298話

第298話:裏切り


岩山の連なる山脈を、二つの影が人にあるまじき速さで下って行く。
影は山を抜けて平野に出、文字通り飛ぶような勢いで東へと一直線に進んで行く。
「確か魔女の話ではこの近くの扉は…」
「レーべの村とその南、つまり正面にある森の中だったな」
先に口を開いたフライヤに、カインがそう答える。
そして着地し、再び跳躍した時、目の前に広がるその森の中央に青い光が見えた。
その光は、参加者全員が集められた最初の部屋で見たものと、同じ淡い光だった。
「あの光が旅の扉のようだな・・・早めに見つかってよかった」
ふう、と安心したようにカインがため息をつく。
その時、フライヤが鋭く叫んだ。
「待てカイン、着地地点に人の姿が!」
「何!?」
慌てて下を見ると、確かに5人ほど、今まさに森に入っていこうとしている5つの人影が見えた。

「時間はどれぐらい残ってるんだ?」
集団の先頭を歩いているギルガメッシュが、誰にともなく問う。
彼らは待ち伏せを警戒してレーべの村を避けるように大きく迂回し、敢えて森にある扉を目指していたのだった。
「距離や歩くペースを考えると、あと一時間を切ってるだろうな」
彼と並んで先頭を歩き、地図と前方とを交互に見比べながら、レオンハルト。
「少し急がないと」
後ろから声が聞こえる。
「もしかして間に合わないんじゃねえか?」
「多分大丈夫だろう。この森はあまり広くないし、すぐに見つか…ん?」
レオンハルトが声の主であるサリィに返答を返そうとした時、
上空から二つほどの何かが、彼らめがけて一直線に落ちて、いや飛んできた。

トン、という、高さと勢いの割にはそれほど重くない落下音が響く。
流石に一度地面に足をつけただけでは勢いを殺しきれず、二つの影は5人の頭上を飛び越える。
そして今度は充分に速度を落とし、軽やかに大地に降り立った。

「なんだおめえらは!」
ギルガメッシュが威嚇し、ラグナロクに手をかける。
レオンハルトはすでに剣を構え、わるぼうもビームライフルの狙いをつけている。
だが。
「よしてくれ。俺達に敵意は無い」
蒼色の服装と紅色の外見の2人の内、蒼い方の片割れが言った。
「そうとも。だから武器を下ろしては貰えぬか」
紅い方も言うと、腰に差してあったアイスソードを抜き払い、足下に置く。
蒼い方も持っていたランスオブカインを地面に突き立てると、支給品袋も同じように足下に置く。
「…名前は?」
2人の行動に、レオンハルトが口を開く。ただし構えは解かない。
「…カイン・ハイウィンド。彼女はフライヤ・クレセント。竜騎…危ない!」
カインがそう名乗ろうとした時、新たな影が上空から飛来して来た。

2人が降り立った時とは比べ物にならない、荒荒しい着地の足音が辺りを震わす。
人よりも一回り大きいそれは、茂っていた草を激しく薙ぎ払いながら暫く滑り、止まった。
「やっと追いついた!全く!2人とも速すぎるよ!」
舞う土埃からぬっと顔を出した竜は、開口一番にそう文句を吐き出す。
「何を言っておる。急いだのはもともとお前のせいであろうが」
当惑する5人を挟んでフライヤがそう応えると、「おっと」と加える。
「すまん。驚かせたようじゃな。そやつは飛竜のスミス。我らの仲間故に安心されたい」
「何度も脅かしやがって。それよりあんたら、ゲームには乗ってないんだな?」
多少呆れたような目をしながら、ギルガメッシュが問いかける。
「もちろん」と即答するフライヤに少し遅れ、カインも「ああ」と答える。
二人の返答を聞き、目に敵意の光がないことを確認すると、「オーケーだ」とギルガメッシュは剣から手を放した。
レオンハルトとわるぼうも各々の武器を下ろすと、「それなら話は早い。一緒に行かないか?」また問う。
カインとフライヤは顔を見合わせた。
フライヤにとっては願ってもない事だし、カインもそれに同調せざるを得なかった。
二人は揃って「わかった」と頷いた。

こうして7人と1匹は、そろって森の中へと足を踏み入れた。


竜騎士達と飛竜がおおよその位置を把握していたおかげで、
それからあまり時間がたたず、容易に旅の扉を見つける事が出来た。
フリオニールは手頃な石に腰掛け、扉の近くにいた男――話の流れを聞く限り、名をライアンというらしい――とレオンハルトが、何やら親しげに話し込んでいるのを見ていた。
どうもライアンはゲームには乗っておらず、この扉の前で信頼できそうな仲間を待っていたらしい。
しかしフリオニールには、そんなことは今はどうでもよかった。
ある考えに神経を集中させていたから。
そして話がまとまり、全員で扉の中へと入ろうとした時、彼は立ちあがって「なあ」と口を開いた。
「一つ言っておきたい事があるんだ」
「ん?なんだ?」
一番近くにいたサリィが訝しげに振り返り、そう少し間の抜けた問いを返す。そんな彼女に、フリオニールは静かに呟いた。
「――フレアー16」と。

時は少し前に遡る。
森の中を固まって移動し、旅の扉を目指している最中の事だった。
(ねえ)
と、脳裏に突然、誰かの言葉が響いたのだ。
それまでただ回りの動きにあわせていただけのフリオニールが、困惑したように辺りを見まわすと、
(君の後ろだよ。後ろ。君の後ろにいるドラゴンだ)
と、また声が響く。見ると、森にはいる時に加わってきた飛竜がこちらに視線を送っている。
スミスは少し歩く速度を速め、フリオニールのすぐ傍へ顔を近づけた。
(あんたの心の中は見せてもらった)
暫くして、そう切り出される。
(あんたはどうも大切な人を失ったせいで壊れかけてる。そうだろ?)
その声に彼は心底驚いた。飛竜の方を見やると、心の内を全て見透かしているような目でこちらを見ている。
(でも…その人がまた戻ってくるとしたら、あんたはなんでもするかい?)
フリオニールの全身がピクリと震える。
(ああ、答えなくていいよ。その反応だけで充分だ)
「…俺に、何を、させる気だ」
例えようも無く甘いその言葉に、半ば混乱しつつもそれだけ問い返した。

スミスはその返答に、にやりとほくそ笑むと、さらに続けた。

(僕の望みは一つだけ。このゲームを成功させたいんだ。そのためにあんたも協力して欲しい。)
「…人殺しを…?」
(思ったよりも察しが早いね。そうとも。君さえその気になれば僕も協力するし、カインもそうさ)
横を並んでを歩いている竜騎士を顎でしゃくると、カインもこちらを見、小さく頷いた。
また暫くして、「…いや…」と、やっとのことで口を開く。
「戻ってくるなんて…そんなこと、ありえないし、そもそもマーダーになれだなんて、出来るわけが…」
(このゲームに死んだはずの参加者がどれぐらいいると思ってる?アルティミシア様は偉大だ。
 死人を一人か二人蘇生するなんてわけないよ。
 それにあんたはそのためならマーダーにだってなれるだろうね)
(あんたはそうするべきなんだ。しなくちゃいけないんだ。
 …それにあんた、口では出来ないって言ってるけど心では…もう、決めてるんだろ?)
「………」
畳みかけるような誘惑にフリオニールは答えず、ただ黙っていた。その時は。


ギルガメッシュは一瞬、目の前で何が起こったかわからなかった。
暫くして、フリオニールが突然放った魔法でサリィが木っ端微塵に吹き飛ばされた事、
そして当のフリオニールが剣を手に、こちらに肉薄してきている事をやっと悟った。
不意をつかれた者と、ついた者。
どちらが速く動けるかは火を見るよりも明らかだ。
フリオニールはギルガメッシュに殆どなにもさせない内に、彼の腹に剣を突き刺して蹴り飛ばし、
代わりに腰に差されていたラグナロクを素早く抜き取った。
腹に銅の剣を突き刺されたままのギルガメッシュは、フリオニールの蹴りに何の抵抗も無く弾き飛ばされ、
一人旅の扉の光の中へと埋没していった。

その場にいた全員が、金縛りにでもあったかのように呆然とその光景を眺めていた。
フリオニールはそんな彼らを一瞥すると背を向け、旅の扉の方へ歩き出す。
「ま、待て!フリオニール!」
はっとしたようにレオンハルトが飛びかかり、彼の肩を掴む。
フリオニールは煩わしそうに、肩越しに彼の方を見たが、その表情にレオンハルトは言葉を失った。
何故ならその時の彼の顔は、
昔から見なれている屈託の無い笑顔でも、
フィン城で一度別れたときの決意に満ちた表情でも、
また昨夜からの、死人のような物でもなく、
狂気と恍惚が入り混じった、邪悪な表情をしていたからだ。
しかしそう驚いている時間は、そうはなかった。
フリオニールの片腕は、既に青い光のなかに入っていたから。
次の瞬間には、フリオニールと、また彼に触れていたレオンハルトも新たな世界へと運ばれて行ってしまったから。

「一体何が…」
一瞬の出来事に呆気に取られていたライアンだったが、それ以上の言葉を口にする事が出来なかった。
スミスの長大な尾が鞭のように動いて彼を薙ぎ飛ばしたからだ。
混乱していた所へ尻尾の一撃をまともに受けて吹き飛ばされた挙句に木にぶつかり、ライアンは気を失ってしまった。
さらにスミスは、一度ふわりと少し上空に飛翔すると、
――同じように呆気に取られていたフライヤを、真上から踏み潰した。
「…て、てめえ!なにしやがるんだ!」
わるぼうが叫び、突然仲間を攻撃した龍にビームライフルの狙いをつける。
が、その引き金が引かれることはなかった。
撃つ前に、彼の息の根は止めらたから。
いつのまにかジャンプしていたカインが、その脳天を槍で貫いたのだった。

「…あれ?」
暫くして、スミスが訝しげに声を上げる。
「おっかしいなあ。こいつ潰せないよ?」
カインが目をやると、巨竜の下敷きにされているにも関わらず、
フライヤがのしかかっているスミスの足から逃れようと足掻いていた。
そしてその手にはめられた指輪が、こうこうと紅い光を放っている。
カインはそれを見るとにやりと笑い、「それはな、スミス」と歩み寄り、
「この指輪があるからだ」
フライヤの指から、えふえふを奪い取った。

瞬間、フライヤの体が深く地面にめり込む。
「ぐわぁ!」という苦しげな呻きに重なり、全身の骨が砕ける音、それに持っていた剣が二つに折れる音が響く。
「…何故じゃ…カイン…」
満足げに指輪を身につけるカインを、フライヤは恨めしげに睨みつける。
「お主ら…いつからこんなことを…」
「いつから?ハッ、笑わせないでよ。最初からに決まってるじゃないか」
愚直な竜騎士をそう嘲ると、スミスは一旦足を離し、フライヤの体を強く蹴りつけた。
ほぼ何の抵抗も無い体は高々と宙を舞い、木に激突した。
「それに、この事を最初に提案したのはカインだよ。
 もっとも、あの銀髪君を実際にけしかけたのは僕だけどね」
「けしかけた…?」
「ああそうとも。僕は人の心を覗いたり話しかけたりできるからね。それをカインが利用したってワケ」
「あいつの目を見た瞬間、いけると思ったぜ」
そう言って竜騎士と竜とが同時に笑い出した。
「さて、口が過ぎたようだがこれさえ手に入ればお前に用は無い」
カインが冷たく言い放つ。
「そこで惨めに野垂れ死んでしまえ。スミス、いくぞ」
裏切り者は飛竜とともに彼女に背を向け、旅の扉の中へと歩き去った。

【レオンハルト(負傷、大体は回復)
 所持品:消え去り草 ロングソード
 第一行動方針:フリオニールを止める 第二行動方針:ゲームの消滅】
【フリオニール 所持品:ラグナロク
 行動方針:マーダーとなり、ゲームに生き残る】

【ギルガメッシュ(負傷) 所持品:厚底サンダル 種子島銃 銅の剣
 行動方針:不明】

【カイン(HP 5/6程度)
 所持品:ランスオブカイン ミスリルの小手 えふえふ(FF5)
 第一行動方針:新フィールドへ
 最終行動方針:殺人者となり、ゲームに勝つ】
【スミス(変身解除、洗脳状態、ドラゴンライダー)
 所持品:無し 行動方針:カインと組み、ゲームを成功させる】

【現在位置:新フィールドへ】

【フライヤ(瀕死、全身骨折) 所持品:アイスソード(破損)】
【ライアン(重傷、気絶)所持品:レイピア 命のリング】
【行動方針:不明】
【現在位置:レーベ南の森中央】

【サリィ 死亡】
【わるぼう 死亡】
【残り 82名】

  • レオンハルト&フリオニール、ギルガメッシュ、カイン&スミスはそれぞれ別々のタイミングで新フィールドへワープしました。
  • サリィとわるぼうの所持アイテムはその場に放置されています。
  • 銅の剣はギルガメッシュの腹に刺されたままです。

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最終更新:2008年01月26日 18:44
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