434話

第434話:誰彼誘う闇、残照の光


四時にはなっていたと思う。
少なくとも、空にかかった色とサックスの感覚からしたらそのぐらいだった。

時が経つのは、遅いのか早いのか。
言い掛かりで追いかけられて、一悶着あって、カイン達と別れて、カズスについて、また一悶着あって。
それほどのことがあったのに、まだ日が暮れないというのが、サックスには驚きだ。
未だ青さが残る空を見上げながら、彼はため息をつく。
(どうしてこんなことになるんだろうな……)

ゼル達に見捨てられた。そこまでは仕方がないと割り切れる。
過失でもリルムの目を潰してしまったこと、敵であってもイクサスという子供を殺したことは事実だ。
だが……ロランを見捨てたこと、そして曲解に近い誤解を広めていることだけは許せない。
何の罪もないはずのロランを見捨てて、自分達だけで逃げていったことが許せない。
自分のために命を賭けてくれたフルート、彼女の誇りを踏みにじるような真似をしたことが許せない。
例え悪意がなかったとしても、ゼル達がやったことは裏切りと同じだ。
サックスは四人を仲間だと思っていたのに、向こうは自分達を信じてくれなかった――

サックスはもう一度ため息をついた。
ルカとハッサンは、爆発の指輪による被害を防ぐ為に町の奥へ行ってしまっている。
なにせ、振動に反応して爆発するという。
『なんだか背筋がぞくぞくする』とか『さっきからやけに悪寒がする』とか……
風邪でも引いたのか知らないが、くしゃみや何かの弾みで爆発したりしてはたまったものではない。
ルカの提案で、一先ず爆発が起きても実害が少なそうな場所へ移動してもらう事になった。
「俺一人じゃ移動できないからルカは仕方ねぇけど、他の連中は絶対着いてくるなよ!」
そう言って雲に乗った格闘家と、数十mも間を開けてその後を追っていくルカを見送ったのが十数分前。
そして本当に被害が発生したのが、数分前だ。

「うおぉおおお! バーバラぁ!!」という雄叫びと共に、いきなり爆発が起きた時はさすがに驚いたが……
様子を見に行ったマッシュの話だと、町の奥で死んでいた少女――バーバラがハッサンの知人だったらしい。
変わり果てた姿を見つけて反射的に駆け寄り、ドカーンとやってしまったというわけだ。

不幸中の幸いだったのは、距離が開いていたせいで、ルカもバーバラの遺体も何とか爆発に巻き込まれずに済んだということか。
今はルカが、身動きのできないハッサンの代わりに彼女の墓を作ってやっているらしい。

イクサスと行動を共にし、恐らくはロランと相討ちになった彼女。
町の奥で嘆いているであろう二人の気持ちを思うと、サックスの心境は複雑だった。
――あの時カズスにいなかった、事件とは無関係のはずのマッシュが同じぐらい気まずそうな表情をしていたことと
話の間、ずっと明後日の方向を見ていたスコールの態度にも、何か複雑なモノを感じたが。
自分の状況を忘れて問い詰めてみる気にはなれなかった。

ともかく、しばらくの間は――ハッサンは当然としても――ルカも戻ってこないだろう。
しかしそうなると、この場に残っているのはサックスにとって付き合いづらい人間ばかりだ。
(……)
サックスは、少し離れた木陰に腰を降ろしているスコール達を見やる。
面識はないが彼らの名は聞き覚えがあった。
ゼル曰く『無愛想で無表情だけど恋人と一緒になるとバカップル化する魔女討伐班の班長』、スコール。
リルム曰く『強くて優しくてゼルより頼りになる格闘家』、マッシュ。
今までの経緯を知らない彼らなら、あるいはサックスを仲間と迎え入れてくれたかもしれない。
だが、サックスの感情は、二人に関わる事を嫌がった。
ゼルとリルムの仲間であるという一点が、彼の心を頑なに閉じさせた。

次に、サックスはフリオニールに目をやった。
スコール達と話している最中に、あまりにもタイミング良く現れた男だ。
第一印象は『カインと一緒で人の話を聞かないタイプみたいだなぁ』といったところで、
別段マイナスの感情は持っていなかったが……

(……なんか、怪しくないか? あの人)

口では説明しきれない。だが、どことなく雰囲気がおかしいし、挙動も不振だ。
鋭い視線を常に誰かしらに注ぎ、決して隙を見せようとしていない。
『命を狙われるから警戒している』というより、『野獣が獲物の様子を伺っている』と言った方が近いように思える。

――だが、それを誰かに伝えようとはしなかった。
スコール達にはあまり頼りたくない。
ハッサン達に告げに行っても、自分を襲ったカインの仲間だから悪し様に言っているのだと思われる可能性がある。
比較的好意的なルカでさえ、没収した武器を返そうと言い出すことはなかった。
つまり、自分とフルートの受けた誤解は、完全に解けているわけではないということだ。
こんな状況でカインの仲間であるフリオニールを怪しいだの何だのと言い出したらどうなるか。
『根拠も無く人を疑うなんてやっぱり悪人だ』――などと誤解を重ねられたら、目も当てられない。

吹き荒ぶ風。
廃墟となった町には、かつての面影など欠片もなく。
ただ、生気のない雰囲気だけが、ジンの呪いをかけられていた頃をわずかに思い出させる。
(どうして……)
どうしてこんなことになってしまったのか、サックスにはわからない。
やりきれない思いと幾ばくかのわだかまりを胸に、ため息をつく。
――その肩をふと、叩いた者がいた。


「どうしたんだ? 随分と暗い顔してるじゃないか」
「……フリオニール、さん」
フリオニールは薄い笑みを形作りながら、身を固くするサックスに喋りかける。
「そんな怯えなくてもいいだろ。別に取って食おうってわけじゃないんだ」
(カイン達が戻ってくるまではな)。読心能力のないサックスには、その呟きは聞こえない。
代わりに、探るような視線をフリオニールに向けながら、後ろに一歩下がる。

「悪いんですけどね。僕、カインさんのこと信用する気になれないんですよ。
 人殺しなんて言い掛かりを吹き込まれたとはいえ、何もしてないのに一方的に襲ってきた。 
 ……だから、あの人の仲間である貴方とも、話すことなんてありません」
そんな理屈を並べ立てながら、サックスはフリオニールの手を払い除けようとした。
だが、疲れのせいか、身体に残る毒素のせいなのか、あまり力が入らない。

(――他の連中がいなければ、まだるっこしい真似などせずに殺しているんだがな)
フリオニールはニヤリと笑いながら、ゆっくり手を退けてやる。

(カイン達が生かした以上、雑魚でもそれなりの利用価値があるんだろう。
 表情からして、仲間が死んだか、裏切られでもしたと言ったところか……)
本性を悟られぬように笑顔を張り付かせ、値踏みながらも言葉を紡ぐ。
「そいつは災難だったな。だが、カインも決して悪い奴じゃないんだ。
 心を閉ざしていた俺に道を示してくれたし、今も俺に協力してくれてる。
 問題は……そうだな、人の言う事を簡単に鵜呑みにするってことか」

スミスや当人が聞いたら大笑いするだろう。言っているフリオニールもむず痒くてたまらない。
それでも、必死で真顔を取り繕った甲斐があったか、サックスはわずかに気を緩めたようだった。
フリオニールはその隙を見逃さず、更に攻め込む。
「ま、そういう事情があるなら無理に信用しろとは言わないさ。
 でも、話ぐらい付き合ってくれたっていいだろ?」
(敵は大勢いるんだ。
 雑魚でもバカでも駒は駒……他の奴に奪われないうちに、手中に収めておかないとな)

『こちら側』に引き込むための洗脳は、スミスに任せれば簡単に終わるだろう。
だが、最終的にはスミスもカインも敵に回す必要がある以上、フリオニールとしてもある程度手札を用意しておく必要があった。
攻撃面はマシンガンとラグナロク、それに覚えた魔法で間に合うが……防御面が決定的に足りない。
口車に乗せて防具を奪う。あるいは仲間とサックス自身の復活という約定を対価に、協力関係を取り付ける。
人目がある以上、後者も前者も難しいが、揺さ振りに使えそうな情報を聞き出すぐらいはしておいた方がいいだろう。
会話など、休憩しながらでも行える。

「話、ですか。……ここでなら聞いてもいいですけどね」
サックスはスコール達を見やりながら答えた。
人目につかない場所に連れ込まれることを警戒しているようだ。
妙な勘の鋭さに、心の中で舌を打ちながら、フリオニールはふざけた態度を装う。
「わざわざ二人きりの場所に行く必要なんかあるのか?
 ヒルダ王女が相手ならともかく、野郎となんてこちらからお断りだ」
そう言って、咳払いをしてから
「いやいや、そんなことはどうでもいいんだ」と、バツの悪そうな表情を浮かべてみせた。
……ほんの数日前までは確かに存在していた、人の良い青年の姿を思い出しながら。



五時を過ぎてしまった。
時計を持っていたわけではないが、太陽の傾きを見ればスコールにも大体の時刻はわかる。
喋りたい話題はもとよりなく、知りたい事はとうの昔に聞き終えた。
後は、他人の行動に目をやりながら、ぼんやりと時を過ごすばかり。
どうしようもなく退屈だった。フリオニール達の話と同じで。

壁に向かって話してればいいような愚痴。
スコールに評させれば、そういうことになる。
恋人を失った。それを他人に話してどうする?
自分の気持ちをわかってほしい? 慰めを得たい?
それで、死んだ人間が戻ってくるとでもいうのか?
下らない。非建設的だし、後ろ向きにも程がある。
だが、フリオニールはスコールの感想など知る由もなく、延々と己の不幸や悩みを語っている。
サックスもサックスで、彼の話を真面目に聞いて、実は自分も……と打ち明けている。
フリオニールの嘘――実のところ、彼はレオンハルトと自分の立場を逆転させて話をしている――を知らぬスコールにしてみれば、
いい年をした男が二人揃って傷を舐めあっているようにしか見えない。

大切な人が死んだ。仲間と思っていた相手に裏切られた。
それがどうしたというのだ。
警戒しろという忠告のつもりなら、裏切ったという相手の名前を先に全員に伝えるべきだ。
仇を取りたいならさっさと取りに行け。
裏切られたことが許せないなら、相手を殴りにでも行け。
どちらも望んでいないなら、話などせずに胸に秘めておけ。
見ず知らずの他人に、不安だの不満だのを背負わせようとするな――

「……悪いな」
突然の声にスコールは眉を顰めた。
呟いたのは、マッシュ。
「どうかしたのか?」
スコールの問いに、彼は気まずさと申し訳なさを一対二ぐらいで混ぜ合わせたような表情を浮かべる。
フリオニールかサックスならともかく、なぜマッシュがそんな顔で謝る必要があるのか。
いぶかしむスコールに、マッシュは目線を逸らして頬を掻いた。

「さっきからずっと不機嫌そうだからな。
 ……気になってるだろ、アイツのこと。
 何か、わがままにつき合わせちまったみたいで……悪いことしたなって思ってよ」

(そんなことか……)
あまりに見当外れな心配に、スコールはやれやれと首を振った。
手に持った剣の、平らな部分で肩を叩きながら、棒読み口調で返す。
「『今さら何を言ってんだよ。仲間だろ』」
マッシュは一瞬、口をぽかんと開けて呆けたようにスコールを見た。
やがてその台詞を最初に言ったのは誰だったのか思い出し、吹き出す。
「ハハッ……お前が言うと似合わないなあ」
「余計なお世話だ」
スコールはしかめっ面で答えた。本当に余計なお世話だ。

「それにしても、気になってるのは確かなんだろ? アイツのことがよ」
「まぁ、な」
スコールも、そこを否定する余地はない。
「元の世界からの、長い付き合いの仲間……なんだよな。
 ……どんな、気分なんだ?」
「別に……ただ、早く見つけてやりたいとは思ってる」
「そりゃそうだろうな」、とマッシュは天を仰ぐ。
数秒の沈黙――フリオニールとサックスの会話は続いていたが――の後、マッシュは心の中を透かすようにスコールを見た。
「今でも……仲間なのか?」
「当然だ」
スコールは即答した。そう、彼にとっては当たり前のことだ。
「あいつは大切な……大切な仲間だ。
 依頼人だからとか、そんな事じゃない。
 掛け替えのない仲間だから、傍にいなければいけないんだ」
何故か、ずっと表情を暗くしていたマッシュだったが……ふと、怪訝な声で問い返す。

「依頼人?」
~~~~~~~~
「……リノアのことじゃないのか?」
珍しく狼狽の色を見せるスコールに、マッシュは肩を竦めて呆れてみせる。
「フツーに、アーヴァインの野郎のことを聞いてたつもりだったんだが」

「あまり似てないと思ってたけど、やっぱり親子なんだなぁ」
そんなコメントまで返されて、スコールは面白く無さそうに黙り込む。
しばらく笑っていたマッシュも、スコールが本格的に不機嫌になってきたのを悟り、口をつぐんだ。
どことなく気まずい雰囲気が流れる中、スコールは自問する。
なぜ、自分はこんなにリノアの身を案じているのかを。

リノアは魔女だ。力も、芯に秘めた強さも、本当は自分よりずっと上。
そんな彼女が簡単に死ぬはずがない。
そう思っていたから、アーヴァインを追い続けていられた。
敵を減らすことは、すなわちリノアの身を守る事にも繋がる。
『かつての仲間』という最悪の敵を捉えることが、彼女の命を守ることに繋がると信じていた。
(あの声と、この町のせいだ)
スコールは思う。
リノアに似た声を聞いてから、不安でたまらなくなった。
そんな嫌な予感を押し隠すために、アーヴァインを止めることだけを考えようとした。
けれど、儚い願望を嘲笑うかのように、この風景があった。
何もかもが崩れた……リノアの力をもってしても助かりそうにないほどの、凄まじい破壊の爪痕が。

紛らわせない不安だけが、際限なく膨れていく。
そんなスコールの想いを知ってか知らずか、マッシュは髪の毛を掻き毟りながら愚痴をこぼす。
「あーあ。ケフカのヤツはどこをほっついてるんだか。
 早く戻ってこいって……」

言葉は、唐突に止まった。
いつしか紅色に染まった空の端。
木陰の向こう、マッシュの視線の先には、槍を持つ男の影があった。



だいたい四時半頃だろうと思う。
確証や時計があるわけでもなく、ラムザの感覚でしかないが。
テリーたちに出会ったのが山に入ってすぐのこと、その頃は三時か三時半という辺りだったから
交戦から優に一時間が経過してしまった……ということになるのか。
ラムザは焦りながら、彼方に広がる黄金色の海原へと駆け――そこでようやく、己の判断ミスを悟らされた。
反対側からやってきた二人組、竜騎士カインと道化師ケフカによって。

「俺はハッサンという男に頼まれたんだ。
 元の世界で仲間だった『青い帽子の剣士』を連れてきてほしいということでな。
 ……紛らわしい、テリーでないならそんな帽子など被るな。余計な手間をかけさせて」
苛立たしげに吐き捨てるカインを前に、ラムザは口に手をやりながら、断片的な情報を元に現状を推測する。

(金髪の僕と銀髪のテリーを誤認する?
 ……何かの手段で、上空からモノを見たということかな。
 だが、地面や木の葉の色と比較しても、銀髪のテリーを発見することは容易いはず。
 それにテリーの精神状況で、身を隠したり己の安全を図る余裕があるとは思えない。
 低空飛行が出来るといっても、やはり移動しやすい、障害物の少ない獣道を選ぶはずだ。
 ……ということは、反対方向に逃げてしまったと考えるのが妥当だろうな。
 だとすると厄介だ。この山はアリアハンと比べてはるかに険しい。
 間違っても、夜半に乏しい光を頼りにして移動できるような場所じゃない。
 飛行できるテリーならまだしも、僕やアンジェロが迂闊に踏み込めば、岩場や崖から足を滑らせる危険がある。
 ここはカナーン方面に抜けてくれることを期待し、平野部を経由して先回りした方が良さそうだな。
 しかし……問題は、途中の狭い谷だ。
 ゲームに乗った人間が待ち伏せるには格好の地形。襲撃が起きた場合、僕らだけでは戦力的に心もとない)

「あのトサカ頭、この私に無駄足を踏ませやがって!
 ちくちくちっくしょー! ゼェ~ッタイに土下座させて靴砂払い落とし係にしてやるー!」
騒いでいるケフカに目をやる。ふざけているだけなのか、本気でやっているのかはわからない。
隣に立つカインも呆れているようだが、基本的に思いは同じなのか、止めるような真似はしない。

(二人の口ぶりからして、ハッサンという人が別の場所で待機しているようだな。
 そして実際にテリーと面識があるのは二人ではなくハッサンの方らしい。
 自分ではなくこの二人を迎えに行かせたということは、怪我を負っているか、何らかの事情があるんだろう。
 だが、怪我人を単独で置いていくとは人間心理からいって考えられない。
 恐らく元のパーティは4人以上で、ハッサンと一緒にいる人間が最低一人はいる。
 砂漠のど真ん中で待ち合わせるはずがない。恐らく合流地点は東のカズスだ。
 テリーの姉についても聞いてみたいし、ここは一旦――)

「なぁ、君たちはこれからカズスに戻るつもりなんだろう?
 僕達も同行させてもらえないか? ハッサンという人達に確かめておきたいこともあるんだ」
ラムザの言葉に、カインは息を呑んで振り返る。
「なぜ知っている? 俺はそんなこと……」
と言いかけて口を抑えた。カマを掛けられたと思ったようだ。
ラムザは警戒心を解くために、人懐っこそうな笑みを形作る。
そして「大した事じゃないさ」と前置きしてから、自分の考えを一気に話し出した。
レーベの時のように、殺気を削ぐために煙に巻く必要はない。
今回はあくまで推測を伝える事が主眼だ。
ケフカやカインの態度からしても、長話はかえって逆効果だろう。
ラムザはそのことを念頭に置き、かつ話術士の知識を駆使して、簡潔にまとめてみせた……つもりだったが。

「もういい……わかった。わかったから、もういい」
それでも十分に長かったのか、カインは頭を押さえて言う。
そんな彼を見て、ケフカがニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「知恵熱でも出ましたか? ヒャヒャヒャ、何なら冷やしてあげますよ。ブリザガで」
「……俺を殺す気か」
「嫌だなぁ、お前なんかのためにぼくちんが手を汚すわけないじゃないか。
 冗談を冗談として受け取らないキマジメな奴はこの世から絶滅してしまえばいいんだ。アーヒャヒャヒャ!」
「どちらにしても死ねといっているようにしか聞こえんぞ」
ふざけているのか刺々しいのか判断のつきかねる奇妙なやりとり。
言い合う二人を、少しばかり距離を置いて眺めていたラムザに、アンジェロの声が届いた。
『ラムザ、気をつけて。 
 ……槍を持っている男の人、血の臭いがするわ』

(血の臭い……?)
文字通り受け取るなら、怪我をしているか誰かと戦いでもしたか、ということだが。
アンジェロの口調と文脈には、『あの男はゲームに乗っている人間かもしれない』というニュアンスがあからさまに現れている。
実際、カインの態度と雰囲気は、平和主義者のそれからはかなり遠いように見えるが……
仮に人を殺めたとしても、正当防衛の末に過って、ということかもしれないし
相手がとんでもない悪人だったから仕留めた、というケースも考えられる。
しかも他に証拠がないし、ただの誤解かもしれない以上、露骨に警戒するような真似はできない。
また、アンジェロの勘が正しくとも、疑惑を口にすることはやはりプラスにならない。
ケフカも信用できる人間かどうかわからないし、最悪、二対一の戦いを強いられる可能性がある。

『わかった。油断はしないようにしよう。
 でも、事を荒立てられたらこちらが不利だ。とりあえず今は知らんぷりをしてくれ』
ラムザの囁きに、アンジェロは小さく肯く。
そんな二人のやりとりを知らぬまま、カインが唐突に口を開いた。
「しかし、本当に俺たちに付いてくるつもりか?」
「え?」
眉を顰めるラムザに、彼は少し慌てた様子で言葉を続ける。
「いやな。変な術を使う子供と、歩くだけで爆発する呪いにかかった男と、人殺しかもしれない男だ。
 成り行きで協力したとはいえ、俺はあいつらを信用しているわけじゃない。
 あんな変人ども、仲間に誘う価値があるとは思えんが」
「ルカ君達もお前にだけは言われたくはないでしょうねぇ。
 それにそろそろ、君のお仲間とやらも集まっているんじゃないかな?」
嫌味のようなケフカの台詞に、カインはわずらわしそうに目を細める。
「残念だが、エッジもスミスも約束を律儀に守るタイプではないからな。
 夕刻頃に会おうとは言ったが……連中なら真夜中になっても大して驚かんぞ」
殆ど本音で言っているのだろう。静かな口調に混じる苛立ちは、演技や偽りだとも思えない。
しかし、アンジェロはぽつりと呟いた。

『何だか私達に着いてこられると困るみたいよね。
 ――何があるってのかしら、カズスに』



五時より、少し手前だったろう。
大して広くもない砂漠だが、砂に足を取られたせいで移動に時間がかかり、
おまけにテリーという手駒どころか、ラムザという邪魔者がついてくる羽目になった。
日没までにカズスへ戻らねばならないカインが不機嫌になるのも当然である。
しかし、ケフカが全員にレビテトを使ったこと(ラムザに文句を言うカインが煩くなってきたからだ)、
見晴らしのいい砂漠であり、なおかつ周囲に人影が見当たらなかったことで
『警戒を止めて全速力で走って戻る』という手段を取ることができた。
元々、距離自体はそれほど離れていないのだ。
余裕で間に合う……とはいわないが、走れば、タイムリミットまでに十分カズスに戻れるだろう。
ちなみにケフカは自分だけヘイストを使っていたりもしたが、それはさておき。

予想外の事態が積み重なる中で、しかし運命の神はカインに協力したらしい。

犬の聴覚は、音域では人間の6倍、距離では数百倍に達するそうだ。
だからこそ、砂を踏みつけるかすかな音を感じ取れたのだろう。
耳を小刻みに動かしながら、アンジェロは仮の主人たるラムザに向かって何事かを吠える。
普通の人間には彼女の言葉を知る術がない。
だが、その様子を見れば誰でも、ある程度の察しはつくだろう。
「まーたロクデナシがやってきたんですか? うるさいのは一人で十分なんですけどねえ」
「ロクデナシかどうかは知りませんけど……」
言いながら、ラムザは真剣な眼差しで「方角は?」と問い掛ける。
しかし、アンジェロが鼻先で指し示す前に――

「カ~イ~ンーー!! どこにいるのーーー!!」

――やたらと甲高い叫び声が、彼方に舞い上がる砂埃の中から響く。
黄土色の煙は、三人の視界をギリギリで掠めつつ、そのまま西の方へと走り去っていく。
「……探されてるよ、カインさん」
ラムザの呆れたような呟きも、カインの耳には入らなかった。

あの声は、間違いなくユフィのものだ。
エッジと待機しているはずの彼女が、なぜこんな砂漠にまで自分を探しに来ているのか?
そもそも『忍びの者』のはずなのに全く忍んでいないのはどういうことだ?
そんな内心の動揺を押し隠し、痛くなりそうな頭を押さえながら、カインは地面の代わりに宙を蹴る。
「ユフィーッ、こっちだぁーッ!!」
走りながら声を張り上げた。
百メートルほど疾走し、二度目の呼びかけをしたところで、ようやく相手もカインに気付いたらしい。
「カイン!!」
ユフィは飼い主を見つけた子犬のように、嬉しそうな声を上げる。
そして弾丸のごとき速さでカインに駆け寄り……砂に足を取られ、彼を巻き添えにしながらすっころんだ。

「……で、どういうことなんだ?」
全身砂まみれになったカインは怒りを滲ませながら、ユフィを睨みつける。
「俺達が戻ってくるまで、あの場で休むなりしててくれと言ったはずだが?
 だいたい、エッジはどうしたんだ?
 まさかお前一人に俺を追いかけさせて、自分はのうのうと休んでいるのか?」
そんなカインの甘い予想とは裏腹に、ユフィは座り込んだまま目をこすり始める。
「違うよ、そんな場合じゃなくて……エッジ、エッジが……」
ぽろぽろと零れる涙に、カインはふと、嫌な予感を覚える。
一人きりのユフィ。待ち合わせの相手。
最悪の可能性が脳裏に浮かぶ。
「落ち着け。泣かれても何が何だかわからんぞ」
(そうだ、落ち着け)と、自分自身にも言い聞かせながら。
後ろで茶々を入れてくるケフカを無視して、ラムザと二人で彼女を宥めた。

やがて泣き止んだ彼女から聞き出せたのは、想像通りにして計算外のアクシデント。
『フリオニールがエッジを殺した』。
それはリュカ達を殺すプランを、スミスを使ってエッジ達を洗脳するプランを、共に放棄しなくてはならないということを意味する。
(フリオニール……余計なことをッ……!!)
歯噛みしても始まらない。
こうなった以上、正体を気付かれる前にユフィを始末するか、カズスから遠ざける必要がある。

(……だが、ラムザとケフカがいる中で、どうやって?)
悩むカインを余所に、ユフィは話を続ける。
「それで、先客にスコールとマッシュって二人組と、ハッサンとルカとサックスって三人組がいてさ。
 協力してもらえるかなって話し掛けようとしたら、フリオニールのヤツが出てきて……
 あの場にいた二人がマーダーだってんで、あたしまで一括りにされちゃったみたいなの。
 だからカイン! あいつを倒すために、みんなのこと説得してよ!」

(ふざけるな……役立たずの小娘が)
カインにしてみれば、ユフィはエッジについてきたオマケである。
片腕がない時点で、戦力として期待していない。
どうせならエッジを庇うなりして死んでくれれば、洗脳のネタとして使える……そんな程度の存在。
暴走して計画を台無しにしてくれたフリオニールには怒りを抱かざるを得ないが、
だからといって、ユフィのために強力な駒を捨ててやる義理はない。
ならばどうするか。
フリオニールはまだ切り捨てるわけにはいかない。
三人同時に始末しようにも、一人も逃さずに勝つ事は明らかに不可能だ。
残る手段は……

「――ラムザ。お前は、最終的にはテリーを追ってカナーンに向かうと言っていたな。
 頼む……ユフィを連れて行ってくれないだろうか?」

「か、カイン?」「どういうことだい?」
頭を下げるカインに、ユフィはうろたえ、ラムザは冷静に聞き返す。
カインは一息つき、思考をまとめながら言葉を紡ぎ始める。
「どうもこうもない。フリオニールが人を殺めているなら、俺には止める義務がある。
 だがユフィ。万が一お前に死なれれば、エッジに顔向けができん。
 お前をカズスに連れて行くことも、砂漠に一人置き去りにするわけにもいかない」
彼はそこで一旦言葉を切った。
そして、ラムザに向き直るが、当のラムザがカインの話を遮る。
「……カインさんの気持ちはわからなくないよ。でも、僕も話術士の端くれだ。
 説得なら自信があるし、ここは四人でカズスに戻った方が得策だと思う。
 フリオニールのことは僕に任せて、貴方がユフィをしっかり守ってやれば……」

「他人に任せられることではないのだ!」
声を張り上げて、カインは叫んだ。
合理的な理論を言い負かすには、感情論で場の空気と勢いを味方につけるしかない。
フライヤと出会った時のことを思い出しながら、『それらしい』ストーリーを即興で作り上げる。

「俺は……セシルを止めてやれなかった。恋人の死を前にして狂ってしまった親友を止められなかった。
 そんな時にフリオニールと出会ったんだ。
 恋人を亡くして失意にくれていた、セシルと良く似た……あいつを」

お涙頂戴系の話というのは非常に便利だ。
内容が内容だけに、続きが思いつかずに黙ることになっても『悲しみで言葉が詰まった』ということで誤魔化せる。
目を合わせずに俯いていても、不自然に思われない。
何より、相手が善人であればあるほど、同情と共感を簡単に買える。
――唯一の欠点は、悪人には通用しないということぐらいか。
「フリオニールと一緒にいる間は……セシルを救えなかった罪から逃れられるような気がした。
 けれども、もし、あいつが……セシルのように過った道へ堕ちたなら……俺の力で止めてやりたい。
 ここで他人に任せたり、ユフィに限らず犠牲者を増やすような事になれば、俺は俺自身を許せなくなるだろう。
 ……下らぬ男の下らぬ自己満足かもしれない。だが、どうか、俺にカタをつけさせてほしいんだ」

ユフィは痛ましげな表情を浮かべ、ラムザとカインを交互に見やる。
カインもラムザを見つめ、再び頭を下げる。
「これが俺のわがままだということも、迷惑をかけているということも承知だ。
 だが……どうしてもカズスに行く必要があるのか?
 フリオニールは恐らく思い詰めてしまったんだ。説得を試みても、聞く耳を持とうとしない可能性が高い。
 俺は、あいつの犠牲者を、これ以上増やしたくはない……」
駄目押しの一言に、ラムザの思いはかなりぐらついたようだった。
「……僕の目的は先ほど言った通り。
 テリーに関して聞きたいことがあるのと、戦力を集めたいからだ。
 だが、怪我人を見殺しにしたくはないし、貴方がそこまで固い決意を抱いているなら僕がとやかく言うことじゃないだろう。
 けれど……彼女の身柄を預かる前に、一つだけ聞かせてもらう」
そう言って彼は肩を竦めると、カインに向き直った。

「僕は純粋な剣士じゃない。敵に襲われた場合、彼女を守りきれる自信は僕にはない。
 貴方と一緒の方がまだ安全かもしれない。それでもいいのかい?」
「ああ」と即答しかけて、カインは口を噤む。
ラムザの目に宿る鋭い光に気がついたからだ。

――冷静に考えれば、誰もがユフィのような純真で騙されやすいお人よしとは限らない。
殺人者の仲間を殺人者と見る者がいるのは当然の話だろう。
それに思い返せば、エッジのことに関して、わずかではあるが矛盾した事を口走ってしまった。
勘が良くて頭が回る人間が注意を払わない限り、気付かないとは思うが……ケフカもラムザも切れ者だ。
迂闊に答え、尻尾を捕まれれば、一気に不利な状況へと落とされる。
良い言葉を捜しあぐねるカインに、助けはあらぬ方向から訪れた。

「お取り込み中ですけどねぇ、私からも一つお話があるのですが」
「「話?」」
ラムザとカインの声が重なる。
口を挟んだのは、珍しく沈黙を保っていたケフカだった。
三日月形に唇を歪ませたまま、心なしかトーンを落として喋りだす。
「カインには少し話したけどね、私はとある帝国のカ……ガストラ皇帝に仕える身だったんですよ。
 で、そこの小娘が見かけたマッシュという男。熊みたいなナリのくせにフィガロという国の王族でしてねぇ。
 兄貴のエドガーもムカツクけど、あいつはあいつで……アーヒャヒャヒャ、そんなことはどうでもいいんです。
 とにかく、皇帝はもちろん、私のことも見知ってるというわけなんですよ」
この時点で、カインにはだいたいの展開が読めた。
首を傾げるユフィとラムザの隣で、こぼれそうになる笑みを押さえ込む。

「フィガロは表向きは同盟を組んでいたけれど、裏では反乱組織と結託した帝国の敵でしてねぇ。
 変な言い掛かりをつけられるとシャクだし……何より、バカで暑苦しい筋肉ダルマはダーイキラーイだ!
 そういうわけで、ぼくちんもカナーンへ行きますよ!
 そうすればお前らも戦力とやらが手に入るし、僕もフユカイな思いをしないで済む!」
突拍子も無いケフカの言葉に、ラムザは驚いたようだった。
両手を前に出して、見えない何かを抑えるような仕草をする。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。
 それなら、ケフカさんがユフィを連れて行けばいいんじゃ……」

弁解の途中で、カインはラムザの襟首を掴んだ。
数メートルほど引き摺り、ケフカに聞かれぬよう耳元で囁く。

「アレとユフィを二人きりにするつもりか?」

ラムザはそろそろとケフカに視線を移し、やがて、小さく息を吐いた。
「……わかりました」

それで、話は決まった。
三人はカナーンへ、カイン一人だけがカズスへ。
幾つものアクシデントのせいで手間取りはしたが、別れ際にケフカが使ったヘイストの効果で多少はカバーできそうだ。
『レオとマッシュのこと、お願いするよ』という囁きと意味深な笑みには、嫌な気配を覚えたが。
(あの男だけは信用ならんな……)
カインは独り言をこぼしながら、カズスへと疾走する。
だが……カインにはまだ考えるべき問題があった。

エッジは死んだ。
カズスにやってくるのはリュカにエドガーにシンシア、もしかしたらセージにタバサ。
現在カズスにいるのはルカとハッサンとサックス、それにスコールとマッシュ。
味方は今のところフリオニールのみ。スミスも戻ってくるとは思うが、前科があるだけに期待はしていない。
罠を張ろうにも手勢が少なく、かつ、人目と敵が多すぎる状況だ。
過ぎた欲は己の身を滅ぼすことになる。
狩り場の準備を整える為にも、少しばかり人数を減らしておかなくてはならない。
もっとも――手札は揃っている。
一つは最初のパートナーから得た情報。一つは、リュカ達から聞いた話。
一つはケフカの愚痴、一つはゼル達の存在。
後は、切り方さえ間違えなければいい話だ。

口の端を吊り上げるカインを、倒れた木々と四人の男が出迎える。
時は夕刻、黄昏時。
沈みかけの太陽は、血の色を思わせる光で崩壊した廃墟を照らしていた。

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最終更新:2008年01月30日 13:35
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