470話

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*第470話:THE GRAVITY OF DARK SIDE 完全に地の利を味方につけたサックスはそれでも追跡を気にしながら慎重に村から離れていた。 結果としてここが浮遊大陸であることが彼を助けたわけである。 けれど慎重を期した代償である些細なはずの時間経過が彼に次の不運を呼び込むのだ。 同じ場所を北へ、少し前に通過していったルカたちとの時間差はほんの30分程度でしかない。 しかしその時間のうちにカズスの入り口である北の峡谷部はゲストの到着を許していた。 勇者アルス。黒騎士レオンハルト。 悪の巣へと向けて歩みを進める彼らにはいまや戦いの緊張感と決意がみなぎっている。 そうして、南北から峡谷を抜けようとした彼らは出会った。 時間が欲しかった。たとえ答えが出なくても、迷いが深まるだけでももう少し一人でいたかった。 なのにフリオニールを振り切り村を離れられたと思ったらまた別の人達だ。 カイン達に騙されてカズスへ誘導されている人達だろうか。 ともかく、誰かと顔をあわせるということは会話するにせよ戦闘するにせよ決断せねばならないということ。 確かに勝利者になる決意はした。けれど、何の関係もない人を殺してしまう覚悟はまだぼやけたまま。 遭遇を回避するため岩陰に身を隠しつつサックスは切にギルダーへの問いを反復していた。 「隠れてないで出て来てくれ。そちらに悪意が無ければ害意を加える気なんてない」 夜の暗さにさらに濃淡を付ける岩陰、そこに感じた気配にアルスは呼びかける。 聞いた話が本当ならばカズスは来訪者を殺す罠、或いは殺人者達の砦。 だから、油断はしない。だから、身に付けた武装の端まで整った闘志が満ちている。 「僕はアリアハンのアルス。もう一度言う。…静かに、姿を現してくれ」 アルス? 聞こえた名乗り、名乗られた名前は彼女が仲間だと語っていたそれ。 平時のサックスであれば「信頼した仲間の仲間」というだけで心を許していたろう。 けれどゼル達に見放され、ルカ達に見放されて膨れ上がった孤独。 殺し合いの中で1人生き残る事を彼に唆すほどにまで育った孤独は今また恐怖を彼に囁く。 彼らが僕のことを悪し様に聞いていない保証はない。 それに嘘をつかずに自分の身の上、カズスでの出来事を説明して信じてもらえる自信もない。 いや、その前にフルートの死に責任がある自分を彼が許してくれるなんてなぜ簡単に思える? 彼女は確かに信頼した仲間だ、でも彼は僕にとって「初対面の他人」じゃないか。 もはやサックスの思考はネガティブな方向から逃れることができない。 そして揺らいだ精神が場に漂う緊張に堪えられなくなるまでほとんど時間は要さない。 逡巡の後、彼はこの場から逃れ去ることを決断した。 苦労してようやく抜け出してきたカズスへの後退を。 もしサックスが使い慣れた剣を手にしていたならば二人は暫し誰もいなくなった岩陰を警戒し続けていたかもしれない。 けれど、現実に彼の手にある不慣れな槍の長柄はそれを担ぐサックスの頭上から二人に微かな反射光を投げる。 それは些細な違和感を与える程度でしかないが満ちた緊張を行動させるには十分で。 「何だ、動くもの………!! 見張りだったか!? レオンハルトっ」 「わかっている。追うぞ!」 背後に追跡の気配を受けながらサックスは冷静さを乱しつつ走っていた。 地の利とマテリア:スピードの力で客観的に見れば追いつかれる道理はないのだがサックスには余裕がない。 どうする、二人と戦うのか? それともどこかに隠れて今度こそ何とかやり過ごそうか? 無意識に狭めた選択肢が彼の心理の姿を示している。 何の答えも出せぬまま急き立てられるように村の外れまで戻って来たところで立ち止まった。 いや、その先にある足を踏み入れたくない領域に押し留められたのだった。 「…気が付いたらサックスの姿が見えなくなっていたという訳か?」 「そうなるな」 「お前は何をやっていたんだ!?」 「迂闊だったと思っている」 「お前のミスだろうが!」 「はっ、カインよ、自分なら何のヘマもしないとでも言いたいのか?」 「もういい黙れ。……くそっ!」 ルカ、ハッサンに逃げられ、今またサックスまでもがカズスから姿を消した。 合流したフリオニールに彼の不在を問い詰め、その事実をカインは認識する。 サックスは殺されたのかもしれないとも思ったが、それを問うことをカインはしなかった。たいした差は無い。 ともかく苛立たしいやり取りの後、少し離れて立っているフリオニールとは口をきいていない。 どうすれば良いのか? 待ち合わせの時間:タイムリミットが迫っている。なのにシナリオは壊れきった。 二度三度にわたる弥縫策のもともとの原因もそれをさらに突き崩したのも、すべて隣の男のせいだ。 フリオニール。引き込んだ駒がこれほどマイナス要因になるとは考えていなかった。 期待しているスミスの帰還もまだだ。飛行と言う最良の移動手段を使えるスミスがこれほど遅れるのは、 どこかでトラブルに巻き込まれているか、…裏切られたか。 何もかもが上手くいっていない。何もかもが思惑を外れてしまっている。 計画はすべて放棄するべきかもしれない。そう、馬鹿の役立たずに全てを擦り付けて。 仕方ないがいいさ、もとより一人で戦い抜くつもりだったのだから。 どうしてやろうか? あからさまに不快感を示したカインとの決裂はもう取り返しはつかないだろう。 サックスを手駒とするのに失敗したのは痛いが自分にはエッジから奪い取った武器がある。 ザックの中に眠る大型の機械。ひとたび火を吹けば豪雨のように全てを抉る武器。 大型マシンガン。カインには教えてもいない。奴とてこれを浴びればひとたまりも無いはずの威力。 必要なのは設置して撃つ、そのための隙を作ること。 このゲームに勝者は一人、それは貴様も分かりきったことだろう? 目の前にはカズスの廃墟、後方からは追跡者。 思考は混乱し、なんら行動できないまま徒にサックスはタイムリミットを迎える。 「武器を捨てろ。それから両手を上げて振り向け」 アルスの声。追いつかれた。もう戦うしかないのか? ビーナスゴスペルを持つ手に緊張が走る。2対1だ。僕は死ぬのだろうか。 振り返ると共に槍で薙ぎ払おうとした動きはしかしレオンハルトにより阻まれる。 抵抗を察し一気に肉迫した彼の剣はサックスの手元に近い部分で槍を押さえ、容易にその動きを止めたのだ。 サックスを包んだ驚愕が晴れたとき、彼はその手から槍を奪われ取り押さえられていた。 「その顔はサックス、か」 「………」 「イクサスを殺したんだってな? お前もカインやフリオニールと組んでいると言うわけか」 「違う! …違うんだ」 「何が違う? 殺人者」 見上げたアルスの顔は紛れも無く正義を信じる者の冷たい顔で。視界の端には刃がギラリと映る。 死ぬのだと思った。自分は彼らに断罪されて死ぬのだと。 けれど、カインやフリオニールの同類だと言われたままなのは我慢がならない。 信じなくてもいい、聞いてくれ。サックスはそう静かに呟きこの世界で自分の見てきたものを語り始めた。 鉱山でのこと。ロランの事、イクサスの事、ギルダーの事、フルートの事、ゼル達への想い。 カインに襲われたこと。ルカ達に助けられた事。 カズスの村で見た面々のこと。マッシュとスコールの事。その後のこと。 そして、どうにか自分はそこから逃げ出してきたのだと言うこと。 「そして、君達に出会った。その後はこの通り。わざわざ言わなくてもいいだろう?  ああ……結局、僕は何も護れなかった、な」 不思議と後悔はない。語りたいことはすべて語ったから。 アルスは先程と同じ表情のままでサックスを見下ろしているまま。けれどその視界から彼の命を奪う予定だった刃がスッと引かれて消えた。 「レオンハルト!」 「アルス。城で出会った二人の言葉を覚えているか。  『心を入れ替えて、生き直そうとしてるヤツでも殺すのか?』だ」 「覚えているさ」 「では貴様がそれになんと答えたかは?」 「…覚えている」 「『遺された人が悲しむ事を知っていて、なお他人を殺せる様な奴ならば』だったな。  この男はどうだ? そうでないように、見えるか?」 「………」 「悪を絶つ、その覚悟は立派なものだ。  だが手にした正義の光の前に目を閉ざしてはいけない、盲いてはいけない。  本当は彼をどうしたいか。貴様もわかってはいるのだろう? 見誤るな」 組み伏せられているサックスの上、沈黙が場を支配する。 アルスは黙してただ何かを考えている。レオンハルトは黙してただ彼の答えを待っている。 「嘘で無いならこの村に残っているのはカインとフリオニールだけか。  …サックス。君の罪は消えたわけじゃない。だが今は君よりその二人を討つほうが先決だ」 「アルス」 「レオンハルト。彼の身柄は君に預ける。どうするかの判断も任せよう」 捻り上げられていた腕を解かれ、地面とアルスの間からサックスが解放される。 肩透かしになった死の覚悟をぶら下げたままきょとんとするサックスを睨み、アルスは言い加える。 「サックス。僕はまだ君のことをそれほど信用しているわけじゃない。  でも大事なのは…。そう、大事なのは『これからの事をどう思っているのか』だ。  もう一度、その後で話を聞く。行こう、レオンハルト」 カズスの村の奥へと強い視線を移し、アルスは遮蔽物を利しつつその中心へと近づくべく離れていく。 その背中をじっと見つめたまま目で追うサックス。 「…贖罪の為に戦う。それならばサックス、貴様と俺は大して変わりはしない」 「え……」 「この生は俺にとって二度目の生。一度目は力に溺れた果ての終幕だった。  ほら、受け取れ」 ビーナスゴスペル。先程サックスの手から奪ったそれを、レオンハルトは差し出している。 「貴様も共に来い。  たった今、貴様は一度死んだのだ。ならば俺と共に贖罪の戦いへ身を投じないか?」 レオンハルトの言葉が熱く胸を打つ。二度と得られることは無いと思っていた信頼の言葉。 少なくとも目の前にいるこの人は僕を信じ、同道を許してくれる。こんな、僕を。 そっと伸ばされた手がしっかりと槍を掴み、サックスは立ち上がる。 視界を滲ませる熱いものを感じ、サックスは奮い立たせるようにそれを片手でぬぐう。 「ありが…ありが、とう、レオンハルト。僕は……僕は、本当は一人で、生き延びようと」 「言うな。言わなくていい。孤独、不安、絶望、それらは人の心を捻じ曲げてしまう。  人が堕ちるのは容易いものだ。だが、這い上がってくればいい、絶望の荒野に果てる前に。  さて。ではあまりアルスに一人で先行させるわけにもいくまい。我々も行くぞ」 「……あ………はい! はい、もう……もう大丈夫です、行けます! 行きましょう!」 「良し! 標的はフリオニール、奴の捕獲を第一目的とする。  サックス、ここで死ぬな。すべて為してこその贖罪、それはまだ続くのだぞ」 「はい!」 隙を突いて先手をとって動こうというつもりなのだろう。 明らかに解るであろう不快感をぶつけておいたため可能性もあると読んでいた通り、 うつむき加減で考えていたカインの視界の端からフリオニールの姿が消える。それを追って地を蹴ったカインは夜空へ舞い上がった。 この時点で二人の決別は確定した。 むしろ好都合、それならば、ラムザやユフィに語ったことを真実にしてしまえばいい。 爆発の後もまだ立体を保つ脆い足場へと軽やかに着地し、カインは影を追って跳ぶ。 要はマシンガンの発射準備までたどり着けるか、その前に死ぬかだ。 爆発になめされた村の中ではまだ遮蔽物が多く残る方向へと駆けるフリオニール。 無論、カインはしつこく追ってくるだろうからこちらはそれを退けねばならない。 まるでノミのように地面、柱、屋根と細かく素早く飛び跳ねながら追ってくる相手を認識して考える。 ならばどうしようか。走りながら、思いついた魔法を唱えるべく魔力を集める。 フリオニールにとっての嬉しい誤算、カインにとっての悪い誤算はその時に起こった。 幾度目かの飛翔の一瞬、全身を走り抜ける悪い予感にカインは咄嗟に跳ぶ角度を変え、地面へ向かう。 天を舞台とする優れた竜騎士なら荒天の日に感じることができる落雷の予感。だが、あまりに不自然ではないか。 訝しさは夜空より降ってきた一条の雷が吹き飛ばす。 「竜騎士カイン! 失われた命、貴様が奪った命に代わり僕がお前を討つ!!」 通電のショックに顔をしかめながらヒーロー気取りの名乗りの方を目で確認。 攻撃を挨拶代わりに現れた第三者の出現、事態は予想以上に悪い。 よりによってフリオニールとの共同戦線が崩壊したこのタイミングで現れるとは。 「フリオニール、どこだ」と叫ぶ聞き覚えある声がさらにカインに追い討ちする。 あれはレオンハルト。なるほど、奴が引き連れてきたという訳か。 偶然にしてはできすぎたタイミング、おそらくは自分達が蒔いたカズスへの誘引策を聞きつけたのだろう。 それが裏目に出たというわけだ。 リュカ達かゼル達かは知らんが接触による情報の広がりを考えるとかなり不味いことになっているのかも知れない。 苛立ちが募る思考は迫り来るドラゴンテイルにリセットされ、カインはギリギリでその爪を逃れる。 「フリオニール、どこだ! どこにいる!!」 全員を殺すつもりなのだから特定の相手にこういうのは可笑しいが、殺したい相手の声を聞いてフリオニールは哂っていた。 サンダーかサンダラか知らないが同じ雷の魔法を考えてカインを攻撃した奴がいる。恐らくレオンハルトの仲間だろう。 たなぼたで転がってきたノーマークの時間、フリオニールは捜索の時間から目を付けていた四方の壁が残る屋根のない廃屋へ。 速やかに死を運ぶ鉄塊を取り出し、鋼鉄の死神を組み立てる。 かつての崩壊前の姿、そして廃墟と化した現在の姿。 二つのカズスを脳内で重ね合わせながらサックスはレオンハルトに付き従う。 形ながらも遮蔽物として残っている壁や柱の影をおさえながらフリオニールの居所を絞っていく。 誰よりもこの地に精通しているサックスの助力を得て彼らは的確に動き、程なく一箇所に目星を付けた。 周囲から少しだけ孤立した位置に、バリケードのように壁だけが残っている廃屋。 「そこにいるのだろう、フリオニールよ! 姿を現せ! 剣を抜け! 尋常に、勝負せよ!」 返事は奇妙に澄んだ鋼鉄の死神の咆哮。廃屋の壁の一方を突き崩して飛び出し、爆発を生き残っていた壁を粉砕する。 同種の攻撃に晒された事のあるレオンハルトの即断に従い、二人は転がるように遮蔽物の裏へ。 大体でこちらの方向を把握したのか、それとも残った廃墟全てをあの攻撃で粉砕するつもりか、 断続的に続く機械の歌声と共に壁が、柱が、瓦礫の山までもが銃弾の雨に苦悶の合唱をあげる。 「あの狂人と同じ類の武器? なるほど、これが一網打尽の罠の本質か。  しかし…いつまでも誰もが驚愕すると思うな。すべて使うは人の手、限界は易々とは超えぬわ。サックス」 「はい」 「辛い役だが囮を頼む。奴の注意をこちらに釘付けのままにして欲しい。  攻撃は俺が近づいて止める。あの破壊の雨が止んだら一気に飛び込んで来い」 「はい、え、でも、どうやって……あっ」 疑問を差し挟むより早く取り出した何かの粉末を浴び、レオンハルトの姿がかき消えてゆく。 『フリオニールは必ず止める。だから…信じろ』 誰もいない空間から聞こえた声に、サックスは大きく、力強く頷いた。 それ程距離の離れていない規則的で耳障りな音が二人のBGM。 帯電したような自分の肉体が、周囲の空気が落雷の雰囲気をカインに予告している。 だが、その源は空に浮かぶ雲ではない。 悪を滅するいかづちの根源は正面で鞭を振るうアルスと名乗った青年。 そして、カインは今焦燥の極みにあった。 槍の穂先は青年をキッと指し、竜の尾は地面からカインを見上げる。 だが何よりもカインを焦燥せしめているのは自らの手で血を流す小さな引っ掻き傷である。 (この指輪…力がっ、失われているッッ!!?) 確かにかつて他人の指に見た際の妖しく紅い輝きはそこにない。 鋭き槍を止め、スミスのプレスからさえ持ち主を守ったその力は今カインを守ってはくれないのだ。 悪くなる状況の中でもカインを一段上の心理的な優位に置いていた要素が彼を見限っているのだ。 (何故、何故だ。馬鹿なあッ!) 焦燥は加速して、思考は減速していく。 思考時間を求め停滞を願う頭脳を笑うように青年の腕から柔らかに加速される鞭は判断の鈍ったカインに回避を許さず、槍と小手で受けることを強いる。 それは、再び彼の指に傷をつけ、単調な、繰り返しの、二度目のプロセス。 だから、再び動揺する。読みが甘くなる。程度を甘く見る。差異を見逃す。 アルスの姿が消えたのではない。見ていなかったのはカインのせい。 眼前に現れた青年から盾を放り捨て速度の乗った拳が顔面へと叩きつけられる。 久方ぶりの衝撃、ダメージ、痛みがカインの中を走りぬけ、かえってそれが温んだ脳漿を冷却する。 殴り飛ばされ地面に倒れたカインに冷酷に落ちる竜の尾撃を身をひねってかわす。 為すべき事は何か? 再起動した思考は短い言葉を連ねて提示してくる。奴は強い、だから、逃げろ。 響き続く、機械音。 「フリオニール! 僕だ、サックスだ。あなたからまんまと逃げおおせたサックスだ!  聞こえています? もう、止めませんか。戦いあっても仕方ないでしょう?」 打ち続く、機械音。 「魔女が、あんなに冷たく笑える魔女が救いを与えてくれるなんて本当に思っているんですか!?」 叩き続く、機械音。自分の声の残響が、心を撫でていく。 「勝利の果てで染み付いた罪まで誰かが赦してくれるなんて思っているんですか!?」 降り続く、機械音。必死の叫び、紡ぎだす言葉は己の身体へも潜り込む。 「汚れた手を大切な誰かに差し伸べるんですか!?」 引き続く、機械音。サックスの叫びはまるで自分の影へ呼びかけるようで。 「違うでしょう! 自分が不幸だからって人の命を奪っていいなんて!」 ただ続く、機械音。ここで出会った自分の形をした影に向けて必死に呼びかけているようで。 「気付いているんでしょう! 自分が間違っているって!」 ―――音が、止んだ。 自分を裏切り、のこのこと戻ってきた小僧の声に苛立ちつつフリオニールは引き金を引き続ける。 立場を逆転されて貶められただ足元で、心の底でざわめいていた影がわずかに起き上がってくる。 だが、抵抗もそこまでで押さえつけられたそれは哀しそうに揺らぐだけしかできない。 虚ろだったフリオニールの身体を満たした自分の影はもはやフリオニールそのもの。 例えそれが以前とどれほど違おうと、彼こそが現在のフリオニールであることは違いないのだ。 だから、レオンハルトのようなことを言うガキを憎んだ。むかついた。死を願った、この機械の牙で。 だが規則的に続いていた音の終わりは唐突に、横合いからの乱暴な衝撃がフリオニールを襲う。 『聞いたか、あの説得を? だが貴様は、相変わらず愚考に取り付かれたままか?』 奇妙に澄んだ残響がゆっくり倒れていくでくのぼうから抜け落ち、黒い空気へ霧消する。 痛覚より何が起こっているのか分からない驚愕が勝った状態でフリオニールはさらに見えない打撃を浴びる。 カインの方向にはしっかりと注意を割り振っていたはずだが、一体何が? 『もう逃がさんぞ。目を覚ませ、フリオニール』 「ッッ、レオンハルト!? レオンハルトか! 何をした? 姿を現せ!」 『誘いを断ったのは貴様の方だろうに。いまさらお願いか?』 激昂に乗って抜き放たれたラグナロクが何の手ごたえも無く空間を薙ぐ。 「どこにいる! 出て来い!」 「レオンハルトさん!」 聞こえた呼び声、近づいてくる足音、宙に浮かぶ半透明のロングソード。 像が構えを取る。時間切れの消え去り草の効力に合わせ少しずつ少しずつ人の形が浮かび上がる。 「さて…改めて話し合おうか。フリオニールよ」 「戯れ言を…。ふざけるなよ、兄弟!」 閃光の一合。気圧したレオンハルトの剣が武器の力を超え、フリオニールを下がらせる。 そして――――そこに、死が訪れた。 なお続く機械の音と誰かの叫び声を背景に二つの氷の意思が渡り合う。 はっきりとした視認が不可能な速度で舞い襲う鞭相手の殺陣、槍よりもさらに広い間合いを制圧できる相手にカインは攻撃を当てられないのがやっと。 だが、小手先の策はないわけじゃあない。 ぼろぼろでふらふらだった男が自分の攻撃を受けたときどのようにそれを脱したのだったか。 ツーアクション。 不意打ちでアルスめがけて投げつけられた暗赤色の指輪。 カチリとスイッチが入る隠し持っていた機械。 勇者が攻撃の合間に拾っておいた自身のドラゴンシールドで些細な反撃を止め、 反撃を再開する前にカインは彼が制している空間から逃れ去ることに成功していた。 あとは、再度鞭の間合いに飲まれる前に常人が持ち得ない跳躍力を持って宙空へ逃れるのみ。 彼の足が地を離れた瞬間、示し合わせたように耳障りな音が消えた。 眼下に捉えるは三方を壁に囲まれた中で呆けたようなフリオニール。 吹き上がるは憎悪、思考の努力を投げるほどの感情の炎。 アルスという青年にレオンハルト。この二人を相手にしてフリオニールに勝算があるとは思えない。 けれど、計算よりも損得よりも、カインに強く芽生えた憎悪はその手で奴に引導を渡すように唆す。 ワンクッション、降りた地面にかつてなく力をかけて一本の槍と化し天へ舞う竜騎士。 切り札にして自身最大の攻撃。一撃集中一点狙撃、軌道修正不能の高空からのジャンプ・アタック。 夜空から落ちる竜星は―――そこに、死を導く。 サックスは火が出るような二つの剣の激突を見、そして、流星を見た。 訳が、わからない。 剣を手にしたレオンハルトの勇姿が見えた、そう思ったはずなのに 彼の眼は串刺し刑のように一本の槍で縫い止められた彼の姿を見ていた。 声が、出ない。 激突の反発か、槍と共に流星はいずこかへ跳ね去り、そしてフリオニールの剣が黒騎士を肩口から裂く。 全てが、受け付けられない。 視界の端にアルスの姿が見える。遠さと暗さは彼の表情を読ませてはくれない。 けれど、その視線に非難、不信、憤怒が乗せられている気がしてサックスの心は震え上がる。 僕は、また。 黒い空へ飛翔し消えるカインがいた。近づいてくるアルスの姿がいた。 抱いた希望が反転した絶望はサックスがここに居続ける事を拒絶する。 ここにはいられない。僕はまた、一人で、やらなくちゃ。 駆け出していた。 前ではない方向へ。ここではないどこかへ。足のみが知る行き先へ。 血と鉄の臭気、夜と返り血のコントラスト。 望んだ勝利は望まぬ勝利、己が剣にあまりに呆気なく身を裂かれた親友。 砂のような虚ろな感触に漂い、落ちてきた憎悪が残した目を無感情に受け止める。 最も闇に近しい男は新鮮な肉塊と化した友を一瞥し、その名前だけを闇に閉じ込める。 それから、雷撃の勇者の声に気付いてフリオニールは顔を上げた。 その強さは昼間身をもって体験している。 素早く蹴倒されていた大型マシンガンをザックへと詰め込んで正面切って彼とぶつかることを避け、 フリオニールは廃墟の闇へと溶け込んでいった。 不吉をかきたてていた音の方角へと消えたカインを追って荒廃した建物の間をアルスは走り抜ける。 そして、 地に突き立ち跳ねる流星の如き一条の筋を見、 不自然に踵を返すサックスの姿を見、 廃墟の間へ揺れ隠れ消える憎むべき背中を見、 温かさを残したままに靴で凌辱された戦友の無残な骸を見た。 裁つべき悪は空へ逃し放してしまった。悔恨を信じた友は裏切られてしまった。 そして僕は、傲慢なままにただ立ち尽くす――― 影は纏い付くスモッグのようにアルスの心の目を覆い閉ざす。 揺れる枝に木の葉ずれの音を立てて降りる。 カインは一度だけ粉々に破砕された策謀の舞台を見返し、その後樹を蹴って跳ねた。 何の力か突然に姿を現し軌道に割り込んだ誰かがいなければカインの槍はフリオニールを捉えていたろう。 歯噛みするような失敗は自分の槍の下で誰が死んだのかさえ気に留めさせない。 けれど、戻るという愚行を犯さない程度の冷静さもまたカインには残されている。 これから、何をするか、どこへ向かうか。 逃れることを優先しなりゆきで向かう先は南西。暗く横たわる稜線が近い。 竜騎士たる自分の能力を持ってすれば常人では険しい山岳地帯もさほど労せず越えることができるだろう。 (南西……カナーンか。ラムザらの目的地でもあったな) 午後は本当に災難だったと今にして思う。利なく、意味なく、損と悪名ばかりがかさんだ。 明日は――、と考えかけてカインは自分の愚考をあざ笑った。 招待客の諸君にも一方的な通告は心苦しいが今宵のディナーの待ち合わせは破棄させてもらう。 スミス、貴様はどこで油を売っているか知らんがスミスよ、こんな事情だ、理解しろ。 暫くはそれぞれ独力で生き延びるとしよう。怨むなよ? 【アルス(MP3/5程度)  所持品:ドラゴンテイル、ドラゴンシールド、番傘、ロングソード、官能小説1冊  第一行動方針:フリオニールを追う  第二行動方針:倒すべき悪(アーヴァイン、スコール、マッシュ、フリオニール、カイン、サックス)を殺し、PKを減らす  最終行動方針:すべての悪を消す】 【現在位置:カズスの村】 【カイン(HP2/3程度、疲労)  所持品:ランスオブカイン、ミスリルの小手、この世界(FF3)の歴史書数冊、加速装置、  草薙の剣、ドラゴンオーブ、レオの顔写真の紙切れ  第一行動方針:カナーン方面への転進  最終行動方針:殺人者となり、ゲームに勝つ】 【現在地:カズスの南西 高山との境界付近】 【フリオニール(HP1/3程度、MP1/2)  所持品:ラグナロク、三脚付大型マシンガン(残弾5/10)  第一行動方針:来敵へのゲリラ戦での勝利を目指す  最終行動方針:ゲームに勝ち、仲間を取り戻す】 【現在地:カズスの村 廃墟の奥】 【サックス (負傷、軽度の毒状態、左肩負傷、心理的疲労)  所持品:水鏡の盾、スノーマフラー、ビーナスゴスペル+マテリア(スピード)  第一行動方針:この場から逃走する(無意識にウル方面へ)  最終行動方針:出来ればこの現実を無かった事にしたい】 【現在地:カズスの村を出てウルの村へ】 【レオンハルト 死亡】 【残り 56名】

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