※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

目次





質疑応答


他に反省、瞑想、祈りについて簡単な質問があればお聞きしますが。

質問1

反省のところなんですが、私自身、信次先生の今教えて下さった、心の悟りを晴らせば神の光が入ってくるという教えが、ずうっと心の中に入っていて、それを頼りに反省を以前させて頂きました。その時、一応自分の現段階で心にひっ掛かっていた問題を一段落終わった時に、光が入ったかどうかということをはっきりとは、実感できませんでした。ところが、自分で気づいたことは、否定的な思いが出にくくなったということでした。それが神の光が入ったということに通じるのでしょうか。

(答)
それは、そうですよ。



質問2

前は、否定的な思いを出してはいけないと思いながら、また出る、そしてまた反省をするということを繰り返していました。

(答)
今だって否定的な思いがないということはないですけれどね。



質問3

しかし以前より否定の思いが出にくくなったということは、体験させて頂きました。太陽は、燦々といつも光っているのですから、雲がとれれば燦々とした光が、心に入ってくるということをずうっと楽しみにしていたのですが、燦々と光が入ってくるという実感は、ありませんでした。

(答)
それはね、光が入ってるんですよ。ですから、今あなたにとって大事なのは、雲がとれて光が入ってきた。ただね、反省によって、誤りを取り除いて光が入ってくる段階は、まだ受動的なんです。これは、自然に曇りを取れば、守護霊との同通ができるようになります。これは誰でもいけるんです。ただその守護霊のレペルがあります。一般の人は、そんなに高い人ではないんです。ところが、あなた方みたいに、神理の伝道に燃えている人たちは、さらに高級霊界、高級神界との交流というのが必要なんです。一般を超えた目的があるわけです。一般の人は、守護霊と同通すれば、それでいいです。正しい針路を歩んでいくでしょう。しかしあなた方は、ただそれだけじゃない、世界の人々を救わなければいけない。そういう使命がある。そうするとそれだけじゃ足りなくなってくるんです。そういう受動的なものでなくて、積極的、能動的な、神霊界との交流というものが必要です。そのためには、反省の段階が終わったら、次は祈りの段階に入らなければいけないんです。

いいですか、ですから今あなたにとって大事なことは、まあ反省が一段落着いたとするならば、次は祈りの段階です。より高次元の光の天使だちと交流をするということになりますね。どんな偉い社長さんだってね、平社員から電話を掛けられたら取るんですよ。電話を掛けられて、ジリソジリソと鳴ったら、誰か分らないから、とにかく取るわけですよ。そしたら平社員ですとくる、ああ平社員か、切ってしまおうと思うけど「実は、どうしても折入って話があります。」「何ですか。」「いやあ、お腹がすいて、パンが一枚欲しいんですよ。」「ああ、そういう話だったら私じゃなくて、地下の調理所に掛けなさい。」とこれで終わってしまうわけです。

「朝起きたら、冷蔵庫に一杯いちごを入れておいて下さいイエス様。」なんて言ったら「馬鹿者、そんなことは、私のところに掛けないで、八百屋に掛けなさい。」と言われて切られるわけです。ところが[イエス様、私は、神の子羊として本当の生き方を今考えています。どうしたらイエス様の下僕として多くの人々を救えるでしょうか。」こんな電話が掛かってきたら「うん、まあ、あなたに私から直接言うことじゃないが、まあ私が意見を言うとすれば……」とまあ、こうなるわけです。分りますか、これが正しい祈りの段階なんです。ですから、反省の段階の次は、祈りの段階、私は、これでいいと思います。まず、それが反省もできていないのに、いいですか、心を真黒にして、祈りばっかりしていると、自己保存のままに、あと収入がいくら欲しいだとか、社会的に偉くなりたいとか、そうなると間違ってきます。ですから、反省、祈りという段階がいいんじゃないでしょうかね。


質問4

それでは、祈りについては、自分が使命を果すために一生懸命、高級霊の方に教えを乞うような祈りならよろしいんですね。

(答)
はい、祈りを教える時には、次のように言ったらいいです。皆さんに、「祈りというのは、電話ですよ、ホットラインですよ。ダイヤルインですよ。だからダイヤルさえ回せば相手は直接出てきますよ。これを間違えないようにしなさいよ。」これは、祈りというのは、神が与えられた法則なんです。祈りというのは念(おも)いです。念いはどこへでも通じるんです。これを一念三千(いちねんさんぜん)といいます。だから正しい電話番号を回すと言ったけれども、電話番号さえ回せばどこへでも掛かってしまうんです。間違ったところへ掛けないようにしなければいけない。これを正しいところへ掛ける、そのために、いいですか、恥ずかしくないような、あなた方である必要がある。祈りの前に反省も大事、瞑想も大事、祈りも大事だけれども、少なくとも、日々向上するあなた方でなければ正しい祈りは、あり得ないということなのです。


質問5

正しく祈った時には、何となく自分でメッセージを受けられるようになるんですか。

(答)
そうです、直接聴くこともあるし、或いは、あなたの心の中に浮かんでくることもあるでしょう。