372話

第372話:血の苑


アリーナ達の死闘から時間が経ち……意識を取り戻したタバサは悟りの書を熱心に読んでいた。
先程の母親のあの悲劇のことを口に出そうともせず、ただ静かに熱心に見ている。
そしてセージも彼女の隣に座り事情を説明した後、悟りの書や魔法等の色々なことを教えていた。

「あの……お兄さん」
「ん?何かな」

急に悟りの書から視線を外し、セージの顔をじっと見る。
そして今にも泣きそうな表情で言った。

「あの時……何も考えずに動いて、ごめんなさい……お兄さんが止めてくれなかったら……」
「大丈夫だよ。結果オーライだし」
「……でも……ごめんなさい」

そう言って俯くタバサにもう一度「大丈夫」と返事を返すセージ。
そしてまた悟りの書をタバサが読み出す。
彼女は力が必要だと、そう考えていた。力が無ければ人を護れない。
故にこうしてセージに魔法を教授してもらっている。
人を護る力を掴むために、がむしゃらに。

「勤勉なものだな」

脚の治療が一段落したようで、マティウスは2人に話しかけた。
そして2人の場所へと歩き、悟りの書を覗き見るが……首を静かに横に振り、苦笑を浮かべる。

「この書……妙に理解できないのが悔しいものだ。しかし、タバサといったか?お前は何故こうも勤勉になる」
「護りたい人が、いるから」
「そうか、前を向くのは良いことだ。だが……何故あの惨劇を見て、立ち止まらない?母が死んだのだろう?」
「おいマティウス、質問が過ぎるぞッ!何も今言う事では……」
「ああ、すまないアグリアス。だが……訊いておきたくてな」

セージが避けていた事すら、はっきりと口にする。マティウスのその行動にセージは少し呆れてしまった。
だが、ただ人の心に意味無く土足で上がりこむような馬鹿な人間とは違う、ある種での高貴さに満ちている。
そんなマティウスを不思議そうに見ていると、タバサが彼の問いに答えた。

「私も悲しいけど……でも、でもそれだけじゃダメなの!
 悲しかった時……私はよく泣いちゃうけど…でも泣くのをやめた後は前に進まなくちゃいけないから」
「人を護る為に……力を欲すと?そして更にその為に前に進むと?」
「私が今できるのは……それくらいだから。だから今、こうして"勉強"してる」

そうか、そういう力の求め方もあったのか。マティウスは心の中でそう呟く。
人を殺す為ではない。人を護る為の力。そして前に進んでいく力。
私が世界征服などと口にしていた頃は……そんな事を考えていただろうか。否、考えているはずも無かっただろう。

「では我々もそろそろこの城を出ようと思う。お前たちとは多少歩む道が違うようだからな」
「そう?わかったよ、気をつけて……また生きて会えると良いけれど」
「大丈夫だ、ではな……アグリアス、歩けるか?」
「ああ、お蔭様でだ。激しい運動は出来そうに無いが……歩くだけなら大丈夫だ」
「そうか、ならば――――――」

マティウスはそこまで返事をして、黙った。
そして辺りを警戒しながら見回す。

「気のせいか……奇妙な違和感を感じたのだがな……」

溜息をつき、警戒を解きそうになる。
だが、タバサがそれを見て静かに言った。

「気のせいじゃないと思う……私も、嫌な感じがする」

そしてその言葉を言い終わった次の瞬間、タイプライターの様な音が一瞬だけ聞こえた。


マティウスの違和感は当たっていた。
そしてタバサの嫌な感じというのも当たっていた。
そう、この城にまたあの殺人鬼が帰ってきたのだ。


その名は、デール。


彼はエドガー達を探していた。
自分がまさか罠にかけられていたとは知らず、城の内部で彼らを探す。
だが当然見つからない。そして焦りを感じ、どこか適当な部屋にマシンガンの弾をばら撒き相手を燻り出そうとした。

だがその時、遠くに見える部屋に数人の参加者がいる事にデールは気が付いた。
リュカ達かと思ったが、違う。だがデールはニヤリと笑みを浮かべた。
どこにいるのかわからないリュカ達よりも、まずは場所のわかる奴らを殺す方が話が早い。

そして彼は急いで、先程視界に写ったあの部屋に向かいだした。


そしてまた場面はマティウス達の場所に戻る。
彼らは先程の発言も何処へやら。奇しくも共に行動していた。
嫌な予感や違和感の前に、根本から彼らは色々なことに気を配らねばいけなかったからだ。
この城はとにかく部屋や廊下が多く、そして何より広い。
自分達はこの城のそういった特色を使って潜伏していたのだ。マーダーもそういった事をしている可能性も非常に高い。

そう思った彼らは、城を脱出するまで同じ行動を取ることにしたのだ。

そして警戒しながら静かに歩く。
先程起こった未知の音のこともあり、慎重になる。

そして5人がしばらく歩いた時……目の前の曲がり角から男が飛び出すように現れた。

その男とは、勿論……。

「おや、あの人の娘さんもいたのか……心配しないでくれ、苦しまずに壊してあげよう」

デールはそう言うと即座に銃を―――デスペナルティを2発撃った。
そしてそれは見事に、マティウスの両肩にあたった。

「ぐ……っ!」
「マティウス!?」

しかしまだその銃は人を殺しておらず威力が低かった。
故に喰らった彼は致命傷にならずに済んだ―――彼らにはその銃の特性など知る機会もないが。

「大丈夫だ、あの男が持っているモノの攻撃だろうが……不思議とそれ程痛くは無い」

そう言うとマティウスは右腕を天上に向かって掲げた。
確かに、それ程の大袈裟な痛みは無いらしい。

「サンダー」

マティウスが紡いだ魔法は一直線にデールに向かっていった。
だが、何故だかそれは当たらず……しかも今度はマティウスに向かって行く。

「ちィ!!」

彼は何とかその電撃を避けることは出来た。
自分の扱う魔法故に扱いに長けていたのだろう。
そして後ろの廊下が稲妻によって損傷していくのを、じっと確認していた。

「マホカンタでもかかってるのか?いや、でも……」

セージは先程の魔法の反射に対しセージは様々な可能性を張り巡らせる。
何かの道具を使ったか、しかしそんなものがホイホイ存在するような凄い技術は自分の世界にはそうそうない。
ならばやはりマホカンタかと思ったが、あれは一応高等呪文だ。目の前の魔力の少ない人間が出来るとは思えない。
だがどういった力を相手が持つのかわからない以上、魔法はあまり使わない方が良いだろう。
タバサもそう考えていたらしい。頷くと、ナイフを取り出す。

「セージ……こうごちゃごちゃと固まっていては戦い辛く退き辛い、2手に分かれるぞ。魔術も派手なものが多数…状況は不利だ」
「そりゃどうも。生憎その通りだ。心遣い、感謝しておこうかな」
「アグリアス、お前はあの2人を守れ。魔術の出来ない魔術師は、相当な武器を持っていないと苦労する……今の私のようにな」
「いいだろう。ではセージ、タバサ、行くぞッ!」
「ゴゴは私とだ」
「そうだろうと思っていた。勿論不服ではないがな」

こうして彼らは2手に別れ、デールから身を引いた。
彼の命を絶つために、そしていざという時退くために。


だがデールはそれを許しはしない。
タバサの走っていく方向を睨みつけ、一心不乱に追いかけているのだ。

それを見てタバサは虚空に向かって問いかけていた。
何故デールが自分たちを殺そうとしているのか、あの優しい笑顔は何処へ行ったのか、あの父の親友の弟としての姿は何処へ消え失せたのか。
だがどんなに問いかけても答えは返ってくるはずもないし、自分で答えを見つけようとしても無駄なことだった。


「ぐッ!!」

その時、アグリアスが前のめりに倒れた。痛む足を引きずり走っていたのだから当然だ。激しい運動は無理だと、本人も言ったばかりだ。
そしてそれを見計らったかのように、彼女の右足にデスペナルティの銃弾が打ち込まれた。

「もう追いついたか……ッ!」
「自分の欲の為には妥協をしないことが、世の中では重要な事です」

そう言いながら、同じ場所に何度も何度も銃撃をする。
デスペナルティ事態の攻撃力がまだ低いといえども、同じ場所に……更に怪我が治りきっていない場所に撃ち込まれると最早威力など関係ない。
ただ痛みと不快感が押し寄せるのみだ。

「ククク……ははははははははは!!ははははははははは!!!!」

遂に動けなくなったアグリアスを尻目に、銃撃を終えタバサとセージへと視線を向ける。
哄笑しているデールのその眼は……何の違和感も無い、ここに来る以前の彼と同じものだった。

「なんで……デールさん!なんで!!」
「ああ、久しぶりですね王女。いつも一緒にいた王子がいないですね、病気でも召されましたか?」
「わかってるんでしょ……?嫌味なんて聞きたくない、質問に答えて!!なんでこんな事をするの!?」
「私の居場所に気づいたからです。人を壊す事に私が価値を見出したからです。それ以外に理由は無い」

セージは、その問答を黙って聞いていた。
カインの言ったその人間がタバサの知り合いだったという事に対しての驚きと、彼の眼差しへの不快感で言葉が出ない。
そう、その眼に違和感は無いのだろうが……これほどまでに何かに固執し、何故ここまで人を傷つけ笑っていられるのか。
自分にはわからない、理解できなかった。

だが理解しようとしなくとも、この男はこのゲームに馴染み、今ここで笑っている。

「さぁ、終わりです。王女、私のために壊れてください」

その時、アグリアスは立ち上がった。
まもなく使い物にならなくなるであろう右足をも使って立ち上がった。

「天の願いを胸に刻んで」

そして、唱える。彼女の業を、聖剣の力を。

「心頭滅却!聖光爆裂破!」

だがしかし、放った斬撃は惜しくもデールに避けられ、彼女が重傷者だった事を再確認させただけで終わった。
そしてデールがいつの間にか、あのいくつもの血の苑を作り上げたマシンガンを右手に持ち、

聖騎士アグリアス・オークスの左胸を完璧に撃ち抜いた。

「すまない…ゴゴ……マティウ…ス……使命を、果たせ……られなかっ………」
「"疲労"と"焦り"は人を殺します、お気をつけください」

それが彼女の最期の言葉となり、彼女はそのまま無機質な床へと墜ちた。


彼女の無念の死を見届けた後……タバサの方を振り返ると、彼女が自分へと肉薄していたのに気が付いた。
彼女の右手にはナイフ。だが、そんな俄仕込みの剣での攻撃が上手くいくはずも無く。

「危ないですよ、こんなものを振り回しては。ご両親がお泣きになりますよ」
「あ゛ぅっ!」

彼女の右手首を力強く握り締め、自分の目線の高さへと彼女を持ち上げる。
そしてナイフを奪い取り、それを彼女の腹部から胸部へと、上に斬り裂いた。

「ぁ……デー……ル、さ………」
「すぐには壊しません、ご安心を。しかし少々手加減しすぎたか?」

そしてデールが手を離すと、あっさりとタバサの体が地面へと叩きつけられた。
服は無残にも縦に裂け、露出する白い肌は血に濡れていた。
そして彼女は虚ろに両目を見開き、一心不乱に何も考えられずに息をしている。

セージはそれを見て、動けずにいた。
ナイフを構えじっと相手を見つめるものの、自分では彼に勝てないと確信してしまう。
自分の攻撃の要である呪文は使えない。相手の未知なる攻撃は強力すぎる。自分は接近戦が苦手……否、「できない」。

「どうした?驚いたか?」
「ああ、驚いたよ。正直ここまでとは思っていなかった。敵いそうに無い」
「だろう?ならば観念して、僕に壊されろ。そこの2人の女性のように、な」
「敵いそうに無いというのは"僕だったらの話"だ。あの子は僕が絶対に守るっ!!」

そう言うと、彼は魔力を一転に集中させる。
それをデールは、何が起こるのかと半ば楽しそうに見ていた。

「モシャス!」

セージはあっさりと、その呪文を唱えた。
そして一瞬でセージはある人間へと変化した。
その姿は、血に濡れているわけでもないのに服と帽子が赤く、奇麗な金色の長髪が服のおかげで目立っている。
ナイフを構える姿は剣を使うことが出来る人間の「それ」だった。

「ビアンカさんの娘を守るのならば、俺のこの姿が一番不都合が無いだろう……なんて、ね」
「成程、あの泥で出来た汚らしい魔物が使っている呪文か。まさか人間が使えるとは」

デールはおどけながら目の前の人間―――赤魔道師ギルダーの姿をしたセージにそう言い放つ。
だがセージはその言葉を聞かず、ナイフを構えデールの元へと走った。

何故セージがギルダーの姿になったのか、それには理由がある。
もっと剣術に長けた、例えばアルス等に化ければ話は早い。だが敢えてギルダーの姿になった理由がある。

「いいのか?モシャスなんて負担の掛かる呪文……」
「だから僕はこの姿になった。それだけさ」

そう、モシャスは体に負担の掛かる要素が大きい。
自分の苦手なことをほいほいと補える半面、体力をかなりすり減らす。実際、今もかなり体に負担が掛かっている。
故に彼はアルスの様な完璧な接近戦タイプではなく、自分の戦法に近く、だが戦術がより接近戦寄りのギルダーの力を借りたのだ。

「どうした、キレが無いぞ。自分の弱点を上手く補えていないようだが」
「その通りかも……馬鹿な事をしたよ。本人であればもう少し何とか出来ただろうにねぇ!!」

そう言ってデールの右腕を狙ってナイフを突きたてようとした。が、その思惑は見事外れる。
見事にナイフの攻撃を避けたデールは、右手に持つマシンガンでセージの左肩を撃ち、その傷にナイフを突き立てた。
更に一閃。デールのマシンガンがセージの右の脇腹を狙った。幸運にも浅かったようだが当然のように血が流れ、痛みを与えた。

「ぐ…ぁ……痛………ッ!!」

そしてセージは苦悶の表情でモシャスを解いた。体の負担と銃撃の負担が大きすぎたのだ。
セージはその場に座り込み、ナイフを抜いた。それをデールはじっと見下し、デスペナルティの銃口を彼の左胸の位置に合わせた。

そしてデールは何か勝利の言葉を言おうとした。だがデールはそれを止め、何かに聞き耳を立て始めた。

デールの耳が、この場に近づくマティウス達の足音を聞き取ったのだ。
彼はそれを聞き、ふと考える。彼らを壊してしまおうか、だが今のこの状況では不利だ。
何せ自分はこうして連戦に勝利した後だ。いくらなんでも疲労が溜まっている―――――

デールは一度退くことにした。
あの強そうな2人を壊せないことがとても悔しい。
だが今はそんな事に拘っている暇は無い。デールは城を駆け、出口へと向かっていった。



その出来事が終わった後、余程近くにいたのかすぐにマティウスが到着した。
そして辺りを見回すがどこにもデールの姿は無い。
代わりにそこにあったのは倒れているタバサと苦悶の表情を浮かべるセージ、そして……亡骸となったアグリアス。

「遅くなってしまった……すまない、私のミスだ」
「いや、違う違う。……僕の…責任だ……また一方的に攻撃を喰らうだけで……何も出来なかった……」

マティウスの言葉にセージはそう返し、タバサの元へと歩いていった。
彼女の華奢な体は血で紅く染まっているが……デールの手加減のおかげか内臓への損傷は無いようだ。今から必死に回復すれば、間に合う。

「お兄さん……怪我、大丈…夫……?痛く、ない……?」
「自分の心配をしなよ全く!――――――ベホマ!」

そしてセージの魔力が光となり、回復呪文としての機能を開始し始めた。
だがこれだけでは足りない。幾度となくベホマを唱える、唱え続ける。

「アグリアス、すまない。私には到底侘び切れない……」
「マティウス………」

マティウスとゴゴは、アグリアスに静かに礼をした。
自分の事を信じてくれた誇り高き騎士に、追悼と尊敬の意を込めて。
そしてセージに振り返り、真剣な表情で彼を見る。

「さて、すぐに出発する予定だったが……こうなると仕方が無い。お前達の傷の回復、我々も手伝おう」
「………無理はしなくて良いよ。あなた達にも目的があるんだろうし」
「私からも言う。マティウスの様に私もお前達の傷を治す物真似をしよう。止めてやるな」
「…………わかった。ありがとう」

そして……ゴゴのケアルがセージを、セージのベホマとマティウスのケアルがタバサを照らした。

【デール 所持品:マシンガン(残り弾数1/6)、アラームピアス(対人)
 ひそひ草、デスペナルティ リフレクトリング 賢者の杖 ロトの盾 G.F.パンデモニウム(召喚不能) ナイフ
 第一行動方針:サスーン城から撤退、休息を取る
 基本行動方針:皆殺し(バーバラ[非透明]とヘンリー(一対一の状況で)が最優先)】
【現在地:サスーン城内部→サスーン城出入口へ】

【マティウス(HP4/5程度)
 所持品:E:男性用スーツ(タークスの制服)
 第一行動方針:タバサの傷を癒す
 基本行動方針:アルティミシアを止める
 最終行動方針:何故自分が蘇ったのかをアルティミシアに尋ねる
 備考:非交戦的だが都合の悪い相手は殺す】
【ゴゴ(HP2/3程度)
 所持品:ミラクルシューズ、ソードブレーカー、手榴弾、ミスリルボウ
 第一行動方針:マティウスの物真似をしてセージの傷を癒す】

【セージ(HP1/2程度 左肩重傷 右脇腹負傷)
 所持品:ハリセン ナイフ ギルダーの形見の帽子
 第一行動方針:タバサの傷を治す 基本行動方針:タバサの家族を探す】
【タバサ(HP1/3程度 腹部から胸部にかけて負傷)
 所持品:ストロスの杖 キノコ図鑑 悟りの書 
 第一行動方針:不明 基本行動方針:同上】
【現在位置:サスーン城東棟廊下】

【アグリアス 死亡】
【残り 70名】

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最終更新:2008年01月31日 17:55
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