259話

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*第259話:賢者の無力と少女達の悲哀 「あのさ、帰ったら何したい?」 ギルダーが目を覚まし、そしてもうすぐ朝日が昇るという頃。セージは3人にこんな事を尋ねた。 「帰ったら…か。とりあえず、寝る」 「将来的な事を訊いたんだけどねぇ…」 「将来?なら当然、仲間と静かに過ごせればそれでいい」 ギルダーはそう言って椅子に凭れる。 そして少し気だるそうに、今度は自分が尋ねた。 「セージ、そういうお前はなんだ?」 「僕?僕はねぇ…世界征服☆」 「…嘘だろうな?絶対に嘘だと言え」 「嘘に決まってるじゃないか。本当はね…君と大体同じ。あとは勇者のみに許された呪文を習得!だねぇ…」 『ギガデインとか…あ、でもアストロンとかも結構…』 と悦に入っているセージを無視し、ギルダーはビアンカの方へと視線を移した。 「貴女は…?」 「私も一緒。家族や仲間の皆と一緒に…国を見ていける事ができれば……最高ね」 「家族か……良い夢だ」 ギルダーは、孤児の自分にはなかった物を持っている彼女らが羨ましいと思った。 微笑を浮かべるギルダーを余所に、散々独りで語っていたセージはタバサに尋ねた。 「タバサはどんな夢がある?」 「あのね…私ね、レックスと…結婚するの。皆は無理だって言うけど――」 成程、前に言いかけていたのはこれか。とセージは察した。 『可愛い夢だね』とセージは言って、そして続けた。 「大丈夫、きっと叶うよ」 「ありがとう…うん、絶対レックスと一緒に元の世界に帰るの!」 にっこりと笑ってそう言うタバサを見て、セージの顔に微笑が生まれた。 と同時に、絶対に家族を探さねばと力が入る。 けれど、あれが希望を打ち砕いた。 この小さな少女と一人の母の、その夢ごと。 それは放送。亡くなった人間の名を呼ぶ放送。 死者の名が一人一人呼ばれていくその中で…、 それは聞きたく無かった。 聞きたく無かったのに。 「レックス」 あの魔女の不気味な声が、確かにそう言ったのが聞こえた。 聞こえてしまった。 「レックス……レックス…」 ―――それから暫くして。 ビアンカが何度も、その名を呟いていた。 一方…セージは怒りをぶつける様に、壁に一撃拳をぶつけていた。 そしてタバサは、じっと黙っていた。 ギルダーはその姿を静かに見て、そして視線を外した。 自分は人殺しで、出会ったばかりで、敵だ。 そんな人間が口出しできるはずも無いことは知っていたから、彼は黙っていた。 そんな時、セージにタバサが話しかけた。 「お兄さん…」 タバサの声が震えている事が容易に判った。 セージは答えなかったが、そのまま彼女は話し続ける。 「私って、悪い子ね……皆に叱られちゃう…」 「――急にどうしたんだい?」 「本当…本当……私…ダメ」 ビアンカは、静かにその光景を見ていた。 タバサの肩が震えているのがわかった。 「『何回も何回も挫けてたらダメだ』って…自分でも……言ってたの…に」 「タバサ…君は……」 「泣い…ちゃダメだって……言っ…た、のに…」 君は正しいよ。 涙を流すタバサに、セージはそう言いたかったけれど、言えなかった。 何が正しいのか、正しくないのか。今それを決めるのは自分じゃないと悟ったから。 安っぽい言葉で人の悲しみを癒せるほど、自分ができた人間ではないことは知っていたから。 「…お兄さん、これから…も、私に…呪文を、教えて…。  いっぱい…いっぱ…い……教えて!  私、みた…えぐっ…私みたいな、人……増やしたくないから…っ!  悲しんでる人…助けたいから……教えて!」 『わかったよ』とセージは答えて、そっとタバサの髪を撫でた。 「ありがとう…。サンチョや…ピピンさんみたいに…殺される人…見たくないから……ありがとう」 その時、タバサのその言葉を聞いたギルダーの顔が曇った。 そう、ピピンを殺したのは自分なのだから。 そしてタバサは、そのギルダーの様子に気がついてしまった 「ギルダー…さん?」 「いや、なんでもないんだ」 「何か…何か知ってるの?ねえっ!」 「俺は――――いや……」 嘘はつけないな、とギルダーは呟いた。 そしてそのまま間を起き、今までの事を伝えた。 ビアンカの時と同じように、正直に伝えた。 タバサは、静かに俯いてしまった。 そして…また涙が床に落ちて、暫く時を置いた後――。 ギルダーの首元に、ライトブリンガーが突きつけられた。 彼がその刃を辿って視線を移すと、そこにいたのはタバサ。 今でも流れ落ちている涙を拭いもせず、わざわざ袋から取り出し、子どもには重いであろうその剣を突きつけていた。 だがその手はとても震えていた。躊躇う様に震えている。 「仲間の仇の…俺を殺すか……」 「…………」 「いい子だ」 するとギルダーのその言葉の後に、ガラン…と音が聞こえた。 そして足元を見ると、それは落ちていた。タバサの手にあったライトブリンガーだ。 タバサを見ると、先程と変わらず大粒の涙が流れている。 「私……私…できない…よ……できない!できないっ!  ピピンさんは…死んでいい人じゃなかったっ!優しくて……いつもっ…楽しい話をしてくれて!  でも私…ギルダーさんが……憎いはずなのに…憎いはずなのに……できないよぉ…」 「タバサ」と、ビアンカが呼んだ。 タバサが振り向くと、後ろでビアンカがしゃがんでこちらを見ていた。 「タバサ…ほら」 そう言ってビアンカは、タバサにこちらに来るように促す。 それを見て、タバサはビアンカの体に顔を埋めた。 「タバサ…無理しなくていいのよ」 「ムリ……してないよぉ……」 「いつからそんな嘘つきな子になったの?我慢しなくても、いいのよ……?」 「……うっ…く……お母さん……お母…さ……ぅ…うああぁあああぁあぁあああぁあぁぁぁああ!!」 泣き叫ぶタバサを見たのは、当然セージは初めてだ。 だが母であるビアンカすらも、こんなタバサの姿を見たことは無かった。 どんな苦しい旅でも、一度も泣かなかった強さを持っていたタバサのこんな涙は知らなかった。 ビアンカは、彼女がまだ子どもだという事を忘れたことなど一度も無い。 けれど彼女は心が強すぎて、繊細な心を持っていて、今は耐え切れないほどの重圧を抱えていることは忘れそうになる。 泣き叫ぶタバサの姿を見て、ビアンカの頬でもまた…静かに涙が伝った。 「……何が『賢者』だ…何が『悟りの境地』だ…。  ただただ人を悲しませるだけで……。ごめんタバサ……最低だな、僕は…」 守りたかった。 セージは、タバサの家族にだけでも再会させてあげたかった。彼女を悲しみから守りたかった。 自分ならできると思った。自分は賢者だ。人を守るために存在するのだ、悪を断ち切るために存在するのだ。 それができなかった。いくつ呪文を知っていても、いくつ闇を払っていた実績を持っても、できなかった。 肝心なときに、自分は何もできなかったのだ。自信が崩れてしまいそうになる。 「アルス……やっぱり君みたいに、上手くいかないか…。  いや、君みたいになろうと思っていることが…傲慢なのか……?」 まだ見ぬかつての仲間の姿を浮かべ、落ちたライトブリンガーを片付けながら、セージはそう呟いた。 ただ静かに、悔しさと哀しさをその表情に浮かべながら。 そしてその隣で、ギルダーが呟くように言った。 「もうすぐ……次の舞台への扉とやらに向かった方が良いだろう。  武器を渡してくれ。そしてビアンカさんにもだ。時間が無い……」 「ああ、ぐずぐずしている暇は無いからね。でも…せめて」 「わかっている―――。あの子を待つさ、俺の責任だ…」 タバサの声が、響いていた。 【タバサ 所持品:ストロスの杖・キノコ図鑑・悟りの書  第一行動方針:泣く 基本行動方針:家族を探す】 【セージ 所持品:ハリセン・ファイアビュート・ライトブリンガー・雷の指輪・手榴弾×2・ミスリルボウ  第一行動方針:会話 基本行動方針:タバサの家族を探す】 【ギルダー 所持品:なし  第一行動方針:不明  基本行動方針:セージと行動し、存在意義を探す/自分が殺した人の仲間が敵討ちに来たら、殺される】 【ビアンカ 所持品:なし  第一行動方針:タバサと泣く 基本行動方針:家族を探す】 【現在位置:いざないの洞窟近くの祠内部の部屋】

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