0話

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*序章 目が覚めると、暗闇だった。 暗闇の中、複数の息遣いだけが聞こえてくる。直ぐ隣には誰かが倒れていて、その隣にも誰かが倒れていて。それが延々と続いていた。 ――何だ、この状況は? 状況が全く理解できない中、彼は警戒しながら辺りを見渡した。そこにはやはり暗闇だけがあったが…いくつかの気配を感じる。 恐らくは…他にも数人が起きていて、自分と同じように警戒しているのだ。このおかしな状況を。 ――そうだ、着火具…荷物は? と、彼が荷物を探ろうとすると同時、唐突に明かりが付いた。 ただその明かりはとても小さく、蝋燭の様に儚いものだったが。そして。 「ようこそ、選ばれた選手達よ…!」 ―――。 彼、フリオニールの荷物を求めていた手は、硬直して動かなくなっていた。 いや、彼だけではなく、この場にいる殆どの者が呆然とし動けなくなっていた。突然姿を現したそれに恐怖を覚えて。 その存在は、絶対的な力と悪を持っていた。それこそ自分の存在など、一瞬で消されてしまうような。 「今日は貴様等に殺し合いをしてもらう。逆らうことは許されない」 それは、確かな絶望。 ―――何で、どういうことだ。 あまりにも唐突な展開と恐怖に『選手』達は息を飲み沈黙する。しかし、 「…ふざけないでッ!」 一人の女性の怒声が、沈黙を破った。フリオニールはゆっくりと声がした方に首を向ける。 血の繋がらない妹である…マリアが弓を構え立っていた。続けた。 「あなたがどんな人なのか知らないけれど、殺し合いをさせられる覚えはないわ!」 ぱぁんっ! ―――。 フリオニールは、その出来事を理解することが出来なかった。 マリアの放った矢は間違い無く奴の心臓を貫く筈だったのに―――。 何故、マリアが倒れている?何故、マリアの胸に、矢が―――。 マリアは、目を見開いた表情で仰向けに倒れた。心臓に、マリアが放った筈の矢を深々と刺して。 一瞬の出来事だった。 「……ッマリアーーーーーーーーーーッ!!!!」 薄闇の中、女性達の悲鳴と、フリオニールの悲痛な叫びが響いた。 【マリア(FF2) 死亡】 【残り 138名】 「ふざけている? 誰もふざけてなどいない」 冷徹な言葉と共に、声の主は闇の中から姿を見せる。 はっきりと光に照らし出されたその姿に、誰もが再び息を飲んだ。 女だった。奇妙だが豪奢なドレスを身にまとった、細身の女。 だが、全身に膨大な魔力を纏い、目には絶望の色を湛え、美しくも邪悪なその姿は―― 「魔女……アルティミシア」 乾いた声で、誰かが言った。 けれども、当の魔女はそのつぶやきも意に介さぬ様子で、そっと手を振った。 それを合図にしたかのように、広間中で何かが砕け散る音が響く。 「お、俺の剣が!?」 青い帽子をかぶった剣士が驚愕の叫びを上げた。崩れ落ちた剣の残骸を握り締めながら。 いや、彼の剣だけではない。いかなる技か、広間にいる者が持つ武器全てが、今や白い灰と化していた。 魔女は続けて、尖った爪を虚空にかざす。 その先からほとばしる光が広間を埋め尽くし、ほんの一瞬だが全てを白一色に塗りつぶした。 「お呼びでしょうか、アルティミシア様」 光の後に現れたのは、漆黒の鱗で覆われた巨竜であった。 青い皮膜を広げ優雅に宙を舞う姿は、竜王バハムートを思い起こさせる。 アルティミシアの下僕となったG.F.――ティアマトだ。 「この者達にゲームの説明をしてやれ」 魔女はうやうやしく跪いた巨竜に一言だけ残し、闇に消える。 フリオニールはそれでも魔女に追いすがろうとしたが、その願いは叶わなかった。 近くにいた仲間が止めたため、そしてティアマトが彼の行く手を阻むように舞い降りたためだ。 邪悪な竜は、唇をかみ締めるフリオニールを嘲笑いながら話を始めた。 「アルティミシア様が言われたが、貴様らにはこれから殺し合いをしてもらう。  ルールは単純だ。この場にいる全てを蹴落とし、生き残る。それだけだ。  だが、勝つためには全てが許されているというわけでもない。  禁止事項を破れば、貴様らのつけている首輪が爆発する」 ティアマトの言葉に全員が首に手を当て、言葉を失う。 いつのまに着けられたのか? 無骨な金属の塊は大した重さも感じさせず、だが、確かに全員の首に巻かれていた。 「もちろん爆発と言っても小さなものだが……貴様らの脆い首を吹き飛ばすには十分だ」 ティアマトは喉を鳴らした。多分、笑ったつもりなのだろう。そして再び言葉を続ける。 「禁止事項は以下の三つ。  一、会場から逃げ出そうとする。 会場に設定された境界線を越えれば爆発するということだ。  二、禁止された魔法や技を使用する。これは場合によって追加されることがある。   なお、最初から禁止されている魔法は「ラナルータ」のみだ。  三、力づくで首輪を外そうとする。以上だ。  そうそう、付け加えておくが二十四時間以内に誰も死ななかった場合は  全員の首輪が爆発するようになっている」 「――つまり、殺しあえば一人だけは生き残れるが  殺しあわなければ誰一人として助からない、そういうことかい?」 会場の片隅で静かに話を聞いていた銀髪の男が、冷めた瞳でティアマトを見上げる。 巨竜は我が意を得たりとばかりに大きくうなずいた。 「そういうことだ。もっとも、今のまま素手で殺しあえとは言わん。  これから一名ずつ名前を呼んでいくから、呼ばれたものは後ろの扉から外に出ろ。  そこで武器や食料などが入った袋を支給してやろう。   もっとも、武器といってもどの袋に何が入っているかはわからんし、全てが有用な武器でもない。  下らない玩具を引いてしまった者は、運が悪かったと諦めるのだな」 そして、ティアマトは最初の名を読み上げた。 ――呪われたゲームに放り出される、最初の生贄の名を。 名を呼ばれたのは、アーヴァイン=キニアスだった。 「僕が一番最初ってことは、まさかアイウエオ順なの?」 「ああ、そうだ」 青年の問いに、ティアマトはあっさりと肯定する。 「ふーん。まあいいや、それじゃあ行ってくるよ」 傭兵としての訓練ゆえか、緊迫感がないだけなのか、あるいは空元気を装っているだけなのか、 いずれにしてもアーヴァインは普段どおりの軽い調子で言った。 「待て」 その態度が不満だったのか、巨竜は少し苛立しげに呼び止める。 「説明が一つ抜けていた」、そう言ってティアマトは心臓に矢を受けたマリアを見やり、唇の端を邪悪に歪めた。 「首輪の威力についてだ」 マリアの傍で肩を震わせていたフリオニールの耳に、それは聞こえてきた。 断続的に流れる、耳障りな電子音。その間隔がだんだん短くなる。 戦士としての勘が、危険だと告げる。音を止めろと警告する。 だが彼にはどうしようもない。やがて音が重なり、ピーーーというアラームへ変化した時…… 思っていたよりも軽い音がした。シャンパンの栓を抜いたような。 けれども宙に舞ったのはコルクではなく人の首で、地に撒かれたのはワインではなく血であった。 狙いすましたかのように足元に落ちた生首に、アーヴァインの顔が青ざめる。 首を失った死体を見て、フリオニールの顔から全ての表情が消える。 悲鳴さえ上がらず、広間に忍び寄る死のような沈黙が落ちる。 ただ一匹、ティアマトだけが満足そうに参加者たちを見下ろしていた。 そして立ちすくむ青年に向かい、短く言い放った。 「行け」、と。

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