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目次




















(1987年2月13日の霊示)

1.姓名判断、占星術は仙人の仕事


今日は二日目、「月の時代と星の時代」という題名をつけてみた。まあ、ずいぶんけったいな題名じゃと思う人もおろう。月の時代と言うたら、人工衛星の時代かのうと思うとる人もおるかもわからん。じゃが、わしが言うとるのはそういうことじゃない。まあ、今日言いたいのはな、うーん、よくあるじゃろう、星占術というのが。まあ、あれに関して、少し話をしてみようと思うとるのじゃ。

地上ではいろいろ星占術だの、姓名判断などはやっておるけれども、まあ、こうしたものと、いわゆる一般の宗教との違いと同質さ、ま、これがなかなかようわからんじゃろう。まあ、そういうことで、こちらの世界から、わしがちょっと教えて進ぜようと思うんじゃ。

まあ、月の時代と星の時代と言うけれども、月はもちろんひとつしかない。星はいくつもあるがのう。そういうことで、星占術にからんだ話を少しずつやっていこうと思う。まあ、西洋のほうでも、星占術はあるけれども、月だとか、火星だとか、水星だとか、木星だとか、他にもいろいろあろうのう。土星か、あるいは海王星、冥王星、まあ、こういうのにちなんで、運勢を言うたり、いろんなことを言うとるのー。

また最近は、○○○子というのがおって、火星人じゃの、水星人じゃの言うて運勢をやって、大儲けをしとるようじゃ。まあ、ああいうことも、まんざら根拠のないわけじゃなくて、わしらの世界のなかには、そうしたことをやはり研究しておるものがおるのじゃ。そういう研究者がおって、まあ、地上の人に、インスピレーションを与えておる場合もある。

まあ、そのこともあるっていうことだ。それでどうやら、お前さん方の本というのも、ちらちらと見ておるけれども、まあ、こうした世界について、研究も足りんし、資料もないようじゃから、それをちょっと親切に言うてやろうかなあと思うとるんじゃ。読者のなかには、もちろん姓名判断じゃの、星占いじゃのに興味を持っとるのもおる。

ええ恰好して、そんなもの気にせんでええと、とにかく心の教えじゃというのもひとつじゃけれども、まあ、そうした世界もないことはないし、そうした力もあることはあるんだから、知っておく分には損はなかろう。知っておって、それを使う、使わんは、各人の自由じゃ。わしは、そこは自由意志でええと思う。じゃが、知らんで批判するのと、知っとって批判するのとでは、若干意味合いが違うであろう。そういうことを言っておこう。

まあ、こういった星占術の類、姓名判断の類というのは、まあ、言葉は悪いが、いわば、仙人の類(たぐい)がやっておるわけじゃ、ほんとうはのう。あの世にも仙人という世界があって、お前たちの考え方から言えば、仙人というのは滝に打たれたり、岩に登ったり、岩壁よじ登ったりと思うとるじゃろうが、どっこい、それはちょっと仙人の研究が足りんのじゃのう。別に床縛りを命じられたり、空を飛んだりしているばかりが、仙人じゃない。

仙人のなかにもいろいろおって、研究を主としてやっておるものもおる。たとえば、「四柱推命学」なんていうのがあって、運命学じゃの、こういうのもあって、東洋で四千年の歴史を誇っておる。こうしたものも、やはりあの世で研究をしておるものがある、仙人がおるのじゃ、ちゃんとな。まあ、これは仙人というよりは、学者に近かろう。


2.スポーツマン、歌手も仙人が指導している


まあ、そういうものもあるし、西洋の仙人は、星占術を主としてやっておろう。まあ、こうした世界があるんじゃし、仙人の世界も、そんな厳しい山肌ばかりに住んでいるのではのうて、ちゃんとした集落もあれば、ちゃんとした研究所もあってのう。それはそれなりに、最近の仙人界は、やはり近代的になっておる。まあ、近々は、あんたらのところに、逆立ち健康器を売っとるという社長さんもおったようじゃけれども、まあ、仙人だって、二十世紀になれば、ただ逆立ちばかりしておるんじゃなくて、逆立ち健康器ぐらいつくって売ったりはするんじゃ。やはりそのぐらいの進歩というのがある。

あの世でも、そういう岩登りばかりやっとるんではなくて、どうやって合理的に体力を鍛えるかというトレーニングを編み出しては、次々とやっておる。じゃ、こうした仙人が、お前らが思っておるように、他人のことをまったく気にしておらんかちゅうと、そんなこともない。完全にエゴイストの仙人ばかりではないのじゃ。

たとえば、スポーツ選手でもいっぱいおろう。お前たちがよく見ておるものには、野球の選手もおるし、ボクシングの選手もおるし、マラソンの選手もおるし、棒高飛びの選手もおるし、あるいは、プロレスの選手もおろう。こうした者どもが、各自が努力してやっとるかと言えば、そうでもない。彼らにも、ちゃんと指導霊がついておる。

彼らの指導霊っていうのは、だいたい仙人系統が多いわけじゃ。普通の霊界の住人では、そういう指導はなかなかできんのじゃ。それで、あの世で、そうしたスポーツならスポーツ専門の仙人たちがいっぱいおるわけじゃ。たとえば、マラソンなんかにしても、そうじゃのう。世界新記録を出したり、思わぬ記録を出したりするときっていうのは、やはりそうした仙人たちが、まあ、本人のなかに入って、走っとる場合もある。あるいは、ボクシングなんかもそうじゃのう。ついておる仙人同士で、どっちが強いか、競っておるのが多いわけじゃ。

普通の人間だと、ボクシングなどと言うても、相手のパンチも見えんぐらいの早さじゃろ。それが、一瞬にしてどっちへ飛んでいるのかがわかって、フットワークというのでよけて、また打ち返す。こうぃうのは、やはり一種の超能力なのじゃ。

あるいは、他にもっと言えば、野球の選手なんかでもそうじゃのう。やはり特別大きな力を持っておる選手というのがおって、何万人もの観客を湧かせたりするような人というのは、まあ、仙人系統の人というのがけっこう指導しとるのじゃ。まあ、昔の仙人の時代に野球があったわけではなかろうが、やはりスポーツのようなものはいつの世の時代にもあったから、昔いろいろ力競(くら)べをやったり、玉投げをやったり、武術をやったりしたような仙人がいっぱいおって、そういうものが、武術をやったものには、バットを振り回すのを指導したりしておるわけじゃ。だから、そういうことであって、仙人だからこの世の役に立っておらんかと言えば、そんなことはない。

あるいは、仙人界にも、「仙女(せんにょ)」というのがおって、仙女界と言ってな、仙人の女性じゃ。こういう世界もある。仙女界には、それは美しい女性はいっぱいおろう。彼女らも、もちろん指導をしておるし、今はやりの歌手なんていうのは、これは仙女の指導をずいぶん受けておるし、仙女界から生まれ変わった歌手もずいぶん多い。それらをもって、たとえば意味がないかと言えば、そんなこともなかろう。

お前らは、歌手と言えばすぐ幽界じゃ、霊界じゃと思うとるかも知らんけど、霊層だけが低いわけじゃなくて、歌手のなかでも大衆的な評判を博して、レコードにしても何十万枚、何百万枚も売れるような歌手というのはのう、やは力仙女の系統が多いわけじゃ。霊力を持っておって、その霊力でもって、人びとの心をゆさぶっておるのじゃ。歌がうまい、下手というのは、もちろん小学校、中学校ではある程度あろうが、歌手の世界に入ると、そこそこ皆うまい。しかし、ある者はよく売れて、ある者は売れんというものもある。

それから、トップスターというのは、いつもだいたい決まっておろう。こういうのはやはり、顔だけでもなかろう。スタイルだけでもなかろう。霊的な力が働いておる。これは決して、幽界や霊界の悟りでそうなっとるわけではない。やはり仙人系統の力が働いておる。あの世の仙女の世界でも、お前たちは驚(おどろ)くかも知らんけれど、レコーディングぐらいできるような施設が、ちゃんともうできておるんじゃ。近代的なスタジオぐらいは、仙人の世界にもちゃんとあって、仙女たちは、スタジオのなかで、ヘッドホーンつけてレコーディングをやっておる。

そして、こういう歌を吹き込めば、これは多分、地上で非常に影響力があるだろうと、こういうのをいろいろ計画しておるんじゃ。そして、それを地上に送り込んで、作曲家や作詞家にインスピレーションを与えてその歌手に歌わす。歌わすときにも、ちゃんと指導しておる。まあ、こういうことをしておるわけじゃ。だからまあ、地上でも、けっこう何と言うかのう、人びとを喜ばすような仕事はやっとるわけじゃ。まあ、そう思って間違いない。歌じゃって、そんな流行歌がなければ、人びとは淋しかろうて、そんなむずかしい宗教の本ばかり読んどるわけにはいかんじゃろう。その合い間には、歌のひとつでも聞かにゃいかん。


3.精神指導も仙人界がやっている


そういうことでね。仙人界というのを、まあ、慈悲も愛もない世界というような、そんなことを決めつける御仁もどこかにはおろうけれども、そう決めつけるのは、やはりひとつのドグマと言うかのう、思い込みであって、やり方は違うけれども、それなりのことはやっておるわけじゃ。仙人界の人たちがやっておることって言うのは、結局、影響力というのを重視しとるわけじゃ。どうやって影響力を増すかということをのー。これが、ある意味での超念力でもあろうし、そうしたものであろう。

本格的な仙人というのは、宗数的な方面で、もちろん活躍はしておろう。今、地上でも、最後の超念力だとか、八次元パワーだとか言うてやっとるのがおるけども、ああいうのは、仙人そのものじゃ。あなた方の言うとる、「如来界」の「八次元」とは、もちろん違う。仙人じゃ。仙人としてパワーを持っておって、あの世の仙人が何人も指導しておる。

まあ、こういうのもあろうし、あるいは、姓名判断なんかでもよく売れるのがあろうのう。ああいうのもそうじゃのう。まあ、ひと昔前には、天中殺(てんちゅうさつ)というのか、天中殺ブームというのがあったようじゃけれども、まあ、ああいうブームになるときというのは、やはり仙人界の指導があるわけじゃ。そんなに何十万、何百万の人に読まれるというときは、必ずあの世の作用があると思うて間違いない。

ブームというのは、たいてい、そのようなものだ。そうしてみると、いわゆる如来や菩薩の指導だけが、地上を動かしているだけじゃなくて、そうした一種の時代の雰囲気、あるいは、ブーム、流行、こうしたものをつくり出している力として、仙人界の存在というのがあるということを、忘れてはならんと思う。

彼らは、そんなに頭が良くない人が多いから、むずかしい理論は、ダメじゃろう。そういう意味での正法は説きにくいけれども、理論ではなくて、行ないのほうじゃのう、行ないのほうの研究家なんじゃ。行ないが何かというのを常に実践、研究している方がたなんじゃ。

どういうふうにやれば、たとえば、プロレスでの、一番強い攻め方ができるかとか、まあ、プロレスラーで四の字固めとかやるのもおるし、いろいろおるようじゃけれども、ああいうのは、もちろん、仙人界で発明された技じゃ。

脳天逆落としじゃとか、空手チョップじゃとか、ヤシの実割りじゃとか、いろんなプロレスの技があるけれども、ああいうのはたいてい、仙人界で、開発された技じゃ。仙人が指導しておる。じゃから、プロレスラーなんかでも、善人は、もちろん、仙人界へ普通還って来るし、悪人はもちろん地獄へ堕ちていく。こういうことがあろうと思う。まあ、そうした人間の、行動じゃのう、行動についての理論を研究しておるところもあるちゃうことじゃのー。


4.如来、菩薩は心の理論、仙人、天狗は行動の理論を説く


如来や菩薩というのは、主として、心のほうの理論を考えておくわけじゃ。ところが、仙人たちは、あるいは、天狗界の人たちもおるけれども、こういう人たちは、行ないの理論、行動の理論というのを中心にやっとるわけで、まあ、これも無視しがたい力じゃと思う。また、地上でもよく戦争などもあろう。まあ、平和主義者たちは、戦争はいかんなどと言うけれども、戦争も意味がないわけではない。そういう戦争によって、やはり時代環境が変わってくることがある。

AとBという二つの大名なり、武将なりがおって、どっちが勝つかによって、時代の流れが変わってくることがあろう。これは、たとえば、江戸時代で、徳川家康が、戦でもし、敗れておって死んでおれば、ああいう幕府の時代はこんかったじゃろう。こういうふうに、戦のときにもまたあの世から、天狗界、仙人界からの指導がずいぶんされておる。まあ、そうした力を持って、戦で勝ったり、いろいろするわけである。軍師とかいうのがおるけれども、たいていこうした人たちは、仙人界の人たちじゃ。戦の指導をしておる。

また、他に仙人界の人たちの活躍を見れば、まあ、最近では、産業界でも、どうやら株式だとか、証券だとか、そうした方面ですいぶん文明が進んでおるようじゃけれども、まあ、ああいう株じゃの、証券じゃの、やっておるのは、けっこう仙人界の人も多いわけじゃ。仙人は金儲けがへ夕じゃと言う人もおるようじゃけれども、仙人のなかには金儲け専門の仙人もおるわけじゃ。どうやったら金が儲かるか、研究しておる仙人もおる。今地上では、まあ、自己実現なんかはやっておるけれども、だいたい金儲け専門の自己実現をやっとるのは、仙人じゃ。間違いない。


5.ハリ灸(きゅう)だけなら仙人界の指導


あるいは、仙人の系統には、まあ、気を悪うする人もおるやも知らんが、ハリ灸専門の人もおる。まあ、ハリ灸だけ一生やって還って来た人は、たいていまあ、仙人の世界へ還って来ておるようじゃ。残念ながら、幽界や霊界じゃ、菩薩界というところへは還っとらんのじゃ。仙人の世界へ還って来ておるようじゃ。

まあ、もちろん、ハリ灸やったから還るとは決まっておらんぞ。ハリ灸やっても他のことをしとる人は、それだけのところへ行っとるから、それは気を悪うする人がおっても、ご勘弁(かんべん)願いたいけれども、流れから言えば、そうじゃ。中国以来の伝統と言えば、仙人系統なんじゃ、それは。で、仙人のなかにも、そういう医術を心得ておるものもおって、これもまた、指導しておる。今、中国では、そのハリが非常にはやっておるのう。ハリというのがあって、そのツボを一生懸命圧(お)さえておる。こういうものの研究というのは、やっぱり仙人がやらんとできんのじゃ。

あの世の仙人が人体というのを見ておって、どこを攻めるのが一番いいかをよく見て指導をする。それでうまいとこ、そのツボを見事ついて、そして、病気が治ったりする。まあ、これは、人間業(わざ)ではない。霊的なものである。霊的なものではあるけれども、まあ、如来・菩薩の仕業(しわざ)ではない。やはり仙人界の人が指導している。したがって、仙人と言えども、決して慈悲がないわけではない。仙人のなかには、そういう医術の進化のために、活躍しとるものもおる。


6.薬草の霊力を探しあてたのも仙人の苦労


あるいは、仙人のなかでも、まあ、薬草じゃのう、薬草関係でずいぶん活躍した人もおる。最近は、西洋医学がはやっておるけれども、東洋医学のなかには、薬草の研究もずいぶんあろう。まあ、こういうのも過去二千年にわたって、仙人たちが苦労に苦労を重ねて、探してきた薬草たちじゃ。薬草のなかにも、霊力のある薬草があって、その霊力がいろんな人体に効くわけじゃ。

動物に生命があるように、草にも生命があって、それぞれに霊力が宿っておる。そして、その草によれば、たとえば、こういう方面に強い草というものがある。草の霊力というのがあってのう、だから、そういうものを煎(せん)じて飲めば、その方面の力が発揮されて、病気が治ったりすることがある。

まあ、こういうような研究をしておる。朝鮮ニンジンじゃとか、何じゃとかあるけれども、これらもあの世の指導を受けて開発されたものじゃ。まあ、こういうふうに、如来、菩薩の言う愛と慈悲とは違うかも知らんけれども、仙人の世界でも、世の中の役には立っておる。


7.天狗界人は、力自慢する人に多い


また、天狗界の人たちもそうじゃ。だいたい天狗というのは、仙人とちょっと違うのじゃ。仙人のほうが少し賢(かしこ)いわけじゃ。仙人のほうが、少し秀才が多い。頭がずーっといいわけじゃないけれども、器用な人が多いのが仙人じゃ。ところが、天狗はちょっと違う。天狗は器用じゃない。天狗というのは、力自慢じゃ。自分の力の強さを競っとるのが天狗、まあ、影響力の大きいところは一緒じゃけれども、力自慢というのは、天狗じゃのう。

じゃから、たとえば、これも、またあまり言うとさしつかえがあるんじゃけれども、まあ、相撲の横綱なんていうのは、あの世へ還れば、たいてい天狗になるのじゃ。あれは、天狗じゃ、たいていの場合はのう。もちろん、本人がもっと他のところに才能を持っておってのう、相撲をやめてから、全然ちがう世界に生きたような人は、もちろん違うところへ行くけれども、横綱をやって、そして、親方になって、相撲取りで一生終わって還るような人ちゅうのは、まあたいてい、天狗になっとるわ、あの世でのー。まあ、そういう力競べだけやっておる、まあ、そうじゃ。

プロレスなんかもそうじゃ、力自慢みたいのをやっておるプロレスラーというのは、だいたい天狗系統じゃ。そして、ちょっと技巧派のプロレスラーになってくると、これは、仙人系統が出て来るわけじゃ。したがって、仙人と天狗との闘いが、リングの上では、ずいぶんある。技巧派は仙人、力自慢はやはり天狗界と思わにゃいかん。まあ、こういうことはあるわけじゃ。


8.空手ビン割り、空中浮遊、戦い好きは天狗の仕業(しわざ)


まあ、それ以外にも、たとえば、天狗がこの世に出て来るとやることちゅうのはのう、昔で言えば、まあ、武蔵坊弁慶みたいなもんで、のう、ああいうのは天狗じゃ。ああいうこともする。まあ他に、そうじゃのう、わかるように言えば、天狗なんか今やっとるとすれば、そうじゃのう、今じゃと、職業的に言うと、天狗が多い職業ちゅうのは、まあ、自衛官なんかも多いのう。けっこう入っておるようじゃ。

天狗というのは、だいたい戦争が好きなんじゃ。まあ、軍隊なんかにも、よく入り込んでおる。将校なんかやっておるもののなかには多い。まあ、警察官のなかにもおらんわけじゃない。そういうことが、けっこう好きなのはのう、たいてい天狗系統が多い。

とまあ、あえて職業で言うとすれば、そらあ、いろんなところにもおろうけれども、もちろん、宗教家のなかにも天狗は多いのう。宗教天狗というのがいっぱいおって、皆んなあちこちでやっておる。霊能力を誇ってやっておるのが、おるはのう。あまりむずかしいことはわかちんけれども、霊力だけ持って、いろんなことをやっているのは天狗、これが多い。

まあ、それ以外にも、そうじゃのう、天狗の活躍としては、今はやりの空中浮揚か、あれは仙人もおるけれども、天狗もけっこう頑張っておるようじゃ。両方の系統があるようじゃのう。それで、ちょうど十年ほど前かのう、スプーン曲げがずいぶんはやったようじゃけれども、まあ、スプーン曲げているのは、仙人というよりは、天狗界のほうが多い。スプーンを曲げようというような、そういう念があると、だいたい天狗が協力してくれるわけじゃ。あっという間じゃ。それは簡単じゃ。

あーあ、思い出した、思い出した。空手なんかも、そうじゃのう。今も極真空手なんじゃのとやっておるようじゃが、空手でビールの瓶(びん)を割ったり、瓦を何十枚も割ったり、そういうことを、いろいろ力自慢をやっておるけれども、だいたい、これも天狗じゃ。たいてい、こういうのは、天狗がやっておる。普通の人間で、ビール瓶を手で割ったり、ブロックを割ったり、瓦を何十枚も割ったり、そういうことができるわけはない。

あるいは、竹の棒を割ったり、しておる。こんなのは、ほんとうは肉体の力ではないんじゃ。念の力でやっとる。したがって、そういう技量が上がれば上がるほど、天狗というのがずいぶん活躍しておろう。まあ、それは、空手だけじゃのうて、それは柔道じゃって、剣道じゃって、天狗が活躍しておる。それぞれに。まあ、こんなとこじゃのう。まあ、天狗は格闘技が好きじゃ。格闘技と戦(いくさ)が好きなのは、だいたい天狗じゃ。まあ、そうしたところが、仙人界、天狗界のあらましなんじゃ。


9.月の時代は美人、女性の時代


けれども、そうした仙人界のなかに、まあ、ひとつの研究所があるわけじゃ。えー、月と、何じゃ、星か、これの研究所があってのう。やはり、いろいろと研究をしとるわけじゃ。そして、時代をの、どういうふうに動かしていくか、これを研究しておる。

その仙人の研究所の発表というのを私も読んだことがあるし、まあ、定期刊行物がくるわけじゃけれども、それを見ておると、まあ、おもしろいことを言うておって、人類にはいくつかの時代があったというわけじゃ。彼らの理論によれば、要するに、月の時代、それから、火星の時代、水星の時代、木星の時代、金星の時代、土星の時代から、天王星の時代、冥王星の時代というのがあるわけじゃ。

じゃが、仙人の研究によると、なぜか太陽の時代というのがない。これがわからんのじゃけれども、太陽の時代というのはないようで、どうやら、これは、表側の世界で研究しておるようじゃ、太陽の時代というのは。したがって、月と星の時代を主として研究しておるようじゃ。

そうしてみると、まず、月の時代というのがある。月の時代というのは、何を象徴しておるのかと言うと、まあ、一番代表的なのは満月じゃのう。満月は何を意味しておるか。まあ、よく考えてみると、欠けたることのなき美しき姿、これはある意味で美人じゃのう、美人を意味しておる。そうすると、美人を意味する時代とは何じゃろうか。美人を意味する時代ちゅうのは、女性が、要するに、華々(はなばな)しく活躍する時代じゃということじゃ。これが月の時代じゃ。

今も、ちょっと月の時代が見えてきたようじゃけれども、女性のファッションもかなりはやってきておるようじゃけれども、昔で言えば、月の時代というのは、まあ、たとえば、平安の時代じゃのう。平安貴族の女性の時代というのは、ずいぶんあったろう。これも月の時代じゃ。平安時代であるから、まあ、いつ頃じゃろう、今から千年ちょっと前じゃのう。月の時代。まあ、その前にも、月の時代があって、日本の神代(かみよ)の時代には、女性の時代があった。天照(あまてらす)の時代、卑弥呼(ひみこ)の時代、女性の時代じゃのう。この辺も、女性が強かった時代で、まあ、ファッションと言えるかどうかは知らんけれども、女神の時代であったわけじゃ。

これは、日本だけではなくて、西洋にもある。ギリシャなんかでも、女神がずいぶん活躍された。月の時代があったわけじゃ。そういうふうに見てくると、まあ、いろいろと月の時代というのがあるわけじゃ。そうしたときには、女性の霊的な力というのが強くなって、いろいろと活躍するんじゃのう。まあ、こういうことがある。


10.火星の時代は軍神、戦(いくさ)の時代


じゃあ次に、火星の時代というのは何じゃ。火星というのは、軍神じゃ。マルスとか言うとるの、西洋的には。まあ、戦(いくさ)の神様じゃ。したがって、火星の時代というのは、戦が増(ふ)える。まあ、最近では、第一次大戦、第二次大戦、こういう戦の時代があったし、あるいは、戦国時代というのもあったのう。徳川が統一する前の時代、戦国時代がそうじゃ。これは、火星の時代じゃ。

それ以外でも源平の時代があったのう。鎌倉時代の前に、源平の争いの時代があった。これも、火星の時代じゃ。そのまた昔にも、やはり火星の時代はあって、まあ、大和朝廷が統一する頃の時代かのう、これも、火星の時代じゃ。こういうふうに戦の時代というのがあって、だいたい、これが、火星の時代と言われておる。

まあ、これは、我らの世界から言えば、須佐之男命(すさのおのみこと)の力が非常に強くなる時期じゃ。こういう時期があるちゅうことじゃ。月の時代には、だれが力があるか言うとのう、月読命(つきよみのみこと)、というのがおるんじゃけれども、こういう命(みこと)の力が強くなる。


11.水星の時代は黄昏(たそがれ)、没落の時代


それから今、火星を言ったところじゃけれども、あと、水星というのがあるのう。水星の時代ちゅうのがある。まあ、水星ちゅうのが何かちゅうと、まあ、その字の通り水じゃ。水の意味するとこは何じゃろか。要するに、時代が冷えていくちゅうことじゃ。時代が冷えていく。すなわち、退潮(たいちょう)の時期を表わしとる。

ひとつの時代が、要するに下(くだ)り坂のとき、これが、水星の時代じゃ。まあ、たとえば、いろいろあろうけれども、イギリスの国というのは、十六、十七、十八世紀にあれほど活躍しておったが、今、没落しかかっておるのう。夕暮れだと、ずいぶん言われておる。黄昏(たそがれ)だと言われておる。これは要するに、イギリスという国が、今、水星の時代に入ったからじゃ。

あるいは、フランスもそうじゃのう、十七、八世紀、あれだけ栄えたフランスが、今国力がだんだん落ちてきておろう。こういうのは、水星の時代に入ってきておるのじゃ。これもそうじゃ。

ギリシアなんかもそうじゃ。大昔、あれだけ栄えた国が、三千年前にあれだけの文化をつくった国が、全然文化がなくなってきておる。過去の遺物(いぶつ)だけに頼って、観光収入を上げておるだけの国になってしまっておる。これは、ちょっと水星の時代が長いようじゃ。

あるいは、ローマもそうじゃ。ローマの時代は、昔あったけれども、没落していった。水星が支配し始めると、没落をしていくわけじゃ。そういうことで見ておると、これから二十一世紀に、水星が働くところはどこかと言うと、まあ、これはアメリカじゃ。今全盛のアメリカに、二十一世紀は、水星の時代がくる。つまり、彼奴(きやつ)らは、だんだんに衰退していくんじゃ。

まあ、大昔、水星の時代があったかと言えば、そりゃあ、ムーの時代でも、没落のときは水星の時代であったし、アトランティス大陸にも、水星の時代があった。まあ、こういう時代があって、水星が輝き始めると、だいたいその文明は没落していくんじゃ。

この水星を牛耳(ぎゅうじ)っておるのは一体だれか、知っておるかのう。水星は知らんかのう。まあ、これはあまり言わんほうがいいかもわからん。名誉にかかわるから、没落の神というんでは。ちょっと問題があろうかもわからん。信仰に、やはり問題が出るかもわからん。まあ、貧乏神と言うてもいいけれどものう、一言で。まあ、おるわけじゃ。水星の時代がのう、実を言うと、ほんとうのことを言うと、この水星の時代の最高責任者というのは、「国常立之神(くにとこたちのかみ)」なんじゃ。まあ、貧乏神じゃ。偉いんだけれども、霊格は高いんだけれども、貧乏神じゃ。

要するに、国常立之神が働き始めると、だいたい没落していくんじゃ。事実、国常立之命が指導したから、大本数は、要するに、弾圧を受けて、潰(つぶ)れ、そして、日本が潰れたんじゃ。わかるか。こういうふうに、水星が働き始めると、没落し始めるんじゃ。わしは生前、これを知らんかった。それで、大変な目におうたわけじゃ。したがって、主宰神はよく選ばにゃいかん。


12.木星の時代は光明、発展の時代


今、月を言い、火星を言い、水星を言ったのう。次は、御存知、木星じゃのう。木星は何かちゅうと、木じゃ。木っていうのは何かちゅうと、これは伸びていくということを意味しているわけじゃ。生長じゃのう。まあ、いねば、生長の家じゃ。生長の家は木星じゃ。木星系団が、生長の家ということで、要するに、発展ばかりを考えておる。伸びていくことだけを考えておる、霊系団じゃ。これが木星じゃ。

木星の主宰神はだれかと言えば、それは、「天之御中主之命(あめのみなかぬしのみこと)」ということになる。これが木星人である。したがって、木星が指導しとる時代というのは、非常に発展していく。まあ、戦後の日本なんかは、かなり木星中心の時代になって、今、非常に伸びとるわけじゃ。それから、ちょっとかげりが出ておるけれども、二十世紀のアメリカなども木星の時代であって、木星人が相当活躍した。

アメリカと日本は、非常によく似ておろう。また、生長の家の光明思想なども、アメリカでもずいぶんはやった光明思想であろう。あれは同じじゃ、木星の時代で、木星人がいっぱい活躍しとるんじゃ。したがって同じようになってくる。この木星人は、ちょっと前には、産業革命時のイギリスとか、そんなところでもやっとったし、勃興期(ぼっこうき)のドイツ、十七、八世紀かのう、十九世紀かもわからんけれども、強くなってきたときのドイツも、木星人が支配しておった。ところが、木星人の後、水星人が支配したために、ドイツは没落してしもうた。戦争に二回とも敗けて、没落してしもうた。まあ、こういうことがあるわけじゃ。

そういうふうに、国によって、惑星の回ってくる順序の配列が違っておるのじゃ。これが国の個性の違いとなって出てくる。まあ、これが木星じゃのう。


13.金星の時代は美の神、芸術の時代


次が、有名な金星じゃ。金星はビーナス、美の女神じゃのう。美の女神ということはどういうことかと言うと、これは芸術じゃ。芸術がはやる時代、これが金星の時代、たとえば、ルネッサンスのときがそうじゃ。まあ、ギリシアの時代にも、もちろん金星の時代はあったし、また、ローマにも金星の時代はあった。日本で言えば、たとえば、まあ、白鳳時代というかのう。天平時代、白鳳時代というような、大変文化が栄えた時代というものがあった。それから、江戸時代のなかにも、文化、文政の時代というのがあって、これも芸術が非常に栄えた時代であった。

まあ、こういうふうに、いろんな、時代で芸術がやたらはやる時代がある。これは、だいたい金星じゃ。金星人が働いておる。金星人の支配している神は、だれじゃと思うか。だれが金星人をやっておると思うかのう。いや、金星をやっておる日本の神様がやはりおるのじゃ。

日本の神様で金星をやっとるのが、有名な人では、あまり有名でもないかのう、「天宇受売命(あめのうずめのみこと)」ちゅうのがおるんじゃけれども。これは、天照大御神(あまてらすおおみかみ)様が岩戸隠れされたときに、外で踊りを踊って、あまりにおもしろい踊りをやるので、天照大御神様が気になって、扉をちょっと開けてのぞいたときに、「天手力男命(あめのたぢからおのみこと)」という力強い命(みこと)さんがおって、岩戸を引き開けて、天照大御神様を引っ張り出したという故事(こじ)が残っておるのう。このときの天宇受売命、これは踊りの神様じゃのう。これは、芸術の神様でもあるわけじゃ。この人が、芸術関係をやっておる。

天宇受売命と開いて、まあ、そうたいしたことはないと、お前らは思うかも知らんけれども、天宇受売命というのは、まあ、外国にも生まれたことがあって、外国に生まれたときに、たとえば、どんな名前で呼ばれたのか知っとるかのう。外国で生まれたときに呼ばれた名前は、たとえば、最近出た方で言うと、「レンブラント」という名が、この画家なぞは、この生命なんだぞ。この生命なんだ、レンブラントというのは。

あるいは、天宇受売命が、たとえば、音楽家として出たら、これは、また立派だぞ、だれだと思うかの。天宇受売命の魂は、また「バッハ」という名で出ている。これも天宇受売命なんじゃ、実は。大バッハというのがおろう。これも、調和かどうかは知らんけど、天宇受売命なんじゃ。まあ、他にも言ってみれば、古い人もおるけれどものう。もちろん、ゼウスの時代にも活躍したことがある。

まあ、そういうことで、日本では、天宇受売命と言うとるけど、バッハとなったり、レンブラントとなったり、芸術の神様として出ておるわけじゃ。まあ、じゃから、如来の人なわけじゃ。まあ、じゃから、日本の神様として出たときには、踊りと歌の神様で出たわけじゃ。それ以外にはのう、あとは、土星か。


14.土星の時代はサタン、停滞の時代


土星は、サタンと言うとるのう、イメージが悪かろう。まあ、そのとおりじゃ。土星というのも、ちょっとイメージが悪うてのう。土星は冬じゃ。意味としてはのー。

すなわち、冬枯れ、枯死(こし)停滞じゃ。衰退の次の、停滞が土星じゃ。水星が衰退、土星が停滞じゃ。要するに、動かんということ、時代が止まってしまう、これが、土星の宿命じゃ。土星の時代になると、文化が全然進まんのじゃ。

江戸の時代でも停滞した時期があったし、縄文時代、弥生時代と、停滞期はいくらでもあった。

中国なんかは、今は、土星の時代に入っておって、長いこと停滞しておるわけじゃ。隋だとか、唐だとかという時代に、あれだけ栄えた中国が、今、十億人の民をかかえて、停滞しておろう。これは土星の時代に入っておるからじゃ。こういうことがあるわけで、土星は停滞という意味じゃ。


15.冥王星は循環、転換の時代


あと、冥王星ちゅうのがあるのう。まあ、冥王星は何じゃと思うかのう。冥王星は、循環ということになっておるから、回転じゃ。回転、移り変わり、まあ、これを意味するのが冥王星じゃ。したがって、時代が目まぐるしく変わるときは、冥王星の時代ちゅうことじゃ。同時にひとつの時代とは思えんような、目まぐるしい時代。これは冥王星じゃのう。

二十世紀にはいろんな地域に冥王星が働いておる。また、時代の転換期には、冥王星がいろいろ働いておるわけじゃ。

印度(いんど)で釈迦が悟ったときも、冥王星の時代じゃった。あるいは、イエスの時代にも、冥王星が頑張っておった。あるいは、ルターという人が出たときも、冥王星の時代じゃった。まあ、こういうふうに、宗教改革が起こるときでもあるし、あるいは、他の時代の境目でもあった。まあ、冥王星も働くわけじゃ。


16.海王星は希望と幸福、平和の時代


まあ、それからもうひとつは、海王星じゃのう。海王星は何じゃろ。まあ、海王星ちゅうのはのう、これは、希望なんじゃ。実を言うと、幸せ、希望。これが、海王星なんじゃ。幸せ、希望の海王星とゆうことで、まあ、日本の神様で言うと、海王星にあたるのは、そうじゃのう、「神御産巣日神(かみむすびのかみ)」という方がおられるのじゃ。「高御産巣日神(たかみむすびのかみ)」、それから、「天之常立之神(あめのとこたちのかみ)」に加えてもうひとり、独神(ひとりがみ)がおられてのう、大昔に神御産巣日神と言われる方がおられるんじゃ。この方が、まあ、その海王星、希望と幸せの神様じゃ。

そういうことがあって、非常に幸せな時期という、平和じゃな。平和の時代なんかもそうじゃし、人びとに希望が燃えてくる時代も、海王星の時代じゃ。こういうことでな、海王星ちゅうのは、まあ、キリスト数的に言うと、「ミカエル」でもあるわけじゃ。ミカエルの時代も、海王星の時代であって、ある意味で、幸せと希望を意味しておる。こういうこともあるわけじゃ。

まあ、そういう月と、星の時代を言うと、太陽がはずれておるけれども、太陽を言うとすれば、おそらく、「天照大御神」様の時代であろう。天照様はいつも働いておられるから、太陽の時代が消えるときがないのであろう。


17.時代、国、人の運気は月と星の輝く強さで変わる


そういうことで、月の時代と星の時代をいろいろ言うたけれども、これらというのはお互いに関係があるわけじゃ。ひとつだけ働いておるわけじゃなくて、通常、複数働いておって、その時期、時期に、一番強い星の時代があるわけじゃ。その一番強い時期というのは、わりに短い期間であって、二十年、三十年ぐらいの短い周期で回っておる。そういうことで、時代の一部分に強くなるわけじゃ。まあ、いろんなことを今日は言うてきたけれども、だいたい、わかったくれたかのう。

こういうふうに、あの世でも、月の時代と星の時代があって、いろんな神様が、その時代に力を発揮しておって、そうした現象が起きてくるんじゃ。じゃから、水星がきたら逃げにゃいかん。まあ、そういうことじゃし、木星とか、金星がきたら喜ばにゃあいかんし、海王星がきても喜ばにゃあいかん。まあ、そういうことじゃのう。

まあ、そういうことで、これは個人の人生のなかにも、短い範囲ではあるけれども、ないわけではない。何年かおきに、こうした月と星の時代が循環しておる。まあ、これも、また機会があれば、言うけれども、これは、星占術の本でもなかろうから、そこまでは、言うまいて。ただ、今言うたような要素が働いておって、個人の人生というのも、なっておる。

それぞれの国に、惑星の、その循環する順序が違うように、個人個人にも、その循環の順序が違っておる。これによって、その人の運命が決められるわけじゃ。何の星の時代に生まれたか、月の時代に生まれた人、水星の時代に生まれた人、火星の時代に生まれた人、まあ、それぞれによって、また、循環が違うわけじゃ。

その何の月というのは、たいていは、まあ、生年月日の月日のほうじゃのー。だいたい今、何々座というような西洋の星占術があるけれども、この月単位が、だいたいその星じゃの。星の違い、あと、何年生まれという年の部分が、その組み合わせになるわけじゃ。年の部分というのは、毎年毎年、まあ、組み合わせがあってのう。野球の球でも、乱数表があって、どこに球を投げるか決めているようじゃが、そのたとえば、昭和何年は、こういう組み合わせでもあると、たとえば昭和六十二年であれば、一年を支配する星の順序が月からスタートすれば、月、火星、水星、木星、土星、金星、海王星、冥王星の順序で、たとえば回るとする。

ところが、六十三年になれば、火星から始まって、火星、月、木星、水星、金星、土星、冥王星、海王星と回るというふうに、年によって、その一年間を支配する星、この順序が変わっておるわけじゃ。こうしたことを、やっとる人もまたおる。こういう研究をしとる人もおるんじゃ。まあ、わしもちょっとはやっとるがのー。こういうふうに、年によって、その組み替えをしとる。で、月によって、ある程度が決まっとるんじゃ。まあ、こうして個人の運命と、国の運命が決まってくる。今日は、まあ、そうした話をしたわけじゃが、わかったかのー。じゃあ、また。