323話

第323話:孤独で、一人で


私はここにいる。独りでここにいる。

頼りになるあの人。
親切で優しい友達のみんな。
そして、誰よりも大切な――『彼女』。

私が知っている人は、誰も居ない。

袋から出してくれたお爺さん。
お爺さんを襲った、人ではない存在。
どちらも、もう居ない。

あの恐ろしい魔女の姿はもう見えない。
青い空には雲が静かに流れるだけで、何もない。

誰もいない。

助けてくれる人も、誰もいない。

――思い出す。
あのお爺さんに、袋から出してもらった時のことを。
頭を撫でてもらったことを。 少しの間だけど、森の中を一緒に歩いたことを。
……独りになる前のことを。

あの悪魔が襲ってきた時、お爺さんは私にこう言ったのだ。
「お主の飼い主も、お主を探しているはずでござるよ」って。
だから、「行け」と。私を待つ人のために、行けと。

結局、私は独りで逃げ出した。
お爺さんのことは心配だったけれど、彼女に会う前にやられるわけには行かなかった。
彼女も私の事を探してるはずだから。どこかで、待っているはずだから。
私は走った。
お爺さんの無事を祈りつつ、走って走って走り続けた。
そうして山に逃げ込み、夜になって、今度は彼女の姿を捜し求めて歩いた。
空腹を感じながら、それでも歩いて、溜まっていく疲労をおしながら、それでも歩いて……

そうして私は、今、ここにいる。
酷使した足は棒のように動かない。
激しい空腹感が警鐘を鳴らしているが、餌を探す気力もない。
『旅の扉』に入らなくてはいけないらしいが、一歩を踏み出す余力はない。
どうしようもない眠気が、麻薬のように頭を痺れさせていく。

彼女は今、どうしているのだろう。

眠さのせいか、感覚が鈍い。
時折揺れる大地も、異常なスピードで流れていく雲も、どこか遠い出来事のようだ。
体が落ちて、浮き上がるような感覚。世界が青一色に染まっていく……
……もう、私はダメなのかもしれない。

ああ、会いたい。誰より大切な彼女に。
リノアに、会いたい……


(いやー、間に合ってよかった! 絨毯でも何でも試してみるもんだな!)
旅の扉を潜りぬけながら、ブオーンは思う。
もしも絨毯に口がきけたら、砂埃にまみれた自分の苦労を少しは労えと叫んだだろうが……
残念ながら絨毯が喋れるはずもないし、ブオーンの思考は自分の身を守る方法を考えるだけで精一杯だ。
(さーて。次の世界でも今日の手で誤魔化せるかな。
 しかし山の中じゃないと使えないよなぁ。
 町のど真ん中に落ちたりしたらどうしよう?)
殺されるのは嫌だ。
その思い自体は以前と何ら変わらないが――
挫けぬ心に秘められた魔力のせいか、昨日とは違う考えがブオーンの心に湧き出してきていた。
(いっそ、頑張って戦ってみるか?
 いつかみたいに三人がかりで来られたら勝ち目は薄いかもしれないけど、二対一までなら結構戦えそうな気がするぞ。
 それに上手くビビらせてやれば、他の奴らも無理に襲ってこようとはしなくなるかもしれないし)
逆に人目を集める、集団で叩かれることになるという可能性もあるのだが……
しかし誰しもテンションが上がってくると、自分の案の欠点に頭が回らなくなるものである。
(よし。これでいこう。変なところに落っこちて敵に襲われたら、俺様の強さにビビらせて追い払う!)
うっし、ガンバルゾー! と、青い光の中で気合をいれる。
そんな無駄に元気いっぱいのブオーンだが。

自分の頭の上でぶっ倒れている犬の存在には、まだ、気付いていない。

【ブオーン 所持品:くじけぬこころ、魔法のじゅうたん、アンジェロ(リノアの飼い犬、メルビンの支給品)
 第一行動方針:頑張って生き延びる】
【現在位置:砂漠の旅の扉からワープ】

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最終更新:2008年02月17日 23:34
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