422話

第422話:悪魔の囁き


それはいつだったのか。まだ日は高かったと思う。
何事もなかったかのように静まり返った湖から、フィンは目を逸らした。
もう、見ていたくなかった。
湖を。あの魔物を。
ドーガさんが沈む湖を。ドーガさんを殺したあの魔物を。
ふらふらと、森の中へと進んでいく。
虚ろな目を、ただ前へと向けていく。

「アイラを、探さなきゃ…。ギルダーを、止めなきゃ」

まだ生きているはずの仲間を、守らなきゃいけない。
死んでしまった人の遺志を、継がなきゃいけない。
目的を持たなければ、迫り続ける無力感に押しつぶされ、きっと一歩も進めなくなる。

フィンはただ、歩き続けた。
時を忘れ、どれほど歩いているのか、どちらに向かって歩いているのかも分からずに。

森を、抜けた。
日は、傾いていた。
けれどフィンにはそれが分からない。
空を見上げ、時間を確認することさえ忘れている。
歩かなきゃ、歩かなきゃ、歩かなきゃ…。
今、彼の頭の中にあるのは、只それだけ。
しかし彼は、不意に止まった。
自分でも何故止まったのかわからずに、フィンは自分の足を見る。
何も変わったことなどない。
もう一度、足を踏み出そうと試みる。
そして、フィンはその場に崩れ落ちた。

只前へ進むこと以外は、何も考えていなかった。
自分があの湖に落ちてから、びしょ濡れのまま動き続けたということも。
進んでいた森は多分に湿気を含み、決して服が乾くはずがないということも。
船乗りの息子として、その結果がどうなるかなど百も承知であるはずなのに。
そんな当然なことの配慮さえ、考えていなかった。

頭が痛い。体が熱い。
先へ、前へ行かなきゃ行けないのに。
アイラを、ギルダーを探さなきゃいけないのに……。


ドサッという人の倒れた音。
その音のすぐ南の森から、今度はミシミシという木が軋む音がする。
フィンは、その音に気づかない。
完全に意識を失っていた。

(さ~て、どうしようかなぁ~)

木々の間に隠れ、スミスはこの行き倒れの処遇について考えてみた。
カインからは誰かを見つけても何もするなと言われている。
だから、上空でこの男を見つけたときはそのまま無視しようとしたのだ。
が、男はこっちが何もしないのに倒れてしまった。
勝手に倒れて意識もないのなら、自分の存在に気づくこともないだろう。
なら、もう少し近づいて何があったのか調査することも、偵察の内に含まれているのではないだろうか。
幸いこの周辺には誰もいなさそうだし。
そう結論付けて、とりあえずスミスは地上に降りたのだった。

(外傷は、たいしてないな。北の方に見えた湖で溺れでもしたのかな)

もちろんこのまま放っておくというのも選択肢の一つだ。
この男が重症で死にかけであるなら、迷わずそうしただろう。
だが、どうやら身体を濡らして発熱しているとはいえ、このまま死んでしまう確率は低いだろう。
ならいっそ弱っている今のうちに止めを刺しておいてもいいかもしれない。
ただこれは流石に偵察の範囲外になる。

とりあえず、男が目を覚まさぬうちに何があったかを調べておくというのが順当だろう。
男に近づきその心を読む。
潜在的に何を考えているか読むだけなので、相手が覚醒していようが気を失っていようが関係ない。
いや、気を失っている状態ならむしろ警戒していない分入り込むことがたやすい。
まずは何を考えているのか。
これは最も表立っているため簡単に流れ込んでくる。

(…アイラ、ギルダー…。探して…、止めなきゃ……)
(ふ~ん。仲間を探してるのか。止めなきゃって、何かあったのかな?)

そういえば、ギルダーという名前には聞き覚えがある。
あのタバサ達が一時的に行動を共にしてたという奴だ。
元マーダーだったらしいが、つまりこの男はギルダーがマーダーだった頃に接触して、それを止めたいと思っているのだろう。

何かに使えるかもしれないと思いつつ、その情報を頭の隅に寄せる。
今度はもう少し奥に、最近あったことの記憶を探ってみる。

(湖。島。いや、魔物、巨大な。氷塊。水。輝く水面。赤い、ローブ…)

生々しい記憶。それに伴う深い嘆き、後悔。
心に傷を負っている。前の大陸で会ったあの女みたいに。

…使える…。

スミスは囁く。それは悪魔の囁き。
言葉は意味を成し、毒をつくり、染み込んでゆく。

(ねぇ、知ってる? 魔物使いがいるんだよ。
 そいつはね、自分では手を汚さず、手下の魔物を使ってもう何人も殺しているんだ。
 偽善者面に騙されちゃいけないよ。あのリュカと、タバサには…。
 女の子だからって、油断しちゃいけないよ。だって彼女、ギルダーの仲間なんだもの…)


木々の擦れる音に、フィンは目を覚ます。
音は、強い風が吹いたからだろう。そこには自分が一人、倒れているだけだった。
頭に手をやる。熱があるのは確実だ。
さっきまで熱かった身体が氷のように冷たい。

「何やってるんだ…」

少しとはいえ日のあたる場所で睡眠をとった所為か、頭はがんがんと痛いが先程より思考は回ってきた。
このまま野垂れ死んでは、それこそ自分は何も出来ない愚か者じゃないか。
キーファ、メルビン、アルカート、それにドーガさんに申し訳が立たない。
今は、自分の身体を休めることが肝心だろう。
仲間を探すためにも、亡き人の遺志を継ぐためにも。
ザックから地図と磁石を取り出す。
ここからならサスーンが近い。
フィンの目は、今度は決意に強く輝いていた。

地図をザックにしまうとき、ふと参加者名簿を手に取る。
ぱらぱらとページをめくり、二人の人物を探し当てる。

タバサと、リュカ。

夢で言われたことを反芻する。
何故知っているはずのない人の名前が夢に出てきたかは分からない。
名簿の二人は、とても悪人のようには見えないけれど。
けれど、もし、本当に…。

フィンは、歩き始めた。
ゆっくりと、決して無理にならないように。
サスーンに二人がいることなど知るよしもなく。


その様子を、スミスは凍てついた眼差しで見つめた。
フィンを見送った後、彼は北へと翼をはためかせた。
巨大な魔物のことは、実際に行って調べたほうがいいだろう。

【フィン(風邪) 所持品:陸奥守 魔石ミドガルズオルム(召還不可)、マダレムジエン、ボムのたましい
 第一行動方針:サスーンへ向かい身体を休める。
 第二行動方針:ギルダーを探し、止める。
 基本行動方針:仲間を探す】
【現在位置:湖の南の平原→サスーン城】

【スミス(変身解除、洗脳状態、ドラゴンライダー) 所持品:無し
 第一行動方針:湖へ行き、巨大な魔物(ブオーン)を調べる。
 第ニ行動方針:サスーン方面の偵察 終了次第カズスへと戻る
 行動方針:カインと組み、ゲームを成功させる】
【現在地:湖の南の平原上空→湖】

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最終更新:2008年02月17日 23:50
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