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遠い記憶




「・・・・・・?」

心地よい風によって、何処か香ばしい香りが、ふんわりと敦盛の鼻を掠めた。
それに気づくと、縁側に座っていた敦盛は視線だけを、香りの元と思われる所へと向ける。
それと同時に、聞き覚えのある声が、風に乗って耳へと届いた。


何をするわけでなく敦盛は、縁側に座り日向ぼっこを堪能し、その心地よさに睡魔が少しずつちょっかいを仕掛けてきていた最中だった。

香ばしい匂い。
そして、心なしか視線の方向から聞こえてくる声。


懐かしい香りだ・・・。


そう思いながら、表情がふわりと緩む。
そして、何かに誘導されるかのように、ゆっくりと目を伏せていった。




香りと聞こえてきた声は、敦盛の記憶を刺激する。

まだ小さい時の自分。
兄達と共に過ごした時間。

今では決して味わえない幸せな時間の記憶を心地いい程度に蘇らせた。
それがぼやけた映像となって、脳裏に映し出される。
それが夢である事に、敦盛自身は気づく事無く、その心地よさに浸かっていた。


出来る事ならば、永遠にこのままで・・・。


願うたびに苦しくなる事も、切なくなる事を分かっていても。
決して、叶う事の無い、手の届かない遠い所にある安息の地。
それを永遠に求めることなど、出来ない事は分かっていた。


誰に願うわけでもない。
誰に聞かせるわけでもない。


そんな願いでも、願わずには居られない。


皆で駆け回った中庭。
皆で分け合った唐菓子。


そう、こんな香りだったと、口が緩むのが、はっきりと感じられた。



そう、こんな・・・・・・・・・ん?



敦盛は夢心地のままだが、その香りがやけにリアルで、やけに近い所から感じられる事への違和感を感じた。
そして、ぼやけた映像はゆっくりと煙のように消えてゆく。


・・・・・・・・・・・・。


気づけば辺りは真っ暗闇に覆われていた。





「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・!あっ、オハヨ?」
「・・・・・・・・・・・・」

ぼんやりとした思考回路。
真っ暗な視界。

けれど、そんな敦盛の視界に飛び込んできたのは、良く見知った少女の顔。
そして、耳に届いたのは、聞き覚えのある少女の声。

敦盛はすぐさま反応をする事が出来ずに、ぼんやりと、その光景を眺めていた。

まるで覗き込むように見ている少女の顔が、やけに近い・・・などという認識はあるにせよ、それがどういった意味を表しているか、という事への思考が鈍くなっている。

「・・・?おーい、敦盛君?もしかしてまだ寝ぼけてるの?」
「・・・・・・。――― っ!?なっ・・・、皐月殿!?」

その為、最初は笑顔だった少女の顔も徐々に困惑したものへとなっていき、もう一度名前を呼ばれたとき、初めてこの現状への認識を改めたのだった。
改めてしまった後は、もうどういう反応を示すかは一目瞭然で。
瞬時に顔を真っ赤にしながら、少しだけ後ずさりをする敦盛だった。

「そうだよ、皐月だよ・・・って、そんなに驚くー?」

敦盛の反応に最初はきょとんとした表情を浮かべていた少女も、すぐさま可笑しそうに笑いながら顔を遠ざけると、敦盛が座っていた場所の隣へと腰を下ろした。

少女の正体は皐月だ。

後ずさりした反動で、柱にへばりついているような格好の敦盛を見ながら、可笑しそうに笑い、そんなに驚かなくたって!という言葉と共に、笑い声を上げる。

そんな皐月の反応に、あぁ・・・と、心なしかな声を出すが、よほど驚いたのか胸元をぎゅっと握り締めている始末だ。
敦盛の態度に、よっぽど驚いたんだなぁとしみじみ思いながらも、皐月は大丈夫ー?と声をかけながら敦盛が平常心を取り戻まで、のんびりとその場に座って待つことにした。



「どうー?大分落ち着いた?」
「あぁ、すまない。取り乱してしまって」

暫くの時間を要して、やっと落ち着いた敦盛に、声をかける皐月。
あぁと小さく頷きながら、体勢を元に戻してもう一度大きく息を付く。
そして、見せてしまった醜態を謝罪しながらも、敦盛は今度はちゃんと皐月の顔へと視線を向けていた。

「ううん、驚いたけど大丈夫!でも敦盛君がこういう所でうたた寝しちゃうって珍しいね」
「・・・、あぁ、そうだな。・・・だが、この陽気勝てるものはなかなか居るまい」
「それは確かに!」
「それに、いい香りが漂ってきていたからな」
「いい香り・・・?あぁ!これかな。これの事かな、もしかして!」

確かに敦盛がこういったところで無防備に居眠りなどをする事は珍しいものだった。
敦盛自身もそれはよくわかっている事で、皐月にその事を指摘されれば、頷くほかはない。
ただ、そのきっかけになっていたかもしれない、香りの事を皐月に話せば、皐月の表情はきょとんとしたものから、直ぐにパッとした笑みへを変わった。

そして、自分の足の上に置いてあった篭を敦盛へと差し出した。


「・・・・・・これは・・・」
「えっと、確か唐菓子って言うんだよね?さっきね作ってみたの!」
「皐月殿がか・・・?」
「うん、あたしが!作り方は朔に教えてもらったんだけどね、暇だったから作ってみたの」


にこにこにこ。と嬉しそうに語るのは皐月で、敦盛は篭に盛られた糖菓子と皐月を何度も交互に眺めていた。
確かに唐菓子は家庭料理で気軽に作れるものであるという知識はある。
だが、敦盛にとってそれを食べた事があるのは、自分がまだ小さい頃の事。

・・・・・・・・・この、せいか・・・。

先ほどまでぼやけて見えていた映像が夢だという事は、目が覚めた時点で分かっていた。
そう、まさに先ほどまで夢見ていた時に食べていたものだ。
何故あんな夢を見てしまったのかと思っていたが、ここに来て納得するものが出来た。

きっと、うたた寝をする前に漂った香ばしい匂い。まさに唐菓子の匂いが引き金となったんだろうと。

「・・・・・・もしかして、敦盛君唐菓子嫌い?」
「え?いや、そんなことは・・・」

ぼんやりと唐菓子を眺めていたせいか、それとも反応を示さなかったせいか。
皐月の目には唐菓子を目にした敦盛の表情が心なしか曇ったような感じがしたため、唐菓子=嫌いという方程式が皐月の頭の中で成り立っていたのだ。
皐月の問いかけに、敦盛はハッとすると、すぐさま首を左右に振る。


嫌いではない。


寧ろ・・・・


続きの言葉を思うよりも先に、皐月がずいっと、篭を敦盛へと押し付けるようにさらに差し出してきた。
その表情は先ほどとは違った、満面の笑み。


「本当!?なら、どうぞ。味は保証するよ」

はい、と首をかしげる皐月。
違うという敦盛の答えにほっとして、実は食べさせたくてうずうずしていた気持ちが一気に発散という感じなほど早い反応なうえに、やや強引さが見え隠れしている。
そんな皐月に戸惑いながらも、少し遠慮しがちに唐菓子へと手を伸ばす敦盛。

そして、じーっと向けられる視線の中、パクッと一口それを食べた。

「・・・・・・ど、どう?お口に合うかしら?」

保証すると、大きく出た皐月だったが、やはり人には好みというものがあるから、自分が良しとしても敦盛の口に合うかどうかが心配になったらしい。
ドキドキと、期待感を背負いながらも、敦盛から感想を言われるのをジッと待っていた。

感想を期待されている敦盛はというと。
一口唐菓子を口に含んだ後の動きがピタリと止まっていた。


・・・・・・・・・この味・・・


敦盛の中にある微かな記憶を、この味が刺激する。
あの香りと同じように、過去の記憶へとリンクする。

遠い遠い、まだ自分が幼かった頃の記憶。

その頃食べた味と、全く同じだと、敦盛は感じたのだ。


兄達と分け合った記憶。
そしてそれを頬張った記憶。


どの記憶も敦盛にとっては大切で、そしてその時が永遠に続けばと、願わずには居られない記憶。


一度止めた動きを再びゆっくりと再開させる。


一口。

また一口。


皐月の問いも耳には届いてはいるものの、答える事が出来ないで居た。
声を出す事が、答える事が敦盛には出来なかった。
胸がジンとなるような、今まで忘れていたような感情がこみ上げてくるような、そんな味。
それだけで胸がいっぱいになったのだ。



「・・・あ、あつ、敦盛君!?そんなに美味しくなかったら食べなくて良いんだよ!?」
「・・・・・・・・・え?」
「もぉ、無理して食べる事なんて、しなくて良いんだよ?」

大丈夫?と、期待を胸に膨らませたような顔とは一変した皐月の表情が、敦盛の視界へとドッと入ってきた。
それと同時に、投げかけられる言葉。
その言葉に、敦盛は我に返ったように皐月を見返した。


・・・美味しくない?無理して食べる?


だが、皐月の言っている事に、今度は敦盛が首を傾げた。

決して不味いとは言っていないし、寧ろ美味しい。
それに懐かしい味で、とても心地よいと思っていた。
確かにそれを伝えては居なかったかもしれないが、何故現状になったのか、検討が付かない。

皐月も皐月で困惑の色を全く隠していないのか、慌てて辺りを見渡す。
敦盛も敦盛で投げかけられた言葉の真意が分からず、困惑を隠せない。

二人とも同じように困惑しているが内容が全く異なっていた。

もっとも、敦盛が皐月の言葉を否定すれば万事解決だと思うのだが、それよりも先に、行動を示したのは、やっぱり皐月だった。


「・・・?――っ!?」
「うう、苦しい思いさせるつもりなんて全然なかったのに、ごめんねぇ~」


すっと、突然皐月の着物の袖が敦盛の頬を掠めた。
それに驚いた敦盛を尻目に、困ったような表情を浮かべながら、少し敦盛のほうに身を乗り出して手を伸ばす皐月。
伸ばされた手は、今度は遠慮なしに敦盛の頬を何度も何度も何かをふき取るように動かされた。
その動作に、敦盛は動揺しながらもハッとさせられた。

頬に触れる袖と、皐月の手。

そして片方の頬に、敦盛は恐る恐る手を伸ばしてみた。


・・・・・・・・・・・・。


伸ばした先に感じたのは、少し暖かい水の感触。
もちろんそれが何を意味するのかは、分からない程鈍くも無かったため、全ての疑問が一本への繋がった。


皐月がどうして美味しくないと、思ったのか。
無理していると、思ったのか。
苦しい思いをさせていると、思ったのか。


それと同時に、敦盛の中で、何処かくすぐったいものがこみ上げてきた。
そして、それが表情へと出るまでにはそう時間はかからず、小さく笑みが敦盛から漏れる。
泣いてしまった事への恥もあったが、それよりも暖かい気持ちの方が大きかったのだ。

「・・・?敦盛君・・・?」

もちろん、突然笑みが漏れれば、涙を拭いている皐月は驚くのは当たり前で。
お決まりの表情をしている皐月を確認すると、頬に添えられていた手をそっと掴み、下へと下ろした。

「すまない。誤解させたようだ」
「え?」
「美味しかった」
「え?・・・え?・・・・・・じゃぁ、美味しすぎて泣いちゃってたの?」
「・・・・・・もしかしたらそうかもしれないな。・・・懐かしくて・・・」
「・・・?懐かしい?」
「あぁ・・・子供の頃、良く食べていた。兄達と。・・・その時と全く同じ味だった」
「・・・・・・・・・・・・」
「絵としての記憶はあるにせよ、味など、覚えていないと思っていたが・・・案外、捨てたものではないのだな」「・・・・・・・・・・・・」
「だから、安心して欲しい。決して不味いわけではない」
「・・・・・・・・・そっか。なら良かった」

ゆっくりとした口調。
それでいて穏かな口調と、笑み。

敦盛から醸し出される全てがそれを物語っていた。
もちろんそれは嘘でもお世辞でもない事は、皐月にも分かる。
もっとも、敦盛はお世辞は得意かもい知れないが、嘘は苦手だという事は重々承知している事。

何処か懐かしく、そして穏かに笑う敦盛に、皐月も答えるように微笑みながらゆっくりと頷いた。


「唐菓子、いっぱいあるから、沢山食べてね」
「あぁ、頂こう」
「うん!・・・あ、じゃぁあたしお茶持ってくる。飲むでしょう?」
「あぁ」
「ん。少し待っててねっ」

気を取り直して!といわんばかりに大きく息を吸った皐月は、先ほどとは打って変わって元気良く声を上げた。
そして、唐菓子を二人の間に置けば、思い出したかのように立ち上がり、お茶の準備をしてくると、パタパタとその場から駆けていく。

そんな皐月の背中を見送りながら、笑みを深める敦盛。


遠い遠い記憶を穏かな記憶。
自分が永遠に続いて欲しいと願った記憶。

願えば願うほど切なく苦しくなった想い。
いくら願ってもかなう事が無いのに、願わずには居られない想い。


けれど、唐菓子一つで、その想いが和らいだ。
全く同じ味の唐菓子。
それを味わい、再びその記憶が蘇っても、決して辛いとは思わなかった。
切なく、苦しいとも思わなかった。


それとは逆に、暖かかった。


その原因が唐菓子なのか、それとも違うなにかなのか。
今はまだ分からない。


けれど、この唐菓子をずっと食べたいという思いが静かにこみ上げてくる。


遠い遠い記憶を永遠として求めるのではなく、今此処にある現実が永遠に続く事を、敦盛は願ったのだった。


暖かい日差しの下。
心地よい縁側で、彼女の笑みと唐菓子と共に。

過ごす時が、永遠に続けばいい、と。