の比重の問題として話すことができると思う。

たとえて言うならば、上澄み液のようなものである。水のなかに灰なら灰を混ぜてかき混ぜると、しばらくすると灰は下の方へと沈んでいく。いちばん底には黒い物が溜まるであろう。そしてだんだんに色が薄くなってきて、最上層では澄みきった水があるであろう。

しかしその段階をよく見るならば、澄みきった水から真黒な灰まで幾層か分かれている。なぜそのようになっているかと言うと、重いものが下に沈んでおるからである。重いものとはなんであるか。それは、この地上的なる、物質的なる思いを魂につけたる者は、比重がこの世的なものであって重いということだ。そうしたものが下に沈んでいく。

これに反して、この世的なものの少ない者、あの世的なる魂は比重が軽いために、上へ上へと浮いていく。したがって、魂というものは、意志決定という面で見れば、自己の判断によって赴くべき処を変えるのであるが、物理学的に見るならば、その魂の比重に合わさった処へと赴いていくのである。

また別のたとえをするならば、人間の魂というものはエネルギー体であり、一つの電磁波であり、一つの波動であるのだ。そしてその波動は、きわめて荒い波動を体現したるエネルギー体たる魂は、そうした世界にその波動が通じてしまう。また、精妙な波動を体現したる魂は、精妙なる世界へとその波長が合っていくのである。


6.あの世の世界は波長の世界


あの世の世界は、いわば波長の世界なのである。あなた方はともすれば、目に見えない地獄というものがあり、目に見えない天国があり、そうした国が厳然とあって、そこで人間が居住するかのように思っておるであろう。しかしそれは、人間的感覚によって分かるような比喩(ひゆ)であり、物体であるのだ。本来の世界は波動の世界であり、その波の世界なのである。

荒い波動の世界、つまりこの世界に生きている者は、たとえば、テレビという受信装置を使ってその映像を受信するならば、地獄という映像がテレビに映るのである。また精妙なる波動を放送している、その電磁波に同調している魂というものは、たとえばテレビで受信するならば、非常に美しい世界を映し出す。天国的な映像を映し出す。こういうものであって、あなた方の身のまわりにももちろん、目に見える電波、目に見えない電波というものが行きかっておるのであるが、普段、その存在には気がつかぬであろう。

しかし、これをラジオ装置なりテレビ装置なりを設けるならば、その像を受信することができ、その声を聞くことができる。その電磁波をラジオに収録し、その波長に合わせたならば、それはあるときは地獄のうめき声となり、あるときは天使のコーラスとなる。またあるときは、地獄的な地獄絵図がテレビに展開され、あるときは、牧歌的な天国の姿が映るのである。

あの世の世界はこういうものであって、物理的なる国としての天国、地獄があると思ってはいけないのである。あくまでも波動の世界であり、波長の世界であるということだ。それを人間的にとらえるがために解釈し直して、天国、地獄という人間的なる者が住んでいる世界として表現をしているのである。これを誤解してはならない。

このようにあの世の世界というものは、この波長の世界、波動の世界が非常に精妙に区別されており、波長の合わない者同士は同通しないことになっている。すなわち個人の織りなす人生の波長によって、個人の魂が響かせる人生の調べによって、音楽によっていくべき世界が異なってくるのである。これ、あるときは如来界、これ、あるときは菩薩界という。これ、あるときは神界と言う。あるときは霊界、幽界というのである。これも、そういった世界があるというよりは、そのような波長の、波動の世界があるということだ。

したがって、この世を遙かに去った世界があるというよりは、この世界をいろいろな電磁波が飛びかっておるように、そうした世界が混在してこの三次元のなかにあるということだ。四次元の世界は三次元のなかにあり、四次元のなかに五次元があり、五次元のなかに六次元がある、このような多重構造の世界となっているということだ。これを間違ってはならぬ。一時代前のように西方浄土に阿弥陀如来(あみだにょらい)が住んでいて、念仏をとなえたる者が、その西方浄土にて、阿弥陀仏と一緒に生活できるわけではないのである。

このように地上の人間のまず考えるべきことは、その人間の五十年、六十年、七十年の生涯において、 その人間が一生を通じて織りなしたハーモニー、波長、曲奏、そうしたものが、あの世に反映されるということだ。これには、例外はない。

この地上であらゆる限りの悪をつくして生きて、あの世で天国に楽しんでいることもなければ、この世で本当に天使のように生きて、あの世で地獄の底にのたうちまわることもないのである。そうしたことはありえない。

ただ、この世で天使のような顔をして教えを説きながら、その内面は非常に地獄界を展開していたがために、人からは聖人と言われながら、地獄でのたうちまわっている宗教家たちは数多い。また、この世においては自らを悪人だと思っていたにもかかわらず、あの世において聖人と列せられている人も数多くいる。

たとえば親鸞(しんらん)だが、親鸞は生きていたときに、自分の悪業、悪人としての性格というものを徹底的に見つめたであろう。晩年の彼は地獄に堕ちるのではないかと恐れていたはずである。家人たちもまた、それを恐れていた。しかし彼は、地獄へは堕ちなかった。彼は天上界で今、やはり光の天使として生きている。立派に生きている。

このように本人の自覚とは別に、ちゃんとした法則があって、それに基づいて、高級なる波長と低級なる波長というのが分けられるのである。まず、それを考えておかねばならない。それは本人が自分が高しと思っても高くないのと同様、低しと思っても低くないのもまた、神理である。


7.私は一直線に如来界最上段階に着いた


さて、今、一般的な人間の死後の世界について話をしたが、では私、谷口雅春はどうなったかということを、あなた方にお伝えしておこうと思う。

このように話している以上、谷口雅春が地獄で苦しんでいるわけではないことは、まあ万人が認めるであろう。また、生長の家の弟子たちにとっても、まさか谷口雅春が地獄に堕ちたとは思っておらんであろう。そのとおり、我が教えに誤りなし、我は思いし通りの世界、如来界という世界であるが、今、来ておる。仏数的には、ここは金剛界とも言っておる。

私かいるような最奥の如来界においては、これはある意味では、胎蔵界(たいぞうかい)とも言われている。奥の奥という意味である。

さて私は、この地上を去ってからどうなったか。まあ焼き場へいって、肉体が焼かれるのを惜しんだわけではない。この地上を去るときが来たことは十分自覚しておったし、私も五十数年間、法を説いてきた。したがって、もうこの世に思い残すことは何もなかった。

執着のない霊にとって、この地上界に留まる必要など何もないということだ。私は自分の死を悟ってから、いち早く肉体を抜け出し、その日のうちに天上界へと帰ったのである。私は、先ほど言ったような四次元幽界などに、立ち止まったりしている暇はない。そういうことはしない。生きているうちに悟りを開いて天上界のことも、この世のことも悟っている人間にとっては、途中の休憩所にいって、一服している暇はないのである。

目に見えるように説明するならば、まあ、幾たりかの天使が私を迎えにきて、その天使たちの手に支えられながら、天上界へと昇っていったという形となろう。その間様々なる世界を眼下に見た。

これはもちろん、人間的なる私の感覚に訴える映像ではあろうが、私にはだんだん地上に日本が小さく見えるのが見えた。大きな海原(うなばら)が見えた。これは太平洋でもあったろう。海原のなかに日本という島国が見えた。九州が見えた。四国が見えた。中国地方が見えた。関東が見えた。東北が見えた。北海道が見えた。

そうして大海原が次第に遠ざかっていき、そして地球という大きな丸い球体が見えてきた。あそこにアフリカがある。ここにアジア大陸がある。オーストラリアがある。あそこにアメリカ大陸がある。そういう大きな地球儀でも見るように、地球というものが見えてきた。

そして私は非常に速い速度で上昇していった。やがて幽界を通りすぎ、霊界を通りすぎ、菩薩界を通りすぎ、如来界へと入り、如来界の下段階を通りすぎ、中段階を通りすぎ、最上段階へと着いた。


8.諸如来による祝福


私が着いたところは、あなた方に分かるように言うとするならば、昔からよく言われているような、のどかな風景のあるところである。そこはなだらかで、ゆるやかな傾斜のある丘陵であり、そこには色とりどりの美しい色の家が建ち並んでいた。そして私が帰った処には、私の家の玄関には、ちゃんと谷口雅春の名札がぶらさがっていたのである。

その名札は桧(ひのき)で作られたばかりの真新しいものであったが、その名札の下を見ると、私の過去世の名をちゃんと書いてあったのである。

最近作ったばかりの私の名札を取り除くと、その下に出てきたのは、プロティノスという名前であった。これはローマ時代の哲学者の名前である。新プラトン派の哲学者であり、プラトンの残した哲学を、さらに発展させた哲学者として、私は一度生まれている。そしてこのプロティノスという名札を取り除いたならば、下から出てきたのは、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)である。ただ命(みこと)とは書いていない。伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)と書いてある。

ただ私は、心性として日本を好むがために、その家は非常に日本的なる色調のある家である。そうした、なだらかな天国を思わせる山の丘陵のなかに私のその日本式の庭園と日本式の家屋が建っており、私はそこに帰っていったのである。

そうして、まあ光の天使たちにつれられて、そこにいったん居を落ち着けて、何人かと歓談したあと、私は広場へと導いてゆかれた。そこの広場には、様々な如来と言われる方々が集まっていた。

まあ如来の数は大変多いがヽ私を迎えに来た如来たちを言えば、たとえば、天之御中主之神(あめのみなかぬしのかみ)、あるいは天常立之神(あめとこたちのかみ)、国常立之神(くにとこたちのかみ)、あるいは倭建之命(やまとたけるのみこと)、また女神の世界からは、天照大神(あまてらすおおみかみ)も急きょ、駆けつけてきてくれた。主として日本神道系の方々であったが、それ以外の方々も、私のもとへ訪ねてきた。

たとえば哲学者のカントであり、アメリカの思想家エマソンであり、たとえばプラトン自身であり、またソクラテス自身であったり。こうぃう哲学者たちも私のもとに馳(は)せ参じてくれた。日本神道系の神々、また、かつての哲学者たちが主として私のまわりに集まってきて、私の帰天を祝福してくれたのである。そしてやがて、他の仏教界の方々も私のもとを訪ねてきた。イエス・キリストしかり、これはキリスト教系の霊である。仏教系からは大日如来と言われる方がやって来た。阿閃如来(あしゅくにょらい)と言われる方もやってきた。

また、私より一足早くこの日本の国を去っていた高橋信次と言われる方も、私のもとに訪ねてきた。私は生前まあそれほど高く買っておらなかった人ではあったが、あの世へ帰って、どうやら同じ仲間だということを知った。決して憎しみも何もあるわけではないが、そういう霊もいたということを知った。


9.地上での活躍を語る


こうした方々を迎えて、私は、帰天第一声をあげ、数十人の人々を相手に地上での活躍を語ったのである。そして、私の説いてきた五十数年間、また生誕以来ならば、九十余年説いてきた教えの間違っていなかったことを、そのときに確認したのである。

確かに天上界は、光一元の世界であり、私たちの信ずる世界は光しかなかったということである。私は、自らの考えというものをもう一度振り返ってみたが、そこに一点の誤りもないことを認めた。だから、自信を持って私の生長の家総裁の五十五年であろうか、その歩みを語ったのである。戦前のまず活動から、そして戦争時代に日本が突入し、その暗い時代に、如何にして光明を掲げるために苦心したかを。さらに戦後、レッド・パージによって、私もまた、文書を書くということを許されなかった時代のつらかったことを。また戦後、雨後の竹の子の如く、様々な新興宗教が興って、我が生長の家もそのような新興宗教の一派と思われ迷惑したことも語った。

戦前においては、生長の家は本当に新しい啓蒙(けいもう)団体であり、人々の心をゆさぶるような新しい教えであり、導きの光でもあったにもかかわらず、戦後という時代に様々な新興宗教が興きて、その一派と間違われはじめたことは私の深く悲しむところでありました。

しかし、私の光明思想、世を照らしていこうという思想自体は、決して誤ってはいなかった。私は、その光明の思想によって世を照らしたことで、多くの如来たちから賞讃を受けた。

ただ惜しむらくは、その啓蒙思想運動が生長の家という宗教の一派と思われたこと、そして、宗教に属さない他の方々にとっては、それを一つの線をひいたものとして、線引きをしたものとしてとらえられたということである。これを宗教としてではなく、思想としてもっと大きく広げていったならば、もっと多くの人々を救うことができたのにという感想を抱いたということは否めない。それは、私も感じたところである。

ただこれは、我が反省すべきところではない。すなわち、戦後、新興宗教ということでレッテルを貼り、新興宗教そのものを悪しきものとした、新聞をはじめとするマスコミや言論家たちの誤りだったと思う。


10.生長の家の大神は天之御中主之神であった


さて私は、その五十数年間の伝道の歴史を語り、人々と共に語り合った。生きていたときには知らなかったのだが、私を主として指導していたのは、天之御中主之神(あめのみなかぬしのかみ)であった。また、日本神道系の他の神々であった。時には、他の哲学者たちもインスピレーションを与えてくれたことがあった。そうした方々と手を取りあって私は話し合い、あなた方の力によって私はここまでこられたのだということを感謝した。

このように、地上の人間一人の力によっては、何事も成せるものではない。あくまでも地上に下りたる宗教家は、それはスピーカーであって、神のラッパであるのだ。これを忘れてはならぬ。それは、あなた方においても同じだ。


11.あなた方は谷口雅春をも超えてゆけ


さて、そういうことで私の帰国ということは終わったわけだが、今日の最後の話として、締めくくるとするならば、高橋信次すでに亡く、谷口雅春亡き後、日本の国を中心として、新たな教えを説いていくのはやはり、あなた方であろう。

今後は私も指導霊として天上界から様々なアドバイスをするつもりであるが、どうか明るい世界を築くために、万教は帰一であり、同根であり、一つであることを、それを高らかに謳(うた)い上げ、たんに日本の教えとして留まることなく、全世界の人々を救うために、勇ましく立ち上がっていただきたいと思うのである。

谷口雅春は、生長の家をあなた方が超えていくことをむしろ嬉しく思う。私の五十数年間の活動を、凌駕(りょうが)していくことをこそ嬉しく思う。それでこそ、私たちの後に出てきたあなた方ではないだろうか。どうか大きなものとして成っていってほしい。

仏教もキリスト教をも、神道をも儒教をも回教をも、ユダヤ教をも、哲学をも、文学をも、芸術をも、超えていくようなあなた方であれ。そうした勇ましい活躍であれ。今後数十年にわたってそれを続けていけ。

世界は今、闇に沈もうとしている。このときに、大きな神理の太陽が昇る必要があるのだ。大きな光が、明るい光が必要なのだ。人々に対する光明が必要なのだ。それを忘れるな。光明となれ。自らのことを考えるな。勇ましく人々の心を照らしてゆけ。世を照らしてゆけ。それが、あなた方の使命である。

以上が私の本日の話、「天上界に帰る」である。