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目次

















12.守護霊を目覚めさす夜の祈り


まず、第一はのう、自分には、人間には、それぞれ守護霊というのがおるんじゃ。これは例外はない、全員についておる。ついておると言っても、ノリで張りつけたように背中についておるのではない。いつもはおらんわけじゃ。ただ、お前たちが何をしておるのかというのは、目を見張って、いつも見ておる。困ったときには、駆けつけてくれるわけじゃ。

じゃが、その守護霊が飛んで来ても、さっきのバケツ四杯じゃないけれども、重病患者の悪霊が何匹も入っとれば、ちょっと追い出せんわけじゃのう、守護霊の力じゃ。こういう問題があるんじゃ。したがって、守護霊の力を強くしておく必要がある。第一段階ではのう。そうすれば、自分を守ってくれるわけじゃ、霊的な悪影響から。そうすると、守護霊を強くするには、どうすればよいかという問題がある。

これはのう、まず、守護霊を日頃から目覚めさせておく必要があるんじゃ。見ておると、まあ、六、七割ぐらいの守護霊は、眠っておるんじゃ。どうも、ぼんやりしておる。守護霊をしておるんじゃけれども、自分が何をしているのか、よーわかっていないのが、いっぱいおる。あっちも、こっちものう。何となく役割を言われて、そんな気になっておるだけで、何をしたらよいのかよくわからん。あるいは、自分の力がよくわからん。

そういうことで、守護霊を、常々、目覚めさせておく必要がある。そういうことで、まあ、毎晩でもいいけれども、自分の守護霊と対話をしておく必要があるのう。この対話ちゅうのが、祈りじゃ。祈りの時間とゆうのが、これでのー。毎晩、守護霊様、どうかこういうふうにお導き下さいということを、寝る前に頼んどくわけじゃ。

こういうことをしておると、向こうも目を覚ましておるからのう。そうか、そうか、こういうふうにしてほしいんか、ということで、いつも気にしとるから。たとえば、横断歩道で、車にひかれそうになる前に、ふっと、本人が気がつくぐらいにはしてくれるわけじゃ。

こういうことで、常々、向こうの意識を目覚めさせとくという必要がある。これが、祈りじゃ。まあ、霊道を開いて、対話できればもっといいが、そこまでいかん人も多かろうから、これが祈りじゃのう、守護霊があるということを知って祈っておると、向こうも、もちろん、仕事が増えていくわけじゃ。これが、第一段階目じゃ。これをよく知っておくことじゃのう。


13.指導霊の指導は、感謝で招く


まあ、二番目は、守護霊より、もっと強い指導霊を持っとるこっちゃのう。これが、そういう悪霊を切ってくれる。守護霊というのは、まあ、だいたい本人の霊格と同じレべルじゃから、本人が平凡人なら、だいたい守護霊も平凡じゃ。本人が偉いなら、偉い守護霊もついとる。

まあ、そういうことだけれども、指導霊というのがおってのう、これは、もっと霊格が高いんじゃ。だから、これに頼めば、この世的な悪影響を遮断して、健康な生活が送れるわけじゃのう。じゃ、どうやったら、その指導霊が得られるのかという問題がある。これはのう、指導霊がつく人というのは、二、三種類あるわけじゃ。

一番目は、非常に専門的な仕事をやっておる人間じゃ。つまり、通常の守護霊っていうのは、何百年も前の霊だから、現代のことは、ようわからん。そういうことで、特殊な技能を持っておるような人間には、指導霊がつくことが多いのう。何でもええが、詩人でもええし、芸術家でもいいし、学者でもいいし、音楽家でもいいけれども、こういう特殊な人というのは、指導霊がつくことが多い。それも、本人の努力精進に応じた、指導霊がつくんじゃ。

そういうことで、ひとつの道を窮(きわ)めようと、強く念じて、怠らずやっておくとのう、心清くやっておると、指導霊がついてくる。そういうのがついてくると、だんだん人生が狂わんようになってくるんじゃ。だから、さらに指導霊というのも必要じゃのう。曲がらない人生を生きるためには。

それでまあ、精進ということも大事だけれども、指導霊を持つためにはのう、やはり感謝の気持ちを持たねばいかんのじゃ。あの世の霊というのは、お金をもらうわけではない。食べものを祭ってもらって喜ぶのではない。食べものを祭ってもらって喜ぶのは、地獄霊ぐらいのことでのー。天国の霊は、そんなもんでは喜ばんのじゃ。喜ぶようでは、ちょっと怪しいと思わねばいかん。

まあ、感謝の念というのが、彼らの食べものじゃ、言ってみればのう。地上の人を指導して、そして、感謝されると、要するに、指導霊はそれだけ嬉しい。嬉しいというのはのう、皆んな、地上の人間でも、嬉しいといって喜ぶと、パッと光が射したようになるじゃろう、明るく、表情がのう。同じじゃ、あの世の指導霊も、感謝されると、要するに、パッと明るくなるわけじゃ。光の量が増えるわけじゃの、そして、彼らの霊格が、ますます高まるわけじゃ。

したがって、常日頃、いろんなことをしておって、ものごとがうまくいき、進んだなと思ったときにはのう、指導霊に感謝するこっちゃ。感謝の気持ちを持つと、彼らは、ますます力がついてくる。そして、ますます指導を受けられる。

つまり、一番目は、守護、指導霊への祈りを言うたけれども、二番目は、指導霊への感謝じゃのう。ものごとがとくにうまくいっているなと思うときには、自分の力じゃと思わんと、感謝するこっちゃのう。高級霊たちに対して。そうすりゃ、ますます、指導を受けられるようになるじゃろう。これが二番目じゃ。


14.悪霊はウジ虫、ゴキブリ、ウジウジせんと灯を点せ


三番目はのう、これはまあ、谷口雅春の教えではないけれども、やはり、くよくよせんことじゃのう。くよくよするタイプの人間というのは、どうも、悪影響、悪霊の影響を受けやすいんじゃ。悪霊というのは、要するに、まあ、ウジ虫みたいな奴じゃからのう。ウジ虫とか、ゴキブリのようなもんじゃから、暗いところが好きなんじゃ。暗いところがあると、ついてくるのう。ウジ虫というのはのう、光の強いところへは出てこんのじゃ。ゴキブリじゃって、螢光灯つければ、逃げるじゃろ。台所の流しの下かなんかに逃げ込むはずじゃ。

悪霊というのは、まさしくゴキブリやウジ虫と同じなんじゃ。したがって、奴らのいやがることをすればいい。奴らがいやがることは何じゃと言うと、要するに、明るいことじゃ。明るくて、闊達(かったつ)なのが一番嫌いなんじゃ。ウジウジ、ウジウジしておるのが一番好きなんじゃ。暗くてのう。したがって、そんな悪影響から身を遮断(しゃだん)するためには、ウジウジせんこと。取り越し苦労をせんことじゃ。これは傾向でのう、訓練すれば変わるんじゃ。

すぐに、思ったとおりに、明るくはならんけれども、二年、三年かけてのう、努力していくんじゃ。いいことがあったときには、素直に喜んで、悪いことがあったときには、あまり気にしないように、心に止めずに、流していくようにするんじゃ。嬉しいことがあったら、最大限に喜んで、悪いことがあったら、そういう日もあるけれども、またいいことがくるだろうと思っているこっちゃ。こういうふうに、ものごとを明るく考えていく傾向をつくっておけば、ウジ虫とか、ゴキブリは出てこんのじゃ。

まあ、したがって、金しばりに遭(お)うたりするような人っちゅうのは、悪いことを何か予想しとるはすじゃ。わしは、必ず、そうだと思う。何か悪いことを、人が自分を迫害するんではないか、人の念にしばられるんではないか、こういうことをすると止めとけと言われるんではないか、そのうちこういうのがバレて、自分が困るのではないか、と、だいたいそういう危機とかのう、心配ごと、不安、こんなのを、いつも心のなかに持っとるんじゃ。

こういう人は、だいたい金しばりに遭うたり、あるいは、いろんな人と会うと、気分が悪くなってくる。これはウジ虫じゃから、相手のウジ虫が、自分のほうにはってこようとしておるのだから、ウジ虫が嫌いなような環境をつくるわけじゃ。ウジ虫が嫌いなのは何かちゅうと、要するに、光じゃ。明るい考えじゃ。だから、一日のうちに体調もあろうけれども、睡眠不足の日だとか、過労の日などは要するに、愚痴(ぐち)っぽくなるし、不安げになるけれども、まあ、なるべく体調を整えてのう、そんなに波がないようにして、明るい思想を吹き込んでおくことじゃ。これが大事じゃ。こうすれば、だんだん、ウジ虫がこなくなる。

人と会うて、気分が悪くなったり、悪霊がついてきたり、夜中に眠れなかったり、こういうときには、たいていウジ虫がきとるんじゃから、自分のなかに、そんなウジ虫を呼ぶような、内容があるかどうかをもう一回反省せねばならぬ。絶対あるはずじゃ。そして、心の方向を変えていくんじゃ。まあ、これしかないのう。だから、いつもそうじゃのう、いつも四月のような気分で、ポカポカ陽気でのう、四月のような、希望に満ちた気分でおると、ウジ虫はこんわ。まあ、これが、漏尽通力(ろうじんつうりき)の一番いいところじゃのう。光明思想と言ってもよい。

やはり、光明思想で身を守るようにせねばいかん。そういう人は、悪霊の影響を受けやすい人は、光明思想を持っとらん、基本的に。まあ、そういうことを言っておこう。弟子の本でも、谷口雅春の本でも、よく読んでくれ。わしがあまり言うてもおかしいだろうから、まあ、そういうことで、今日は神通力、ということについて話をした。