269話

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*第269話:海 ふらふらと、一人の青年が平原を歩いていた。 それは歩くというより、風に押されてといった方が正しいかもしれない。 この大地では草木すらほとんど動くこともなかったくらいだから、 彼の歩みがいかに緩慢なものだったかは想像がつこう。 青年はただ動くことにのみ専心していた。 目的地も、時間も、死の予感さえも、今の彼には無意味だった。 それでも、ここに着いたことを漫然な動作の集積からきた偶然だと言い切れるだろうか。 平原をぬけたそこは、地平線まで一切の障壁がない海岸であった。 雄大に、果てしなく青く、陽の光が爛然と移り輝く海であった。 「海…」 塩の臭いが鼻につくのを感じながら、海岸に佇立して、下に緩流する波を眺めた。 いつか見た海も、同じようにゆっくりと流れていた。 この海の先、地平線のずっと向こうには、まだ見ぬ大地があるのだろうか? 「ないだろうな…」 ぽつりと呟く。 昔、船酔いをして海中にもどしたことがあった。 ここには船すらないだろう。ある意味もない。 「聞こえるだろ」 何もない空間へ呼びかける。 ―――何もない? …あるさ。 この海は彼を見ている。映している。 「ロック=コール!おまえは狂ってるぜ!」 稜威の叫びが、あたりに響いた。 そして青年に――ロックに、一筋の涙が流れた。 「セリス…どこにいるんだ」 涙を拭う。手についたそれを舐めると、口中に塩辛さが広がった。 海は苦手だ。特に、希望のない海は。 ガサッ 背後から聞こえたその音はやけに不用意だった。 「誰だ?」 ロックは振り返ることもなく、相変わらず揺れる波の様を望んでいた。 返事はないが、仄かに息づかいを感じる。 警戒の見えぬ無遠慮な闖入者に、微かな不快感と安心を覚えた。 「いつから見てた」 相手はやや逡巡したようであった。 「その…なにか、叫んでたところから…」 少し強張った、男の声。 「それで、俺に何か用なのか」 これに対する応答は聞かれず、再び沈黙が起こった。 奇妙な静寂の中で、ロックは気怠そうに振り返った。 ブロンズの髪、焼けた肌、整った眉に端正な顔立ち。 黄色や薄い紫の組合わさった珍妙な服。 左足の裾は右足のそれより短かく、両裾からは引き締まった足がのぞいていた。 「変わった格好だな」 「…よくいわれるッス」 男はそう答えた後、躊躇いがちに言った。 「…でも狂ってはないッスよ…」 ロックは自嘲気味に笑った。 「セリスって女を知らないか?綺麗な金色のロングヘアーで、目つきのちょっと鋭いヤツだ」 「セリス?…エアリスなら知ってるけど、違うみたいッスね…。  でも、どこかで聞いたような気がする」 「ああ、それはきっと、さっきの放送でだ」 男は一瞬、はっとしたようにロックを見つめた。 「…探してどうするんすか」 ロックは黙ったまま、答える素振りを見せなかった。 「…狂ってるってわけッスね」 「……」 しばらくして、続けた。 「大丈夫ッスよ。そんなの、狂ってるうちに入らないって。  俺、見てきたから…。悪魔のようなヤツ、何人も見てきた…。  本当に狂ってるのは、あいつらなんだ!」 男は少し上気していた。その語気があまり強いのに、ロックは驚いた。 「今度の放送で、また知り合いが一人呼ばれたッス…。  それで俺、どんどん怖くなって…レーベの村に行こうと思ってたけど、  人に会いたくなかったから、迂回してここを通ったんだ」 話を聞いていたロックは、へえと相槌を打った。 「よく俺に近づく気になれたな」 「感じたんだ。なんていうか、あんたの、悲しみとか、なんか、そういうのを」 「ふうん…」 「それに…たしかにあのときはもう、誰にも会いたくないと思ったッス…  でも、一人でいるのも怖いんすよ…」 「ああ。今にも泣きそうな顔をしてる」 そういうと、男は少しむっとして唇を引き締めた。 「なんだよ!そっちなんか、もう泣いてるっつーの!」 涙はまだ、乾いていなかった。 男は視線を遠くにやった。 「…ほんとは、ここにきて、しばらく海をみていたんだ。  そうしたら、あんたの声が聞こえたんだよ」 「海を…?」 「なんだか、懐かしくって」 「懐かしい…懐かしい、か。そうだな、そうなんだ」 「え?」 ロックは目を細め、広漠たる海を見渡しながら追想した。 そのときのことをセリスは笑いながら話してくれた。 かつて彼女が孤島で見た絶望の海はどんなだったのだろう。 それでも諦めなかったのだ、セリスは―― 「いや…希望、か。希望があったから、生きられたんだ。  あいつは、俺のバンダナを受け取った。あるのか?俺に、希望が――」 ―――だから、死体を探し出して、生き返すんだろ? 「それが、それが希望なのか…」 「お、おい!あんた、どうしたんだよ、急に独り言なんて…」 ロックはティーダに視線を移した。 「…おまえの名前は?」 「俺…?俺は、ティーダ。あんたは?」 「…ロック。ティーダ、おまえは恋人が死んで…失ったことがあるか?」 ふと、男――ティーダは口を噤んだ。何か考えているようだった。 「…あるッスよ。正確には、ちょっと違うかもしれないけど」 「生き返そうと、思ったことはあるか?」 「…生き返す?」 ティーダは訝しげにロックの目を見つめた。 「…ないッスね。一度も」 一つ、息をついて、 「あんたの考えてること、わかってきたッスよ。むしろまんまっつーの?  でもあんた、そんなことじゃ何も変わらない。ただの誤魔化しッスね」 やけに熱っぽく話していた。その言葉を、ロックは無表情に復唱した。 「誤魔化し…」 ティーダは少し視線を逸らした。 「…まあ、何があったのか知らないけどさ…」 「……」 ロックは目を閉じた。波の音、幽かな風の音… 「ここにいると、落ち着くな」 ふと、つい先のフリオニールたちとのやりとりを思い出した。 あのとき、俺は俺を制御することもできなかった。 今、ここに自分がいる。こうして会話を交わし、考えることができる。 それを取り戻したのは記憶だろうか。 海の臭いが、この見かけぬ風貌をした男の言葉が喚起した、セリスの記憶だろうか。 ならばセリス、おまえは俺に何を望むんだ。 …レイチェル。今の俺を、おまえは嘲笑うだろうか…。 「じゃあ俺…いくから。時間、ないし」 ぼうっとしているロックに、ティーダが気まずそうに声をかけた。 草原に向かい、草は踏み分けられて小気味よい音を鳴らす。 そしてすぐに、その音は止まった。 「…俺も行こう、レーベに」 ティーダの耳に、ロックの落ち着いた声が聞こえた。 【ロック 所持品:キューソネコカミ クリスタルソード  行動方針:とりあえずティーダについてく。死体探しなどの方針は不明】 【ティーダ 所持品:鋼の剣 青銅の盾 理性の種 ふきとばしの杖〔4〕 首輪×1  第一行動方針:ロックと共にレーベに移動  第二行動方針:仲間になってくれる人を探す  最終行動方針:ゲームからの脱出】 【現在位置:レーベ北の海岸】

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