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*第93話:穢れた自分と
「な~んか、目を合わせてくれなくなったんじゃない?」
「…気のせいよ」
ティナとアーヴァインは、奇妙な間隔をとって歩いていた。
二人目を殺すまでは無かった間隔だった。
…しかし、それには二人とも気づかない。
何と無く雰囲気が先刻までと違うという事しか。
そして、二人の間隔を徹底的なまでに具体化する存在が、彼女達の少し後ろに居た。
「やっと見つけたわ」
不意に後ろから声を掛けられ、驚きながらも振り返り武器を構える二人。
まず目に入ったのは、赤いマント。
それから、その女性の顔に視線が移る。
黒髪の、美しい女性だった。
「誰、あなた?用件は何?」
ティナは、冷たく言った。
すぐに殺してしまった方が良いのは分かっているけれど、ティナの中の何かがそれにブレーキを掛ける。
――とりあえず相手は丸腰で、殺気も無い。いつでも、始末できるわ。
アーヴァインに、今は待つようにと目で合図を送った。
「私はアイラ。…あなたがティナね?」
女性は、流れるような口調で言う。
不思議と、彼女が自分の名前を知っていることに関してティナは驚かなかった。
「ええ、そうよ」
「あなたに渡したい物があるのよ」
そう言ってアイラは、懐から石を取り出す。
アーヴァインにはそれが何か見当もつかなかったが、ティナはすぐにそれが何かを理解した。
冷酷でなくてはならぬと封じ込めた筈の感情が、一気に彼女の中で噴出した。
「魔石…おとうさんの…?」
幻獣としての生命を終え、魔石となってティナの支えとなっていた、父マディン。
最後の戦いの終結と同時にその魔石も砕け散り、もう、会うことも無いと思っていた存在。
生涯のほんの一部だけを共に過ごした存在だけれども、彼女にとって唯一の父親。
何者でも取って代わることの出来ない存在。
「おとうさん…?」
「あなたに渡したいの」
アイラの声が、何処か優しく、何処か強く響いて…
フラフラとアイラのほうに歩いていき、ティナは両手を前に差し出した。
数秒の間の後、手にズシリと重みがかかる。
次の瞬間、彼女の意識は、別の世界に飛んでいた。
――モブリズへ。
子供たちの会話が、聞こえてくる。
…大きくなったら何になりたいの?
…わたしはティナママみたいなひとになりたい!
…わたしも!
…ボクは、ティナママとケッコンするの!
…ダメだよ!ボクがティナママとケッコンするんだ!
…ボクがケッコンするの!
…ダメ!ティナママはみんなのティナママなのよ!
あまりに、平和で。
あまりに、無邪気で。
あまりに、清純で。
――自分だけが、血に汚れていて。
私の斬った男の人の血?
私が焼き尽くした50人の兵士の血?
とにかく私は血で汚れていて。
――子供たちには、見せられない。
意識が、不意に現実へ戻された。
掌の中で、父の魔石が、音を立てて、割れた。
これが、おとうさんが最後に伝えたかった事だったの?
穢れ無き子供たちと血に汚れた自分…
それだけあれば、何を伝えたいのか十分わかる。
「ごめんなさい…おとうさん…みんな…」
涙が、瞳から溢れ出た。
もう、生き残る願望は無く。
ただ子供の幸せを願う姿が其処には在って――
――次の瞬間、少女の口から大量の血が吹き出した。
今本当の自我を取り戻した少女の首筋を、一本の矢が貫いていた。
「何てことをするのッ…!」
アイラの、呻きと叫びとが混じり合ったような声が、矢を放った主に浴びせられる。
それに対し、その男は何も変わらぬ口調で、言ってのけた。
「君が最初に言ったんだよね…邪魔になれば殺すって。
君がなんか泣いているの見てさ、思ったんだよ。君はもう使えない…ってね」
倒れ伏し動かないティナを一瞥すると、アーヴァインは再び弓を構えた。
「…!?」
ロトの剣を構えようとしたアイラは、ティナの身体の異変に気づいた。
アーヴァインも気づいた。弓の構えを解かずに、それを凝視した。
倒れ伏したティナの身体が、静かに、光りだす。
淡い桃色に。静かに、静かに…
――私の記憶だけでも、子供たちに残りますように――
少女の最後の願いが、ゆっくりと光を纏う。
またゆっくりと光が収まったとき、彼女の身体は既に消えていた。
ただ其処に、不思議な石が一つ。
――幻獣の血を引く者の最後の業。
――魔石となって、彼女は生涯を終えたのだった。
「なんという…」
アイラは、呆けるようにそれを見つめていた。
アーヴァインも、同じだった。
二人とも、攻撃姿勢を維持したまま、不思議な光を帯びたその石を見ていた。
――少女の髪と同じ、緑色のその石を。
【アーヴァイン 所持品:キラーボウ 竜騎士の靴 G.F.ディアボロス(召喚不能) エアナイフ
行動方針:アイラを殺す、ゲームに乗る】
【アイラ 所持品:炎のリング ロトの剣
行動方針:アーヴァインを倒す(殺すのは避けたい?)】
【現在位置:ほこら近くの山岳地帯】
【ティナ 死亡】
【残り 113名】