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*第529話:償い方2
背を向けて、ジタンが壁際に引き下がっていく。
プサンは寝息を立てているフィンの様子を少し眺めて、改めて部屋の真ん中のほうへと向き直った。
視界のそれぞれの端にジタンの背中とセージの顔が映る。
少しの間、室内に沈黙が漂う。
プサンは監視対象に意識を向け、その気配が城の北で停止したままであることを確認した。
「やっぱり強引にでも攻めた方がいい」
ぴくりと尻尾を揺らし、振り向いたジタンが叫んだ。
「だから作戦を考えるほうが先だって、ジタン。僕の話聞いてる?」
うんざりした表情で、セージが言い返す。
二人の作戦会議は、強襲を主張するジタンと反対するセージの平行線。
上手い方法を見つけられないまま停滞していた。
「正面からじゃダメなんだ。僕らが姿を見せたら事態は悪化するだけ。
君は焦っているんじゃないのかな?」
表面には出さないものの、プサンは心中で同意する。
城の北を選んだリュカは動くことは望んでいない、まだ考える時間はある。
何より彼らを直接知るプサンは、あのピエールがリュカへの忠誠を自ら覆してみせるなどということに疑いをもっていた。
リュカがいればピエールは押さえつけていられるのではないか。
それは魔物使いと仲間との間に存在する関係への信頼と言い換えてよかった。
おかげで排除を前提とする二人と異なり、プサンはピエールの説得を第一の手段として考えていた。
必要なのは条件であり、首輪のこと、脱出を目指す仲間との連帯のこと、ドラゴンオーブのことだ。
可能性が大きくなるほど希望のもつ求心力は強くなるのだから。
「動き出す前に叩かなけりゃ意味はない、そうだろ?
向こうに行動のチャンスを与えず、こっちが一方的に動く。作戦だって……考えた」
強い口調でジタンがそう言い、プサンの思考は中断する。
依然、監視対象に変化はない。
しっかりとこちらを見つめ返す強い視線がジタンを刺した。
「へえ、どんな作戦?」
その主が、軽さを含んだいつもの口調で問い返す。
一応は聞くという感じが滲み出たその響きにも、ジタンは淡々と話を進めた。
「…セージ、お前は魔法……じゃなくて呪文、が得意だって言ったよな? 賢者だっけ」
「そうだね、頼ってくれてもいいよ。肉弾戦は当てにしないで欲しいけど」
「いろいろできるんだよな?」
「回復・攻撃・補助、大抵の事はできるよ。それが君の作戦に関係あるの?」
「ああ、あるぜ。いいか、作戦はこうだ。
まず不意打ち、セージの呪文で全員の動きを止める。
その瞬間、俺が突撃してピエールを仕留める。ま、単純といや単純だな」
即座に却下とでも言われるかとも思ったが、セージは腕を組み、目を閉じ、しばし思案する。
「全員?」
「全員さ。そうでなきゃ乱戦覚悟。最悪だな」
「待ってくれよ、リュカも? タバサも? それを僕にやれって?」
「ああ、そう言ってる。できるんだな?」
乾いたいい音を残して、ハリセンが鋭く壁に炸裂。その音が冗談じゃない、と代弁した気がした。
当然の反応だと思いながら、ジタンは次の言葉を待つ。
「本気で言ってる? どう思われるかも予想しなかった? 僕が賛成するって思った?」
「できるんだな。時間が、無いんだ」
セージは多少変わり者だが、冷静な判断力も発想力もあると短い間に確かに感じた。
その言い返してくる態度に作ったのではない感情の高まりが微かにある。
ジタンは、セージが突き当たっている思考の枷の正体が自分の予測どおりだと確信した。
一度視線を外し、会話に加わらず成り行きを興味深げに眺めているプサンをちらりと見る。
変化なし、を意味するようにはたはたと手がふられたのを二人で確認する。
「時間がない、それは正しい。でも、だからって無謀が許されるわけじゃない」
「ほかに名案は浮かんだかい?」
流暢なセージの口振りがそれは、までで中断する。
そこで代案が出てくるくらいならこんな提案はしない。黙るのも、当然だ。
単刀直入に切り込む。
「なぁセージ。そんなにあの二人に悪く思われるのがイヤなのか?」
流石に表情は変わらなかった。けれど、この場合無言は肯定ととってもいいだろう。
「無謀って言ったな。けど時間も手段も限られたこの状況で賭けじゃない方法なんてあるか。
お前は失敗を怖がり過ぎてる。んで、その理由は二人とやりあう結果になりたくないからだ。
それを避けようって考えるとこちらからのアプローチはほとんど手詰まり、いいアイデアなんて浮かばない。
図星だろ」
やっぱりセージの表情は変わらず、無言のままだ。図星なのだろう。
賭けに出るしかないことを理解させるつもりで、追い討つ。
「断言してやる。向こうが止まってる間にピエールとリュカを引き剥がすのは無理だ」
冷静を装っていたセージの表情が不快感に歪んだ。
実際、返ってきた声には反発する感情が十分に乗っていた。
「どうして君にそう言い切れる?」
「できるさ。俺には今のリュカの気持ち、大体分かるからな」
朝に見た、クジャの優しげな笑顔がふと脳裏に浮かんだ。
目の前では不快さを顔に貼り付けたまま、再びセージが口を噤んでいた。
「クジャって名前、聞き覚えあるかい? 俺の兄弟なんだ」
それからジタンは、静かにクジャの話を始めた。
確かに図星だと思った。
ジタンの作戦にはまったく好感を持てないが、自分の思考が嵌っていたことは言い当てられた。
何をどう考えても、今のリュカがピエールを一人にするはずがない。
その強固な予測を何とか崩そうと挑んで、セージの思考は停止していたのだ。
今はただ、リュカの気持ちなんてものを分かると言い切ったジタンへの反発を抱えたまま黙って話を聞いていた。
深夜の静けさが急に深くなった気がする部屋で、ジタンは淡々と語る。
クジャという男についてアリアハンで彼が尽くした破壊の数々のこと、そして今朝方のこと。
「瀕死のあいつを見たとき、俺はどうしようもなく助けてやりたくなった。
理由なんて、ない。……言葉じゃ、上手く表せないんだ。
いつの間にか、泣いてたよ。泣きながら、リュカに見逃してくれるよう頼んでた。
そんでさ、リュカは殺したいくらいに憎いだろうあいつを見逃すばかりか回復までしてくれた。
次は容赦しないって言われたけどな」
兄弟の情というヤツだろうか。頭では理解できるが、共感はできない。
セージは何人かの顔を思い浮かべたが、自分がジタンの側に立つ場面が想像できなかった。
自分だったら動かずリュカの判断に任せるか、身内こそ自分の手でかたを付けるかのどちらかを選ぶだろう。
「今のリュカさんがそのときの君と同じだって言うのかい?」
言ったあとで、違う、と心で付け加えた。
リュカは騙されて爆弾を抱え込まされている。そういう思いが強い。
ジタンは曖昧に笑い、問いかけに答えずに続けた。
「あの時、俺はクジャのしたことが分かってたのに、そうした。
おかしいんだ。キーファが倒れたとき、確かに俺はあいつを殺そうと決意したのに。
なのにさあ、弱った姿を見たら変わっちまった。
希望を捨てられない、できる限り同じ道をいっしょに歩きたい、そういう関係ってのは、あるんだ。
……俺とクジャがそうだったように、リュカとピエールもそうなんだと思う」
違う、リュカは優しさにつけこまれている、騙されているんだ。
そこから弁護に回ろうとしたが、二者間の並々ならぬ関係に迂回してたどり着いただけだ。
疑われたのはピエールではなく自分達のほうだったという事実がある。
盲目的、そして感情的とも言える反応を示したのには確かにそれだけの背景がないと説明できない。
「片思い、はおかしいかな? そんな感じなんだ。
裏切りの決定的な瞬間まで、きっとそいつは変わらない。変えられない。
理屈や物事の正邪で説得してなんとかできることでもない。だから」
「だから――」
ギルダーの顔を、思い出した。あの時は、上手くいったのだ。
大切な人を守るために一緒にゲームに抗おう。
心の底ではそんな風にピエールを説得できる可能性を捨てきれていない自分に気が付いた。
だってそれが、傷つけずに済む方法じゃないか。
なのに、ジタン、どうして君はそんな夢の無い現実を突きつける?
いや、本当は――わかってる。
「手遅れになる前に覚悟を決めて、できることをやるしかないってことだ、セージ。
手が届かなくなる前に、永遠にチャンスが失われてしまう前に。
一気に急襲して、ピエールを倒し、一気に逃げる。
それが一番単純に、リュカとタバサを助ける方法だ。
誰かを助けるのに理由はいらない。……言い訳も、いらない。
嫌われるのは決定だろうが、それで当面二人は安全になる。そうだろ?」
「そう、かも……しれない」
守れなかった人のことを思い出させられた。離れてから再会まで、たいした時間は無かった。
二度目の夜も更け、すでに80を越えるチャンスを逃してまだ楽観的なのは、鈍い。
守りたいなら自分で必死に守らなければ、誰の命も保証されない。当たり前だ。
結局、リュカの心に傷が付くことは決まってしまったのかもしれない。
それがピエールがタバサを殺すことによるか、僕らがピエールを殺すことによるかの二択。
だったら後者だ。
「ジタンさん、セージさん」
突然、プサンの緊迫した声が部屋に響いた。
体温がすっと引いていくのがわかった。思い当たる理由は一つしかない。
先に仕掛けられた。しかし動き出すのが早すぎるじゃないか。
手が届かない位置で事態が進行していることがセージにとってたまらなくもどかしかった。
償い、あるいは報い。
セージとジタンの会話がピエールを殺す方向に傾いていくのをプサンはそんな風に考えながら静聴していた。
止める気は無かった。守りたい、復讐したい、放っておけない。どれも人の心の在り様だから。
きれいごとや理屈だけでは物事は動いていかないことは良く知っている。
プサンが待っていたとしたら説得に使える材料の増加で、最も期待できるのはエドガーの帰還だった。
それが間に合わないなら、プサンは動く気はない。ピエールには見切りをつける。そこまでのことだ。
達観した見方、けれどそれはこちらの動きについてで、魔石の向こう側の異変は予想外。
「気配が一つ離れて動き出しました。方向は南東、森へ。
リュカさん――いや、石の気配自体は城の北から動いていませんが」
部屋に動揺の色が広がる。全員が、何が起こったかを頭で思い描こうとした。
プサンはとりあえず、可能な限り情報を引き出そうと監視に集中する。
張り詰めた緊張を破ったのは、いつの間にか扉のところまで移動して叫んだジタンだった。
「セージ、それにプサンも! 急ごう!」
「ちょっと待って、ジタン! 他に分かることは無いんですか!?」
「…残った二人も動き出しました。離れていった気配を追いかける方向です」
再び部屋が色めき立つ。
ジタンは苛立ちを隠さずにもう一度さっきと同じセリフを繰り返した。
黙ったまま、プサンは無防備に眠っているフィンをじっと見る。
どのみち二人が行ってしまえば、残るのは戦力に計算できない自分一人だった。
置いていくことに心残りはないが、もし彼が目覚めた時に取り残されたと思うようでは良くない。
ともかく動き時、動かねばならないと、腹をくくる。
「ここは覚悟を決めましょう。セージさん、城の入り口まで先行してください。ジタンさんは、ちょっと……」
立ち上がりながら、それぞれに指示を出す。
彼も腹を決めたのだろう、頷いたセージはその目に炎を宿して扉から飛び出していく。
ジタンには彼のナイフで、木のテーブルに『戻る』とメッセージを刻むように頼んだ。
この身体でどれくらい走れるか。二人の動きについていけないことは間違いなく足枷になる。
それでも、行くしかないだろう。魔石の気配を追えなければアウトなのだから。
「私も先に行きます。追いついてきてください」
かりかりと聞こえる刻まれる音を背にし、プサンも駆け出した。
すぐに、後方から走ってきたジタンに無言で追い抜かれた。
ひび割れの走った石畳を見下ろし、ゼルの死体を隠した方向を一瞥し、それから後ろを振り返る。
建物の奥へと続く通路は暗く、そこにはまだ人の姿はない。
どうしても、プサンは遅れてしまう。
けれどもプサンがいなければ森へと動き出した気配を追うことはできないのだ。
焦りを摩り替えるように、ジタンは追いかけた先でやらねばならない一撃のイメージを思い描こうとした。
「ねえ、ジタン。君がしてくれたクジャの話のことなんだけど」
不意に、横から囁くようにセージが声を掛けてきた。
名前を聞いて、バカな事を言って逃げたクジャを追いかけたことを思い出す。
あの時も、必死で追った。
「終わりは、裏切り、だったの?」
「……ああ。最後まで、勝手なヤツだった」
そういえばクジャの話、最後まで終わってなかったな。だけど話の結末はあまり思い出したくない。
必死で探して、追いかけて。
あの時は、間に合わなかった。そういえば、リノアにも追いつけなかった。
口に出してしまったら、今度もそうなってしまう気がする。
だからジタンは口を閉じ、それ以上喋らなかった。
「……ごめん。聞かない方が良かった」
そう言ってセージは目を逸らした。どんな表情をしているかはわからない。
ようやく追いついたプサンに眼で合図し、次は城の外側の門まで行くつもりでジタンは地を蹴った。
セージもすぐに駆け出し、後ろについてくる。
ふと、今の受け答えでセージにどう思われたかと考えた。すぐ気にならなくなった。
たとえ間接的にでもクジャを救えなかったのは自分の力が及ばなかったせいだ。
今は一秒でも早くリュカにたどり着くこと。そして、ピエールを止めること。
それだけを考えていたい。
振り向いた視界、プサンは随分後ろに遅れているように見えた。
【セージ(HP2/3程度 怪我はほぼ回復 魔力1/2程度)
所持品:ハリセン、ナイフ、ギルダーの形見の帽子、イエローメガホン
第一行動方針:リュカ達(魔石の気配)を追いかける
第二行動方針:タバサとリュカから受けた誤解を解く
基本行動方針:ゲーム脱出】
【ジタン(左肩軽傷)
所持品:英雄の薬、厚手の鎧、般若の面、釘バット(FF7)、グラディウス、聖なるナイフ、マテリア(かいふく)
第一行動方針:リュカ達(魔石の気配)を追いかける/ピエールを倒す
第二行動方針:フィンの風邪を治す
第三行動方針:協力者を集め、セフィロスを倒す
基本行動方針:仲間と合流+首輪解除手段を探す
最終行動方針:ゲーム脱出】
【プサン 所持品:錬金釜、隼の剣
第一行動方針:リュカ達(魔石の気配)を追いかける/リュカ達の様子を探る
第二行動方針:首輪の解析を依頼する/ドラゴンオーブを探す
基本行動方針:仲間を探しつつ人助け】
(*旅の扉を潜るまでは、魔石ミドガルズオルムの魔力を辿って状況を探ることができます)
【現在位置:サスーン城・城門付近】
【フィン(風邪、睡眠中)
所持品:陸奥守、マダレムジエン、ボムのたましい
第一行動方針:風邪を治す/ジタンを待つ
基本行動方針:仲間を探す】
【現在位置:サスーン城3F・暖炉がある部屋】
*テーブルに『戻る』と刻まれたメッセージあり。
*第529話:償い方2
背を向けて、ジタンが壁際に引き下がっていく。
プサンは寝息を立てているフィンの様子を少し眺めて、改めて部屋の真ん中のほうへと向き直った。
視界のそれぞれの端にジタンの背中とセージの顔が映る。
少しの間、室内に沈黙が漂う。
プサンは監視対象に意識を向け、その気配が城の北で停止したままであることを確認した。
「やっぱり強引にでも攻めた方がいい」
ぴくりと尻尾を揺らし、振り向いたジタンが叫んだ。
「だから作戦を考えるほうが先だって、ジタン。僕の話聞いてる?」
うんざりした表情で、セージが言い返す。
二人の作戦会議は、強襲を主張するジタンと反対するセージの平行線。
上手い方法を見つけられないまま停滞していた。
「正面からじゃダメなんだ。僕らが姿を見せたら事態は悪化するだけ。
君は焦っているんじゃないのかな?」
表面には出さないものの、プサンは心中で同意する。
城の北を選んだリュカは動くことは望んでいない、まだ考える時間はある。
何より彼らを直接知るプサンは、あのピエールがリュカへの忠誠を自ら覆してみせるなどということに疑いをもっていた。
リュカがいればピエールは押さえつけていられるのではないか。
それは魔物使いと仲間との間に存在する関係への信頼と言い換えてよかった。
おかげで排除を前提とする二人と異なり、プサンはピエールの説得を第一の手段として考えていた。
必要なのは条件であり、首輪のこと、脱出を目指す仲間との連帯のこと、ドラゴンオーブのことだ。
可能性が大きくなるほど希望のもつ求心力は強くなるのだから。
「動き出す前に叩かなけりゃ意味はない、そうだろ?
向こうに行動のチャンスを与えず、こっちが一方的に動く。作戦だって……考えた」
強い口調でジタンがそう言い、プサンの思考は中断する。
依然、監視対象に変化はない。
しっかりとこちらを見つめ返す強い視線がジタンを刺した。
「へえ、どんな作戦?」
その主が、軽さを含んだいつもの口調で問い返す。
一応は聞くという感じが滲み出たその響きにも、ジタンは淡々と話を進めた。
「…セージ、お前は魔法……じゃなくて呪文、が得意だって言ったよな? 賢者だっけ」
「そうだね、頼ってくれてもいいよ。肉弾戦は当てにしないで欲しいけど」
「いろいろできるんだよな?」
「回復・攻撃・補助、大抵の事はできるよ。それが君の作戦に関係あるの?」
「ああ、あるぜ。いいか、作戦はこうだ。
まず不意打ち、セージの呪文で全員の動きを止める。
その瞬間、俺が突撃してピエールを仕留める。ま、単純といや単純だな」
即座に却下とでも言われるかとも思ったが、セージは腕を組み、目を閉じ、しばし思案する。
「全員?」
「全員さ。そうでなきゃ乱戦覚悟。最悪だな」
「待ってくれよ、リュカも? タバサも? それを僕にやれって?」
「ああ、そう言ってる。できるんだな?」
乾いたいい音を残して、ハリセンが鋭く壁に炸裂。その音が冗談じゃない、と代弁した気がした。
当然の反応だと思いながら、ジタンは次の言葉を待つ。
「本気で言ってる? どう思われるかも予想しなかった? 僕が賛成するって思った?」
「できるんだな。時間が、無いんだ」
セージは多少変わり者だが、冷静な判断力も発想力もあると短い間に確かに感じた。
その言い返してくる態度に作ったのではない感情の高まりが微かにある。
ジタンは、セージが突き当たっている思考の枷の正体が自分の予測どおりだと確信した。
一度視線を外し、会話に加わらず成り行きを興味深げに眺めているプサンをちらりと見る。
変化なし、を意味するようにはたはたと手がふられたのを二人で確認する。
「時間がない、それは正しい。でも、だからって無謀が許されるわけじゃない」
「ほかに名案は浮かんだかい?」
流暢なセージの口振りがそれは、までで中断する。
そこで代案が出てくるくらいならこんな提案はしない。黙るのも、当然だ。
単刀直入に切り込む。
「なぁセージ。そんなにあの二人に悪く思われるのがイヤなのか?」
流石に表情は変わらなかった。けれど、この場合無言は肯定ととってもいいだろう。
「無謀って言ったな。けど時間も手段も限られたこの状況で賭けじゃない方法なんてあるか。
お前は失敗を怖がり過ぎてる。んで、その理由は二人とやりあう結果になりたくないからだ。
それを避けようって考えるとこちらからのアプローチはほとんど手詰まり、いいアイデアなんて浮かばない。
図星だろ」
やっぱりセージの表情は変わらず、無言のままだ。図星なのだろう。
賭けに出るしかないことを理解させるつもりで、追い討つ。
「断言してやる。向こうが止まってる間にピエールとリュカを引き剥がすのは無理だ」
冷静を装っていたセージの表情が不快感に歪んだ。
実際、返ってきた声には反発する感情が十分に乗っていた。
「どうして君にそう言い切れる?」
「できるさ。俺には今のリュカの気持ち、大体分かるからな」
朝に見た、クジャの優しげな笑顔がふと脳裏に浮かんだ。
目の前では不快さを顔に貼り付けたまま、再びセージが口を噤んでいた。
「クジャって名前、聞き覚えあるかい? 俺の兄弟なんだ」
それからジタンは、静かにクジャの話を始めた。
確かに図星だと思った。
ジタンの作戦にはまったく好感を持てないが、自分の思考が嵌っていたことは言い当てられた。
何をどう考えても、今のリュカがピエールを一人にするはずがない。
その強固な予測を何とか崩そうと挑んで、セージの思考は停止していたのだ。
今はただ、リュカの気持ちなんてものを分かると言い切ったジタンへの反発を抱えたまま黙って話を聞いていた。
深夜の静けさが急に深くなった気がする部屋で、ジタンは淡々と語る。
クジャという男についてアリアハンで彼が尽くした破壊の数々のこと、そして今朝方のこと。
「瀕死のあいつを見たとき、俺はどうしようもなく助けてやりたくなった。
理由なんて、ない。……言葉じゃ、上手く表せないんだ。
いつの間にか、泣いてたよ。泣きながら、リュカに見逃してくれるよう頼んでた。
そんでさ、リュカは殺したいくらいに憎いだろうあいつを見逃すばかりか回復までしてくれた。
次は容赦しないって言われたけどな」
兄弟の情というヤツだろうか。頭では理解できるが、共感はできない。
セージは何人かの顔を思い浮かべたが、自分がジタンの側に立つ場面が想像できなかった。
自分だったら動かずリュカの判断に任せるか、身内こそ自分の手でかたを付けるかのどちらかを選ぶだろう。
「今のリュカさんがそのときの君と同じだって言うのかい?」
言ったあとで、違う、と心で付け加えた。
リュカは騙されて爆弾を抱え込まされている。そういう思いが強い。
ジタンは曖昧に笑い、問いかけに答えずに続けた。
「あの時、俺はクジャのしたことが分かってたのに、そうした。
おかしいんだ。キーファが倒れたとき、確かに俺はあいつを殺そうと決意したのに。
なのにさあ、弱った姿を見たら変わっちまった。
希望を捨てられない、できる限り同じ道をいっしょに歩きたい、そういう関係ってのは、あるんだ。
……俺とクジャがそうだったように、リュカとピエールもそうなんだと思う」
違う、リュカは優しさにつけこまれている、騙されているんだ。
そこから弁護に回ろうとしたが、二者間の並々ならぬ関係に迂回してたどり着いただけだ。
疑われたのはピエールではなく自分達のほうだったという事実がある。
盲目的、そして感情的とも言える反応を示したのには確かにそれだけの背景がないと説明できない。
「片思い、はおかしいかな? そんな感じなんだ。
裏切りの決定的な瞬間まで、きっとそいつは変わらない。変えられない。
理屈や物事の正邪で説得してなんとかできることでもない。だから」
「だから――」
ギルダーの顔を、思い出した。あの時は、上手くいったのだ。
大切な人を守るために一緒にゲームに抗おう。
心の底ではそんな風にピエールを説得できる可能性を捨てきれていない自分に気が付いた。
だってそれが、傷つけずに済む方法じゃないか。
なのに、ジタン、どうして君はそんな夢の無い現実を突きつける?
いや、本当は――わかってる。
「手遅れになる前に覚悟を決めて、できることをやるしかないってことだ、セージ。
手が届かなくなる前に、永遠にチャンスが失われてしまう前に。
一気に急襲して、ピエールを倒し、一気に逃げる。
それが一番単純に、リュカとタバサを助ける方法だ。
誰かを助けるのに理由はいらない。……言い訳も、いらない。
嫌われるのは決定だろうが、それで当面二人は安全になる。そうだろ?」
「そう、かも……しれない」
守れなかった人のことを思い出させられた。離れてから再会まで、たいした時間は無かった。
二度目の夜も更け、すでに80を越えるチャンスを逃してまだ楽観的なのは、鈍い。
守りたいなら自分で必死に守らなければ、誰の命も保証されない。当たり前だ。
結局、リュカの心に傷が付くことは決まってしまったのかもしれない。
それがピエールがタバサを殺すことによるか、僕らがピエールを殺すことによるかの二択。
だったら後者だ。
「ジタンさん、セージさん」
突然、プサンの緊迫した声が部屋に響いた。
体温がすっと引いていくのがわかった。思い当たる理由は一つしかない。
先に仕掛けられた。しかし動き出すのが早すぎるじゃないか。
手が届かない位置で事態が進行していることがセージにとってたまらなくもどかしかった。
償い、あるいは報い。
セージとジタンの会話がピエールを殺す方向に傾いていくのをプサンはそんな風に考えながら静聴していた。
止める気は無かった。守りたい、復讐したい、放っておけない。どれも人の心の在り様だから。
きれいごとや理屈だけでは物事は動いていかないことは良く知っている。
プサンが待っていたとしたら説得に使える材料の増加で、最も期待できるのはエドガーの帰還だった。
それが間に合わないなら、プサンは動く気はない。ピエールには見切りをつける。そこまでのことだ。
達観した見方、けれどそれはこちらの動きについてで、魔石の向こう側の異変は予想外。
「気配が一つ離れて動き出しました。方向は南東、森へ。
リュカさん――いや、石の気配自体は城の北から動いていませんが」
部屋に動揺の色が広がる。全員が、何が起こったかを頭で思い描こうとした。
プサンはとりあえず、可能な限り情報を引き出そうと監視に集中する。
張り詰めた緊張を破ったのは、いつの間にか扉のところまで移動して叫んだジタンだった。
「セージ、それにプサンも! 急ごう!」
「ちょっと待って、ジタン! 他に分かることは無いんですか!?」
「…残った二人も動き出しました。離れていった気配を追いかける方向です」
再び部屋が色めき立つ。
ジタンは苛立ちを隠さずにもう一度さっきと同じセリフを繰り返した。
黙ったまま、プサンは無防備に眠っているフィンをじっと見る。
どのみち二人が行ってしまえば、残るのは戦力に計算できない自分一人だった。
置いていくことに心残りはないが、もし彼が目覚めた時に取り残されたと思うようでは良くない。
ともかく動き時、動かねばならないと、腹をくくる。
「ここは覚悟を決めましょう。セージさん、城の入り口まで先行してください。ジタンさんは、ちょっと……」
立ち上がりながら、それぞれに指示を出す。
彼も腹を決めたのだろう、頷いたセージはその目に炎を宿して扉から飛び出していく。
ジタンには彼のナイフで、木のテーブルに『戻る』とメッセージを刻むように頼んだ。
この身体でどれくらい走れるか。二人の動きについていけないことは間違いなく足枷になる。
それでも、行くしかないだろう。魔石の気配を追えなければアウトなのだから。
「私も先に行きます。追いついてきてください」
かりかりと聞こえる刻まれる音を背にし、プサンも駆け出した。
すぐに、後方から走ってきたジタンに無言で追い抜かれた。
ひび割れの走った石畳を見下ろし、ゼルの死体を隠した方向を一瞥し、それから後ろを振り返る。
建物の奥へと続く通路は暗く、そこにはまだ人の姿はない。
どうしても、プサンは遅れてしまう。
けれどもプサンがいなければ森へと動き出した気配を追うことはできないのだ。
焦りを摩り替えるように、ジタンは追いかけた先でやらねばならない一撃のイメージを思い描こうとした。
「ねえ、ジタン。君がしてくれたクジャの話のことなんだけど」
不意に、横から囁くようにセージが声を掛けてきた。
名前を聞いて、バカな事を言って逃げたクジャを追いかけたことを思い出す。
あの時も、必死で追った。
「終わりは、裏切り、だったの?」
「……ああ。最後まで、勝手なヤツだった」
そういえばクジャの話、最後まで終わってなかったな。だけど話の結末はあまり思い出したくない。
必死で探して、追いかけて。
あの時は、間に合わなかった。そういえば、リノアにも追いつけなかった。
口に出してしまったら、今度もそうなってしまう気がする。
だからジタンは口を閉じ、それ以上喋らなかった。
「……ごめん。聞かない方が良かった」
そう言ってセージは目を逸らした。どんな表情をしているかはわからない。
ようやく追いついたプサンに眼で合図し、次は城の外側の門まで行くつもりでジタンは地を蹴った。
セージもすぐに駆け出し、後ろについてくる。
ふと、今の受け答えでセージにどう思われたかと考えた。すぐ気にならなくなった。
たとえ間接的にでもクジャを救えなかったのは自分の力が及ばなかったせいだ。
今は一秒でも早くリュカにたどり着くこと。そして、ピエールを止めること。
それだけを考えていたい。
振り向いた視界、プサンは随分後ろに遅れているように見えた。
【セージ(HP2/3程度 怪我はほぼ回復 魔力1/2程度)
所持品:ハリセン、ナイフ、ギルダーの形見の帽子、イエローメガホン
第一行動方針:リュカ達(魔石の気配)を追いかける
第二行動方針:タバサとリュカから受けた誤解を解く
基本行動方針:ゲーム脱出】
【ジタン(左肩軽傷)
所持品:英雄の薬、厚手の鎧、般若の面、釘バット(FF7)、グラディウス、聖なるナイフ、マテリア(かいふく)
第一行動方針:リュカ達(魔石の気配)を追いかける/ピエールを倒す
第二行動方針:フィンの風邪を治す
第三行動方針:協力者を集め、セフィロスを倒す
基本行動方針:仲間と合流+首輪解除手段を探す
最終行動方針:ゲーム脱出】
【プサン 所持品:錬金釜、隼の剣
第一行動方針:リュカ達(魔石の気配)を追いかける/リュカ達の様子を探る
第二行動方針:首輪の解析を依頼する/ドラゴンオーブを探す
基本行動方針:仲間を探しつつ人助け】
(*旅の扉を潜るまでは、魔石ミドガルズオルムの魔力を辿って状況を探ることができます)
【現在位置:サスーン城・城門付近】
【フィン(風邪、睡眠中)
所持品:陸奥守、マダレムジエン、ボムのたましい
第一行動方針:風邪を治す/ジタンを待つ
基本行動方針:仲間を探す】
【現在位置:サスーン城3F・暖炉がある部屋】
※テーブルに『戻る』と刻まれたメッセージあり。