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目次

















10.現代の「歎異抄」の"悪人"はインテリ層


――  本日は、とくに「回心(えしん)」の対象はインテリ層になるのだということのお話であったということで……。

唯円  もちろん、それ以外の人もおりますよ。ただね、昔の"悪人"というのを現代にあてはめたらだれになるかというと、その辺ですよ、と。その辺の人たちにね、念仏ではない「宇宙の英知」を知ることによって救われるのだという原理を教えてあげねばいけませんよということです。

ですから、今、「歎異抄」を言うならね、田舎の爺さま、婆さまでも極楽往生できるのだから、ましてや論理的な教養を身につけた知識人たちは当然であるということになりましょうかね。

――  これは非常によいお話であったと思います。現代の「歎異抄」というものをたとえれば、こういう人たちが当たるんだと、これが本当の「悪人正機説」に該当するんだということですね。

唯円  ですからまあ、「歎異抄」の原理でいけば、こうなります。すなわち、今、善人というのは、要するに素朴な信仰を持って生きている人たち、お百姓さんとか、田舎に住んでいる人たち、こういうのが善人です。そして、こういう素朴な人たちでさえ救われるのですから、ましてや、インテリの皆さんが、"悪人"の典型であるインテリの皆さんが救われないわけはありません、と。

神仏を認めようとしない"悪人"ではありますけれども、インテリということで、ずいぶん頭がいいから、きっかけさえつかめば、きっと救われるでしょう。田舎の人でも極楽往生するのです。単純な信仰心を持っている善人でさえ救われるのだから、ましてね、非常に知識のある、頭のいいインテリの皆さんですから、このことに気がつけば、当然救われるのは間違いなしです。地獄へは行きません。極楽往生、間違いなしです。

そこで、インテリの人たちに、これさえ気がつけばというきっかけですな、"契機"をあなた方が与えてあげねばいけない。こういうことですな……。インテリの人たちは、頭がいいのだから、極楽往生できることは間違いありません。ただし、これだけは知っておきなさいよとね。その点を伝える。「唯円」の霊言さえ読んでおけば、極楽往生間違いなしだと、こういうことをあなた方は言わなくてはいかんわけです。

理論としては、あっているでしょう。知識人は「悪人」、田舎の爺ちゃん、婆ちゃんは「善人」です。あんな何にも知らないね、この世の中を全然知らない、英語も知らない人でも、掌を合わせているなかで、極楽往生できる。ましてや、悪人の典型である知識人たちは、頭がいいのだから、いったん気がつけばすぐ救われますよ、と。極楽往生間違いなしとね……。こういうことです。

ですから、その「阿弥陀如来信仰」ね、『南無阿弥陀仏』が一体何にあたるのか、これをね、現代の南無阿弥陀仏を、あなた方は発見しなければいけない。あなた方の「霊言集」を読んで、気づくかもしれない。知識人たちは何百、何千冊もの本を読むわけですが、そんなに読まなくてけっこう、この本一冊読んで極楽往生してくださいと、これでもいいですよ。

すなわち、「霊言集」一冊が、昔の南無阿弥陀仏の念仏かもしれない。そういうことですね。ただ、知識人たちは、自分を悪人だとは思っていないから、彼らこそ「悪人」だということをもうちょっとわからせてやる必要があります。

まあ、真理を晦(くら)ましている人たちなのですから、これは悪人ですよ。神の目からみれば、神理を晦ましているのだから。一方田舎の人たちはね、お天道様(てんとうさま)のおかげですと、掌を合わせているのだから、こういう人たちが天国へ行くことは確実ですよ。ところが、何十年も学問やってた人たちが、「神様などあるもんか」と言っているのだから、これは馬鹿になるために学問したのと一緒です。ただ、そういう頭のいい人たちはね、きっかけさえ与えられれば、それを悟るのは早いはずです。

どうですか、他に現代の「異端」について、何か意見がありますか。あれば、私も言いますが……。


11.現代の「異端(いたん)」物質至上主義、霊は物質を生み、また消せる


――  「異端」については、現在の科学者、あるいは一般知識人、こういう人たちのほとんどは、根元的な実在である「神」という宇宙の「大英知」の存在を信じておりません。「物質」がすべての根元なりとする"唯物論"を信じているということですね。それと、現代人のものごとの「価値基準」が、心とかその精神とかいう前に、金銭、あるいは物量の多寡ということが基準になるということですね。事業家はもとより、政治家になるのにも金、また芸術家の作品もその価格で価値が決められるということになってきています。

唯円  まあそれは、宗教を説く人にも金銭は関係しますのでね。これがないと三度の飯が食べられない。現代では、なかなか布教もできない。お布施だけで生きていくわけにはいかないのでね。現代では、宗教法人などでも、金銭と無縁でないことは周知のことです。ですから、この辺はむずかしい。非常にむずかしいところだと思います。ただ、物質というものだけをとってみるならば、あなた方の理論によって。

"物質"というものは、実は霊的な存在であるということです。霊的な想いの念が物質化することは、あなた方は理論としてすでに説いているはずです。こういうことは、物質万能主義者たちに対して、一つの衝撃であり、一喝になるであろうと思います。物質、物質と言っているようなものは、実はそうじゃないんだぞ、と。まあ、奇跡の原理ですね。

ですから、本当の法則からいえば、この地上に現われているものは、一瞬にして蒸発したように消すことができるのです。この世に現われているもの、石ころ一つ、空中に消してしまうことは簡単にできるのです。そして、空中からですね、パンの一個ぐらいだすのは簡単なことなのです。自由自在にできます。本来はね。ただ、そうすると、世の中が混乱するために、私たちはそういうことをしないことにしているのです。しかし、本来は、自由自在なのです。

そして、昔の世界は、天上界の霊たちが物質化して、肉体を持って地上にでて来たこともけっこうあったのです。昔はね。ですから、自分たちを物質化することぐらいは簡単なのです。別に男女、父母の縁ででて来なくとも、一時期物質化してでて来て、地上を歩き廻ることぐらいは簡単なのです。私たちは、幽霊よりももっとしっかりした体をつくれるのです。昔は、よくありました。ただ、それはやっぱり世の中を混乱させるので、やらなくなったのです。

昔はよくあったでしょう、天狗様が来て、人をさらって行ったという話が。あるいは、神隠しに遭(あ)ったとか。ああいうことは、実際にあった話なのです。"天狗"というのは、まあ、あの世の霊人ですが、そういうのが、物質化して肉体を持って現われ、この世の人を攫(さら)う。つまり、霊力でもって、この世の人を、あの世へ連れて行ってしまうのです。肉体を、物質を分解してしまうのです。実際、そういうことができるのです。しかし、そういうことをしていると、世の中が混乱する。だから、近代になってからは、そんなことはしないようにとの"禁止令"がでています。


12.他力門はキリスト教系の人びとの転生、阿弥陀仏はイエスの過去名

――  ありがとうございました。お説の趣旨がわかったような気がいたします。なお、お説をとりまとめ、編集させていただき、「唯円上人の霊訓」として掲載させていただきたいと思います。

唯円  まあ、唯円は、どちらかというとマタイよりは少し知名度が落ちるようですから、内心、若干忸怩(じくじ)たるものが私にはあるのです。まあ、あなたにもあるでしょうが、私にも内心忸怩たるものがあるので、少し気は引けるのですけれども……。

――  霊訓者紹介の欄には、マタイ様のお名前も入れさせていただこうと思います。

唯円  それはけっこうです。事実、そのとおりなのですから。実は、鎌倉時代の他力信仰、他力門はね、キリスト教系の人たちの「転生」によって、一つの計画のもとに行なわれたのです。これは、天上界の秘密でもあるのですが、これは一つ知らしておく必要があるし、あなた方にとっても初めての発見であったと思うのです。

自力門と他力門とあるけれども、結局、他力門は、キリスト教系から多くきていたのです。話を聞いていても、喩え話のなかにキリスト教の話ばかりでてくるからどうもおかしいと思ったかもしれません。しかし、それもそのはずです。「阿弥陀如来信仰」というのは、すなわち、イエス・キリスト信仰なのです。

――  しかし、唯円様たちも、ご在世中には、そのことに気がつかなかった……。

唯円  ま、それはそうです。ただね、信仰というのは魂の根深いところにありますから、なかなか抜けてこないですね。「阿弥陀如来」というのは、イエス様のまあ過去世、過去世の姿ですね。それへの信仰ですね。ですから、「釈迦」の時代にもね、「阿弥陀如来」という方が西方浄土にいらっしゃるということが言われていたのです。「阿弥陀如来」というのは、漢訳されていますけれども、に"阿弥陀"とは、「アミーダ」という西洋に生まれた光の大指導霊のことなのです。それは、すなわち、イエス様の過去世のことを言っておったということですね。

――  まあ、そういう背景をもとに、ここに親鸞様、唯円様、それから、一遍様、蓮如様という方がたが……。

唯円  四人が四人頭を並べて、枕を並べて、日本のこの時代にでて来て、何をどうしたかは、皆様のご判断にまかせますけれどもね。ま、一つの大きな使命だったということです。ですから、昔はイエス様のような大きな方がでられたのですが、そうじゃなくてね、親鸞様あたりを頭にして、みんなでて来たわけです。

――  いわゆる他力門の歴史的な背景というものが、この本によってあきらかに分かるということになりますね……。

唯円  そうですね、ですから、「真宗」系統の方が多いのでしょうが、一つキリスト教へも目を開いていただきたいと思います。そして、「親鸞聖人霊示集」を読んだら、「キリストの霊言」を続いて読んで、思想を深めていただきたいと、こう思います。一緒なんです。これしかないというものではないのです。


13.天上界の「総霊言」は二度とでない


唯円  あなた方も、これから大変ご苦労ですけども、一つ頑張っていただきたい。まだまだこういうのも、一つの神理の発見なのです。どういう人が、どういう考えを持っているというのも、一つの神理の発見でして、大変ご苦労ですけれども、天上界の皆様のお声を地上に伝えていくという仕事を続けていただきたいのです。そうしているうちに、いろんな問題点に気がついて、あなた方独自のものもでてくると思います。ただ、あなた方独自のものをだすにあたっては、そう焦る必要はありません。天上界の皆様の意見をご紹介するだけでも、一つの大きな力ですから。

今後、大いなる指導者がでても、こういうふうな「法」の集大成ということは、ちょっとむずかしいだろうと思います。あまりないと思います。まあ、こういう日がくるために、キリストの弟子であった私たちがまた日本に生まれて、そういう種を蒔いているし、そういう日本という国を、将来仏国土にするために、さまざまな霊がでて、日本という国を浄めるために、先触れとしてでてきたのです。

どうかこういう話を通じて、宗教は一つなんだと、すべて一つの神からでてきているのだということを教えていただきたいと思います。一つなのです。争いは間違っているよ、と。日本人と外国人が戦争するのも間違っているけれども、宗教同士で戦争するのも間違っています。ましてや同じ宗門のなかでね、派を争うのは大変な間違いですよ、と。これをしっかり知っていただいきたいと思います。

――  はい、どうも大変ありがとうございました。