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目次


 2.使命の自覚


 4.悟りの道程






 10.中道からの発展



 13.愛の行為と真心




 17.勇気の原点






16.夢は時間と空間を拡大する


勇気と時間の大切さを考えてまいりましたが、さらに、夢を描くことの大切さを、人生の原動力としての観点から述べていきたいと思います。

前の章では、同じ一生を生きるのであれば、時間を無駄なく、どう大切に生きるかということでありましたが、夢をいだくということは、けっきょく時間というものをふくらませることなのです。自分の時間をふくらませ、空間をふくらませるということです。滅多に出てこれる地上ではないのですから、どう生きるか。これは、自分自身のキャンバス、画用紙といいますか、画風、これらをできるだけ拡大していろいろなものを描いてみたいという思いであると思います。


〔謙虚さは発展の過程にこそ生きる〕

「夢をいだく」ということのなかには、人を酔わせる何かがあると思います。ここで、だいじなこととして、『太陽の法』の一節に「世に立って、後世に残るような偉業をなしとげた人で、夢をいだかなかった人は、おそらくひとりもいないと思います。人間として生まれて、この世に生きる以上、大きく生きてみようとする気概は、ひじょうに大切です。ミノ虫のように小ちゃくなっているからといって、それが謙虚だということではないのです。」と書かれています。この部分を、よく読み込んでおいてほしいと思います。

ミノ虫のように小さく生きるからよいのだということではないのです。謙虚さというのは、自らが大きくなっていこうとする過程にこそ必要だと言えます。自らが自信満々に生きているからこそ、謙虚さということが必要なのです。謙虚さとはすなわち車のブレーキです。こういう考えが大切であると思います。自らが大きくなっていこうとする過程にこそ、必要なのが謙虚さなのです。ミノ虫のようになって、自分が謙虚だといっても、それは違うと言われているのです。よく胸に手を当てて反省してみてください。「可もなく、不可もなく、大過なく過ごしました。」これではだめなのです。「外に出なくて、風邪もひきませんでした。」やはりそれではだめなのです。生まれてきた以上、ミノ虫になったらいけない、その殼のなかから出てきなさい、這いなさい、羽をはやして飛びなさい、と言っているのです。そこまでやって、それでよく自分を見つめて反省してみなさいといっているのです。何もしないで、「可もなく、不可もなかった。」ではだめなのです。

私も昔、そのようなことを考えたことがあります。もう何をやっても失敗する。人を傷つけたり、いろいろするので、もう何もしないのがいちばんよいことなのではないかと思っていたことがあるのです。たとえば、人と会わなければ罪が生じないのであるとか、このようなことをだいぶ以前ではありますが、思ったこともありました。

しかし、それではやはりだめなのです。人と会えば、確かに人を傷つけることもありますし、失敗することもあるけれども、そこをあえて一歩踏み出して自分の世界を大きくしていくようでなければならないのです。その過程において失敗はもちろんあるでしょうが、それも前向きに受け止めていくことです。まず、リスクを恐れてはいけない。向っていくときの傷は、やはり止むを得ないと思っていくべきです。そして、起こってしまったことについては、謙虚に反省することです。このように思ってください。

はたして自分がミノ虫になっていないか、反省と言いつつ反省の袋小路のなかに、殼のなかに入ってミノ虫になっている人はたくさんいます。おそらく読者のなかにもいるかもしれません。とにかく反省しておけばよいのではないか、ということで、どんどんと小さくなり点のようになっている、そのような人がいらっしゃると思います。ですから気をつけてください。それではだめなのです。出てきなさい。歩きなさい。這いなさい。そして飛びなさい。それで失敗したのならば反省すればよいのです。そういうことなのです。

しないことのほうを反省するということ、何もしないこともまた反省の材料であるということ、これを言っておきたいと思います。ブレーキもだいじ、アクセルもだいじ、両方一体になる、ということを知っていただきたいということなのです。


17.勇気の原点


「勇気ということばを聞くと、私は、大木のなかに打ち込まれてゆく鉞(まさかり)を思い出します。カーン、カーンと早朝の森林にこだまするあの勇ましい生命の鼓動を聞いているような気持ちにさせられます。この勇気という名の鉞があるからこそ、私たち人間は、人生の苦難という名の大木を切り倒していけるのだ、と私は思うのです」と、私は『太陽の法』の一節のなかで語ったことがあります。

確かに人生は困難に満ちていますし、手探りに近い部分もそうとうあります。しかし一本の鉞を私たちは授かっているのです。そのままであれば、もうどうしようもない、もはやこの運命の森のなかから出ることができないのです。どちらに行ったらいいのかがわからない。日は暮れて、草はしげり、本は黒々となり、ふくろうは鳴き、というような状況のなかで、ひじょうな不安に襲われるわけであります。

しかし、私たちの腰には、この鉞がぶらさがっているのです。これを用いなければいけないのです。よし、と思ってこの鉞を振り上げて、切り開いていくときには、もう障害物はなくなっているのです。実は、これをふり上げる勇気がないだけのことが多いのです。この恐怖の森も、夜が明けてみれば、たいしたことはないのです。平和な森なのです。それが、いろいろな恐怖の怪物が出たり、幽霊が出たりするような森に見えることがあるのです。そのなかで立ちすくんでいることがあります。しかし、腰に鍼があるということを思い出さなければいけないのです。


〔「大力量人」のたとえ〕

禅の『無門関』という書のなかに「大力量人」という話が載っております。難しい漢文についてはどうでもよいことでありますが、けっきょくのところ、このなかではこのようなことを指摘しているのです。すなわち、道を求める人、悟りを求める人のなかにも、自分自身を縛って小さくしている人が大勢いるということです。

人間の犯す罪について、などといって、罪の探究、追究をして、何やかやといい、その結果、自分をくくっているのです。この自分自身をくくって、がんじがらめにしていく傾向が、人間にはどうしてもあるようです。このときに、やはり気がついたならば、運命の糸を思い切って断ち切らなければいけないときもあるのです。時おり、ジレンマ、あるいは、自分でつくった罠といますか、危機のなかに人間は陥るのです。

このような話については、同書の「香厳上樹」(第五則)のなかにある禅の公案として記述されています。まず、お坊さんといいますか、修行者というものは、道を聞かれたときに必ず答えなければいけないという大前提があるわけです。人が来て、仏教の本意や、仏道の修行について、あるいは、仏とはなにかなどと聞かれたならば、たとえどのようなときにでも絶対に答えなければいけないという、厳しい前提があるわけです。

ところが、その修行者は、木の枝にぶらさがっているのです。しかも、ただぶらさがっているのではなくて、ロで木の枝をくわえ、手は縛られているか、あるいは使ってはいけないという前提なのです。このようなルールがあります。ロで枝にぶらさがっている。口を離せば、下に落ちて死んでしまうというような絶体絶命の状態にあるのです。

そのとき、下にのんきな人が出てきて、「いかなるかこれ、祖師西来の意」などと聞いてきます。つまり、仏陀の教えが伝わってきたこの意味はどこにあるのでしょうか、などと聞いてくるのです。そうしますと修行者としては、これは何としても答えなければいけないわけです。逃げればもう修行者としては失格である。しかし、ロをあければ死んでしまう。さあどうしますかと、このようなことを一生懸命に悩むのです。

これは、ひとつの比喩ではありますが、気がついてみますと、みなさん、人生のいろいろなところでけっこう、このような状況に陥っているのです。質問には答えなければならないけれども、答えようと思えば命がなくなる、というこの公案と同じような状況に自分をおいているようなことがたくさんあります。そして、ロで枝をくわえているだけではなく、自分で手まで縛っているのです。このようなことが、いくらでもあるのです。いつのまにか自然にそのようなものを勝手につくっているのです。

しかし、その自分の困難と思っているものが、ほんとうに困難なものなのであるのかどうか、実際に、やってみてどうかということです。そうでもないことが多いのです。自分が想像上でっくり、しばっているだけのことが往々にしてあります。

たとえば、自分がこの道に進めば、今までの友人を失うことになるだろう、などということがあります。今、自分は神理に目覚めた、ところがこの道に突き進めば、私は彼女を、あるいは彼氏を失うであろう。それとも会社のなかでの立場が悪くなるかもしれない。社員が反乱を起こすかもしれない、そのようにいろいろなことを、空想で一生懸命につくっているわけです。あるいは、奥さんの了解を得なければ、いったいどうなるかわからない、などと一生懸命に考えに考えて、うんうんと唸(うな)って、あげくのはてに胃が痛くなって入院したりするわけなのです。

これはひとつのたとえ話でありますが、人生にはこのような局面がたくさんあるのです。そのようなときには、遠山の金さんではありませんが、威勢よく「この桜吹雪が見えねえか。」と言って、片肌脱ぐくらいの気持ちにならなければいけないのです。

「なに、しゃらくさい。口を離したら死ぬ? そんなことあるもんか。」と実際、飛び降りてみればネコのようにヒラリと降りることができたり、あるいは枝をブチ折ったり、いろいろ新しい局面も出てくるわけです。また逆に「戒律みたいなそんなもんブチ破ってしまえ。何をいうか。答えんでもよい。」という考え方もあるのです。答えなければいけないという考え自体、そもそも間違っているという考えも成立するかもしれない。

このように、ひとつのダイナミックな動きを考えて見たときに、その自分の小さな悩みがふっ切れることがあります。ほんとうにそうなのです。ですから、自分が何かにとらわれてがんじがらめになっていると思ったときに、自分がほんとうは大きな力の持主、大力量人であるということを忘れ、小さな殼のなかにとじこもっていて、「ああしてはいけない、こうしてはいけない。」というようになっているのでないかと反省してみる必要があるのです。善悪の二元論にとらわれたり、罪の意識にとらわれて小さくなっているようなときに、ダイナミックな動きをもうひとつ考えてみることが大切です。

「それではどうだ、刀をスパーッと抜けばどうなるのだ。」これを考えてみたときに、意外にその悩みや、もやなどは、消えてしまうことがあるのです。どうということがないことがあるのです。後で考えてみて何でこんなに小さいことにこだわっていたのか、と笑ってしまうようなこともありますが、そのとおりなのです。すんでしまえばそれまでのことです。こういう経験も是非ともしていただきたいと思います。


18.努力するという名の幸福


『平凡からの出発』や『太陽の法』のなかでも触れておりますが、私は小学校のころから「自分は頭が悪いから、人の二倍、三倍努力して、やっと一人前だ。社会に出て、ほんとうに世間の役に立つような人間となるには、ほかの人が眠っているときに、寸暇を惜しんで、人の四倍、五倍の努力をしなければいけない。」と考えておりました。

これは、謙虚で言っているのではなく、事実そのとおりだったからなのです。自分自身を鈍いと感じておりました。そして頭も悪く、飲み込みも悪く、効率も悪い、不器用な人間だと思っておりました。ですから、ほんとうに人の何倍も努力しなければ、追いつかないのです。ただ、このような努力を続けているうちに、不思議ではありますが、ほんとうに頭のいい人と変わらないような結果が出てくるのです。頭の中身のことはけっきょく、だれにもわかりはしないのです。頭のなかを透視できるとしても、脳味噌しか入っていないものですから、やはりなにもわからないのです。したがって、人はその結果しか見ていないのです。

ですから、ある人が軽くこなせることであっても、自分にとってはその三倍、四倍の時間がかかるかもしれないし、準備もそうとう必要なのかもしれませんが、それでも、それだけのことを仕上げれば結果としては同じなのです。人はそれまでのことで、中身はわからないのです。そういうことなのです。

努力の価値ということで、よく亀のたとえをいたしますが、私が今になっていろいろと思いますのは、頭がきれないというのも幸福なことではないかということです。たぶんみなさんのなかには、自分は頭のきれが悪いと思って悩んでいる方も多いと思います。しかし、これはある意味で、ほんとうに幸福なことかもしれません。長く修行ができるのです。長く楽しめるのです。「人生を十倍に楽しむ法」ということではありませんが、人がスースーいくところを長く時間がかかるわけで、考えようによってほんとうに楽しむことができるのです。その間いろいろな工夫もできますし、コツコツと蓄積もできます。まことにありがたいことなのです。

人生はあまり、超特急でいけばよいというものではないのです。努力をするのは時間がかかるかもしれないけれども、結果的には同じところまでいくので、途中で得られるものは、もっと大きいものが得られるかもしれないのです。結果的には同じものが出るけれども、得たものは大きいのです。

たとえば、私たちの例でいえば、上級セミナーというものがあります。受かる人も落ちる人もいて、もちろん上級であるだけに落ちる人のほうが多いのでありますが、それでは、スッと受かってしまえばどうなのかという観点もあります。試験のテキストとして、二冊や三冊を勉強しただけでスッと合格したならば、それがよいことかどうかということです。それはそうでもないかもしれません。やはり、ああいうものは三年ぐらいかけたほうが、ほんとうはおもしろいのかもしれないのです。いろいろな勉強をしていって、やっとクリヤーしたほうが、達成感があってよいかもしれません。じっくり練ってきて、合格していただいたほうがよいのではないかという気がひじょうにします。

さっと二冊ぐらいで合格して、それで悟ったような気になられれば、そのあとの転落も激しいために、かえって危ないのです。じっくり実力が熟成されてきて、合格していくほうがほんとうはよいのです。けっきょく、私は多少頭が悪いぐらい、あるいは仕事もできないくらいのほうが、努力のしがいがあっておもしろいという、ひとつの悟りを述べているのです。

また、女性にも、もてないほうが得ることが多いということがあります。私にしてもその結果、おかげさまで文章力がついたのです。今では文を書くのも速いし、漠字もずいぶん覚えました。そして、短期間のうちにかなり書けるようにもなりました。ほんとうに、ありがたいことです。それがいまに生きています。

ですから、数えてみれば、いろいろな失敗は多いのですが、イエス・ノー、あるいはオール・オア・ナッシングで、ものごとを考えてはいけないという結論なのです。試験にしても、九十点が合格ラインとすれば、八十九点は不合格になりますが、ゼロかといえば、そんなことはないわけです。八十九点は八十九点なのです。やはりゼロから考えてみれば、八十九点だけのものは必ずあるわけです。努力したものは結果だけをみてはいけないのです。努力したものは、それだけのものが残るのです。自分のなかに残るわけなのです。ですから、人生何が幸いするかはわからないということです。


19.新しき世紀へ向かって


もう一度かんたんに霊界からの通信開始についてありのままに述べてみたいと思います。

一九八一年の六月の下旬だったと思います。高橋信次先生が出てこられて、私にメッセージを送りはじめたのです。説明の都合上、G団体のことを言わざるをえないのですが、私はほんとうはそんなにG団体のことを触れたくはないのです。人間がやることにはよいことも悪いこともあるため、いちいち評価をすることはできないのです。人間は自分のことでさえ、先のことはどうなるかはわからないので、人のことはあまりいうことができないのです。

このとき、高橋先生が出てこられて、自分の道を拓けと言われても、私はその意味がわかりませんでした。後継の団体もあるし、そこへ駆けつけていって協力するのがいちばんよいのではないか、とどうしても思ったのです。しかし先生は「いかんでもいい。お前は自分でやれ。」と言われるので、おかげさまで六年もかかって遅くなってしまったのです。結果的には、それはそれなりに、よかったのかもしれません。

『大天使ミカエルの降臨』という本が三部作で出ておりますが、そのなかで、ミカエルという大天使が、いろいろなメッセージを送っています。このG団体についても、どこが違ってしまったのかを言っています。けれども、私ははっきり言えば、別になんとも思ってないのです。やはり地上で伝道するということは難しいことなのです。ですから、人の失敗をみて喜ぶ気持ちは私にはありません。むしろ、なんにも協力してあげられなくて、いまも申しわけなかったという気持ちでいっぱいです。

この一九八一年の段階で、私がもし名乗りをあげて協力していれば、どうにかなったのではないかと、今でもときどき思うことがあります。私は自分で自分の道へと入っていったために少し遅れたのです。その分、何年か神理の伝道計画が遅れました。ですから、私はいま急ピッチで取り戻しています。天上界の計画からだいぶ、遅れてしまったので、その遅れをとり戻さなければならないのです。

本には多少批判的なことを書いてありますが、事実は事実で明らかにしなければならないというだけのことで、それを載せました。私としては、失敗はだれにでもあるし、それをあげつらって自分の正当性を言う気持ちはまったくありません。私自身、もう少しは何とかしてあげられたのではなかったかと思うと、慙愧(ざんき)の至りであります。

ただ、当時、二十四歳の私では、やはり無理であったろうと思います。許していただきたいと思っています。自分自身の自己確立ができていなかったのです。やはり人に道を説ける段階ではなかったのです。その後何年かを経て、基礎をつくってはじめて、人前で話ができるようになったと感じています。それでその間、高橋先生をはじめとする、いろいろな高級霊にはずいぶん迷惑をかけたと思っているのです。許していただきたいと思っています。

最後に会社を辞めるころの話でありますが、まさに鉄槌がくだりました。『太陽の法』(第6章10節)に書かれているとおりです。このような現象が起きてから六年もたってもまだ、国際金融の仕事をやっておりました。そして、まだ仕事上でいろいろな色気も残っていたのです。またこのころ、ちょうど株が上がってきまして、やっといい思いをしはじめたころで、自分としても、なかなか決断がつかないこともありました。霊言集等も出はじめて、こちらも軌道にのっていました。また、仕事のほうでもずいぶん認められてまいりまして、前途は洋々といいますか、そうとう開けていて、光明が見えていたのです。

しかし、そのときに、やられました。指導霊の方が全員天降ってきたのです。六月の十七、八日でしたが、このときはすごかったのです。こんなに人を責めるなんて、悪魔ではないかと思ったくらいの勢いで「即座にやめろ。やめなさい。」という声のなかで、私としては、このようなことがあってよいのかと思いましたが、ただこのような高級霊の名前をつかって、霊言集を出している以上どうするつもりなのかということです。本だけ出しておいて、実際に自分のことはどうなのか、全然信じていないのかと言われれば、やはり苦しいのです。それで先の見通しは全然たっていなかったのですが、もうしようがない、自分の夢はもういいと思って、あとはどうなろうとかまわないということで、会社を辞めました。

結果は、このように、みなさん方の前で話もできるようになりました。本も三年目で、すでに七十数冊になりました。その間、驚くべき速度でつくられてまいりました。それだけのエネルギーがたまっているのにもかかわらず、水路を開いてなかったわけで、それはすべて私の責任です。ほかのことをやっていたわけなのです。

ですから、これからも今まで以上にがんばり、実績を積み上げて高級霊の方がたへの報恩としていきたいと思っています。