195話

第195話:運命にせよ、偶然にせよ


傷を負った身であったが、彼は平野へと逃げ道を求めた。
理由は二つ。
祈りの指輪を使いながらベホマを唱え続けたことで、辛うじて走れる程度にまで回復することができたため。
そして先ほど――ある人物が、じっとこちらを見つめているのに気が付いたためだ。

(はぐりん……?)

月光の下、銀色にきらめく液体金属のような姿。
何をするでもなく、ただ哀れむような視線をこちらに向けて。
草むらに半ば隠れるように、はぐりんはいた。
けれども、ピエールと視線が合った次の瞬間には――はぐりんの姿は、遠くへと消え去ってしまっていた。

顔見知りで、争いを好まない平和主義者のはぐりんだったから助かったのだ。
あれが他の人物であったなら。ましてや、殺し合いに乗った人物であったらどうなっていたことか。
(ある程度、戦場からは距離を取ったとはいえ……
 はぐりんのように戦闘音を聞きつけた者が通りかかるかもしれない。これ以上、この森にいるのは危険だ)
彼がそう考えたのも、当然の帰結であった。

そうして彼は平野に……その向こうにそびえる山脈に逃げ道を求めた。
少なくとも見晴らしがいい平野なら、逆説的に不意打ちされる危険は減る。
無理に戦おうとせず、かつ周囲の警戒を怠らなければ、山脈まで辿りつくことは決して不可能ではない。
また、日が落ちてから山に分け入ろうとする人間も居まい。
北に行けば村があるのだから、余程のことがない限り、大抵の者はそこで休息を取るだろう。
あるいは爆音と雷に引き寄せられて、森にやってくるか――そのどちらかであるはずだ。
そう計算した彼は、ヒビの入った祈りの指輪を握りしめて、静かに歩き出した。

結果的に言えば、彼の賭けは成功した。
誰に会うことも、見られることもなく、彼は無事その山の麓まで辿り付くことができたのだから。
彼は、茂み(というより、ごく浅い森)の向こうに広がっていた獣道に入り込み、人気のなさそうな場所で足を止める。
そして生えていた大木の幹にもたれ掛かり、身体を預けて――ふと、ソレに気が付いた。

「……袋?」
少し離れた場所に、口が開いたままの袋が二つ。盛られた土の傍に、供えられるかのように遺されている。
(墓……のようだな。誰かがここで死んだのか……)
そう思いながら、彼は疲れた身体を引き摺り、袋を手に取った。
片方には目ぼしいものはなかった。片方は――妙なものが二つ、残されていた。
(水と、指輪?)
共通支給されている飲料水に似ているが、良く見ると『アモール』と書かれた小さなラベルが貼られてある瓶。
それと、妙にくすんだ紫色の指輪。単なる古い指輪にも見えるが、奇妙な魔力を感じる。
さらに袋を探っていると、折り畳まれた紙切れが三つ出てきた。
どうやら支給品の説明書のようだ。彼は周囲に人の気配がないことを確かめて、ランプを灯した。

最初の紙には『ドラゴンシールド』と記されていた。だが、それらしきものはいくら探しても見当たらない。
多分、墓を作った人間が、もう片方の袋の中身と共に持っていってしまったのだろう。
何せアレは相当に強力な盾だ。彼自身もかつて愛用していたから、良く知っている。
悔しいが、この状況で見過ごすマヌケもいない……ということか。

二枚目は、小瓶に入った液体の説明書だった。
『アモールの水』。どう見てもただの水だが、なんと薬草以上に体力を回復する効果があるという。
どうしてこれほど有用なものを置いていったのか、首を傾げたが……
恐らくラベルに気付かず、ただの飲料水と思い込んでしまったのだろう。
彼は早速蓋を開け、中身を飲みながら、三枚目を手に取った。

前の二枚と違い、こちらは誰かが読んだ形跡がある。
乱雑に折られたそれを広げ、中の文章にざっと目を通す。
「……なるほど。持っていかなかったわけだ」
全てを読み終わった後、彼は指輪を見つめ、一人ごちた。
『死者の指輪』――その名の通り、身に付けた者を生ける死者に変える、悪夢のような指輪。
まともな神経の持ち主ならば、こんなもの捨て置くに決まっている。
しかし考えようによっては、これほど厄介な代物もない。
(気は進まないが……万が一誰かに拾われて、アンデッド化されても困るな)
自分の指に嵌めるためではなく、他の参加者に使わせないために。彼は指輪を袋に入れた。


それから彼は木陰に戻り、ぼんやりと空を見上げた。
ここで眠るつもりはない。ある程度体力が戻ったら、もっと人目につかない所へ移動するつもりだ。
ただ……何をするでもなく茫洋と月を眺めていると、何故か殺めた人々の姿が脳裏に浮かぶ。
自分が辿ったかもしれない、別の結末の光景と共に。

もし、最初に出会った少女に、祝福の杖やいかづちの杖が支給されていなければ。
もし、紫髪の女が、暗殺者の男と別れていなければ。
もし、日没の放送で『セシル』という名が呼ばれなければ。
もし、あの美しい金髪の女性が現れなければ。
もし、暗殺者の男が祈りの指輪を持っていなかったならば。
そのどれか一つでも該当していれば、ここに自分はいなかっただろう。
逆に言えば、全ての要素が『幸運にも』重なったからこそ、こうして自分は生きている。
そして今もまた――『幸運にも』、誰かがアモールの水を見過ごしたおかげで、体力を回復することができた。

これは運命の加護なのか?
未来に待ち受ける不幸の代償として与えられた、泡沫の奇跡なのか?
それとも、幾つもの偶然が、恐ろしいほどの確率で、たまたま積み重なっただけなのか?
正解は彼にもわからない。ただ、確実に言えることが一つある。
どのような理由にせよ――生きている限り、命ある限り、彼は誰かを殺し続けるだろう。
リュカが生き延びる。それだけが彼にとって重要な事実であり、絶対の真実なのだから。

【ピエール(HP1/3程度)
 所持品:鋼鉄の剣、ロングバレルR、青龍偃月刀、魔封じの杖、ダガー、祈りの指輪(半壊)、死者の指輪
 第一行動方針:身を隠し、休息する 基本行動方針:リュカ以外の参加者を倒す】
【現在位置:レーベ南西の山脈地帯最南部】

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最終更新:2008年02月17日 23:26
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