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目次













(1987年6月29日の霊示)

1.唯物論と唯心論


谷口雅春です。引き続き、第2章に入っていきたいと思います。本章においては、谷口哲学の本質とも言える、「唯神実相哲学」についての話をしていきたいと思います。

これは、生前の私の説に対して、まあ、さらにこちらの世界に還ってからの研究を加えて発表をしたいものだと考えております。

さて、この世の中の成り立ちを説明する仕方としては、古くから二つの説明の仕方があると言われておりました。すなわち、唯心論と唯物論、この対立であります。唯心論というのは、心ですね。心しかないという考え方。唯物論というのは、ものしかないという考え方。この両者が対立的に、論争されてきたわけであります。

まず、唯物論の考え方としては、やはり世界というものは、現にあるものがあるのであって、現にないものをあるように言うのはおかしい、と。すなわち、目の前にあるもの、机であり、椅子であり、家であり、大地であり、草花であり、動物であり、人間の肉体でありますが、このような現に目で見、耳で聞き、手に触れられるものこそ、実在であって、これ以外のものがあるわけではない、と。こういうふうに考えるわけであります。非常に、現実主義的な考え方とも申せましょう。

しかし、唯心論の側から、これに対して、反駁(はんばく)が加えられるわけであります。宇宙があると言うのは、宇宙を、宇宙として認識しているお前の心があるからではないのか。心があってこそ初めて、地球も、宇宙も、岩も、山も、川も、海も、他の人間も、あるのではないのか。お前という者に心なくして、そのような存在が一体あり得るであろうか。唯心論者は、このように言うわけであります。

唯物論者は、これに対して、さらにまた反駁し、その心、心というお前を乗せておる地球は、お前が心を語っておる間にも、クルクルと自転をしておるのだ。すなわち、心で見るだとか、見ないだとか、そう言っておる間にも、お前が立っている大地は、動いておるのだ。これこそが実在でなくして、一体何か実在であるのか、と。まあ、こういうふうに言うわけであります。

この辺に関して、さらに突っ込んだ説明をしたうえで、私の唯神、つまり、神のみがあるという唯神実相哲学へと話を進めていきたいと思うのです。


2.マルクスの唯物論とダーウィンの進化説は逆流現象


そこでまず、唯物論について、今少し検討をしてみたいと思います。唯物論というのは、考え方としては、もちろん大昔からあるわけでありますが、マルクス以来、つまり、ここ百年ばかり、非常に唯物論が一世を風靡(ふうび)してきたかのごとくであります。そして、このマルクスの唯物論と、科学者のダーウィンによる人類の進化の仮説、この二つがたまたま相まって、この百年ほどは、唯物論が時代の主流を占めているかのごとき景観を呈していると思われます。

その時代の流れのなかにある人間は、ともすれば、そのことを当然だと考えがちでありますが、しかしながら、これは必ずしも当然の流れではないのであります。

たとえて言えば、川というものがあります。川の水は上から下へと流れていくのでありますが、そのところどころにおいて、流れが逆転し、逆流しておるところがある。ここがひとつの淵とか、淀(よどみ)とか言われるところであって、そういう淀の部分に流れが入ってくると逆流して、まるで水の流れが川下から川上へと流れているようにグルグルと廻っているように見えるのです。

しかし、これは、本来の川の流れではないのです。同じように、人類の思想の流れというものを見てきても、大部分は上から下へと流れてきたものではあっても、その一時期、こうした川の淵のなかに入って、水が逆流しているかのごとき現象が出ることがあります。

人間を一枚の木の葉だとするならば、この木の葉が逆流したときに、彼らは、どちらが正しい流れかがわからなくなることもあるわけです。しかし、大きな目で見れば、川は上から下へと流れている。それが、わかる。これは真実であります。

私たち宗教家の教えというものは、結局、こういうことであります。いつの時代でも、川の流れというものは、上から下へと流れていくのだ。つまり、唯一の神から人間へと、そして、地上へと降りてきておるものだ、と。いつも、このように教えているものであります。

したがって、ダーウィンの進化説だの、マルクスの唯物論などが、一世を風靡(ふうび)しておるように思っても、これは、いわゆる逆流現象にしかすぎないのではないかということを、よくよく心に留めていく必要があると思うのです。


3.人間はアメーバーから進化してきたのではない


日本では、現時点において、共産主義というのがそれほど人気がないがために、マルクスの思想というものが過大評価されることは少ないと言えましょう。しかし、ダーウィンのほうの進化仮説に関しては、文部省までもがテコ入れをして、全国的に普及をしておるようであります。

ただ、真実を語るとするならば、やはり進化論のなかにも、重大な誤りがあると言わざるを得ません。その重大なる誤りとは、一体何か。結局のところ、霊的なるものの存在を認めてはいないということです。これが、重大なる誤りだと言えます。進化論が扱っておるものは、結局、肉体としての生物がどう変わってきたのかを追っているにすぎません。猿が人間になったのかどうか。あるいは、魚が両棲類(りょうせいるい)となり、両棲類が爬虫類(はちゅうるい)となり、爬虫類から哺乳類が出て、哺乳類が進化して、現在の人間になったかどうか。と言うことは、結局のところ、肉体の歴史を追っておるだけなのであります。

もちろん、こちらの世界から見た霊的な歴史観から見れば、地上の動物というものも、何百万年、あるいは、それ以上の歳月のなかにおいて、さまざまにその形が変わってきたことは事実であります。しかし、形が変わってきたそのつどつどに、神が粘土をこねてそういう動物を創ったわけではないことも、また事実なのです。

鳥なら鳥というものが現われたときに、その鳥がさまざまに変化していったという、そういう変化の道筋というものが確かにあったとは言えましょう。また、人間の人体というものも、長い歴史のなかにおいて、さまざまに変化してきたことも、事実です。すなわち、それらは、やはり、この地球という環境に適応するような形に変わってきたのです。

それは、外見だけにとらわれなくても、つまり、うわべだけの人間が、二本手があり、頭がひとつで、足が二本、目が二つ、鼻がひとつ、口がひとつ、耳が二つ、というような、こういう大きな外見だけにとらわれなくても、皮膚の色ひとつを見ても、そうです。熱帯地域に住んでおる人たちは、やはり黒い色をしております。熱帯に住んでおって、白い色をしたという人はいない。

また、純粋に北方の地方に住んでおって、黒人のような色をしている人はいない。もちろん、アフリカから移住して来た場合も考えられるから、黒い色をしておる人がいないわけではない。ただ、熱帯地方の人は黒く、北方の人は白い、これは、事実であります。こうしてみると、結局、人体にも、環境による影響が現われているわけです。

洞窟のなかに住む生物とか、深海のなかに潜(ひそ)む生物は、太陽の光を受けないがために、真っ白な体をしておるようによく言われております。同じように、光の薄いところには、そうした白い肌の人たちが数多く出て、目の青い、透きとおるような目をした人が数多くおるのです。一方、直射日光を受けるところでは、あたかもサンマが火に焼かれるがごとく、皮膚の黒い人たちが数多く出ておることも事実です。

また、食べものによっても、変化がありましょう。草食民族と肉食民族とが、体型においてもかなり違っておることは、あきらかです。肉食を中心とした人種は、やはり体が大きい。逆に、草食、つまり、稲作であるとか、麦作であるとか、こうしたことを拠所(よりどころ)として生活をしてきた人たちは、全般に、やはり小柄である。こうしたことは、否めない事実であろうと私は思います。

ただ、このように、環境的変化は変化として、人体に影響を与えてはおるわけですが、そうした肉体以前に、人間という観念が宿った霊があったということ、これは、否定できないのです。ですから、人間だけの知性と理性を備えたものが、偶然にできてきたという考えがありますが、これは、まったく世界を惑(まど)わす考え方であると言わざるを得ません。

皆さん方は、本当にあの進化論を信ずることができるのでしょうか。アメーバーが何億年かしたら、本当に人類のようになってくるのでしょうか。そうしたことを信じられるでしょうか。もしアメーバーが人類になって、こうした知的遺産を残すようになるとするならば、そのアメーバーが人類になるがごとき方向に導いているエネルギーに対する敬礼脱帽というものをせざるを得なくなるのではないでしょうか。私は、そう思います。

人間というのは、魂において、やはり神から分かれてきたものなのです。神の属性を、その本来の属性として持っておるものなのです。こうした霊的側面から見るならば、進化論、あるいは、唯物論というのは、大変な間違いであると言えると思います。


4.心とは一体何なのか


日本の昔の歴史書、たとえば、古事記とか、日本書紀をひもといてみると、日本列島というのは、伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)の命(みこと)によって国づくりがされたということが記されております。雲の上から鉾(ほこ)でもってかき回して、その雫(しずく)が落ちたところが、すなわち、日本列島のさまざまな島になったというような神話が残されております。まあ、神話は神話でありますが、少なくとも、こうした日本列島のような島国をつくるに際しても、それをつくるという計画が、すでに神の国においてなされておったということは、事実であるわけであります。

このように、この地上的なものごと、こうしたものは、単に偶然にできるのではなくて、大きな計画のもとに、やはりなされておるのです。

こうしてみると、唯物論、唯心論の両方を紹介いたしましたが、どちらもまだ不十分なところがあると言わざるを得ません。

なぜならば、唯心論と言われているものも、唯心の心、これが単なる心だととらえているかぎりにおいては、まだ探究の不足が、そこにあると思われるからです。つまり、その心とは、一体何なのかということがわからない。

この心というのを、単なる知覚能力、認識能力だというふうに受け取るとするならば、これは、あきらかに間違っていると言えましょう。自分が見ることができるならば地球はあるけれども、見えなければ地球がないとか。目が見える人にとっては赤い色が実在するが、目が見えない人にとっては赤い色はないとか。こういう議論は、不毛であります。現に赤は赤としてあるわけです。それは、目が見える見えないには関係しないのであります。

また、心のなかで地球というものを認識しようがしまいが、地球というものが、一日二十四時間で自転をし、一年三百六十五日で太陽の周りを公転している、これもまた、事実であります。こうしてみると、心というのを単なる認識能力、知覚能力と考えた場合には、それのみでもって、この世界観、宇宙観を説明をするのは無理であります。

そこで、この心というものが本当の意味で何なのかということを、さらに私は検討してみたいと思うのです。

まあ、「正しき心の研究」ということを標榜(ひょうぼう)しておるようであるけれども、そもそも、この正しき心というのは一体何なのか。これを、私の実相哲学と比較して考えてみなければならぬと思うのです。

私は、あるところでは、「本来心なし」と言い切ったこともあります。これは、禅で言う「喝(かつ)」でもあるわけですけれども、宗教家の陥りやすい陥穽(かんせい)、つまり、井戸として、心、心と言って、心にとらわれすぎるところがあるんですね。

そして、いつの間にやら、それに振り回されておる。一日中思ったこと、たとえば、何かを思うと、「ああ、こうぃう思いをする自分はダメだ」とか、どうだとか。こうして、一生懸命自分自身を裁くもうひとりの自分というものを見い出したりしておるようです。心、心と言っておるうちに、自分というのが非常に惨めに、情けない存在へとなっていって、その結果、人生に希望も勇気もなくなるというような、こういうことが多々あるわけであります。

すなわち、心という言葉に、あまりにも多義的な意味が与えられすぎておるわけであります。私は、「心なし」と言ったこともありますが、「心なし」と言った理由は、そうした迷うような心は、本来ないのだということを言っておるのです。ああ思った、こう思った、失敗した、間違った、ああした、こうした、という胸のなかを去来している想(おも)いというのは、本来のものではない。心、心と思っておるけれども、こういうのは、たとえば、木炭車が走るときに出るような、スモッグ、いねば、煙であって、本来のものではないのです。

本来の人間の本質には、どのようなことがあっても動じない、迷わない、そうした金剛石のようなものがあるのです。そして、この部分は、各人、すべてに共通しているのです。そして、こうした金剛石の部分がなければ、何故(なにゆえ)に、すべての人に対して、真理だとか、正法だとかいうような、こうした普遍の原理を押しつけることができるでしょうか。

心というのが、各人の自由になるものであって、それぞれ勝手にいろんなことを思ってよいのであるならば、どうしてこれこそが真理だと言って、日本人や外国人、あるいは、いろんな地域に住んでおる者に対して、それを押しつけることができるのでしょうか。そういう安売りは、できないはずであります。

そうした押し売りができるということは、結局のところ、それぞれが得手勝手に、心、心と思って振り回しておる心の中心に、共通の一本の黄金の糸があるということを示しておるのです。


5.生命の実相と正しき心の探究


そして、この中心にある黄金の糸、心を操(あやつ)っておるところのさらに中心部分こそが、私の言う「生命の実相」の部分なわけであります。

すなわち、人類の心のなかに共通に織り込まれている黄金の糸、これが生命の実相であるということです。

私の考えによれば、私の言うこの生命の実相というのは、実は、現在、「〇〇〇〇〇」というところで言っておる正しき心の探究ということと異ならないと思うのであります。正しき心の探究とは、結局、仏性の探究であろうし、仏性というのは、結局、人間神の子の思想、すなわち、生命の実相であろうと思うのですね。

こうして見ると、人間の思い、あるいは、行動というものも、この仏性がどのように現われて展開していくという過程であり、また、この地球にある万生万物、動物や、植物や、鉱物、これらすべても、実は、仏性が自己展開していく姿にしか他ならないということができると思うのであります。

では、仏性とは一体何なのでしょうか。仏性とは、すなわち、神の意志であります。あるいは、神の光の本質であります。結局のところ、そういうことであります。唯一の神から分かれてきた人間が、そのさまざまな場面、場面、段階、段階に応じて、仏性、神性の発現のために努力精進しておるということなのです。

努力しておる人間というものが、神から分かれてきたものであるならば、この神から分かれてきた人間も、やはり神の心によって創られ、この地上において生活をしておるのです。そして、神の子が、結局、神の創られたもののなかで生きておるのですから、そこは本来、この世もあの世もない実相世界しかないとみるのが筋なわけです。

この世というものを有限の世界、限られた世界と思い、この世の法則のみをすべての法則だと思うところに、人間の悩みや苦しみの根本の原因、すなわち、無明(むみょう)というのがあるのです。

そして、この無明というのは、摧破(さいは)せねばならん。この迷いというものを、打ち破らねばならん。私が、聖経『甘露(かんろ)の法雨(ほうう)』のなかで語っておるように、そういう無明というものは迷いであるのだから、これは一蹴せねばならぬのです。

本来は、神の子の実相しか現われておらんのであり、本当にその神の子の本質に目覚めた目で見れば、この地上世界というものも、山川草木国土悉皆成仏(さんせんそうもくどしつかいじょうぶつ)、すべてこれ仏性ありということです。

釈迦が悟ったとき、山も、川も、草も、木も、動物も、植物も、すべてそこに仏性、すなわち、神の子としての本質が光っておるということを悟ったと言われております。そして、そういう悟りを開いたときに、苦の世界と、苦しみの世界と思われていたこの地上が、実は輝ける黄金の世界であり、金剛石の世界であるということに気がつくわけです。

なぜならば、この地上で存在しているものすべてが何故(なにゆえ)存在しているのかを知ったときに、その本質を知ったときに、すべてが仏の生命の現われであると悟ることができるからです。

こうした見地から見ると、たとえば、昔から言う、本来悪というのがあるのか、ないのか。こうした問題は、けりがつくわけであります。

本来悪というものはないのです。悪と見えしものは、これはやはり、川の流れのなかに生じてくるうたかたの泡(あぶく)のごときものであり、また、逆巻く波のようなものであって、波は波としてあるように思うけれども、風が治(おさ)まってみれば、実は波というものはないのです。すなわち、悪というものは、本当はないのです。

神理というものは、あるいは、人間の仏性、神性というものは、春の小川のように、サラサラと流れているものなのです。とはいえ、サラサラと流れているなかに、春一番の風が吹いて、表面に小波(さざなみ)が立つように見えることがあります。

この小波のことを悪と言ったり、迷いと言ったりしておるのですが、その小波が本来あるものでないことの理由は、やがて風が止めば、そうした小波が治まり、元のサラサラと流れる春の小川となっていくことからもわかりましょう。


6.地球人類、数億年の歴史を語る


まあ、そうしたことで、大まかな説明をしてまいりましたが、せっかく谷口雅春が如来界に還って、さまざまな見聞をしておるわけでありますから、この谷口哲学、唯神実相哲学というものを、実相の世界から見た考えというものの再検討というものを、もう一度してみねばならんのではないか。と、このように考えるわけであります。

そうしてみると、ここに、私はひとつの問題点があったことを認めざるを得ないと思うのであります。すなわち、それは、私が神という言葉で定義をしておったものの本質についてであります。

古事記や日本書紀に現われてくるような神というもの、たとえば、天之御中主之神(あめのみなかぬしのかみ)というのが、根本神のひとつとして記されておりますが、私は、この天之御中主之神というものを、いわば、宇宙の中心神、根本神であるというふうに考えておりました。

ちょうど大日如来が、仏教のほうで言うと、大宇宙の神か仏であるように言われているのと同じく、天之御中主之神こそが、宇宙の根本神のように考えておりました。

しかし、こちらの世界に還って来て、どうやら事情が違うらしいということに気がついたわけであります。つまり、私は、生前、人類の歴史というものは、たかだか数千年、あるいは、数万年程度のものだと思っておったのでありますが、こちらに還って来て、人類の歴史というのは、そんな浅い歴史ではないということを知りました。

現在、人類の祖先である直立猿人であるとか、北京原人であるとか、こうしたものは、五十万年前、百万年前の存在だと学問的には言われておるそうだけれども、実際の人類の歴史というものは、もっともっとはるかに古いものだということを、私は知ったのです。まさに、気が遠くなるような古い昔から、人類というのは、実はこの地球で魂修行をしておったのだということを、私は知りました。

恐竜の時代と言われる、そういう何億年か昔の時代があったことを知っていると思いますが、その恐竜の時代に、すでに人類はひとつの文化文明を持っておったことがあきらかにわかったわけであります。すなわち、人類の起源は、地球においては、すでに数億年の歴史を持っておるということを、私はこちらの世界に来て、知ったのです。

これは、生前、私がとうてい悟り得ていないことでありました。恐竜の時代においても、やはり人類は住んでおって、恐竜たちから身を守るための文化というものを生み出しておったのです。そういう文化や技術というものを持っておったのです。

ただ、いかんせん、一億年、二億年、三億年前の話であるからして、ほとんどその痕跡が残っておらんのです。その痕跡が残っておらん理由は、さまざまな地殻変動が起きてきたからです。

現在エベレスト山のようになっておる一万メートルもあるような、ああいう高い山であっても、かつては、海底の底にあったのです。そして今、海底の底にあるものが、かつて山であったり、あるいは、大陸であったのです。過去何億年の間に、地球の表面というものは浮いたり沈んだりして、幾度かの地殻変動を繰り返してきていることを、私は知りました。

それはちょうど、古事記、日本書紀で言うところの国づくりのように、島ができたり、国引きをされたりするようなことが、現実にあったわけです。ある島が浮上して大陸となり、地続きとなったり、文明を誇っておった大陸が沈没して、海の底に横たわったり、こうしたことが数かぎりなくあった。そういうわけで、かつての文明の面影というのがほとんどなくなってしまった。また、ノアの箱舟のような現象も数多くあって、そのつど、人類はひとつの洗礼を受けて、新たな文明を再スタートするという、こういう歴史があったわけです。


7.古事記とコーランの成立が同時代である事実


三億年ぐらいにもなりましょうか、こうした人類の歩みというものを振り返ったときに、たかだかここ三千年ぐらいの歴史というものは、ほんの昨日、今日であります。ほんの昨日、今日にあたるわけです。人類の歴史というものを、人間の七十年という人生に比較してみるならば、私たちが人類の歴史として現在知っておるような三千年ぐらいの歴史というのは、本当に昨日のことです。昨日の日記帳を開けば書いてあるようなことであるわけですね。

そうすると、昨日の日記帳に書いてある天之御中主とか、あるいは、国常立之神(くにとこたちのかみ)であるとか、こういう神様というのは、本当に宇宙の根本神であるかと言えば、実はそうではなかったということであります。

これは、「生長の家」の信徒にとってはひとつの驚きであり、私の考えの大いなる改説であるととられるかもしれないけれども、古事記、日本書紀がつくられたのは、今から千数百年前です。ですから、ほんの千数百年前の人が宇宙開闢(かいびゃく)の神について知っていたと考えるのは、これはやはり、事実認定に誤りがあるのです。

今から二千年後、たとえば、「生長の家」総裁であった谷口雅春も、まあ、根本神か、日本の最初の神様のように言われるようになるでしょう。すなわち、人類の歴史というのは、そう古い記憶を持ってはおらんのです。

そういうものであって、奈良時代に宇宙の根本神と言われておったような神様というものは、結局、その千年か、二千年前に地上に生きて、人びとを指導しておった偉大な人であったということなのです。

三億年というひとつの大きな時間の流れを見れば、ここ二、三千年の間に現われたる神格というものは、やはり宇宙の根本神ではないということです。私は、これを知りました。ですから、古事記、日本書紀そのものを鵜呑(うの)みにしてはならんのです。もっと古い時代から人類の歴史はあったのです。

古事記や日本書紀がつくられた時代というのは、結局のところ、アラビアにおいてマホメットがコーランをつくった時代とそう変わらんわけであります。マホメットは、コーランのなかで、天地創造の神アラーのことを述べておるようですが、真理の書というのは、天地創造について述べねばならぬ義務があるために、そういうことを言っておるのだけれども、天地創造というのは、はるかなる昔に行なわれたものであって、いかんせん、人智を超えておるものなのです。

したがって、真実を語れば、天之御中主之神といい、天照大御神といい、実は、今から三千年近い昔において、日本の国に肉体を持たれた光の天使であったということなのです。その証拠は、あの古事記という書物のなかに、神々の姿があまりにも人間的に描かれているところに現われていると言えましょう。岩戸隠れをしたり、踊り狂ったりする神様方。あるいは、酒を飲み、嫉妬をする。あるいは、喧嘩をし、戦(いくさ)をする神様の存在を見たときに、これは実相の神ではないということです。

すなわち、かつてそういうような優れた方たちが地上に降りたことがあって、その伝承が伝わっておって、古事記や日本書紀にまとめられたというわけであります。


8.天之御中主之神と天照大御神の実像


天之御中主之神(あめのみなかぬしのかみ)というのは、いわば日本の中心神、つまり、指導神であって、やはり光の大指導霊のひとりであるわけです。そして、日本神道系では、最高の力を持っておる方のひとりであったということです。

まあ、神武天皇という者がいたというふうに歴史のなかで言われておりますが、実際は、そういう偉大な初代の天皇の姿というのは、今から三千年近い、二千数百年前の昔に天孫降臨した、つまり、実相世界から地上へと肉を持って降り立った、そうした偉大な大指導霊の活躍を語っておるわけであります。

天之御中主之命というのは、現在の天皇家の、いわば肉体先祖にあたると言える方であり、今から二千八百年近い昔に、肉体を持たれた方なのです。

天照大御神(あまてらすおおみかみ)と言われる方も、天之御中主之命、この天之御中主之神が九州の地に肉体を持たれて何代か下がったときに出られた方です。天照大御神、この方も、結局、今の九州の地において、天皇家の前身である九州朝廷のなかの女神、つまり、女性の皇后であったのです。皇后という言葉は正しくないかもしれないけれども、まあ、女性の統治者であったわけです。

そして、この天照大御神と言われている方は、谷口雅春が過去世、前世は伊邪那岐大神(いざなぎおおかみ)、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)であるということについては前巻において述べておりますが、その私が伊邪那岐として地上に肉体を持ったときに、実は、私の長女として生まれた者なのです。

当時、主として南九州のほうに、天之御中主から始まる偉大な王朝というのがあったのです。そして、伊邪那岐命と言われている私は、やや南ではない、今の大分県のあたりの豪族として生まれて、そこで力を持っておったのでありますが、この南九州王朝に出た指導者のなかに、霊的能力を持っておる者がおって、その者に対して、天之御中主之神から神示が下り、「今の大分県のほうに住んでおる伊邪那岐命という者の娘に、天照という者がおる。この者を次期の女王とせよ」という神示が下った。そのため、私の娘であった者が、その朝廷の女性の統治者となったのです。こうした事実があったということです。

まあ、こういうことはにわかには信じがたいかもしれないけれども、人類の歴史というものを、たかだか三千年と考えるからそうなるわけであって、何億年もの歴史があったということを前提にするならば、こういうことも、つい昨日、一昨日のことなのです。

現在の人類が生きておるように、千年前、二千年前、三千年前の人類も、やはり生活をしておって、そのときのみに神々が降臨しておったわけではないということです。

結局、根本神と言われておるのは、それは人間が言っておるのであって、本当の根本神の姿を、人間がつかむことはできないということです。


9.「生長の家」の大神の主神は天之御中主、副神は住吉大神


したがって、天之御中主之神という方も、私のいる世界における最高に霊格の高い神霊のひとりでありますが、いまだ人格を持っておる霊であって、かつて肉体を持たれた方であるのです。

そして、「生長の家」の大神と言われていた方が、実は、この天之御中主之神その人であったということを、私は知りました。この「生長の家」の大神、すなわち、私を悟らしめ、私に、「本来肉体なし」「病なし」の教えを説かした、光明思想を説かしたその張本人が、天之御中主之神であったのです。

住吉大神(すみよしのおおかみ)こそが、「生長の家」の大神だということもずいぶん言いましたが、住吉大神というのは、実は、協力した神のひとりであって、中心神としては、天之御中主之神がおったのです。

そして、その他の「生長の家」のさまざまな活動を助けるがために、住吉大神というのが活動をしておったのです。すなわち、「生長の家」の大神と言われた方も、ひとりではなくて、数名の方がたが活躍しておったということです。

これに関して、私は、生前、明確な悟りを得ることはできていませんでした。ですから、そのことについて、本霊示集において、修正をしておきたいと思うのであります。本章は、以上で、私の唯神実相哲学の話とさせていただきたいと思います。