409話

第409話:犠牲と決意、そして


不意に、意識が取り戻された。
「…うっ…」
全身を走る鈍痛に、思わず呻く。
どうしてこんな事になったのか思い出そうとするが、頭がやけに惚けていてうまく物事を考えられない。
やっとの事で目が開けられた。
しかしどうも焦点が合わず、視界はぼやけている。
「…おお、やっと目え覚めたか」
その時、疲れきった声が聞こえた。
声のした方を向くと、そこには今にも倒れそうな様子のフルートがいた。
うう、と再び呻きながら、先程まで気を失っていた青年、サックスは重々しく起き上がった。

「…本当に…すい、ケホッ!すいません、僕が、力不足だったばっかりに」
「だから、今謝ったって、しょうがねえだろ。それに、ありゃお前のせいじゃねえよ」
フルートから大体の事情を聞いてから、サックスはひっきりなしに謝りつづけている。
彼女の話によると、自分はあの火のような髪をした暗殺者との戦いの後、すぐに意識を失ってしまった。
その間に暗殺者は逃げ去り、鉱山の出口は完全に塞がれ、毒に蝕まれた自分をフルートがずっと治療していたらしい。
つまり、状況があらゆる面で絶望的になったということだ。
まず、2人とも満身創痍だ。自分の体の毒は完全に治療できていないという話だし、フルートに到っては目も当てられない。
次にここから移動することも出来ない。岩に塞がれた道を何とかしない限り出る事はかなわず、翌朝には首輪がボン、だ。
叫びでもして助けを求めるのは、このゲームの性質からして愚考としか言えない。
とどめに彼らには仲間がいない。ゼル達さえいてくれたら脱出の方法を見出せたかもしれないが、
残念ながら今はそうもいかない。よって、外からの助けは期待できない。
まさに八方塞がりだった。
八方塞がりどころか、破滅だ。


「…サックス」
「はい?」
少し間の抜けた返答を返した途端、フルートが何かを投げてよこした。
うわっと声を上げて受け取ると、それは彼女の支給品袋だった。
「…フルートさん?」
その真意をはかりかねて、彼はフルートの方を見やる。
と、女僧侶は壁に手をついてなんとか立ちあがり、何かの呪文を早口に詠唱し始めた所だった。
…まさか。
サックスの脳裏に浮かんだ予感を裏付けるように、フルートの体が一瞬だけ紅く光る。

「フルートさん!やめ…」
「………メガンテ」


フルートも、一挙一動が実に辛そうなサックスを見つつ、思考を巡らせていた。
彼女は自身の状態について、あることを悟っていた。
もう長くない。
サックスと暗殺者が戦っているとき、自分は加勢はおろか立つ事すら出来なかった。
さらに、彼の治療のために呪文をしこたま使ったことが、すでに限界を超えた体に追い討ちをかけてしまった。
これはもう休んだり治療したりすればどうにかなるような物ではないし、
あと一度でも全力を出したら今度こそ取り返しがつかないだろう。
しかし、どの道ここでじっとしていれば死ぬしかない。
…なら。

それなら。


ありえない事が起こった。
道を塞いでいた大岩が、焔に包まれたのだ。
といっても、それはただの炎、つまりファイアなどで呼び出されるそれとは、明らかに違った。
血のように紅いのだ。
サックスが目を白黒させている間にも、大岩を焼く焔はその勢いを増して行く。
メガンテ。
対象とされたものは、いかなる物であっても一撃で灼き尽くされる最強の呪文。
同時に、圧倒的な威力と引き換えに術者の命まで奪ってしまう最悪の呪文でもある。
次の瞬間、焔は不気味なほど紅い輝きを放ち、やがて目を開けていられなくなった。

サックスが閉じていた目を瞬き、開いた時には、道を塞いでいた岩石は影も形も無く、代わりに外からの陽光と空気が小部屋の中に流れてきていた。
解けて無くなりでもしたのか、はたまた蒸発してしまったのか、サックスにはわからなかったが、
一つだけはっきりしていたのは、岩が完全に消滅したということだけだ。
鉱山からの出口が開かれた。
だが。

文字通り力尽きたフルートが、ゆっくりとその場に倒れこむ。
その身体が地面に叩きつけられる前に、サックスが手を伸ばして受け止める。
その肩は、彼女がこれまで発揮してきた力からは想像も出来ないほど小さく、頼りなかった。
「おい…サックス…道、開けたぞ」
「何言ってるんですか!こんな無茶して!!」
弱弱しく呟くフルートに、サックスはかすれ気味の声で怒鳴る。
そんな彼に、彼女は言った。
「…どうせここにいたら助からねえんだ。それならお前だけでも…てな」
「そんな…」
愕然とするサックス。フルートは続ける。
「…いいってこった。どの道あたしはもう限界だった」
サックスも、それは認めざるを得なかった。
度重なる戦いで限度を超えた力を使い過ぎ、
比較的余裕のあった魔力まで彼のために大きく削ってしまった彼女には、
もう自分の命を維持する力すら残されていない事ぐらい、彼でもわかった。

「そうだ…サックス、もし仲間に会ったら…言っといてくれねえか…
 アルスに、セージに…ローグってんだけどよ…
 あた…あたし の ことは…早 いとこ … 忘れてといて くれって…」
彼女は伝えるよう言った。
「忘れろ」と。
それは残される仲間を気遣っての事なのか、それとももっと別の意思なのか。わからなかった。
重苦しい空気の中、「…あ、お前は違うからな」と女僧侶は再び口を開いた。
「お前…あたしは、お前の、命の恩人…なんだからな。 一生…忘れんなよ」
言って彼女は笑った。笑ってなどいられない状態なのに。
「…ええ、忘れません。絶対に」
サックスも笑い返した。笑い返すしかなかった。
「絶対か?」
「絶対です」
「そうか…ならいい…」
フルートの声が明らかに小さく、弱くなった。
目を、閉じる。
「…にしても…疲れたな…」
それが彼女の、最後の言葉となった。

「フルートさん…」
サックスは再び動くことのない身体をそっと横たえると、彼女の分の支給品を自分の支給品袋に入れ、立ち上がった。
「ありがとう…」
謝りは、しなかった。

そしてサックスは、結構な時間をかけてミスリル鉱山から脱出し、ふたたび青く晴れ渡った空の下に出た。
岩を消滅させてしまうほどの焔に包まれた筈なのだが、途中で何度か寄りかかった壁は不思議と冷たいままだった。
空はどこまでも青かった。忌々しいほどに蒼かった。
村は廃墟と化していた。
サックスはその惨状に暫く驚き、これからどうするか少し考えた後、まず村を調べる事にした。ロランの事が気にかかったからだ。
暗殺者の言った事は事実かどうか、彼の亡骸を探して確かめようと考えた。
が、村に向かって最初の一歩を踏み出した時、少し眩暈がした。

次に頭痛が走り、立ち止まる。
疲労にも似た重圧が絶えず身体を苛む。
それもそうだ。
サックスを追い詰めたイクサスの毒は、飛竜草の威力に彼独自の工夫が加えられ、
ただ食べてしまうよりも数倍は効率よくダメージを与える仕組みになっていた。
その威力は、例えフルートが献身的に治療してくれても、完全に除去できるものではなかった。

だが、それがどうした。

サックスは独り呟き、跳ね除けるように頭を振る。
フルートのおかげで、意識を失うほどだった体は毒を受けた時と比べれば随分軽い。
体が異様に熱くて重いのを我慢すれば歩けるし、走れるし、もう少し無理をすれば戦う事だって出来る。
のしかかる苦痛を振り払い、サックスは歩き出した。傍から見れば、決して安定した歩き方とは言えない。
しかし、彼はしっかりと大地を蹴って歩いていた。
――フルートさんは命と引き換えに僕を助けてくれた。その間、僕は何をしていた?――
自問した。そして自答する。
――ただ悩んでいただけだ――
それがサックスには悔しかった。悔しくてしかたがなかった。
かつて彼は家族を護る事が出来なかった。そして今、またも仲間を死なせてしまった。
何も出来なかった。

だが、悔いるのはもうやめにしてしまおうと、思う。
悩むのもだ。それよりは前を向いて歩きつづけよう。
そう決めた。
後悔するのは全てが終わった後でいい。
何もかもが終結した後で、好きなだけ頭を抱えて悩めばいい。
だから今は歩きつづけよう。アルティミシアを倒し、この狂気に満ちたゲームが終わるその瞬間まで。

決意を胸に、サックスは着実に歩きつづけた。

















だが、彼の決意は意外と早く挫かれるかもしれない。
カインとスミスがカズスの村の上空に飛来し、なおかつサックスの存在にも気付いていたからだ。

【サックス (負傷、軽度の毒状態)
 所持品:水鏡の盾 草薙の剣 チョコボの怒り 加速装置 ドラゴンオーブ シルバートレイ ねこの手ラケット 拡声器
     スノーマフラー 裁きの杖 魔法の法衣
 第一行動方針:村を調べて回る 第二行動方針:なるべく仲間を集める
 最終行動方針:ゲームを破壊する。アルティミシアを倒す】
【現在地;カズスの村、ミスリル鉱山入り口近く】

【カイン(HP5/6程度)  所持品:ランスオブカイン ミスリルの小手 えふえふ(FF5)  この世界(FF3)の歴史書数冊
 第一行動方針:サックスを上空から監視、可能ならば殺す
 第二行動方針:カズスの村でフリオニールと合流し、罠を張る
 最終行動方針:殺人者となり、ゲームに勝つ】
【スミス(変身解除、洗脳状態、ドラゴンライダー) 所持品:無し
 行動方針:カインと組み、ゲームを成功させる】
【現在地;カズスの村上空】

【フルート 死亡】
【残り 62名】

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最終更新:2008年01月31日 23:54
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