557話

第557話:欺かれて、裏切られて、騙されて


「一人呼ばれたようだけれど、大丈夫?」
「気持ちは落ち着いたさ。いつまでも泣いてたんじゃ、死んじまったやつらに笑われちまう。
 そりゃ、悲しくないっつったらウソになるけどな」
元の世界では、自分はバッツらを助けるために身を犠牲にした。
ガラフも、エクスデスの攻撃からバッツらをかばって死んだ。
だが、そのことでバッツらがエクスデスの討伐を諦めたか。そんなことはありえない。
ますます、決意を固めたはずだ。
悲しいのは誰だって同じ、でもそこから前に進めないとしたら、それは己の弱さのためだ。
いちいち感情にとらわれて、そのたびに誰かに喝を入れられるようじゃ、カッコ悪すぎる。

「へえ、ギルガメッシュ、泣いてたんだ…」
「そんなことはねえよ! 何だ、ほら、言葉のあやってやつだ」
「ん~、まあ大丈夫そうだね。ところで、あれ見て」
スミスの指差す先、ミスリル鉱山の真ん前には先ほどまではなかった、例の青い渦。
「僕としては、カインが戻ってくるかもしれないからここで待ちたいんだけれど。
 それに、あいつらもこっちに戻ってくるかもしれないしね」

あいつらとは、当然アルスとザックスのことだろう。ここを離れておそらく2~3時間。
戻ってくるか来ないかは微妙なところだ。だが、人に会うのは悪くはない。
脱出派なら一緒に行動し、殺し合いに乗ってるなら倒すだけだ。
「だな。しばらく待ってみるとするか」

数分後、準備をすると言ったギルガメッシュが見つけてきたのは大きなタル。
タルというものは意外と頑丈で、特に良質なものなら例え高度数千メートルの山を転がり落ちてもびくともしない。
彼が酒場から見つけてきたものも、ところどころ小さな穴は開いているものの、ほぼ原形をとどめている。
「で、何に使うの?」
「これを旅の扉の前に置いてだな…」
「怪しすぎるでしょ」


「意外と余裕があるな。急ぐ必要はなかったかもしれない」
ウルとカズスの中間辺りで放送を聞いたアルスたち。彼らが向かった先はカズス。
残り二時間で道のりの半分、森を抜けウルの村を探索するのは危険。
カズスは残っている建物も少なく見通しが良く、さらに地理を知っているため旅の扉を見つけやすいと考えたのだ。
一度歩いたためだろう、戻りはスムーズ、早歩きではあったが余裕で間に合いそうだ。
草原を横切り、峡谷を駆け抜け、廃墟と化した村、その外れの森まで来たところでザックスは手で制す。
旅の扉前が待ち伏せに最適であり、一日のうち最も危険な場所だというのをザックスは嫌というほど理解している。
自分達がここを離れて数時間、だが別のルートから誰かが来ていないとは限らない。
異常を見逃さないよう、急ぎながらもここからは慎重にカズスに進入する。
かつては泉のあった家屋。今では廃墟となった、その向こう、隠そうとしながらも隠しきれていない気配。

「そこにいるのは誰だ?」
僅かに空気の震えが感じられる。しかし返事は無い。
「こちらから危害を加える気はない。戦う意思がないなら、出てきてくれ」
持っている武器を前方に捨てる。
廃墟の向こうからの視線は確かに感じられる、だがやはり返事は無い。
髪をいじっているような音、体がこすれるような音、僅かに聞こえるズリ、ズリと靴が地面を擦る音。
耳を澄ませば色々聞こえてくるが、出てくる気配はない。そこに感じるは、困惑と警戒。

「どうする?」
ザックスに意見を求める。
ザックスは喋れない。代わりに予め二人の間で決めておいた簡単な合図、そして振りで疎通を図ることにしている。
彼はアルスを指す。主に衣装。特に覆面。拒絶。

アルスにとっては大切な父親の形見。ザックスもそれは十分に理解している。
ザックスの場合は、オルテガの声を知っていたし、オルテガと一緒にいたユフィとアルスの様子を見ても、信用に足ると思った。
だが、現在の状況は声を出さない男と覆面マント。いることがバレても一向に出てこないあちら様。
向こうにしてみれば、こいつらどうすればいいんだろうという感想を持つだろう。

それでもアルスは首をかしげる。
「ザックス、君の言っていることがよく分からない。
 僕が何か不審なカッコウをしているとでも言うのか?」
いやいやフシンだろ、そう突っ込みたいが声は出せない二名。
アルスの、いや、約半分の参加者の世界ではこれは標準衣装なのだから仕方がない。
「だが、考えてみれば僕の顔が分からなければ向こうも不安になるのかもしれないな」

アルスは覆面だけを脱いだ。やっぱり怪しいだろと思ったがもう仕方が無い。
向こうに危害を加える気はなさそうだから、出てこなければ無視して向かうだけだ。
だが、アルスが顔を見せるとすぐに杖を片手に持った金髪の少女が安心した様子で顔を見せた。
ふと、感性がずれているのは自分なのかと思ったが、もう気にしても仕方が無い。

アルスができるだけやさしく、少女に声をかける。
「僕はアルス。こっちはザックスだ。彼は言葉を話せないが、怖い人じゃないから安心してくれ」
そりゃないだろ、とザックスはアルスを肘で小突く。少女が手を口に当ててくすくすと笑う。
「  …私はタバサです。よろしくね、かっこいいお兄さんたち」
「よろしく。ところで、タバサちゃんはここで一人で何をしてたんだ? 他に仲間は?」
「仲間は……セージお兄さんと一緒だったけれど…」
「セージ? セージと一緒だったのか? いつ、どこで?」
数秒の沈黙。微妙に角度を落としてうつむく。タバサの顔に影がかかる。
隣が、お前女の子とほとんど話したことがないだろ、と言っている気がした。NGワードだった。
「あ、いや、別に無理に言わせるつもりはなくて…」
「ご、ごめんなさい。でもお兄さん達は気にしないで。放送でも呼ばれなかったし! きっと大丈夫よね!」
なんとなく気まずい雰囲気。それを感じたのか、少女はここにいた理由を話し始める。
「え~と、お兄さんたちは旅の扉を探してるんだよね? ここにいたワケは、見てもらったほうが早いと思うの」
少女が旅の扉への案内を始める。
西部から南回り。この辺りは爆心地から離れていたこともあり、比較的損傷が少ない、
といっても、壁や地下室が残っていたり瓦礫が散乱していたりという状況であって、
普通に見れば大災害を被っているのは変わりはないのだが。
武器防具屋の廃墟の影から旅の扉を覗く。旅の扉は鉱山の前、爆心地のほぼ近くだ。
が、扉の真ん前に、あからさまに怪しいタル。荒涼とした風景に、ポツンと佇むタル。
さすがにここまで怪しいと、すがすがしい気分になってくる。

「君のイタズラじゃないよな? いや、あんな大きなタルを運ぶのは無理か。
 ……あれは、新手の冗談か? どうする?」
こうまで怪しいと、逆に中に誰か潜んでいる可能性も否定しきれなくなるものだ。
最悪、二人以上で襲ってくる可能性もある。
他に敵がいるとすれば、フリオニールやピエールのような砂の下からの奇襲、または遠距離魔法攻撃。
呪文で先制攻撃を仕掛けるにしても、今の位置からだとちょっと遠い。
先頭はアルス、最後尾に少女。射程距離圏内に入るまで、異変がないか、目を凝らして一歩一歩進む。
先ほどから僅かに感じていた、どこからともなく湧き出てまとわりついてくる、黒く、重い気配。
出所は特定できないが、誰かいるのは間違いない。

武器防具屋を過ぎ、宿屋まで来たところで左前方に違和感。ガリガリと小さな小石を踏むような音。凝視。
瓦礫の下から覗く、茶色い筒。さらに、何かが燃え伝っていく音。筒の狙いは少女。
背伸びをしていて、銃口には全く目が行っていない。
ザックスの思考はこの間一瞬、経験で慣らされた体は自然に少女をかばう。
位置、距離、音。少女を銃弾の軌道からずらし、かつ自分が避ける時間は十分にある。
少女を突き飛ばす。数瞬後れて発砲音。太腿に、撃ち抜かれた衝撃。

(????)

まず、銃弾をかわせなかったことへの疑問。少し遅れて太腿に来るじんじんとした痛み。
本来なら、少女と一緒に前方に倒れているはずなのに、自分は少女のいた位置に留められた。
思い返せば、少女を突き飛ばす際、何故か同じ力で押し返されたような感触。
だが、その異変の正体がつかめない。
「お兄さん、大丈夫!?」
「ザックス、タバサを連れて今すぐそこから離れろ!」
とにかく、ここにいるのは危険。武器防具屋の表まで撤退。


「おらあっ!! ギルガメッシュチェーンジ!」
ギルガメッシュが気合十分に飛び出す。
飛び出すと同時にチェンジは完了、銅の剣とロングソードを、そしてミスリルアクスを持って、大振りにアルスに斬りかかる。
ロングソードはレオンハルトの使っていたもの。アルスの心がふつふつと煮えくり返る。
アルスはラグナロクを逆手に斬撃を受け止める。
武器はアルスのほうが上だが、力と手数はギルガメッシュのほうが圧倒的に上。さすがに押されてしまう。
ザックスが負傷している以上、ここを突破されてしまうわけにはいかない。
「心配しなくとも向こうにゃ手は出さねえよ」
ギルガメッシュの口元が歓喜に歪んだ。
「おう、やっと会えたな。昨日の朝から、ずっと探し回ってたぜ」
「何を言ってる? 人違いじゃないのか?」
アルスに面識は無い。それどころか、今までの行動を振り返っても、こんなに付け回されるような理由は浮かばない。
「何がなんだか分からねえって顔してやがるな。なら、手に持ってるその剣に聞いてみるんだな」
そう言われても、ない理由はどこを探してみてもない。
「誤解じゃないのか!? 確かにこの剣は僕が持っているが…」
「フリオニールを殺して手に入れたもので、サリィを殺して手にしたもんじゃない、そう言いたいんだよな?
 どっちにしろ、同じことだ! お前らみてえなクソヤロウが使っていいもんじゃねえんだよ!」
まるで筋の通らない理屈。しかも、関係のない少女まで巻き添えにしている。
どうやら、交渉の余地のある相手ではなさそうだ。
「お前の言い分は分かった。こっちとしても自分の勝手な都合に皆を巻き込むようなやつは野放しにできないな」
「そう、それだよ。お前らはいつもそうやって善いやつを気取って、尤もらしい理屈をこねて、油断したら後ろからグサリだ。
 もう俺は騙されねえ! ここでお前の息の根を止めて、ラグナロクも取り返させてもらうぜ!」


合点のいかないことはあったが、襲撃された以上同じ場所で考え込むわけにも行かない。
昨日も意識と行動がかみ合わないことはあった。ピエールに放たれた例の魔法弾の効果が残っているのだろうか。これはあり得る。
だが、もう一つの可能性……この少女自体があの襲撃者とグルだったりしたら…?
止血もそこそこに、様子を見る。今のところ敵は一人。他に誰かが潜んでいるような気配もない。
ザックスはこの襲撃者を見たことがある。カナーンで、オルテガらに拾われ、イザたちに看病されていた男。
だが、あれほどうなされ、懺悔していた男がこうまで変貌するだろうか? 誤解をしているような面もある。
それに、襲撃者こそ一人しかいないが、どうも誰かに監視されている感触が拭えない。
「お兄さん、どうしたの?」
体の隅々までじっとりと舐めまわされるような、嫌な気分。それがすぐ近くから常に感じられる。
そう、この少女と出会った時から!
「ふ~ん、もう気付いちゃったの? どうだった? なかなか上手い演技だったでしょ」
少女の瞳の奥が不気味な滅紫色に変色。フラッシュのように光が照射される。
尤も、カメラのような白い光ではなく、滅紫色の光なのだが。
反射的にバスターソードを抜き、あたりを薙ぎ払う。
「もう、いきなり斬りかかるなんて、女の子に対して失礼じゃない?」
相手はぴょいと攻撃をかわし、先ほどまでと変わらない、だが今では邪まなものにしか感じられない笑顔を向ける。
こんな邪気に満ちた女の子がいるか、子供はもっと無邪気なもんだ。
そんなふうに悪態を付きたい気がした。
金髪に気を付けろ。カナーンでイザたちから聞いた、そのフレーズが頭をよぎった。


「うりゃっ!」
ギルガメッシュは、雄たけびを上げ、力任せながらも急所は外さない。
だが、勝負が付かない。徐々にギルガメッシュに焦りの色が見えてくる。
ギルガメッシュが攻撃を繰り出す。アルスが攻撃を受け止める。繰り出す。受け止める。繰り出す。受け止める。
繰り返し。アルスは確実に三本の武器をさばいていく。守り一辺倒、だが押されている気配は無い。無駄な動きもない。
このままでは、タイムリミットまで打ち合うことになりかねない。
「このままじゃ埒が明かねえな…」
「だったら、一旦出直して来たらどうだ?」
「へっ、そうはいくか! こっちにはまだまだ奥の手は残ってるんだぜ!」
武器と武器がぶつかり合い、互いに弾き合った反動を利用して、ギルガメッシュが大きく飛びのく。
反撃に転じようとしたアルスに、武器を持っていない手を向ける。

「何をする気だ?」
ギルガメッシュの手に集まる光を見て、警戒するアルス。確実にかわせるよう、集中を向ける。
が、それがよくなかった。膨れ上がった光は爆発し、太陽ほどの強さの光がアルスの網膜を傷つける。
青魔法フラッシュ、アルスの知識にはない目くらましの魔法だ。
思わず態勢を崩してしまう。マズい!

「ここだ!」
三つの武器を縦、横、斜めの三方向から一点に集中!ギルガメッシュの渾身の一撃!

ガギィィィン! くるくるくる さくっ さくっ

「ありゃ…? お、俺の武器が!」
ロングソード。アルテマソード、ラグナロクと最強クラスの武器を相手に悲鳴を上げながらも打ち合い続けた猛者。
銅の剣。世界のオブジェの一つでありながら、数々の戦いを演じてきた名脇役。
ギルガメッシュの腕力、そして度重なるラグナロクとの剣戟に耐え切ることはできず、粉々に砕け散った。
飛び散った剣の破片がギルガメッシュの腹部に突き刺さる。

「ま、待て、俺が悪かった!」
「マホトーン」
「くそ、こんなに強いとは……」 プロテス。効果が無かった。
「これじゃ、てもあしもでないぜ……」 シェル。効果が無かった。
「って、きたないぞ!」 ヘイスト。効果が無かった。
「手数が減った分を、呪文でカバーする気だったんだろう? 丸分かりだ」
「ならオレ様の真の剣技を見せてやる!」
ギルガメッシュはミスリルアクスを全手持ちして、アルスに襲い掛かる。
アルスは未だフラッシュの効果が抜けず、三種の武器の攻撃による衝撃で腕が痺れている。
ミスリルアクスの横合いからの一撃は、ラグナロクを岩壁へと吹き飛ばしていた。



ぞくぞくする。思わず身震いしてしまう。今ならどんな病気にも一秒で感染できてしまいそうだ。
さっきの瞳に宿った不気味な光を見てしばらくして、なにやら背筋が寒くなった。
張り詰めていた全身の筋肉と神経が、一気に萎んでしまう感じ。
「ほら、お兄さんみたいな人間って心の力が強いでしょ?
 どんなに怪我しても、ナントカのため~ナントカのため~で耐えちゃう。
 そこで、その抵抗力ってヤツを消させていただきました。あ、でもすぐ元に戻るから安心して」
何かの魔法だろうか、紫の霧が発生して、まわりの風景が歪む。
すぐに幻影だと分かり、目で見るのは諦め、あの邪気だけを追う。敵は動いていない。
すぐに、今度は甘美な香りが鼻を満たし包み込んだ。
これも幻、そう思いたいが、幼いころ、いや、まだ物心付く前にきっと体験した懐かしい匂い。
望郷の念が湧き上がる。まぶたの裏に母の幻影が見える。故郷の幻影が見える。
そう、これは幻影。この香りは獲物を堕とすトラップ。
根源はきっとその向こう。人を惑わすこの甘い空間を通り抜けて、一撃くらわせられれば。
なのに、ダメだ、眠い、耐えられない。体も心も言うことを聞かない。どうした、オレの体………。
「もう、抵抗力が落ちてるって言ったじゃない。体が別物になってるってコトを理解しないと。さて…と」
ごそごそという音が聞こえる。ザックを探っているようだ。
だが、何をする気なのかは考える暇もなく、意識は夢の世界へと落ちていった。



「イオラ!」
下は小石混じりの砂地。アルスが地面の砂を巻き上げる。
フラッシュの効果が残り、まだ上手く目を開けられない。腕は痺れが取れない。
ドラゴンテイルで、腕八本分の攻撃なんて受け止められるわけもない。
接近戦は今しばらく避けるべきなのだ。
もうもうと立ち上る砂煙が、ギルガメッシュにアルスの位置を視認させない。

「くそ~、目くらましとは! だけどな…」
ギルガメッシュが剣の持ち方を変える。足に力を込めて、大きくジャンプ。
「上空には砂はとどかないぜ!」
もうもうと巻き上がる砂、その中に見える黒い影。
「場所が丸分かりだ! 態勢を立て直すつもりだろうが、そうはさせねえ!」
影目掛けて斧を突き出す。

ぞくりと背筋が寒くなる。砂煙の合間から向けられる鋭い眼光。
もう攻撃の態勢に入っている。今更変えられない。
だが、そもそも態勢を変える必要すらないのだ。



接近戦では不利だが、それならば一帯全てを呪文でなぎ倒せばいいだけだ。
手加減が出来るような相手でもない。雷の威力を軽減するようなものもない。
アルスは左手の指を立て、天へと向ける。空気は酷く乾いている。
影が映る。上空に見えるギルガメッシュの姿。あの攻撃は、カインとの戦いを通して知っている。
だが、今更詠唱を止める必要はない。敵が落ちてくる前に、詠唱は完了するのだから。
アルスを取り巻く魔力は青い粒子へと変質し、その指先を伝って天空へと流れていく。

「アルスお兄さん」
自分の後ろに小さな影。何故来た、そう思っても詠唱は途中、もう止められない。
せめて自分の前に出ないよう、右手で制す。
空高くにて粒子は高速で渦を巻き、空気中の水分を砕き、擦り、静電気へと変化する。

「ザックスお兄さんから…」
横目で確認、片手に剣を持っている。波状で、燃えている刀身はザックスの持っていたフランベルジェという剣。
武器が飛ばされたのを見て、届けに来てくれたのだ。
蓄積された静電気はやがて雷で出来た雲となる。あとはアルスによって言葉が紡がれるのを待つだけ。

疑問が湧いて出た。フランベルジェは、燃えるような刀身を持つ剣、だったが実際に燃えている剣だったか?
それに、どうしてその剣先をこっちに向けている?
「渡してくれって…!」
気付いた時には、ずぶりと肉が貫かれる感触が、そして胴体にごうごうと燃えるフランベルジェが突き刺さっていた。
波状の刀身は深々と突き刺さり、簡単に抜くことはできない。
炎は父の残したマントと共に、アルスの体を内部外部両部から炭と灰へと変えていく。
死はすぐそこまで迫っているらしい。体験してみると、あまりにあっけないものだ。
だが、まだ意識はハッキリしている。口は動く。声は出る。心は生きている。雷雲は消えていない。
せめてもう一足掻き。対象は、自分を含めて辺り一帯。
「ギガ…デ……」
最後の文句を唱えようと、天を見上げたアルスが最後に見たのは、焼け焦げて宙に舞う自分のマントの一部と、
己に向かって振り下ろされるミスリルアクス……父の形見である戦斧の鈍い輝きだった。


「随分上手くいったな…。はっきり言って、後味はよくねぇがよ」
作戦は簡単、少女の姿で油断させ、例の二人が来た場合は分断して一人ずつ始末するというだけ。
銃はギルガメッシュが狙ったのではなく、予め銃弾の通る延長線上に敵を誘い込んだだけだ。
背伸びを合図に銃を発射、当たろうと当たるまいとかまわない。どっちにしろ分断の理由はできるのだ。
「ところで、お前いつまでその姿でいるんだ? 二人とも死んだんだし、必要ねえだろ? そういう趣…」
「自力で戻れないの。あ、これ知ってる。遠くにあるものを攻撃する武器」
少女=変化の杖で化けたスミスがアルスのザック…フランベルジェを突き刺すと同時に奪い取ったザックを物色する。
まず目に付いたのが、黒く大きな金属製の機械。大型マシンガンだ。
「え~と、これは設置すればいいのかな?」
「そいつは銃みたいなものなのか?」
武器マニアのギルガメッシュとしては、この類の武器は物珍しいのか、横合いからペタペタ触ったりバンバン叩いてみたりする。
「あ、あんまり乱暴に扱わないでよ。壊れちゃうかもしれないし。
 多分銃と同じものだと思うけど、じゃあ、あのタルで実験してみようか」
マシンガンを向けた先は、例の旅の扉前に置いてあるタル。
要は囮とあっち方向に逃げられないようにするための保険といったものだ。
当然中に人も魔物も入ってなんかいない。
デールが使っていたのを思い出しながら、見たとおりに引き金を引く。
辺りを切り裂く絶叫は鉄の悪魔と呼ばれるに相応しい。
ただの銃とは比べ物にならない量と数の弾丸が樽の木板をみるみるうちに粉砕していく。



甘い息とマヌーサによって作られる幻影の空間。
元々甘い息の効果は短い。密室ならともかく、成分が風に流される屋外ではすぐに効果が切れてしまう。
それに、すぐ近くでマシンガンの掃射音がする。マヌーサも解け、脳が覚醒する。
まず彼が見たのは、パチパチと燃える人型の炭。マシンガンを撃つ少女とそれを隣で見ているギルガメッシュ。
「とんでもねえ代物だな…」
「だね。間違って人に向かって発射しちゃったら大変なことになるね」
マシンガンの威力に驚く二人。確かに、あれをまともにくらえば自分だってひとたまりもない。
それだけなら、不意を撃って一人、特に少女の姿をしているほうだけでも仕留めようと思ったかもしれない。
だが、直後に見た光景はそれを思いとどまらせるに十分だった。

少女が屈託の無い笑顔を浮かべる。
マシンガンの威力に唖然としているギルガメッシュのほうに振り向く。マシンガンの銃口ごと。
「こんなふうに、さ」

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!

マシンガンは唸りをあげ、唖然とする……
仲間に銃口を向けられたことに唖然とするギルガメッシュの腹部をぶち抜いた。

「あははははははははは! 凄い、凄いね!
 はは、うん、無理に喋らなくていいよ。何が言いたいのかは大体分かるから。
 フライヤにも同じことを言ったんだけど、最初からこういうつもりだったんだよ。
 ご苦労様でした。今まで思い通りに動いてくれて、ありがとう。感謝してる。
 感謝してるけど、いちいち誰かを悪役に仕立て上げるのも手間がかかるんだ。だからそろそろさよならしよう?」
「あ、そうそう、いいこと教えてあげる。さっき戦った二人とも、別にフリオニールの仲間なんかじゃないんだよ」
ギルガメッシュの目に様々な色が浮かぶ。驚嘆、憤怒、後悔。
現実の否定と、現実からの逃避を求める気持ちが少しだけ現れる。
「いいじゃない。君はよくやったよ。フリオニール君は死んだし、剣も取り戻しました。めでたしめでたし。
 一人殺して、ゲームにもしっかり貢献しました。でも、これ以上アンタに何か出来ることなんてあるのかな?
 ゲームを止める? 単純で戦うしか能の無いキミが? 寝言は死んでから言いなよ」
スミスはギルガメッシュが落としていたラグナロクを拾う。誰の手に渡ろうと、輝きは変わらない。
だが、ギルガメッシュにはこの剣が寂しい光を放っているように見えて仕方がなかった。
「この武器がお気に入りみたいだから、これでとどめを刺してあげる。
 アンタのために作られた武器が、アンタの命を完全に断つわけさ。きっと、サリィさんも本望だと思うよ?」
スミスが両手でラグナロクを持ち、ギルガメッシュに刃を向ける。

まるで衰えを見せない、ラグナロクの輝き。
ギルガメッシュが生涯で手にした武器の中で、もっとも強く、もっともシンプルで、もっとも美しい。
命を分けてくれたとか、そんなご大層なものじゃないが、まだもうちょっとだけ動けそうな気がする。
スミスを許せないという怒り、それとも一矢報いようとするプライド、これ以上この剣を汚させないという想い。
サリィやわるぼうの復讐、限界までやってやるという自暴自棄に近い感情。
とにかく、もう下半身に命令は伝わらないが、上半身に残った全血、神経、筋肉を酷使。スミスに飛びつく。
ギルガメッシュはもはや生きているだけの死体。そう思っていたスミスは、最後の抵抗をかわせない。
ギルガメッシュに組み付かれ、押し倒される。ギルガメッシュには、ラグナロクが刺さったまま。命がとくとくと零れ落ちる。

「ちょ、ちょっと、離せ、何すんのさ死に損ない!」
それでもなお残った命。それら全てが輝き、それは無数の赤い粒子となる。
粒子はギルガメッシュを中心に広がり、辺りを包み込む。
「大人しく死んどけって、今更になって何足掻いてんのさ!」
押し返して、起き上がり、足で蹴り付け、腕を振り払おうとしてももう動かない。
「~~~~~!!!!」
ギルガメッシュは黒髪の剣士、ザックスと目が合った。
彼の目がどんな色を湛えていたのか、ザックスにも分からないだろう。
次の瞬間には、ギルガメッシュの体は真紅に包まれて、回りの世界を紅一色に染めたのだから。



どれくらいの時間が経ったのか。数秒かもしれないし、数分かもしれない。
ギルガメッシュの体は消失してしまい、自爆に巻き込まれたあのマシンガンも、原形は保たれているが使えないだろう。
アルスの遺体は未だにパチパチと燃え続けている。少女の姿はどこにも見えない。
少女を探す暇はないかもしれない。あとどれくらいでタイムリミットが来るのか分からないのだから。
足元に飛ばされてきたのは、ギルガメッシュが持っていたザック、そしてラグナロク。
至近距離での爆発を受けたのにも関わらず、ラグナロクにはどこにも損傷が見当たらず、その輝きも衰えることがない。
アルスの形見というわけではないが、何故かこの剣を持っていてくれと言っているような気がした。

時間は今どれくらいなのか分からない。もしかしたら、まだ余裕はあるのかもしれない。
ただ、それでももうこの村にこれ以上留まる気にはなれなかった。
この村、いや、この世界は悲しいことが多すぎた。半ば、一度だけ振り返る。
パチパチと炎が燃える音と、風の音が聞こえるのは相変わらずだった。
旅の扉へ飛び込もうと踏み出す。
「ザックスさん」
聞こえる猫なで声。戦いの元凶。
旅の扉の向こう、鉱山の入り口に壁を背にして少女が立っていた。

「伝えたいことがあって、待ってた」
爆発を至近距離でくらったにもかかわらず、顔も服も綺麗なままだ。
なんなんだこいつは? そもそも生物ですらないのか?
「仲間さん、もうほとんど生き残ってないんだよね?」
お前が殺したんだろう、そう言ってやりたい。
今すぐこの場で八つ裂きにしてやりたい。でも、剣の攻撃は届かない。

「私がやったことは、全部が貴方がやったこと。次の世界でそう広めてあげる。
 きっと正義のヒーローたちが我先に貴方を殺そうとするだろうね」
風魔手裏剣を投げても、やはり本職ではないと使いこなせないのか、当たらない。
かまいたちは、相手に届く前にかわされてしまう。
相手に近付こうにも、旅の扉を軸に自分と相手が回るだけだ。

「さて、狙われたザックスお兄さんは、みんなを説得することができるのでしょうか?
 それともできないまま終わるのでしょうか?」
少女と目が合いそうになる。目をそらす。まともに見てしまえば、あの不気味な光を受けてしまう。

「これが貴方を生かした理由。全員死んでしまったら、後に続かないからね。
 何故教えるのか、それは自分で考えてね」
少女はごそごそとザックをいじる。
突然投げられた、小さく厚みのある本。バスターソードの腹で受け止める。
アルスの持っていた官能小説。受け止めるものも無く、地面にことんと落ちた。

「それは餞別にあげるね…」
言葉。餞別というより、ただの囮と目くらましに使ったに過ぎないのだろう。
少女の姿はどこにもなかった。次の世界へ向かったのだ。
地に落ちた本は開かれ、風に吹かれてぱたぱたと捲れていく。
やはり、この世界はあまりに辛いことが多すぎた。辛いことの後には楽しいことが待っていると聞くが、
扉を抜けた先に待つのは苦難と悲哀だけなのだろう。それでも、ここで立ち止まることはできないのだ。


やっぱり旅の扉の前は罠を張りやすい。
ザックスに生きていてもらったのは、一人生き残りがいないと誤情報が広がらないからにすぎない。
そもそも、タバサに化けた理由は、自分が最も始末したい人間だからなのだ。
アルスとギルガメッシュはうまく殺せたが、実のところは二人の生死もどちらでもよかった。
ここまでやれば、ザックスは確実にタバサを危険な快楽殺人者だと思い込むだろう。
だが、タバサと実際に会っている一部の人間は、彼の話の矛盾にきっと気付く。誤解と疑心暗鬼の誕生だ。
うまくいかなくとも、こっちの足は付かない。
ちなみに、ザックスを殺人者に仕立てるのはやってもいいが、やらなくてもいい、その程度のこと。

変化の杖を使ったのは三度。アルスらに会う前、ザックスを無力化したとき、そして爆発で吹き飛ばされた後。
とにかく自分にとっては利用価値が大きい。
でも万能ではない。会ったことがあれば十分化けられるが、数分ごとに使っていないとすぐに効果が切れてしまう。
使うたびに数秒だけ元の姿に戻るから、集団に紛れ込むのは正直難しいかもしれない。
それに、怪我まではコピーできず、常に見た目健康な状態に変化してしまうので、それでバレる可能性もある。
あと、口調を変えるのにはまだ慣れていないと痛感した。

ギルガメッシュが瀕死だったため、自爆自体は大した威力は無かったが、あの至近距離で爆発を受けたのはさすがに痛かった。
魔法の絨毯を広げたから、落下の衝撃は和らげられたけれど。
多分、変化を解くとボロボロの状態なんだろう。今でも表面こそ綺麗だが、あちこちが痛いのだから。
次の世界は当分絨毯頼みにしようかな。

【ザックス(HP3/8程度、左肩に矢傷、右足負傷、一時的に耐性減)
 所持品:バスターソード 風魔手裏剣(16) ドリル ラグナロク 官能小説一冊 厚底サンダル 種子島銃 デジタルカメラ
 デジタルカメラ用予備電池×3 ミスリルアクス りゅうのうろこ
 基本行動方針:同志を集める
 最終行動方針:ゲームを潰す】
【現在位置:新フィールドへ】

【スミス(HP1/5 左翼軽傷、全身打撲、洗脳状態、闇のドラゴン)
 所持品:変化の杖 魔法の絨毯 波動の杖 ドラゴンテイル 
 基本行動方針:ゲームの流れをかき乱す
 第一行動方針:カインと合流する
 最終行動方針:(カインと組み)ゲームを成功させる】
【現在位置:新フィールドへ】

【アルス 死亡】
【ギルガメッシュ 死亡】
【残り39名】

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最終更新:2008年01月30日 14:01
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