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目次








1.食糧問題の解決を急げ


ミカエルです。今日もまた私の霊示を送ることができ、たいへんうれしく思います。いろんな話をとりとめもなく語ってまいりましたが、本章では、人類の未来、人類に明日はあるかという視点から、話をしてゆきたいと思います。

さて、私は何度もくり返して言いますが、現在私が降臨し、人びとにメッセージを送ろうと思っている理由は、今という時代が人類の岐路に当たっているからなのです。人類に未来があるかどうか、人類に明日があるかどうかは、今この時代をいかに生き切るかということにかかっております。私は、この現代という時代を生き切るために、ぜひとも必要な心がけを話しておきたいと思うのです。

まず、明日の人類を創っていくために、どうしても考えておかねばならないことは、子孫の繁栄をどのように創り出してゆくかということです。子孫の繁栄をどのように創り出していくかということが、わかりにくいとするならば、それをこのように言ってもよいでしょう、たとえば、このまま子供を生み続けた場合に、人類が八十億、百億に達するのも時間の問題とされています。はたしてそれだけの人口が、地上で生きていけるかどうか、このことを考えてゆかねばならないということです。そして、その可能性としては二つあります。技術革新をなし、努力によって多くの人が生きていく道を創っていく方法と、もうひとつは、天変地異や戦争によって人口が調整されるという道です。このどちらの道も、可能性としてはあるでしょう。

私は、まず人類は、みずからの自助努力によって、みずからの力で生き延びていける方法を考えつく必要があると思うのです。その方法とは、第一に、食糧問題の改善です。第二に、住宅問題の改善です。第三に、戦争回避の方法です。

では、まず、食糧問題の解決から考えてみたいと思います。食糧は、今のままではとくに発展途上国においては不足を来たしています。近隣諸国でも、やや食糧は不足していると言ってもよいかもしれません。これからの時代には、食糧がなくなることもあるでしょう。そうしたことを考えて、食糧事情と、その確保のために努力を続ける必要があるように思います。

そのためには、まず農業をもっともっと改良してゆく必要があると思うのです。現在のように田畑で自然に採るだけではなく、いかにして効率的に狭い面積で多くの収益を上げるかということに、努力をしてゆく必要があります。いわゆる農業問題の解決です。

私は、農業はもっともっと集約的でなければならないと思うのです。農業に従事する人の人口がどれほどであるかは存じませんが、少なくとも人口のニパーセントから三パ-セントの人が働けば、全人類の需要と供給を満たすことができるだけの農業生産を考えてゆくべきです。そのためには、大自然のみに頼るのではなくて、もっともっと科学を利用した人工的な方法で食糧を作ることを考えてゆくべきです。人類は自然の恵みにあまりにも頼り過ぎています。また、自然の恵みに頼っている反面、自然の恵みに対して感謝ということが足りないのです。感謝なき人類の生き方は、いずれ大きな反作用を受けるようになっていくでしょう。

それゆえに、私はぜひともあなたがたの手で、食糧防衛ということを考えてほしいのです。天から雨が降ろうとも、風が吹こうとも、台風が来ようとも、また日照りが続こうとも、白分たちの食糧を確保できるような装置を早く発見しておかねば、やがてたいへんな時代が来ると思われるのです。いち早く農業部門に工業化を導入し、どのような自然災害があっても、天変地異があっても、自分かちの食糧を自給できる方法を考えてください。

残された時はそう長くはないと思います。時は追っています。自分かちの食糧を自分たちの手で自然の変化から守り、どのような大白然の猛威があっても生き延びていける方法を考えておくことです。そのためには、まず農業をもっと近代化し、工場設備のなかで作っていけるような方法を早く考えつくことです。

また、養豚、養鶏、また酪農などについても、自然のままに放置しておくだけでは足りないと思います。天変地異があっても、そうした仕事を続けていけるためにはどうしなければならないかという、危機対策が必要です。その対策を立てておかねば、たいへんなパニックになるでしょう。


2.大都市集中機能を分散せよ


次に、土地問題についても考えておいてほしいと思います。この土地の問題は、大都市への人口過密という現象によって引き起こされているようです。ただ、この大都市化は、たいへん危険な面があります。それは、大都市が心臓部となっていて、その心臓部にもしものことがあると、国家単位で仕事ができなくなる恐れかおるからです。それゆえに、私は、政治や経済や文化の機能をできるだけ分散しておくことがたいせつだと思います。これは、日本だけではなく、他の国の主要国についてもアドバイスしておきたい方法です。

そして、その際にだいじなことは、主たる中心地と従たる中心地の両方を設けておくことです。

たとえば日本であるならば、日本の政治的中心が東京であるとして、この東京の機能がマヒした時にどうなるかを考えておくことです。東京が機能マヒした場合に、九州なり、信州なり、北海道なり、どこかで第二に機能すべき政治都市を造っておく必要があります。臨時政治機能を持てるような、そうした仕組みを創っておく必要があるのです。

また、経済的中心が大阪なら大阪にあるとしても、ここの機能がなくなってもまた他のところでじゅうぶん機能できるように、そうした補完的役割を創っておくことです。一日も早く大都市の機能を分散して、そしていろんなところでもしなにかがあっても、生き延びていける方法をとっておくことです。東京を中心とする全産業と全機能の集中は、今後たいへん危険なことがありうると考えられるのです。

もう一つ危険なことを上げておくとするならば、今、都市の機能の大部分が電力中心に動いているということです。電力は、やがて供給されない時代が来ることも予想されているのです。電力は天変地異にたいへん弱い傾向があるからです。電力によって機能を続けていくためには、大きな機能を持っているところには、早くどこにおいても自家発電の装置をつけておく必要があります。災害の時にじゅうぶんに対処してゆけるだけの、自家発電の用意をしておくべきです。そして、第二、第三の電力供給源を確保しておく必要があるのです。

たとえば、関西なら関西地区の電力、中部なら中部地区の電力の電気供給量が、その地区だけを満たせばよいのではなくて、他の都市圈にもし被害があったとしても、電力をじゅうぶん補給できるだけの相互補完機能を創っておくことです。これが、都市の安全にとってはたいへん重要であるからなのです

この電力の部分は、とくによく注意してほしいと思います。電力関係の仕事にたずさわっている人がいるならば、早くこうした私の考えが上層部に伝わり、そうした対策を立てておくように意見していただきたいのです。これについては、できうるならば国家体制において、国家規模において、こうした電力エネルギーの補強システムを開発しておく必要があります。

今、土地の問題の話を続けているわけですが、地方においても、もう少し産業をひっぱっていって、そこで自活できる方法を考えておくことがたいせつです。これから、新たな形での疎開というものが起きてゆく時代が来つつあります。それぞれの人が、田舎においても生活できるような方法を考えていく必要があります。多くの人が田舎に疎開した場合に、そこで生活の場ができるような、そうした発想を自治体レベルで考えておく必要があります。これも、たいへん重要なリスク回避の方法であると思います。


3.全力で世界戦争を回避せよ


また、三番目として、戦争の回避ということを私はとりあげましたが、これはどうしてもがんばらねばなりません。第三次大戦、第四次大戦などが起きるということが予言されていますし、現実に起きる可能性はひじょうに大きいようですが、たとえ起きるとしても、それをどのように人類の努力によって回避していくかということが重要な課題であり、それは自助努力によってある程度きり替えていくことも可能な面があります。戦争が起きたとしても、それを最小限に防ぐにはどうしたらよいかということを、いち早く考えておくべきであると思います。

とくに、戦争が起きそうな地域というものは、ある程度事前に察知することが可能であるので、この地域にもし起きたとしても、世界経済、および世界政治に対するインパクトはどの程度のものであるのか、そしてどのような方法をとれば収拾がつくのか、これをじゅうぶんに考えておく必要があります。このためには、もちろん国連軍のような、そうした機能も重要ですが、これ以外の機能もだいじだと思います。それがなんであるかというと、経済単位における世界平和運動であると思います。 たとえば、世界各地には、大資本、大産業、大メジャーと言うべき企業がたくさんあります。多国籍企業であるとか、そうしたものが数多くあると思いますが、このような企業を経営している人たちは、早く今の平和の時代におたがいに協調し合い、民間外交を創っておく必要があります。そうした戦争の時代において、どのようにしておたがいに手を取り合ってその戦争等を回避し、縮小をしていくための運動ができるか、いかにしてそうした政治的目的のためにおたがいに手を握り合うことができるかということを、考えておく必要があります。

国連だけに任しておいてはいけないのです。国連の機能は低下する恐れもあります。そうではなくて、民間レベルにおいて、世界的な戦争とか、そうした局地的な戦争の場合に、どのように対処していけばよいのか、その号今のもとにすぐ対処していくための方法、そしてその火元を小さくしていくための方法を検討してほしいと思います。

とくに戦争が起きる地域においては、武器の供給がなすがままにされているようですが、こうした武器の供給なども、単に利益だけを求める、いわゆる死の商人が暗躍していてはいけないと私は思います。それゆえに、世界の大資本家たちは手を取り合って、戦争目的のための利益産業が非常時において、その活動がコントロール下に置かれるような方法を構築しておく必要があります。また、経済単位だけではなく、文化人のレベルにおいても国際平和のための団体を強化しておく必要があると思います。

たとえば、宗教界の領域においてもそうです。世界の宗教が力を合わせて世界平和のために協力し合うという、そうしたネット・ワークを一日も早く創ってほしいと思います。宗教界における国連がどうしても必要です。政治的指導者を黙らせうるものは、宗教的指導者なのです。宗教的指導者たちが声を合わせて、政治紛争に統一をつけていくためにがんばるべきなのです。その意味において、宗教的指導者たちは、非常事態においては単に国家レペルだけにおける判断をしてはならず、全世界的な見地における判断を他国とともにするという方法を考えておく必要があります。宗教界において、早くこの手を取り合うということを、他の宗派との壁を超えて、宗派の違いを超え教義の違いを超えて、非常事態には手を取り合える方法を考えておくことが大切です。

また、科学者たちのグループにおいても、まったく同じことが言えましょう。世界の科学者が手を取り合って、戦争目的のための協力はしないということを義務づける必要があります。軍事目的の科学者の活動は、今まったく倫理的なチェックをされずに行なわれていることが多いようですが、科学者たちも世界的規模でネット・ワークをつくって、反戦争というものに真剣に取り組んでゆくべきであろうと思います。

また、これ以外に考えられるものとして、市民運動のレベルでの各国の結び付きもあります。市民運動のレベルで、戦争を回避するための運動を用意しておくことです。そうした方法もあるでしょう。

私は、以上のようにこれからの人類の明日を創っていくための方法として、食糧問題、とくに農業問題の改良と、それと大都市集中型の土地の問題、および平和維持、戦争回避のための手段方法の構築が必要であることを述べました。これが、子孫が発展繁栄していくために、人間の側で考えるべき努力でありましょう。


4.全人類の心の浄化を果たせ


第二に、人類に明日を創っていくための方法としては、私は霊的レベルの解決があると思います。もちろん、地上が混乱する原因には、地上の人間たちの想念が乱れており、おたがいに闘争や破壊に明け暮れているという現実があります。このおたがいに闘争と破壊に明け暮れているという、そうした意識を調整するという努力は必要ですが、これ以外に、こうした地上の混乱は、霊的世界の混乱と軌を一にしているということを知らねばならないのです。

すなわち、霊的世界とこの世の世界とは、表と裏、腹と背中の関係になっているのです。それゆえに、どちらも両者がおたがいに影響を与えているのです。たとえば、地上が地獄化すれば、霊的世界の地獄も過激化していきます。地上の地獄化か和らげば、すなわち地上に安らぎと調和が訪れれば、霊的世界の地獄にもまた安らぎと調和が訪れます。逆に、霊的世界における地獄がその活動を強くすれば、地上の地獄部分も大きくなっていきます。 

さて、霊的世界での地獄の解消のために、私たち天上界の指導霊たちは日夜努力をしています。けれども、私たちも、実を言えば地上の人びとの協力と応援がほしいのです。

地上の人びとの協力と応援がなければ、この霊的世界の地獄の解消も、また地上世界の地獄の解消もたいへん困難であるのです。それゆえに、地上世界における悪想念の除去のために、地上の人びとがまず立ち上がる必要があるのです。そのために考えられることとしては、次の三つの柱がありうると思います。

霊的側面において地上を浄化していくための第一の柱は、これは、宗教的価値観の統合という問題があります。現在、宗教にはさまざまな高低の顕現レベルかあり、地域別、民族別による顕現の違いがあります。そして、それぞれがみずからのものを独特の特有のものだと主張しているのです。これゆえに、どうしても統一的宗教の理念、宗教の統合ということが必要です。少なくとも、宗教内部に流れる価値観の統合がぜひとも必要になります。

これゆえに、来たるべき時代の新しき宗教は、その内部においてかつてないだけの教えの高さと、かつてないだけの教えの広さが必要です。この高さと広さ、深さと言ってもよいですが、立体的な大きさが必要であると思います。これは、内容における教えのレベル差、上下、この分かれ方、階梯と、横における多様なる価値観ということになってゆくでありましょう。これしかないといった価値観ではなくて、すべてのものの説明をつけるだけの大いなる価値の枝、木の枝が必要なのです。多くの枝を茂らせ、しかも背の高い木が必要なのです。これが、今地上で要求されていることのひとつだと思います。

第二に要求されていること、その考えの柱は何であるかというと、神理を愛するということがすばらしいことであるということを、浸透させてゆく必要があるということなのです。今、時代は下り科学万能の合理主義的世界となってきて、宗教の世界がオカルトかなにかのように言われていることが多いようです。それゆえに、私はこの神理を愛することがたいせつであるという実感を、ぜひともつくってゆく必要があると考えるのです。