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DQⅦ

Ⅶに登場する場所。
現代の【砂漠の村】【砂漠の城】の間辺りにある。
オアシスといっても木が一本生えている辺りに草が茂っているだけで、泉などはない。
聖なる力に守られており、精霊を呼び出すにはうってつけの場所らしく、
【謎の神殿】にある【旅の扉】もここに繋がっている。

物語終盤にて、【大地の精霊】を呼び覚ます儀式が行われる場所。
砂漠の村の【シャーマン(人間)】たちがその大事な儀式を語り継いできた。
「大地の精霊の姿を穢れなき大地に描く時、精霊は長き眠りから目覚めるだろう」
シャーマンの老人がこう語る通り、彼は歌と共に砂漠の大地に精霊の姿を描くのだが、
年のせいか最後かつ肝心の「顔」の書き方を忘れてしまっており、
「大地の精霊の顔がわかる物」というなんだか雲を掴むようなモノを探すことになる。

その後【地底ピラミッド】にて【まなざしの宝石】【ルージュの宝石】【ピアスの宝石】【ノーズの宝石】を手に入れ、
シャーマンの元に持っていくと改めて大地の精霊を呼び覚ます儀式を再開してくれる。
……のだが、ここから先の過程は歌と共に投げ上げた宝石が空中に滞空し、輝く光の中で砕け散るという、
どう見ても最初からこれらの宝石が大地の精霊を呼び覚ますのに必要だったとしか思えない演出になっている。
しかも、目覚めた大地の精霊自身が「私を呼び覚ます歌を歌い、私の顔を集めた者よ」と言っている。
最初にシャーマンの言っていた「姿を描く」云々の話は一体どこへ行ってしまったのか……。
おそらく仮にシャーマンが歌を完璧に覚えていたとしても、儀式に必要な品として宝石は探しに行くことになったのであろう。

ちなみに最終的に描かれる大地の精霊の絵はお世辞にも綺麗な出来とは言えないが、
【大地の精霊像】に比べれば頭部などがそこそこ特徴を捉えている分遥かに似ている。
そもそも、砂漠の砂の上に緻密な絵を描けと言うのは無茶な話でもあるのだろう。

また、魔物を寄せ付けない神聖な地であるらしく、二度目の封印が解かれた後に行くと人が集まっている。
その中で男の子が旅の扉に興味を示しているが、放っておいて大丈夫なのだろうか。