370話

第370話:そして希望は消え行く


カツン、と小さな音がした。
蹴飛ばされた小石が、サックス達の視界の端をころころと転がり、止まる。
(誰だ……?)
ロランかと思ったが、それにしては気配が全く感じられない。
イクサスを警戒しているのかとも思ったが、彼の死体はこの部屋より前にあるのだし
あれだけの血が流れている以上、匂いで見つかるはずだ。
イクサスの死体を見つけて尚、気配を消して忍び寄る相手――
二人の頭に浮かんだのは、『敵』の可能性だった。

「オラァ! 隠れてないで出て来いや!」
フルートが小石を拾い、投げる。
どのみち全力が出せない以上、まともに当てるつもりもなかった。
攻撃というよりも単なる威嚇、暗闇の向こうにあるはずの壁を放った一撃。
けれど、酷使された筋肉の痛みは彼女の手元を狂わせて。
さらに悪い事に、彼らは彼女が考えたよりもずっと、ずっと近くにいた。

「うぁあああっ!!」
悲鳴が響く。赤髪の少女よりもずっと幼い、甲高い声が。
その声の主に思い当たり、二人は息を呑む。
呆然とするフルートの耳に、追い討ちをかけるかのように怒りに満ちた声が届いた。
「テメェ……テメェら、やっぱり……」
「ゼル!?」
サックスが叫ぶ。姿は見えず、気配も無く、されど確かにそこにいる仲間に向かって。
「近寄るんじゃねぇ」
返ってきたのは、拒絶だった。
激情を押し隠した静かな声は、彼の意思を百万の言葉よりも雄弁に物語っていた。
「ゲームに乗らないんじゃねぇのかよ、テメェら。
 それとも最初からそのつもりだったのか?」
「ゼル……テメェ、何を勘違いしてんだ?」
フルートが眉を潜めて聞き返す。
「石を投げたのはあたしが悪かったかもしんねぇ。
 だがな、ゲームに乗ったとか言われる筋合いはねーぜ」

「ふざけてんじゃねぇ!」
がぁん、と大きな音がした。
岩肌が剥き出しになった天上から、小さな欠片がぱらぱらと落ちてくる。
「トラック壊して、ガキを殺して、リルムの目ぇ狙っておいて!
 そんな寝言で誤魔化せると思ってんのか!」
「ゼル、誤解だ! 僕達はそんなんじゃ……!」
「うるせぇ!」
駆け寄ろうとしたサックスの目の前で、炎が弾けた。
薄闇に包まれた炭鉱に、そのわずかな間だけ光が満ちる。

濡れていた。
サックスの手にした剣は、赤く。
うずくまりながら右目を抑えるリルムの手も、赤く。
歯を食いしばるゼルの頬だけが、色の無い雫で。

「今さら過ぎるだろ。誤解だの何だの言いやがったってよ」
炎が消えた。決別を示すかのように、闇の帳がゼル達の姿を覆い隠す。
「ロランの奴には言わねーよ。
 あいつ、お前らとは気が合ってたみてぇだし……リルムとも仲良かったからな。
 ……けどな、ロランには悪りぃが、あいつにも助太刀する気はねぇぜ。
 それでなくてもこっちはお荷物抱えちまったんだ。リルムの手当てもしなくちゃなんねぇし、構ってる余裕はねぇ」
苦々しく、どこか悲痛な声が渡る。
サックス達は呆然と聞いていた。フルートでさえ、何も言い返せずにいた。
「オレらはオレらで行かせてもらうぜ。……もう会う事もねーだろうな」

決別の言葉は――ゼルがサックス達の仲間として言う最後の言葉は――
淀んだ空気をわずかに揺らして、すぐに、消えた。



……イクサス達をやり過ごした後の話だ。

「着替えぐらいならここにもあるかもしれないし……俺、ちょっと探してくるわ」
そう言って、ティーダは一人で部屋を出て行った。
僕は床に座りこんだまま、壁の穴の向こうに視線を注ぐ。
もちろん、ボーっと見ているわけじゃない。
体が思うように動かないといえ、五感までが鈍ったわけじゃないんだ。
戦えないのならば、戦いになる前に逃げられるようにしとかないと。そう考えた。

イクサス達は洞窟の前にいる。僕がいるのは二階の部屋だ。
直線距離にすれば50メートルも離れていないけど、背の低い子供の視点じゃ僕の姿を捉えられるはずもない。
それにディアボロスの加護がある限り、ソロやスコールクラスの実力者相手でも気付かれない自信があった。
だから狙撃の時と同じように、静かに、息を潜めて。
視覚と聴覚を限界まで研ぎ澄まし、何も見逃すまいと、何も聞き逃すまいと、イクサス達の様子を伺って――

――

「――おっ、これなんか結構いいんじゃないッスか~? ユウナに似合そうっつーか」
俺が見つけたのは、魔道士が着るような純白のローブだった。
宿屋だし、タンスの中身もタオルやシーツ・パジャマと下着類ぐらいしかないと思っていたけど……これが大間違い!
普通のシャツやズボンも結構揃ってたし、雨具類やマントまできっちり仕舞われていた。
多分、店の人達が着替えや何かに使っていたんだろうな。あるいは服を汚した奴に貸し出しでもしてたのか。
どれもこれも薄手の生地で作られているから、防御力は期待できそうにねーけど……
アーヴィンが言ったみたいに外見の印象を変えるだけなら、ここにある服だけでも十分そうだ。
気に入った数着をザックに詰め込み、俺は部屋に戻る。
「色々あったから適当に持ってきたッスよー。
 あんた背高いし、着れるかどうかわかんねーのばっかりだけど」
そう言って幾つかの服を取り出して並べてみる。
けれど何でだか、アーヴィンは振り返らず、頭を抱えて俯いている。
その様子が酷く辛そうに見えたんで、俺は思わず声をかけた。

「どうしたんだ……?」
「痛いんだ……頭が割れそうで、痛い……」

(頭が……痛い?)
聞き返そうとした、その時――突然、車が事故った時のような轟音が響いた。

「な、何だぁ!?」
驚きながらも、俺は広げた服をザックに詰め直し始める。
なんだか良くわからないが、誰かが言い争っているような声がする。
さらに最後の一着を詰め込んだ時、もっと大きな爆発音が響いた。
俺は壁の影に身を隠しながら、穴の外を見る。
そこには炎上する軽トラと――何故に軽トラ?――イクサス達と、見覚えの無い妙な連中の姿があった。
事情は良くわからないが、一人はイクサス達に味方し、残りの三人はイクサス達と戦う姿勢のようだ。

(やっべぇ……!)
ここで見つかったらややこしい事態になる。
それ以上に、今のコイツが戦闘に巻き込まれたら確実に殺されてしまうだろう。
様子がおかしいだとか、そんなことを気にする暇も余裕もない。
「逃げるぞアーヴィン! つかまれ!」
俺はアーヴィンの腕を引っ張って立ち上がらせると、肩を貸して走り出した。



 青年は最後まで外を見ていた。
 青い瞳には、軽トラを包んで燃え上がる炎の色が映っていた。
 そして鉱山の中へ走っていく少年の後ろ姿と、少年を追い駆ける男女の姿が映っていた。



「ちっくしょぉおお!!」
走る、走る、走る!
重いガキんちょを背負いながらもとにかく走る!
「もっと急げよ、チキン頭!」
人の気持ちも知らずに、背中のリルムが叫んだ。
「だったら降りろぉおお!!! つーかユウナ達を置いていけねーだろうが!」
一々言い返しながら、オレは走る! ……後続二名を置いてけぼりにしない程度に。


「……ユウナ?」
どこからともなく聞こえた声に、俺は顔を上げた。
その視界の端に、奇妙な影が映る。
トサカみたいな髪型の、自分と同じ金髪の男と、背中に負ぶわれたやっぱり金髪の少女。
そしてその後ろからやってくる中年の男と、白いローブを来た女性――


「あれ? ちょっと止まって」
リルムがいきなり妙なことを言い出した。
オレの頭をいきなり掴んだかと思うと、むりやり首を捻らせる。
「いでででで、おいリルムふざけんな! ……って」
オレは抗議の声を上げかけたが、やってくる人影を前に口をつぐんだ。
どっかで見たような金髪の男。そして、やっぱりどっかで見たような、そいつに肩を貸されている茶髪の男――

「ユウナ!」
「アーヴァイン!?」



 お互いの口から出た名前に、ゼルとティーダは立ち竦む。
 そうしている間に後ろから走ってきていた二人も追いついて、棒立ちになっている青年の姿を目にした。



「……キミ、なの?」
ユウナがぽつりと呟いた言葉に、金髪野郎は首を縦に振る。
「久しぶり。……会いたかったッスよ」
ラブストーリーに出てくるようなセリフと、はにかんだ微笑を浮かべて。
ユウナは一瞬俯き、顔を上げて、耐え切れなくなったように走り出す。
おいおい何だこの場違いなラブシーンは。
オレとリルムの冷たい視線を余所に、金髪はユウナを抱きしめようと両手を広げ――

――両手を広げた時、アーヴァインの奴が、どさっと音を立てながらぶっ倒れた。

「ど、どうしたの?!」
驚いたユウナが、慌ててアーヴァインに駆け寄る。
ナイスお邪魔虫! ……何て言ってる場合じゃねぇ!
ちょっと支えが無くなっただけでぶっ倒れるだなんてフツーじゃねぇぞ。
毒か何かでも間違って飲んじまったのか?
そう思い、脈拍と呼吸を確かめてみたが、どちらもしっかりしている。
だが、やっぱりフツーじゃない。瞼が開いてるのはまだしも、瞳孔までが完全に開いている。
「おい、アーヴィン!」
金髪野郎が呼びかけて――なんでセルフィの奴みてーな呼び方してるんだ?――何度も肩を揺らすが、反応が帰ってこない。
その様子を見ていてだんだん苛立ってきたオレは、奴の胸倉を掴んだ。
「この野郎! いつまで寝てんだ、とっとと起きろ!」
気合いを込めたパンチで叩き起こそうと手を振り上げるが、金髪野郎が人の腕を掴んで押し留めようとする。
「や、止め止め止めぇ! それはちょっとキツいって!」
「邪魔すんな! 一発気合い入れてやろうってんだよ!」
「腹パンチなんかしたら、気合入るどころか魂出て行くっつーの!」
「大丈夫に決まってんだろ! このカッコつけ野郎がちょっと殴られた程度で死ぬタマか!」
「今のアーヴィンじゃ死んでもおかしくないっつーの!」
「……大声、出さないでよ……頭、痛いんだってば」
「だぁぁあ! 誰のために言い争ってると思ってんだ!」
「そうッスよ! だいたいアーヴィンが起きないから……」

……ん?

「だから、起きたって……頼むから静かにしてくれよ、ティーダ」
オレと顔を見合わせた金髪――ティーダに向かい、アーヴァインは呆れたように言う。
それからややあってオレに気付いたらしく、アーヴァインは眉を潜め、呟く。
『幻覚かな~? バラムの田舎者がそこにいるみたいに見えるけど~』
普段のアイツだったら、きっとこう言うはずだ。
けれど、奴の口から出た言葉は、全然違っていた。
「ゼル、か……丁度いい。頼みがあるんだ」
額を抑えながら、らしくない表情で、らしくないことを言い出す。
「この先の洞窟に、子供が一人逃げ込んだんだ……そいつを、助けてやってほしい」
「!?」
何故かティーダは息を呑んでアーヴァインを見つめた。
けれどアーヴァインは意に介さず、言葉を紡ぎ続ける。
「大ッ嫌いな奴だけど、こんなところで死なれても困るしさ。
 子供にしちゃ強いけど、相手はトラックを壊した奴らが二人だ。
 そう、男と女の二人組……追っかけて、洞窟の中に入っていった……僕、見たんだ」
「トラックを壊したぁ!?」
リルムが素っ頓狂な声を上げる。オレも驚いて、ユウナやプサンたちと顔を見合わせる。
あの貴重な移動手段がなくなってしまったら、オレらの今後は厳しいものになるだろう。
それ以上に、軽トラックにはフルート達が乗っていたはずだ。
誰かが軽トラックを壊したのなら、乗っていたあいつらはどうなった?
身を固くするオレたちを余所に、アーヴァインは言葉を続ける。
「アイツ一人じゃ逃げ切れないし、勝てる相手じゃない。
 本当は僕が行かなきゃならないけど、できないし、嫌われてるし、ややこしくなるだけだから。
 頼むよ、ゼル。……あんたに頼むのも正直不安だけど、他に頼れる奴もいないんだ。 
 だから……」
「わかった。そいつは子供なんだな?」
オレの念押しに、アーヴァインはうなずいて、ゆっくりと手を差し出す。
小刻みに震える手から、黒く輝く光が湧き上がり――オレの手に渡ると、吸い込まれて消える。
これは……ディアボロスか。そういやコイツ、一時期は愛用してたっけな。支給品だからカンケーねぇけど。
「OK、任せとけ。Seedの実力見せてやっから、テメェはユウナ達と一緒に隠れてろ」


わけがわからなかった。耐え切れなかった。我慢できなかった。
「どうして……」
遠ざかっていくゼルと、「あたしも付いてく!」と背中に負ぶさったリルムの姿を見送りながら、俺は呟く。
「わかってるのかよ。あいつはあんたの命狙ってるんだぞ?」
アーヴィンは事もなげに答える。半ば予想していた通りに。
「あんただって僕のこと助けようとしただろ。それに、ソロもヘンリーさんもきっとそうしろって言ったさ」
「だからって! あんな自分一人が正しいと思って、他人のこと平気で巻き込むような奴……」
俺は言い続けた。言っても無意味だと分かっていたけれど、言わずにはいられなかった。
そしてやはり、言いたい事を全部言い終える前に、アーヴィンが首を振った。
「ごめん。頭、痛いんだ。後で聞くから、今は……休ませて」
身勝手にもそれだけを言い残して、目を閉じてしまう。
俺は釈然としない気持ちを抱えたまま、ユウナに声を掛けられて、安全な場所を探しながら今までの事情を話すことにした。


頭が痛い。今にも割れてしまいそうなほどに痛い。
振り切ろうと思ったのに。吹っ切れかけてたはずなのに。
何でこんなタイミングであいつらがやってきて、何であんな事を話し出す?
……どうして、こんな時に思い出してしまうんだ。
これが……あんたや、マリベルとかエーコとか、ラグナさんまで手に掛けた報いだってのか?
それともあんた一人の呪いかよ、リチャードさんよ。
そんなにあの毒薬使いの物騒なお子様を護ってやりたいのか?
バカみたいなハンデをつけて、カッコつけたまま死んだくせに。

わかってるよ、ちくしょう!
イクサスの奴に謝れっていうんだろ。
僕があんたを殺したから、代わりに伝えろっていうんだろ!?
わかってる。そんなにアイツの名前を呼ばなくても、あんたの言いたいことは分かってる。
止めてくれ。伝えるから。きっと償うから。
だから囁くな。囁かないでくれ。
あんたがその言葉を言うたびに、頭が割れそうで、痛いんだ……

『生きろ、俺の分まで――イクサス――』



ゼルは走った。リルムを背に負ったまま。
闇の召喚獣の力を使って己の気配を断ち切り。
互いに睨み合い、戦いに集中しているロランとサラマンダーの脇を全速力で通り過ぎて。
仲間に託された、名も知らない子供を助けるために鉱山の中を駆けて――

そして、見つけた。
一人の男が命を賭して守ろうとした、医術士の少年を。
血を流して息絶えた少年を。体温がまだ残っている無残な骸を。

……あとは誤解。
早とちりと誤解。
それが生んだ決別。

少年が持ち、今は騎士が持つ宝玉と。
青年の仲間と共にいる男と。

一度はかみ合いかけたはずの希望の歯車は、呆気なく――あまりにも呆気なく外れた。
竜騎士が言い残し、殺人者が継ごうとした、小さな祈りとともに――

【フルート(重傷) 所持品:スノーマフラー 裁きの杖 魔法の法衣
【サックス
 所持品:水鏡の盾 草薙の剣 チョコボの怒り 加速装置 ドラゴンオーブ シルバートレイ ねこの手ラケット 拡声器
 第一行動方針:小部屋で休憩/? 第二行動方針:なるべく仲間を集める
 最終行動方針:ゲームから抜ける。アルティミシアを倒す】
【現在地:ミスリル鉱山内部・1F小部屋】

【リルム(右目失明) 所持品:英雄の盾 絵筆 祈りの指輪 ブロンズナイフ】 
【ゼル(エンカウントなし発動中)
 所持品:レッドキャップ ミラージュベスト GFディアボロス(召喚不能)】
【第一行動方針:表の戦いを無視してユウナ達の元へ急ぐ 第二行動方針:なるべく仲間を集める
 最終行動方針:ゲームから抜ける。アルティミシアを倒す】
【現在地:ミスリル鉱山内部・1F】

【ユウナ(ジョブ:白魔道士)
 所持品:銀玉鉄砲(FF7)、やまびこの帽子】
【プサン 所持品:錬金釜、隼の剣
 第一行動方針:ゼル達の帰りを待つ 第二行動方針:ドラゴンオーブを探す
 基本行動方針:仲間を探しつつ、困ってる人や心正しい人は率先して助ける 最終行動方針:ゲーム脱出】
【アーヴァイン(身体能力低下、HP2/3程度、一部記憶喪失)
 所持品:竜騎士の靴
【ティーダ
 所持品:鋼の剣 青銅の盾 理性の種 ふきとばしの杖〔3〕 首輪×1  ケフカのメモ  着替え用の服数着
 第1行動方針:罪を償うために行動する(アーヴァイン)/ゲーム脱出方法を探す(共通)】
【現在地;カズスの村入り口付近】

アーヴァインはリチャード殺しについて思い出しましたが、他の事やセルフィの事はまだ忘れています。

 あと、ラグナやエーコのことも自分が殺したと思い込んでいます。

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最終更新:2008年01月31日 23:53
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