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概要

週刊少年ジャンプなどの編集者などを経て、現在は集英社専務取締役。
大学卒業後、1976年に集英社に入社し、その翌年には【鳥山明】を発掘し、育成を始めるという編集者の王者みたいな人である。
鳥山の新人時代のボツ地獄エピソードなどは他サイトを参照のこと。

編集者としてかなりのハードワークをこなしていたが、その一方大のゲーム好きでもあり、
1980年代に入ると、【さくまあきら】と仲良くなり、さくまを通して【堀井雄二】ともゲーム仲間になる。
仕事終わりに堀井とゲームセンターに遊びに行くことが多かったらしい。

そういう経緯もあり、堀井は週刊少年ジャンプでの仕事を増やすようになり、
紆余曲折を経て、ドラゴンクエストの誕生に至るわけである。

鳥嶋のドラクエとの関わりは「RPGを全然知らなかった鳥山を騙してドラゴンクエストに参加させた」の一文に集約される。
この荒業により、ドラクエはキャラクターの可愛さ・かっこよさを獲得し、後に老若男女に支持されるRPGシリーズ化。
とっつきやすさって大事だよね。
そして、集英社的にも、専属契約している鳥山明はエニックスに貸し出せません!というわけで
ドラクエ関係の出版を数多くはじめ、一大コミュニティを築き上げている。
これなんてWin-Win?

何故鳥山を騙したかに関しては未だに本人の発言がないことから詳細は不明だが
編集を担当していた桂正和のウイングマンのPCゲーム化の話などが念頭にあったのではないだろうか。

Ⅲ以降エニックスも出版事業を始め、Ⅳの時代になるとエニックスの編集者【保坂嘉弘】が台頭して反転攻勢に出たものの、
エニックスは鳥山明を使えないという「キツイ呪縛」があり、情報系はジャンプの独壇場になった。
そこまで考えていたとしたら鳥嶋は稀代の策士である。

そして鳥嶋の次の一手は【Vジャンプ】?の創刊である。
堀井がジャンプで手掛けていた「ファミコン神拳」はⅢ以降、堀井のゲームクリエイター専念により、
「ファミコン怪盗芸魔団」とタイトルを変え、不定期連載になっていた。
そのゲームコーナーを元に、メディアミックス誌を立ち上げたのである。
鳥山明の漫画や、ドラクエのスピンオフ漫画、ドラクエのQ&Aコーナーで人気を博し、
コロコロコミックのような独自のポジションを獲得。(創刊以降、20年近く売り上げ30万前後をキープしている不思議なポジション)
月刊少年ガンガンのヒット時に、コロコロコミック以来の月刊誌の成功と称賛された事を考えると物凄い皮肉である。

Vジャンプを軌道に乗せた後は低迷期に陥った週刊少年ジャンプの編集長に就任、
独自のメディアミックス術を使い、遊戯王を世界的なヒット作にしたりと活躍、
昇進を続けて今の地位である。

余談だが、彼をモチーフにした漫画のキャラクターはDr.マシリトを筆頭に多数存在するが
ドラクエのゲームでのキャラクターやモンスターに明らかにそれとわかる者は現在のところ確認されていない。
一応ドラクエ関連作品では【ドラゴンクエスト ダイの大冒険】のマトリフのモデルとなっている。