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目次







1.「正命」の現代的意味


「正しく生活をする」ということに関して述べてみたいと思います。

正業と正命の違い、これは職業と生活との違いというふうに考えればそれまででありますが、正命のなかにはもっと違った意味合いがあります。現代的に言い換えるとするならば、この正命というのは時間の生かし方と考えてよいと思います。

時間の生かし方に関する本は、数多く出ています。目を通された方も多いと思います。

またこの正命は、別の言葉で言うならば、ライフ・スタイルという言葉に置き換えてもよいかもしれません。「あなたはどのようなライフ・スタイルをよしとされるのか。」こういう問いかけです。あなたはどういう時間の使い方をよしとされるか。そして、どういうライフ・スタイルをよしとされるか、これは現代にも生きています。

現代社会のなかにおいて、あなた方の理想と考えるライフ・スタイルはどうであるか。こういう問いかけをされたら、サラリーマンのみなさんは正業と正命の違いがわかるでしよう。アフター・ファイブというふうに考えてもよいかもしれません。アフター・ファイブの生き方はどうなっていますかということです。この無限の時間をみなさんはどのように使ってこられたでしょうか。そしてその結果、現在自分がどうあるのでしょうか。そして今後、どうなってゆくのでしょうか。これを考えていただきたいのです。

時間を金貨にたとえた方もいらっしゃいました。――毎朝起きるたびに二十四枚の金貨がポケットのなかに入っている。ところが、見ていると、ポケットのなかから金貨を取り出してドブに捨てて歩いている人がいっぱいいる。それでもいっこうにおかしいと思っていない。時間はほんとうは金貨以上の値打ちをもっているものなのだ。それにもかかわらず、金貨を捨てたらおかしいと思っても、時間を捨てることをおかしいと思わない人があっちにもこっちにもいる。まことに嘆かわしい。――こういうふうに説かれた方もいました。

また『黄金の法』のなかにも書いておきましたが、二十四時間という時間のもとにおける平等性を考えてみることが大切です。何のもとに各人が平等であるか、時間のもとの平等ほどはっきりしたものはないのです。どんな人であっても、一日二十四時間しか与えられていません。この二十四時間を使って偉人になる人もあれば、まったく世の中を害しただけで終わってしまう人もいます。

天国・地獄は来世で分かれるといわれていますが、それらはすべて、こうした時間の使い方で分かれてきた世界なのです。自分の時間をどういうものに使ってきたかということです。


2.単位時間の神理価値を高めよ


時間管理ということは、現代的正法においてはどうしても必要です。これを無視しては進めないものがあります。それも単なる相対的時間、時計で計れる時間だけではなく、この絶対的時間という意味で考えていく必要があります。

自分の一時間の時間効率を高めることです。この時間効率は単なる作業能率とは違います。物を運ぶという意味での作業能率を高めるというものではなく、一時間に含まれているユートピア価値を高める、神理価値を高めるということであります。その人の一日二十四時間になしたユートピアヘの貢献度、神理への貢献度というものを、時間単位で割り出した時に平均打率が出てきます。この平均打率をどうしても高める必要があるのです。これが人生を黄金に変えるための秘訣でもあります。

この観点は、反省においてひじょうにだいじです。一日をどう生きたか、生活したかという反省は漠然としていてわかりにくいことが多いのですが、時間の観点から反省していけばかなりのところまでわかります。自分がどういうふうに時間を使ったかという観点から反省をしていくのです。朝起きてから夜寝るまでの間の時間の使い方を反省していくのです。そして、そのなかでどれだけ時間効率を上げてきたか、この時間効率は単なる作業能率のことをいうのではない。神理的立場から見て、ユートピア的立場から見ての時間効率をどれだけ上げたか、まったくそれに関係のない時間が多すぎはしなかったかどうかです。

デスク・ワークにおいても、確かにしっかりした仕事をしているということは、それ自休神理価値があることは事実です。それは小さい社会ではあるが、少なくともそのなかで役に立ったことは事実です。ですから、とくに神理にかかわる運動をしたことだけを言っているわけではなくて、ふつうの職場でデスク・ワークをしていても、そのなかにおいてきっちりとした仕事、よい仕事をしたということであるならば、それはそれでプラスと考えてよいでしょう。

その間に仕事でミスをおかしたり、あるいは他の人に迷惑をかけたり、取引先に迷惑をかけたり、マイナスのことをいっぱい起こしたならば、これは神理価値的にはマイナスになっていきます。ですから、その単位時間当たりの自分の仕事の内容を見ていくこと、これがだいじです。これが正命的判断からの反省です。

正業と正命とは似たところもありますが、正命をこのように、一日の時間の使い方という観点から照射していくことも可能です。正業はこれに対して、もっと大きな意味での仕事のしかた、自分の生き方といった点から考えればよいでしょう。


3.未来へ投資するライフ・スタイル


また、もう一つは生き方のスタイルそのものです。これ自体について検討する必要があると思います。

あなたが今理想とされるライフ・スタイルはどういうライフ・スタイルでしょうか。これを考えていただきたいのです。何をもって理想とされるか、どういう生き方ができていけば自分としては本望なのか。この一日二十四時間という考え方を、もう少し中・長期的な観点から眺めてみるということです。

五年、十年、あるいはもっと大きな範囲のなかにおいて、自分の生き方を決めていくこと。これも正命のなかに入っていると思います。そうしてこのライフ・スタイルのなかで最も重要なのは、自分の自由になる部分です。自由になる部分の時間の使い方を特に考えていくことです。

二十四時間のうちで、生活必要時間があります。また仕事上、どうしても必要な時間もあります。これを取り除いた残りの自分にとって自由になる時間、これを使って未来を設計していく気持ちです。ひとつのプロジェクトです。自分の人生の計画設定、そしてその実践です。少なくとも、このライフ・スタイルにおいて、何らかの理想を持つべきである、というふうに私は考えます。それをただ漫然と過ごしてはならない、そう思います。

自分のライフ・スタイル、生活のパターンを築き、その生活のパターンのなかに将来の自分への投資にあたる部分を、必ず盛り込んでいくことです。将来的に自分にとってプラスになることを盛り込んでいくこと、これがだいじであると思います。いつ、どういう環境が現われても、どういう人間関係が現われても、自分が有為な人間として、また、優れた人間として、役に立てる人間として、また、人に喜ばれるような人間として生きていけるための、その資産を生活設計のなかで創っていくことです。これは大切なことであります。

このなかにはもちろん、たとえば読書をするというようなこともあるでしょうし、音楽を聴くということもあるでしょう。あるいは身体を鍛えるということもあると思いますし、カルチャー・センターのようなところに通う方もいらっしゃるでしょう。いろいろ考え方はあるでしょうが、未来への投資という観点から考えてみる必要があります。

たとえば私自身、どうしているかと考えてみると、最近読んでいる書物は、現在はまったく役に立ちません。しかし、あと三年ぐらいたったら生きてくるはずです。今、数年後のためのストックをつくっているわけです。このように、いつでもかなり先の蓄積を順番にしています。

今は、本書のように反省の方法などを説いていますが、頭のなかに入っているものは、まったく別なのです。他にもいろいろやっています。将来、三年後に役に立つもの、五年後に役に立つもの、十年後、二十年後、三十年後のことを考えてやっています。いろいろなことをして、そうとう根を張っているのです。根を張っているから逆に波風に強いという考え方もあるでしょう。これは『不動心』のなかでも説いておきました。

この正命のなかでは、やはり根を張るという考え方がだいじです。正業、職業的な考え方だと、とにかく今、与えられているところで最善を尽くすという考え方でしょうが、正命のなかには、人生の幹を太くし、また根を張るという作業が入っていると思います。これがおそらく、人生に余裕をあたえ、そして幅広い目でいろいろな人の考えを知る、理解するということの材料になっていくと思います。

ですから、正命のなかには現在の自分という立場を離れても、人間としての底力が出てくるように、余裕という観点も、できたら入れておいてほしいと思います。また、教養を身につけ、また体力をつけ、そしていろいろな形で人びとの役に立っていけるような、そういう投資戦略をぜひともやっていただきたいのです。これが現代的な生き方だと思います。

この点において配慮を怠った人は、やがてアリとキリギリスの話のようになっていくでしょう。アリはせっせと夏の間働いて、そしてエサを貯えていたが、キリギリスは夏は食料が豊富だったので、歌を歌って過ごしていた。ところが冬になったらエサがなくなって、そしてアリに「エサを分けてくれ。」と言っても、「あなた夏の間、何してたんですか。」と言われる話がありますが、そういうふうになってゆくということです。

しっかりと根を張り、幹を太くするという生き方を見出してください。この正命というのは、そのための積極的反省にあたります。こうした積極的反省をぜひやっていただきたいと思います。