502話

第502話:彼の選択 彼女の選択


カズスとウルを行き来するには、その間の森を通るしかないわけだ。
それなりに人が通った痕跡があるとはいえ、やっぱり森は森。整備された街道とは違う。
道なんかまっすぐに通っているはずもない。
普通の人間なら難なくこの森を越せるだろう。
けれど、ここで問題にするのはハッサン。木にぶつかれば、即ドカン。試してはないけれど、きっとドカン。
瞑想の特技でも覚えていれば爆発しながら傷を塞いで進むなんていう荒業もできるのかもしれないが、残念ながらそんな特技は覚えていない。
そんなわけで、木々の合間を縫って進んでいくしかないわけだが、ルカの雲は直線的にしか進めない。
一度止めない限り、なにかにぶつかっても横にそれるなんてことはない。
で、木にぶつかれば即ドカン。ああこまったことだ。

「さっきから、あんまり進んでねえなあ…」
「森の中なんだから、仕方ないよ。爆発はなるべくしないほうがいいでしょ?」
《慣れてるわね…》
どうしても愚痴らずにはいられないハッサンと、軽く流すルカ。
わがままとか怠け者とか狡猾とか、とにかくいろんな性格のモンスターと旅をしてきたのだ、こういうのには慣れてる。

「そりゃ分かってんだけどよ…」
どうも話を続けにくい。さっきのいざこざがまだ後を引いているのか。
もう一度アリーナを捕まえて問い詰めてみれば分かるだろうか、といったところで考えるのは打ち切ったが。
とにかく、あまりゆっくりしてると後ろからカインたちが追いかけてくるかもしれない。
何もやれることがないので、鷹の目で近くを探ってみるが、特に誰も見えない。
まあこの特技は鳥目だし、森の中にいる人間はほとんど見えないのだけれど。
とりあえず速く進めるような方法を考えてみる。
追い風、火炎の息、フローミ、レミラーマetc…
あまり使えそうなものがない。ちなみにフローミによれば、ウル南部の森らしい。それがどうした。

特技といえば、ルカの能力。貝を出し、雲を出し、岩を壊せる。
どんな職業に就いたんだ、と聞けば、ずっとモンスターマスターをやっているとの答えが返ってきた。
じゃあ、モンスターマスターに転職すれば習得できるのかと考えていたりするが、それ。
「そうだ、岩とか壊せるんだろ? それで目の前の木を壊して進むとかできないのか?」
「それは無理だよ。木だって生きてるんだから」
そもそも木を倒して進むだなんて、一体何本倒せばいいのやら。

「ん~、いいアイテムがありゃあ、…そういえばお前、カズスでなんか拾ってなかったか?」
「え? どうして?」
どうして分かったの、なのかどうしてそんなこと言うの、なのかは分からないが、ハッサンは前者の意味で解釈したようだ。
「寝てるだけってのもどうかと思ってよ、ちょっとまわりを探ってたんだよ。
 盗賊やってたころに身についた勘、つうか特技だがよ、何かあるんじゃないかと思ってな。
 拾ってるんなら見せてみろよ。商人も経験したことがあるから、鑑定は得意だぜ」
『盗賊も商人も経験したことがあって、本業は大工っていったい何者かしら』
「ほんとだねえ」
「ほら、わんこも言ってるぞ」
(言ってるって、何をだよう…)

まあこっちは隠すつもりもない。ザックから草袋を取り出す。
「残ってるのは満月草に…なんだこりゃ? 他は見たこともねえ草や種だな…」

(そういえばひそひ草、もう話はできるのかな?)
ハッサンが草袋に気を取られてる間、ルカはポケットに手を突っ込み、草の感触を確かめる。
「なあ、今何か言ったか?」
「え? 俺は何も」
ハッサンって心でも読めるのだろうか、タイタニスじゃあるまいし、とか思う。

「アンジェロは何か聞こえた?」
振り向くと、何故かアンジェロがルカを見つめている。
「アンジェロ? 俺になんか付いてるの?」
『あなたのほうから何か聞こえるわ』
「あ、それって…」

ひそひ草だ。多分誰かに拾われて、向こうがコンタクトを取ろうと呼びかけているんだろう。
なら、早く応対しないと向こうが通話を切ってしまう。
「ええと、もしもし?」

「ブオオオオオオオオオオオオンッ!!!
 ピシャアアアアアン!!!!!
 きゃあああああ!!!」

「うわあっ!!」
「どうしたっ!?」

ひそひ草からの第一声が何かの声+雷+悲鳴みたいな音だとは思わなかった。
不審に思ってる二人に、ルカは慌ててひそひ草のことを説明する。


半壊したウルの宿屋、そこに横たわるのは三人。
「ぁ… エリアさんっ!!」
「大きな声は出しちゃダメ。気付かれてしまいます」
ちらりと目をやるが、モンスターはまだ気付いてはいないようだ。
というより、何か別のことに気をとられているらしい。
ターニアはあらためてまわりを見回す。
ちろちろと燃えている火。無事ではあるが、まだ目を覚まさないビビ。外に見えるのは苔生した大きな背中。
そして、崩れた家屋に下半身を挟まれたエリア。
壁が崩れてきたとき、とっさにターニアをかばった、その結果。
大きな怪我をしているわけではないが、この状況で移動ができないのは致命的。

「大丈夫、きっとレナさんたちもすぐに来てくれますから」
エリアはそういうが、みんながどこにいるのかは分からない。
モンスターの大きな体に阻まれて、向こうがどうなっているのかも分からない。
果たして、火が燃え移る前にみんなここに来れるのかが分からない。
いつモンスターがこちらに気付くか分からない。
外で騒ぎを起こしていた何者かが来ないとも限らない。
何がどう動くか分からない、なのに大丈夫だなんて思えない。
ここにいる全員のザックを探ってみたものの、エリアを助け出すのに使えそうなアイテムは見つからなかった。
もしかしたら何かできるかも、と思って振ってみた杖も不発。

途方にくれるターニアに向かって、エリアはにっこりと微笑んで言う。
「ターニアちゃん、ビビちゃんを連れてここから逃げられる?」

「え?」
聞き間違いだと思った。
今ここから逃げる、それはつまり、エリアを見捨てるということではないのか。

「今なら、モンスターも私たちに気付いていないから、きっと逃げられます」
聞き間違いじゃない。彼女は自分を見捨てて逃げろと言っている。
ビビは助けたい。ゲームが始まって、長い間一緒にいた。何度も助けられた。
でも、エリアを見捨てることもできない。
昨晩、炎に包まれた宿屋から自分を連れ出してくれたのはエリアだと、そう聞いた。
「エリアさんを置いていくなんて…」
こころなしか、先ほどより火が大きくなっている気がする。
ここでじっとしていてもいつかは火が回ってくる。
ここにとどまってエリアを助けるか、ビビを連れて逃げるか。
命のやり取りとは無縁の世界に住んでいた彼女に突きつけられた、あまりに重い選択。
「イザ兄ちゃん、どうすればいいの…?」


ひそひ草から聞こえてきた稲妻の音と魔物の咆哮、ちょうどウル方面からも同じ音が聞こえてきたという。
つまり、ひそひ草がウルにあり、そこで何かが起こっていると考えるのが妥当である。
「あー、あー、誰か聞こえますかー? …ダメ、通じないよ。あんなところに落ちてたし、もしかして壊れてるのかな?」
向こうの音もはっきり聞こえてくるわけではないが、分かるのは、
村が襲われていること、女性三人が助けを求めていること、二人が動けないこと、
そして、そのうちの一人がターニアであるということだ。
けれども、気付いていないのか、それとも壊れているのか、ハッサンが自慢の声で呼びかけても反応がない。

「くそ、ラチがあかねえ! 俺たちも行くぞ、ルカ!」
痺れを切らしたハッサンが飛び出そうとする!
『「ハッサン、爆発!!」』
ルカの制止でかろうじて爆発寸前で踏みとどまったが。

「くそ、せめて爆発さえしなければ…」
右手の指輪を恨めしそうに見る。
結局この指輪がある限り、動くことすらままならないのだ。
そういえば、昨日の夜もこんなことがあった。
助けを呼んでいる人がいて、なのにすぐに向かうことができなかった。
結果的には助かったらしいが、今回もそうとは限らない。
まして今回、助けを求めている相手は目と鼻の先にいるではないか。
行かないなどという選択肢は、彼には選べなかった。

アリーナと戦ったときに分かった。
手を切り落とせば、呪いの指輪も一緒に外れる。
そうしなかったのは、ルカやケフカに甘えていたか、危機感が欠如していたか、自分の体を傷つけたくなかったからか。
ここで縮こまっていては、ミネアさんは一体何のために自分に二度も命を与えてくれたのか。

「ハッさん、何をする気なんだよ?」
「どうせこの指輪がある限り、人を助けるなんてできはしねえ。
 だったら、はずしてやろうと思ってな」

目を見ればその人がどんな人なのかは分かる。でもそれだけじゃない。
嬉しさも悲しさも、覚悟も決意も、そしてその大きさも、全部分かる。
モンスターマスターだから、じゃない。命であるからこそ分かること。
ハッサンは指輪を危険な手段で無理やりはずして、ターニアさんのところへ行く気なのだろう。
たとえ、どんなに制止の言葉を投げかけたところで止めることはできないのだろう。

でも、ハッサンの体力は度重なる爆発によってほとんど失われてしまっている。
しかも、腹部に負った大きな刺し傷、全身の擦り傷。
いくらハッサンが頑強だからといっても、いや、頑強であるからこそ今まで生き延びてきたのだ。
これ以上傷つけるとどうなるかは分からない。
彼が今手を失ったとして、治療する手段はないのだ。

「ハッさんが死んじゃうよ。
 どうしても今すぐ行かないといけないの?」
「ああ、ターニアちゃんは俺の親友の妹なんだ。
 ここで俺が行かなくてどうする。
 何かあったらイザの野郎にも、それにミネアさんにも向ける顔がねえよ」
「でも、ハッさん動くと爆発するんでしょ?
 どうやって助けるのさ?」
「どうにでもしてやるさ。いざとなったら、モンスターを道連れにしてでも守り通すつもりだ」

ルカはため息をついて、草袋から種を取り出す。
「だったら、体力を上げる種が残ってるから、少しでも回復させてよ。
 スタミナの種っていうんだって。ないよりマシでしょ」
「力の種みたいなもんか? ま、ありがたくもらっておくか」
ハッサンに渡すと、彼はそれをすぐに口に放り込んだ。


結局ハッサンが助けに向かうことはなかった。
助けに向かうことができなくなったというべきか。
ハッサンは種を放り込んだときの体勢のまま、動かない。
「ごめん。でも、こうでもしないと止められないと思ったから」
スタミナの種はまだ袋の中。飲ませたのはかなしばりの種。飲んだものを動けなくしてしまう種。
これでハッサンは何か刺激が加わるまで動けない。

「アンジェロ。ターニアさんたちのことをスコールさんたちに伝えてくれないかな。
 俺はハッさんと一緒に行かないといけないから、もう少し時間がかかるんだ。
 一緒に行くって言ったのに、ごめんね。でも、必ず追うから」
少しでも身が軽くなるように風のローブをまとわせ、ひそひ草を持たせる。
多少考えるようなそぶりを見せたものの、短く返事をし、アンジェロは去り行く。

「俺さ、もう誰にも死んでほしくないんだよ。
 ハッさんにも、ターニアさんたちにも、それにモンスターにも」
ひそひ草や森の向こうからときおり聞こえるモンスターの声。
何が起こったのかはわからない。でも、心を開けばモンスターとも分かり合える。
彼らを導いてやるのがモンスターマスターの役割。その心こそがモンスターマスターの強さ。
そして、モンスターと心を通わせようとした精霊がどのような運命を辿るのかを、彼はまだ知らない。


エリアはふと、ポケットに花びらが一枚だけ残った花があることに気付く。
それは花占いに使った花。
ここに降り立って最初にしたことが花占い。最初の結果は会えないと出た。
(やっぱり、サックスには会えないのかな…)
それとも助けに来てくれるのだろうか。どっちだろう。
(最初の占いは……当たらない。って、一枚だけの花占いなんて、反則ね)

こんな状況の割にのんきなことを考えるものだと思う。
一度は死んだ身である自分のために、危険な目に遭ってほしくはない。
けれども、本当はまだ生きていたい。助かりたい。改めて自覚する。
早く逃げてといっている一方で、ここに残って助けてくれることを期待している自分がいることに気付いた。
(今、どこにいるのだろう…)


青年は走る。彼を追いつめているのは、正義という断罪。
絶望に果てぬように。安らぎを求めて。その足は自然と生まれ育った故郷のほうへと向く。
かつての仲間に出会ったとき、彼が何を思うだろうか、それは誰にも分からない。
彼が今考えるのは、彼女にもらった命を絶やさないことだけ。

【ルカ
 所持品:ウインチェスター+マテリア(みやぶる)(あやつる) シルバートレイ 
 満月草 山彦草 雑草 スタミナの種 説明書(草類はあるとしてもあと三種類)
 第一行動方針:ウルの村へ行き、魔物を導く
 第二行動方針:ハッサンに無茶をさせない
 最終行動方針:仲間と合流】
【ハッサン(HP1/10程度、危機感知中、かなしばり)
 所持品:E:爆発の指輪(呪) ねこの手ラケット チョコボの怒り 拡声器
 第一行動方針:かなしばり
 第二行動方針:オリジナルアリーナと、自分やルカの仲間を探す/呪いを解く
 最終行動方針:仲間を募り、脱出 】
【アンジェロ
 所持品:ひそひ草 風のローブ
 第一行動方針:ターニアたちのことをスコールたちに伝える
 最終行動方針:スコールに会う】
【現在地:ウル南部の森】

【エリア(体力消耗 身動きできない 下半身を圧迫されている)
 所持品:妖精の笛
 第一行動方針:ターニア、ビビを逃がすor助けを待つ
 基本行動方針:レナのそばにいる】
【ビビ(気絶中)
 所持品:毒蛾のナイフ 賢者の杖
 第一行動方針:不明
 基本行動方針:仲間を探す】
【ターニア(血への恐怖を若干克服。完治はしていない)
 所持品:微笑みの杖 スパス ひそひ草
 第一行動方針:???
 基本行動方針:イザを探す】
【現在地:ウル宿屋(半壊、まだ本格的な火災は免れている)】

【サックス (負傷、軽度の毒状態、左肩負傷、心理的疲労)
 所持品:水鏡の盾、スノーマフラー、ビーナスゴスペル+マテリア(スピード)
 第一行動方針:ウル方面へ
 最終行動方針:出来ればこの現実を無かった事にしたい】
【現在地:カズスの村北部の草原】

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最終更新:2008年01月31日 23:56
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